胸に咲く二輪の花

なかの豹吏

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28, 期待しないで

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 酸欠で醜態を晒したが、直ぐに体は正常に戻った。  それから、大き目のビニールボールで四人でビーチバレーをして俺達は遊んでいた。


「あは! 夏目さんが持つとボールがおっきく見えるね!」

「うるさい牛女! 太陽の熱で萎んでしまえ!」

「え、でもそれじゃ、夏目さんの方が先に僅かな膨らみが……」

「確かに、初期設定が不利だかーーぶぉっ!?」

「ゆーや~……最後の夏にしてあげるからね!」


 ーーー白熱のビーチバレーが続いている。 太陽も苦笑いといったところか……。
 りん、櫻は思った事を素直に言う奴だから、悪気はないんだ……。

 ひとしきり楽しんだ後、りんが俺の傍に来て、


「こーくん、飲み物買いにいこ?」

「ああ、そうだな」


 確かに喉が渇いたし、俺はりんと水分の調達に行く事にした。


「え、そ、それなら私がーー」
「喜多川、凛は不利なイベントで頑張ってるんだ。 これぐらいは許してやれ」

「雄也、来年の夏までは生かしといてあげるわ」


 買い出し部隊をりんと代わろうとした櫻を雄也が宥めている。


「孝輝、南々子の所に戻ってるからな。 俺はサッポロで頼む」

「やめとけ未成年」


 冗談か本気か分からん雄也の注文を聞き流して、俺は飲み物の調達に向かった。


「誘った時もそうだったけど、りんは海苦手だったか?」

「海、好きだよ?」


 歩きながら、気になっていた事を訊いてみた。 海、好きなのか。


「じゃあ、後で海入ろうか?」

「……私の水着姿なんか見たくないでしょ?」

「え、なんで?」

「喜多川さんに見とれてデレデレしてたこーくん見たら、見られたくないもん」


 ……確かに櫻に見とれていたのは否定出来ないが、りんの水着姿も見たい、けどな。 いや、俺が欲深いんじゃなくて、その、おせちもいいけどカレーもね、と雄也先生も言ってたし……。

 俺は売店で適当に五人分の飲み物を買った。勿論ソフトドリンクだ。 傍にいるりんを見ると、真夏の海に似合わない曇った表情をしている。


「見たいけどな、りんの水着姿」

 そう呟くと、りんは俺の手を取って歩き出した。 海の家が並ぶその端まで歩いてその裏に行くと、人気が余り無い場所で凛は止まり、


「他の二人みたいな、期待しないでね……」


 櫻と南々子さんに見とれていた俺を見ていたからか、俯きながら弱々しく言った。 そして、


「はい」

「え……?」


 両腕を上にあげて、所謂バンザイの姿勢に……。


「自分で見せる勇気ないから、こーくんが脱がせて?」

「いや、それは……」


 下が水着なのは分かっているが……さ、流石に脱がすのは抵抗があると言うか……。
 俺がまごまごしていると、りんは不貞腐れた顔をして、


「ホントは見たくないんでしょ……」


 その言葉に嘘つきだと言われた気がして、少しむっとした俺は、


「どうせ私は胸もちっーーーキャッ!?」


 りんが愚痴をこぼしている途中にシャツを勢いよく脱がせてやった。 さあ、折角の海だ。 りんも楽しもう。


「こ、こーくん……そんな脱がせ方したら、水着ずれちゃうよ……」


 顔を紅潮させて、恥ずかしそうに両手を前で握り合わせている。


「……可愛いよ、りん。 隠す事なんてない」


 チューブトップ、って言うやつか? 白い下地に蛍光の水色と黄色のストライプが入っている可愛らしいビキニ。良く似合っている。


「可愛い……って、ちゃんと、恋愛対象として? 子供っぽいって事?」


 大分コンプレックスを持っているみたいだな。 俺の言葉の真意が気になるのか、下を向いて不安そうな顔をしている。


「りん、お互いもう高校生だぞ。 子供の頃とは違うんだ、俺はちゃんと同じ歳の女の子として言ってるよ」

「うん、ありがとう」


 安堵感と嬉しさが混じった顔を上げるりん。 


「さっきはちょっと、乱暴に脱がせちゃってごめん」

「ううん、平気」


 俺は持っていたシャツを返して、


「さ、戻ろう。 皆喉乾いてるだろ」

「うん!」


 俺達は雄也達の所へ戻ろうと歩き出した。


「…………」



「こーくん? どうしたの?」

「い、いや、何でもない」


 先に歩いていたりんが振り返り、不思議そうな顔をしている。 俺は駆け足で追いついて、また歩き出そうとすると、りんが俺の右腕を掴んだ。


「りん?」


 立ち止まり覗き込むと、何やらもじもじとしたりんは、


「もしかして……後ろも、見たかったの?」
「えっ!?」
「そ、そんなワケない!……よね」


 狼狽える俺に続いて、慌ててりんも早口に喋る。 しかし言葉尻は小さく、反対に俺を掴んでいる手には少し力が入っていた。


「いや、その……。 つ、つい、出来心で……!」



「……泣きそう」


 ーーーな、泣く!?  なんて事だ、俺ってやつはすけべ心で……!


「ご、ゴメン。 りん」


 謝るしかない。そう思って俺は謝罪した。


「そんな風に、思ってもらえないと思ってたから……」

「え……?」


 今度は両手で俺の右腕に手を回し、その腕に額を付けると、


「嬉しい……ありがと」

「……怒って、ないのか?」


 さっきまで罪悪感の中で猛省していた俺は、予想外の言葉と行動に困惑していた。


「好きな人に興味持ってもらって、怒る訳ないよ?」

「そ、そっか……」


 俺の愚かな下心が傷つけてしまったんだと思った……。 


「やっぱり、来てよかった。 喜多川さんばっかり見るんだろうなって思って、嫌だったんだけど……」


 そうか、海の誘いを嫌がったり、来る時の車内で少し変だったのはそう言う訳だったのか。
 それからりんは顔を上げて、


「もう大丈夫、ありがと」


 潤んだ瞳で見上げるその笑顔はとても眩しく、俺の胸を高鳴らせる。

 しかし、お礼を言われるのは何だか悪い気がするな。


 それから機嫌を良くしたりんは俺の手を引き、二人で皆の所へ向かった。


 流石に途中で手を離したのは言うまでもないが……。


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