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35, 労働は尊い
しおりを挟む「よし、行くか」
支度を整えて玄関のドアを開ける。 今日は南々子さんから頼まれていたバイトの初日だ。 バイトをするのは初めてだから少し不安はあるが、声を掛けてもらった訳だし役に立たないとな。
電車に乗り聞いていた住所に向かうと、そこにはレンガ調の親しみやすそうなイタリアンのお店があった。
少し緊張しながら店に入ると、優しそうな顔をした四十代ぐらいの女性がいた。
「おはようございます、今日アルバイトにきた徳永です」
俺が挨拶をすると、その女性は穏やかな笑顔で応えてくれた。
「はい、南々子さんから聞いてます。 今日は宜しくお願いしますね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
優しそうな人で良かった、そう胸をなで下ろす。 挨拶を済ませて奥に案内してもらうと、厨房では南々子さんが仕込みをしている、のだろう。 俺は経験が無いので何をしているのかは分からないが。
「あ、孝輝君! 今日はありがとう」
コック姿の南々子さんがいる。 海の時の水着姿も良かったけれど、これはまたこれで……。
「………いい」
「どうしたの?」
「い、いや、何でもないです」
「それじゃ着替え用意してるから、更衣室で着替えてね!」
「はい、分かりました」
更衣室で仕事着に着替えた。 白いワイシャツに黒のズボン、腰に巻くサロンを付けて戻ると、
「おっ、中々似合うね! 流石モテモテの孝輝君だ」
「か、揶揄わないで下さいよ」
南々子さんは色々と事情を知っているからな……。 店内に出るとさっきのパートの女性、西川さんが色々と仕事内容を教えてくれた。
因みに勤務時間は十時から十七時で、お昼も、終わった後も晩御飯も出してくれると言う至れり尽くせりの素敵なバイトだ。 一日二回も南々子さんの手料理を食べられるとは……。
早い余裕のある時間帯に仕事をなるべく覚えて、忙しいランチタイムに入ると、店内は一杯になって俺も忙しく動いた。 西川さん南々子さんもフル回転で、俺も徐々に忙しい時の動き方を自然と掴んできた。
忙しいランチタイムを乗り切り休憩に入ると、入ったばかりで図々しいとは思うが、まるで戦い抜いた戦友の様な気分になるのは不思議だ。
「ふー疲れた、助かったよ孝輝君」
「ほんと、やっぱり若い子は動けるわねぇ」
南々子さんと西川さんが休憩しながらそう言ってくれた。
「いや、まだ慣れなくてそんなに力になれないですけど、楽しかったです」
そう、忙しいけれど、楽しかった。 必至に働いている南々子さんも西川さんも、忙しそうにしながらも楽しんでいるのが伝わってくる。
そんな二人が素敵だな、とそう思った。 お昼は南々子さんがボンゴレ的なパスタとサラダを作ってくれて、動いてお腹も空いていたのもあり、人生で最高の昼食になった。 絶品でした。
午後からは軽いカフェ的な感じにもなり、デザートとコーヒーだけの利用客も多くそこまでバタバタとはしなかったが、きっと夜はまた忙しくなるんだろうな。 俺は夕方で上がりだけれど。
仕事の終わりも近づいてきた時、思わぬ来客がやってきた。
「いらっしゃいま……な、なんで?」
「ふふ、雄也に聞いて見に来ちゃった」
やって来たのは、海以来連絡の無かったりんだった。 考えてみればりんは近くに住んでいるし、来てもおかしくはないよな……。
「あれ? 凛ちゃん!」
偶々外を覗いていた南々子さんがりんを見つける。
「こんにちは、前回はお世話になりました」
「ううん、私も楽しかった。 孝輝君もう上がりだから、ちょっと晩御飯には早いけど二人で食べていって。 ご馳走するから!」
「でも、俺まだ十五分ありますし、最後まで働きますよ」
「こんな可愛い女の子を待たせるもんじゃないよ孝輝君」
「ほんと可愛い、うちの息子じゃ相手にもされないわね。 ほら、もう着替えて。 南々子さんも言ってるんだから」
西川さんまでそう言うので、何だか恥ずかしいが、お言葉に甘えて上がらせてもらった。
でも、いい経験になったな。 働くのは気持ちがいい。 まあ社会に出たら嫌な仕事や職場もあるんだろうが、南々子さんと西川さんと働いた今日は、とても楽しくて充実していた。
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