上 下
2 / 2

2,

しおりを挟む
 

 心臓の鼓動が凄い駆け足で、これじゃすぐにお婆さんになっちゃいそう。 だって、あのロリス君とこんなに密着してるんだもの。

「ごめんね、ちょっと一緒に入れさせて」

 外に声が漏れないように、囁く彼の言葉が上から降ってくる。 私の目の前にはロリス君の胸があって、それに濡れた前髪が付かないように仰け反って、後頭部が後ろの壁に押し付けられてる。

「オレはロリス・ウィンクス、一年だよ」

 知ってる。

「君も一年だよね、なんか見たことある」

「………」

 名乗りたくない。 こんな暑い日に狭い用具室に閉じこもってた汗だくの変なコ、としては。
 それに、私はエヴィリンさんみたいな美人じゃないけど、それでも好きな人の前に立つのに、こんな最悪の状態でいたくない。 

 忘れてロリス君、幼い頃遊んだあの一週間のように。

「なんか、君の匂い……」

「――ッ」

 さっ……―――最悪。

 こんな暑い日に、ずっとこんな古い用具入れに居たんだもの。 汗もバカみたいにかいてるし。 

 ―――臭いんだ。 私は今、好きな人に臭い女だと思われた。
 もう死にたい、誰か殺して。

「懐かしい」

「――?」

 今、なんていったの? 懐かしい……って言った……の?

「昔さ、木の樽の中にこうして隠れたことがあったんだ」

「………」

「一緒に遊んでた子とまだ遊びたくて、迎えに来られるのが嫌で、二人で隠れた」

 それは……、

「今日みたいに暑い日で、二人で汗だくになってさ。 だけど、なんだか妙にその子の匂いが心地良くて、そのうちにオレ――」

「寝ちゃった」

「……そうなんだ、よく分かったね」

 分かるよ、私には。

 あの時はロリス君が死んじゃうかもって思って、慌てて樽から飛び出したんだもの。
 覚えててくれたんだ、思い出は。 私だってわからなくても、それだけで嬉しいよ。

 ダメだ、泣きそう。 でも、今なら涙か汗かなんてわからないかな。

「暑いね」

「……うん」

『なんでこんなところに入ってたの?』、と聞かないのが彼らしい。 きっと、自分もなんでこんなことするのってことばかりするからだ。

 今日を、一生の思い出にしよう。 
 私にはこれで十分。

「その子がさ」

「うん」

 ああ、こんな酷い場所で汗だくになってるのに、ここから出たくない。 この時が少しでも長く続けばいいのに。

「オレの初恋だったんだ」

「――ッ!?」

 飛び跳ねた。
 きっと、外にも音が聞こえているくらい。


「――なに? ちょっと、あの倉庫から何か聞こえたよね」

「ええ、まさか……」


 エヴィリンさん達がザワザワしてる。 どうしよう、見つかっちゃう。

「ロ、ロリス君?」

「………」

 ね、寝て……る?
 こ、こんなところ皆に見られたら――、


「――ロリスッ!」


 ギュウギュウ詰めで蒸しかえる用具入れに、風が入ってきた。

「なっ、何してるの……あなた達……」

 私に寄りかかり眠るロリス君、汗だくの二人。 目を見開くエヴィリンさん、その取り巻きの何人もの悲鳴。

 何だか、ここまでくると吹っ切れる。

「こ、こんな中で二人で何してるの!?」

 エヴィリンさんが声を荒らげる。 
 そうだよね。 これから婚約者になるヒトが、これじゃ抱き合ってるみたいだもの。

「かくれんぼ」

 でも、まだ婚約者じゃない。

「ばっ、バカ言わないで! ロリス! ちょっとあなた大丈夫!?」

「大丈夫、寝てるだけだから」

「――っ……。 寝てるって、そんな……」

 ほんと、よくこんな状態で眠れるよね。 そんなに心地良いですか、私は。

『初恋の子』なんて、そんなこと言われたら私――、


「昔からこうなの、ロリス君は」


 身の程知らずな恋を、始めちゃうよ。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...