12 / 39
11話 変化と、まどろみ
しおりを挟む目が覚めたら見知らぬ森の中にいた。たしか昨日も同じことがあったな、と思いながら状況を確認する。
私は昨日、異世界にやってきた。そこで「色判定」を受けて無能の烙印を押される結果となり、色々あってユーリという親切な人間に拾われ、どうにか暮らしの目途が立ち、安心しながら眠りについたはずだ。
そして現在、昨夜眠るために入った寝袋の中で、木々の隙間から明るい空を見上げている。何故こうなったのだろうか。
その一、寝ている間に誤って瞬間移動をした。
その二、また別の世界に来てしまった。
その三、夢を見ている。
おそらく一だろう。そしてきっとユーリが私を心配しているので早く戻らなければならない。
『ということで戻りました。おはようございます』
「っ!? ハル……っ!?」
瞬間移動でユーリの元へ移動しようと力を使い、普通に能力が発動したので着いた瞬間に挨拶をした。もしまた別の世界に飛んでしまっていたら能力は使えなかったはずで、発動した時点で絶対にユーリの元に戻ることが確定していたからなのだが。
突然脳内に言葉が浮かんだであろうユーリはビクリと肩を跳ねさせたので、ものすごく驚かせてしまったのが分かった。突然話しかけるのはよくないようだ、気をつけよう。
『寝ながら瞬間移動したみたいですみません。……あの、ユーリさん? どうしました?」
ユーリは私を見て固まっていた。かなり動揺していて、私にかけるべき言葉を探している。心配した、戻ってきてよかった、どこに行っていたのか、何もなかったのか、急にいなくならないでくれ。そういう言葉が次々と浮かんで、流れていく。
「……無事で、よかった。おかえり、ハルカ」
最終的に彼が口にしたのはそれで、同時に心底安堵したという感情が流れ込んでくる。よっぽど心配したのだろう。おそらく私は突然、彼の視界から消えたのだ。
夢の中でたくさんの薄氷魚を追いかけて瞬間移動を使ったので、多分そのせいなのだけれど。……かなり心配させたのが分かったので、ちょっと、さすがに申し訳ない。心配をおかけしました。
『私が突然いなくなっても心配しないでください。寝てる間は時々やってしまうので』
「心配するなと言われても難しいな。もし眠っている間に魔物の前に移動してしまったらどうするんだ?」
『私は常に念動力の壁を張ってるので、大丈夫です。エネルギー切れを起こさない限りは怪我しません』
念動力には触覚があるが、痛覚はない。体に纏ってる念動力に何かが触れれば分かるのだけど、刺されようが噛まれようが痛くはないのだ。眠っている間に魔物の前に転移して襲われたとしても問題なく目を覚ますだろう。
だから心配いらない、と伝えたがユーリはまだ心配している。……なんだろう、少し様子が変だ。夜の間に何か心境の変化でもあったのだろうか。伝わってくる感情の質が昨日とちょっと変わっている気がする。
「急にいなくなったら心配するのは当然じゃないか」
『うーん……あ。じゃあ手を繋いで寝ますか? それなら一緒に移動しますよ』
「……ハルカ……頼む、もう少し考えてから発言してくれ。私は男なんだ」
野宿をしている時はともかく、ホームに住むようになったら寝室に男を招き入れるということだと彼が考えたことでそれもそうかと思い直した。昨日は二人組の荷物から出てきた寝袋で寝ることになったし、普通に傍で眠っていたので失念していたのである。同じ部屋で一緒に寝ようと誘うつもりはこれっぽっちもなかった。
『君は何でそう大雑把なんだ』と頭を悩ませる姿は昨日と同じで、様子が違うと思ったのは私の勘違いだったようだ。そういえば彼は昨夜火の番をしていて、交代するはずだった私がいなくなったので睡眠をとっていないのではないだろうか。先程感じたものはそういう疲れからくる感情だったのかもしれない。
『ユーリさん眠れませんでしたよね、すみません。しばらく休んでください』
「……君から目を離す方が不安だ」
『ええ……もっと信用してもらって大丈夫ですよ?』
「いや、いい。今日は馬車に乗る予定があるから、そこで休む。朝食にしよう」
何故か全く信用されていない。おかしい。超能力者なので安全を保障できる自信はあるのだが、ユーリは私に周囲の警戒を任せて眠ることはできないらしい。
朝食は火山猪のステーキと、腹持ちのいい携帯食料だ。食べながら今日の予定を確認する。
「ホームまでは二日ほどかかるからな、今日は一日移動になるだろう」
色判定を行っていた街はドルア王国の首都だ。ここから日が昇る方角に向かうと人が少なく、田舎になるらしい。
何故かと言えば、首都から日が昇る方角に行くと突然土地の魔力が薄くなるのだという。魔力が少なければ作物が育ち難かったり、動物が少なかったりと少々暮らしに不便なのだそうだ。それにこの世界の道具はほとんどが魔力で動くので、土地に魔力が少なければ道具を動かすのに必要な魔力が増える。結果、魔力を使う道具を取捨選択してできることは人力でやらなければならなくなる。
人々はそんな不便な暮らしを避けたくて、そちらの方にはあまり居着かないということだった。……でも魔力の少ない人間は、人目を避けるようにそちらに流れる。道具に頼らず汗水垂らして肉体労働をすることになるが、それでも人の差別の視線の中に生きるよりマシだと。
ユーリの保護施設もそういう場所にあり、結構な距離を移動しなければならない。氷魔石はたくさん手に入ったけれどあと二日も肉が持つかは五分五分だと思っているようだったので、ここは私の出番だとにっこり笑った。……なぜかユーリが小さく肩を跳ねさせた。笑顔を向けてビクッとされるのはなぜだろう。普段あまり笑わないから、もしかすると私の笑顔は筋肉が強張っていて奇妙なのかもしれない。
『ユーリさん、私の能力のこと忘れてませんか?』
「…………いや、しかし。それは、いいのか? 場所も知らないだろう? 結構距離があるぞ。君の負担になるのではないか?」
『余裕です。ユーリさんが場所を正確に思い浮かべてくれれば探せます』
地球の裏側にだって一瞬で移動できる超能力者なのだ。さすがに日本からブラジルまで移動するのは疲れるが、これくらいならお安い御用である。
問題は二日の移動距離を一瞬で移動しても怪しまれないかということだ。それを尋ねたところ、ホームにいる者達は色判定の日程を知らず、すでにユーリが出立してから十日が過ぎている。日数的にも怪しまれはしないから大丈夫だろうという返答だった。
ならば瞬間移動で今日、帰ればいい。肉も無事持ち帰れる。そういう訳でユーリにホームの場所やら外見について思い浮かべてもらい、その思考から得た情報で目的地を探した。
千里眼で視線を飛ばしていくと、森の中に建てられたかなり大きな建物を見つける。ユーリが思い浮かべていた建物と特徴が一致するので、これだろう。……精神感応ではさすがに、視覚情報までは伝わらない。はっきり思い浮かべてくれれば、ぼんやりと分かることはあるけれど。
あたりに他の家や人の気配はなく、森の中にぽつんと一軒家という感じだ。かなり周辺を切り開いてあるので、森の中でも明るくていい雰囲気である。傍に畑も作られているし、立派な野菜が育てられていた。相当広いために屋敷と呼べそうな建物だが、そこで暮らしているのはどうやら三人だけである。
『三人の姿が見えました。丁度朝食の時間ですね……ユーリさんの話をしていたので、間違いないかと』
「そんなことまで分かるのか。たしかに、ホームで暮らしているのは私の他に三人だ」
『超能力者ですからね。……それにしてもユーリさん、気味悪がりませんよね。私の力』
千里眼で遠く離れた誰かの様子が分かるということは、どこにいても監視ができる力でもある。正直、超能力者を相手にすればプライバシーを守ることはできない。
だからこそ今まで隠してきた。私の力を知れば、誰も私のことを信用できないだろう。人として限界を超えた力だから、超能力なのだ。……私は、ユーリくらいお人好しならたとえ不気味に思ったとしても助けてくれるだろうと踏んで力の話をした。嫌われる覚悟はあったし、今でもそれは変わらない。
だから、不思議なのだ。彼から伝わってくる感情に恐怖も、嫌悪も、いまだに滲んでいないのが。いや、もちろんそれはありがたいのだけれども。
「私は君を嫌いになることはないだろうからな」
『……そうなんですか?』
「君が私に恩を感じているように、私だって君には感謝しているんだぞ。……君は、昨日一日で私の世界を変えたんだ。自覚がないのか?」
その時のユーリの感情は、ずいぶんと強い好意にあふれていて何故か居た堪れなくなった。……昨日の彼にもたしかに私に対する好感はあったのだが、それよりも戸惑いや驚きが強かったし、私に対して「何をするつもりだ」という心配というか不安というか、そういう意識を向けていた。
私はそれを理解していたけれど、彼のためになると思うことをためらわずに実行し、そしてさらに彼を混乱させるということを繰り返していたと記憶している。
『私、結構、ユーリさんを困らせていた気がするんですが』
「……その自覚はあったのか」
『まあ、はい。……あ、でも困らせようとしてやってる訳じゃないですよ』
結果的に彼が混乱したり戸惑ったりするだけで、私はユーリのためになることしかしていない、はずだ。私がとれる手段がちょっと、かなり、特殊だから戸惑うだけで、結果としては良い成果がでている、はずである。氷魔石しかり、魔石の除去しかり。
ただ、それが好かれる行動だとは思っていない。とても「嫌いになることはない」と断言されるくらい好かれるような行動ではなかったと思うのだが、一晩のうちにどんな心境の変化があったのだろう。
「気安く話ができるのは君が初めてだ。隠し事はできないが、そのおかげで偽らずにいられる。私は、君のその能力が嫌いじゃない」
『……本心を覗かれて喜ぶ人って、かなり珍しいですよ』
「でも、私はそうだった。だから君は気にせず私の心を読めばいい。……本当に私が気にしていないのも分かるんだろう?」
そう、それは分かる。すでにユーリは私が精神感応で意思を読むことを受け入れきっていて、抵抗感など微塵もないのだ。むしろ喜んで受け入れているというか、意思と感情のやり取りを望んでいるようにも感じる。……普通、嫌がるものじゃないんだろうか。
「君のおかげで私は自分の魔力の色を憎まなくてよくなった。……本当に、ありがとう。昨日は混乱して、まともに礼なんて言えなかったからな」
『……まだ、成果が出るのはずっと先ですよ?』
「それでも。希望があると知る前よりもずっといい」
伝わってくる感謝と好意がくすぐったい。心地よい感情だが、そわそわとして落ち着かない気分になってしまう。……なるほど、ユーリが「君の気持ちはくすぐったい」と言っていたのはこのことだったのかと納得した。これはくすぐったい。照れくさい、というべきだろうか。
『ユーリさんの気持ちは分かりました。私ももう、超能力で不気味がられるかもなんて一切気にすることなくユーリさんのために突き進もうと思います』
「……なぜだろう。肌が一斉に立ったんだが」
『鳥肌ですか? おかしいですね、気温はあったかいですけど』
「そういうことじゃない」
ユーリが気にしないと言うからこれからは多少遠慮した方がいいかもしれない、と思っていた能力もどんどん使っていこうと思っただけなのに。解せぬ。
12
あなたにおすすめの小説
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい
犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。
異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。
持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。
これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる