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好きと大好きと愛しているとlikeとloveぐらいしか出てこない。

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「いかん、セリフが思いつかない」

「ふ、ふん、ま、まあ、タツタだもん。しょせんこの程度よね」


 見れば頬が赤くなっているレンコ。

 大きな瞳が少しうるみ、きらきらと輝いて見える。


 あれ、ちょっとかわいくないかこいつ。

 そう流される自分の心をいやいや、まてまてとつなぎとめる。

 俺は照れているという自分の心を隠すようにレンコの表情を指摘した。


「でも顔赤いぞ。もしかしてちょっと照れてる?」

「馬鹿タツタ!」


 好かれてもいない猫にちょっかいを掛け続けると、本気の反撃を受ける。

 そんな家で飼っている猫との懐かしい思い出がフラッシュバックするほどの鋭い一撃は、俺の頬を的確に捉えていた。

 ぱぁんという快音が響き、俺の視界がぐるりと揺れる。


 突進してきたレンコのビンタが炸裂したのだ。

 だが俺は揺れる視界に映った光景に突破口を見出していた。


 視線の先に映ったのはレンコの本棚。

 そこには少女漫画が並んでいた。


「こ、コレだーーー!」


 俺はビンタの衝撃で地面に倒れると、その威力を殺さずゴロゴロとレンコの本棚目掛けて転がっていく。

 当然俺はレンコの本棚に衝突し、その衝撃で本棚からマンガがいくつか落ちてくる。


「あ、馬鹿、勝手に人の本棚を!」

「ほほう、レンコさんもこういうものをお読みになるのですな」


 レンコを茶化しながら、試しにそばに落ちてきた一冊を手に取ってみる。

 少女漫画を読むなんてやったこともなかったが、まあ、これもこの部屋を出るためだ。

 レンコをデレさせるならあいつの好みも知っておいてもいいだろうし。


「や、やめろ――! 馬鹿ぁぁぁ!」


 鬼の形相とはこのことで、なんか直視できない顔でレンコがこちらに迫ってくる。

 俺は素早く体を起こし、その突撃を回避しつつマンガを読み始めた。

 運動部をなめてもらっては困る。

 相手も運動部だけど。


 開いた漫画には髪についたサクランボの髪飾りをヒロインから取り上げて、なぜかかみ砕こうとし、歯が粉々砕けたイケメンが、血を流しながらスマイルしていた。

 ほぼ見開きで。


 本物と勘違いしたのだろうか。いや、そもそも本物のサクランボは髪につけるものではないだろうに……。

 俺は強靭な顎のイケメンに心底同情した。


 その後も怒涛のツッコミ展開に俺はがっつり少女漫画に心を捕まれ、いつしか真剣に物語を読み進めていた。


「なんだこれ、めっちゃ面白いじゃん」

「そ、そう?」


 読み始めること30分ちょい、一冊読み終えた感想はそれだった。

 自分の趣味に好意な感想をもらえて落ち着いたのか、レンコは攻撃の手を止めた。

 よしそれじゃあ、さっそく試してみるか。


「――レンコちょっと近く来て」

「なによ」


 二歩三歩、素直にこちらに近寄ってくるレンコ。


(このあたりなんか子犬感あるなこいつ。さてとここは慎重にやらないと)


 ちょんと俺の前に立つレンコに、いつの間にかだいぶ身長差がついたんだなとかふと思いつつ、俺は自分の腕の長さとレンコの立ち位置をおおよそ測った。

 このままだとちょっと近い。下手すると手が当たってしまう。


「もう一歩下がって」

「こう?」

「そうそう、その距離がいい」

「ええっと、何する気が聞いていい?」


 怪訝な顔をするレンコ。

 教科書もとい、少女漫画いわく、相手がデレる瞬間の前には、必ずドキリという瞬間が差し込まれる。

 ならばレンコに何をするか教えず、一気に始めたほうがいいだろう。


 そう俺は判断し、軽く体を落とし、一歩踏み込む。

 突き出す拳の型は縦拳、狙いはレンコの喉、の拳半分手前だ。


「んん!?」


 突然の正拳付きに驚き、身を固めるレンコ。

 さすがのレンコもこれにはドキリとしたはずだ。


 俺は突き出した拳をそっと持ち上げ、レンコの顎をくいっと持ち上げた。


「ンんん!?」


 自分の体を起こし一歩レンコに近寄る。

 見開いたレンコの瞳をしっかり見つめる。

 うるんだ瞳がなんかめっちゃキレイだし、赤味を帯びた頬はなんか見ていて可愛さを感じられる。

 っといけないけない。ちゃんとレンコに告白しないと。


「愛している」

「ンーーーーー!?」


 何かが爆発したようにレンコは奇声をあげた。

 同時に顎をクイっとしていた俺の腕をぶん殴り、すさまじい勢いで部屋の端まで逃げてしまう。


 だが顔は赤く、よくよく様子を見ると、どうにも全力で拒絶しているようではないとうかがえる。


 そこは分かるのだが、乙女心はマジでわからん。

 あと殴られた腕が超痛い。

 

「……デレた?」

「デレるか! めちゃくちゃびっくりしてそれどころじゃないわ!」

「馬鹿な! 何が間違っていたっていうんだ!」

「全部よ!」

「ぜ、全部のだと……!」


 あまりの結果に俺は絶句した。

 こうなったら俺も意地だ。

 必ずお前をデレさせてやる。


「いいだろう、ほしがりさんめ、じゃあ全部試すだけだ」

「え、ちょ、ちょっと待ってタツタ」


 つかつかと俺はレンコに詰め寄る。

 レンコは逃げるように後ろに下がろうとしたが壁に阻まれていた。

 これはチャンス。

 俺は一気に距離を詰め、レンコの太ももと太ももの間に自身の膝を差し込み壁にたたきつける。


「キャア!?」

「がっ……!?」


 ドンという鈍い音、壁に強打した俺の膝は激痛という名の悲鳴を上げた。

 痛っっっってぇぇぇえ!? 俺はだらだらと脂汗を流しながら痛みをこらえた。


「え……な、なに?」

「……!!」


 目の前には先ほどよりもさらに目を見開き完全に思考が止まっているレンコ。

 めっちゃ顔が近い。呼吸した息遣いがわずかに感じられる。

 痛みとその他もろもろで俺は思わずセリフが飛んでしまった。


「えっと、た、確か……。へっ、面白れぇ女だな」

「な、ないわね」


 レンコは胸に手を当てそっぽを向いた。

 だが、声を上ずり、頬を染め、耳が赤くなってきている。

 やはり少女漫画のシチュエーションはどうやら効果があるみたいだ。


「……そっか、なら――」


 ただ、それ以上に、あんまり見ない幼馴染の面白い反応は俺のいたずら心に火を付けていた。


「次は壁ドンを試してみようか」

「うへっ!?」


 膝の位置をそのままに、右腕の肘から手のひらを壁にたたきつけた。

 再びドンという強い音が響き、上半身がレンコに近づく。

 顔が、触れるか触れないかのギリギリの距離。

 レンコの熱い息遣いが如実に感じられる。


「……」

「……」


 やりすぎた。壁ドンのなんたる恐ろしさか。

 人間、話相手が近すぎると何をしゃべっていいのか分からなくなるものなのだとその時俺は初めて思い知った。

 それこそ、この距離で告白するのは、相当の度胸がなければできない。


「こ、告白するんじゃないの?」


 上目遣いでうるんだ瞳をこちらに向けてくるレンコに俺は怯んだ。

 怯むよ、これ、いや本当に。


「ああ、いや、ちょっとタイムで――ごふっ」


 瞬間、左脇に走る鈍痛。

 レンコの右フックが炸裂したのだと理解し、よろけて数歩後ろに下がったところに返す刀で左フックがみぞおちに刺さる。


「……う、うぐぅ」

「ああ、もう! もう!!」


 容赦ないコンビネーションの前に俺は膝から崩れた。

 さすがだレンコさん、お前なら世界を狙えるぜ。


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