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1, 砕けた核
しおりを挟む六月下旬。
歩いているだけで汗ばむ季節になって来た。もうすぐ高校生活最初の夏休みも待っている。可愛い彼女も出来たし、言う事無しの順調なスタート……の筈だ。
俺は徳永孝輝。高校から一人暮らしで、その分学校までは歩いて十五分で通える。
一人暮らしはやってみると意外と大変な事もあるが、気楽ではある。
いつもの合流地点で、いつも通り彼女は待っていた。
「おはよう孝輝」
「おう、おはよう」
顎のラインから肩に掛かる程度の長さの、アッシュブラウンの綺麗な髪。優しく微笑んで声を掛けてきたのが喜多川櫻。俺の彼女だ。
「これからもっと暑くなんのか、干枯らびちまうな」
「ふふ、本当だね」
何気無い会話を交わしながら、俺達は学校に向かった。
教室に入り何人かの友人と挨拶を交わした時、「この暑いのにご苦労だな」と櫻と二人で揶揄われれるが、慣れたものだ。最初は照れ臭かったが、今となってはお互い気にも留めない。
自分の席に座り暫くすると、荷物を置いた櫻がやって来る。が、傍にいる……だけ。基本的に俺から話す事が多く、櫻から話を切り出して来るのは稀だ。
「週末はどうしようか?行きたい所あるか?」
「んーそうだね、孝輝は?」
「……そうだな、俺も考えておく」
「うん。わかった!」
嬉しそうに頷く櫻は可愛らしく、周りから見た俺達は微笑ましい恋人同士に見えるだろう。
櫻とは高校に入学して同じクラスになってから知り合った。可愛くて明るく、男女問わず誰にでも分け隔てなく話す彼女は、あっという間にクラスメイトから羨望の眼差しを受ける様になる。
当然俺にもその恩恵があり、その他の男子と同じ様に、櫻に惹かれていった。
櫻の事が気になってから、俺は積極的に話したり、放課後に何とか誘える理由を思いついては櫻に声を掛けた。
ライバルも多かったし、焦りもあったと思う。俺は知り合ってから僅かな時間で櫻に告白した。
櫻は、少し悩んでいたと思う。その時の俺は気が気じゃなくて、人生であんなに短い時間を長く感じた事はなかったぐらいだった。
その分、櫻が告白に応えてくれた時は、嬉しくて仕方なかった。こんな可愛い彼女が、皆が憧れるこの女の子を俺の彼女にできたなんて。そう思って正に天にも昇る心地だったのを覚えている。
それから約二ヶ月後の今、俺の中の葛藤は、贅沢な物なのか、当たり前の物なのか、ずっと判断を迷っている。
その日の放課後、俺は櫻を部屋に呼んだ。
俺の心の葛藤と決着をつける為に……。
そんなに広くない俺のワンルームは、ベットの向かいにテレビ、その間に小さめのテーブルが有る。
テーブルの前のクッションに座ると背もたれはベッドと言う訳だ。そこに櫻と二人並んで座り、何となくテレビを見ている。
そして、俺は黙って画面を見ている櫻の隣で、櫻もテレビも見ずに、頭の中で言うべきか、言わないべきか、何度も自問自答し、遂に圧迫された俺の思考がその行動を取らせた。
「――あ……どうしたの?」
俺は何の前触れもなくテレビを消す。
不思議そうに俺へ顔を向ける櫻。
そして、
「……櫻」
「なに?」
「キスしようか?」
「え……うん。………いいよ」
俯き、俺の言葉に同意を示してくれた。恥ずかしさ、ではなく感じる。寧ろ俺には、櫻の表情は諦めの様に映った。
「キス、した事あるか?」
「え?」
「正直に言ってくれ。俺は経験あるし、櫻もそうだとしても変に思ったりしないから」
「私は……ないよ」
そう言った櫻の昏い表情は、俺に経験がある、と言う事への物には感じなかった。勝手な俺の思い込みかも知れない。でも俺には、何か後悔にも似た深い闇を櫻の中に見た様な気がした。
もう俺は止まらなかった。櫻の答えは俺が望んでいる答えじゃなかったからだ。
次の言葉を、今度は迷い無く吐く。
「最後までしてもいいか?」
「――っ!」
櫻は、少し身体を震わせてから、また俯き、小さく声を漏らした。
「……………いいよ」
その言葉を聴いた瞬間、俺の中の決着がついた。
内容は『キスしたい』。答えは『イエス』。
『抱きたい』。『イエス』だ。
もう、限界だったんだ……。
「……なぁ、何でだよ……?」
「……」
「お前にとってはどうでもいい事なのか!?」
「――っ!」
感情のままに声を荒げた俺に、櫻は驚き、狼狽えている。『何もしていない』。俺の要求にただ、『従っただけ』。怒鳴られる何て理不尽。当然櫻からの言葉は、
「……どうしたの? 私、怒らせる様な事言った?」
弱々しく耳に届いたその声。……寧ろ謂れのない誹りに声高に非難してくれれば、それで良かったのに……。
結論は――出た。
「別れよう」
葛藤の核が砕かれ、結論が言葉として吐き出される。
もう、後戻り出来ない。気持ちは激流の様に止まらなかった。
「……な、なんで? だって……キス、するんでしょ?」
理解が出来ない別れの言葉を受け止められない。そんな言葉。だが俺には、キスする事をまるで盾にされた様に聴こえた。
俺は、苛立たしくて言葉も出ない。
「するん……でしょ? これから。……なのに……」
――聴きたくない。
――もう、やめてくれ……!
「お前は俺に応えたんじゃない!『従った』んだよ!俺は櫻が好きで付き合った! なのに……」
堰き止められていた感情が溢れ出して、言葉なんて選んでられなかった。櫻の顔も見ずに言葉は零れていく。
「……最初は、嬉しかった。俺と同じ事で笑って、同じ事を思ってくれてるって。でも、一緒に過ごす時間が積み重なって、そんな訳ないって自分に言い聞かす度にお前は、同じ事を言うんだよ。……俺と付き合ってからお前が言ったのは意思のない言葉だけじゃねーか! 俺が言えば『わかった』俺が聞けばオウム返しだ! ……それだけだ。……俺の最後の質問は、最後の望みだった。 断って、欲しかったよ……俺は、『人形』なんか抱きたくない……」
櫻を、見れなかった。
櫻は何もしてない、別れるなんて何様だ。でも、意思のない恋人は、恋人なのか?
「俺の我儘かも知れない。……でも、俺にはもう無理だよ。…………ごめん」
………………………………
櫻が立ち上がる気配がする。
………………………
歩き出し、ドアが開き。
………
そして閉まる音……。
俺は今日、
何もしていない、大好きな彼女と別れた。
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