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しおりを挟む心臓の鼓動が凄い駆け足で、これじゃすぐにお婆さんになっちゃいそう。 だって、あのロリス君とこんなに密着してるんだもの。
「ごめんね、ちょっと一緒に入れさせて」
外に声が漏れないように、囁く彼の言葉が上から降ってくる。 私の目の前にはロリス君の胸があって、それに濡れた前髪が付かないように仰け反って、後頭部が後ろの壁に押し付けられてる。
「オレはロリス・ウィンクス、一年だよ」
知ってる。
「君も一年だよね、なんか見たことある」
「………」
名乗りたくない。 こんな暑い日に狭い用具室に閉じこもってた汗だくの変なコ、としては。
それに、私はエヴィリンさんみたいな美人じゃないけど、それでも好きな人の前に立つのに、こんな最悪の状態でいたくない。
忘れてロリス君、幼い頃遊んだあの一週間のように。
「なんか、君の匂い……」
「――ッ」
さっ……―――最悪。
こんな暑い日に、ずっとこんな古い用具入れに居たんだもの。 汗もバカみたいにかいてるし。
―――臭いんだ。 私は今、好きな人に臭い女だと思われた。
もう死にたい、誰か殺して。
「懐かしい」
「――?」
今、なんていったの? 懐かしい……って言った……の?
「昔さ、木の樽の中にこうして隠れたことがあったんだ」
「………」
「一緒に遊んでた子とまだ遊びたくて、迎えに来られるのが嫌で、二人で隠れた」
それは……、
「今日みたいに暑い日で、二人で汗だくになってさ。 だけど、なんだか妙にその子の匂いが心地良くて、そのうちにオレ――」
「寝ちゃった」
「……そうなんだ、よく分かったね」
分かるよ、私には。
あの時はロリス君が死んじゃうかもって思って、慌てて樽から飛び出したんだもの。
覚えててくれたんだ、思い出は。 私だってわからなくても、それだけで嬉しいよ。
ダメだ、泣きそう。 でも、今なら涙か汗かなんてわからないかな。
「暑いね」
「……うん」
『なんでこんなところに入ってたの?』、と聞かないのが彼らしい。 きっと、自分もなんでこんなことするのってことばかりするからだ。
今日を、一生の思い出にしよう。
私にはこれで十分。
「その子がさ」
「うん」
ああ、こんな酷い場所で汗だくになってるのに、ここから出たくない。 この時が少しでも長く続けばいいのに。
「オレの初恋だったんだ」
「――ッ!?」
飛び跳ねた。
きっと、外にも音が聞こえているくらい。
「――なに? ちょっと、あの倉庫から何か聞こえたよね」
「ええ、まさか……」
エヴィリンさん達がザワザワしてる。 どうしよう、見つかっちゃう。
「ロ、ロリス君?」
「………」
ね、寝て……る?
こ、こんなところ皆に見られたら――、
「――ロリスッ!」
ギュウギュウ詰めで蒸しかえる用具入れに、風が入ってきた。
「なっ、何してるの……あなた達……」
私に寄りかかり眠るロリス君、汗だくの二人。 目を見開くエヴィリンさん、その取り巻きの何人もの悲鳴。
何だか、ここまでくると吹っ切れる。
「こ、こんな中で二人で何してるの!?」
エヴィリンさんが声を荒らげる。
そうだよね。 これから婚約者になるヒトが、これじゃ抱き合ってるみたいだもの。
「かくれんぼ」
でも、まだ婚約者じゃない。
「ばっ、バカ言わないで! ロリス! ちょっとあなた大丈夫!?」
「大丈夫、寝てるだけだから」
「――っ……。 寝てるって、そんな……」
ほんと、よくこんな状態で眠れるよね。 そんなに心地良いですか、私は。
『初恋の子』なんて、そんなこと言われたら私――、
「昔からこうなの、ロリス君は」
身の程知らずな恋を、始めちゃうよ。
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