異世界超能力だより!~魔法は使えませんが超能力なら使えます~

Mikura

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終話 拝啓、未来の誰かへ

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 私が見知らぬ森で目を覚ましてから、つまり世界を渡ってからもう一年近くが経った。
 この世界に残ることを決めてからは心がすっきりと軽く、穏やかで楽しい日々が驚くほど早く過ぎて、気づけばこんなに時間が経っていたのだ。悩み事がないというのは、いいことである。
 元の世界への未練は――ない。あってはいけない。私はユーリと共に過ごすことを選んだ。それを決して後悔しない。
 私のような異質なものを十八年育ててくれた両親には感謝をしている。もう会うことはないだろうが、その気持ちだけは忘れないでいよう。私にできるのはそれだけだ。


(これくらい……? いや、もうちょっと小さいかな)


 現在私は自室にて工作をしている。この世界で生きることを決めたのだから、この世界の習わしに従おうと思ったのだ。つまり、そう。ユーリへのプレゼントを作っている。
 ただ、問題なのは私の壊滅的な芸術センスだ。絵はもちろん、デザイン系統も酷いものである。念動力の操作てさきは器用なので細かい作業などは得意だが、いかんせんその“作るべきもの”を考えるのが下手くそなのでクリエイター的な才能は皆無。でも、元になるデザインがあれば真似ればいいだけなので難しくはない。

 結婚したい相手に色付きの装飾品を贈るのが、この国の風習。婚約用装飾品の専門の店もあるくらいで、私はそんな店の商品を千里眼で覗いてどんなものが主流なのかをまず調べた。
 派手で凝ったデザインのもので素材は魔力が籠ったものが高価で、シンプルなデザインで布や木材など手に入りやすいものを着色したものが安価だ。装飾品の種類は実に様々で、指輪やネックレス、髪飾りからピアス、ブローチなど本当にどんなものでも装飾品であればいいようだった。


(ユーリさんは派手なものは好まないだろうし、シンプルなのだったら作れそうだと思ったけど……地味だね)


 色付きであれば素材も何でもいいようだったので、手持ちの黒い魔石を削って六角柱の形にする。それに紐を通して作ったとてもシンプルなペンダントだ。肝心の色の部分が私の色、つまり黒なので本当に地味な見た目になった。
 私が首に下げている妖精の瞳と似た雰囲気のものである。なんだかおそろいの物をプレゼントするようで少々気恥ずかしいが、まあいいだろう。あとは砕けた魔石の欠片しか残っておらず、作り直すこともできないので仕方がない。非常に硬い魔石で削るのは結構大変だったし、努力と真心だけは籠っている。


(ユーリさんにあげてこよう。今どこにいるかな)


 千里眼で探せば早いのだがそれはプロポーズを急いでいるように思えてやめた。彼がホームからいなくなることはないのだから、普通に探せばいい。
 まずは一階に降りてリビングを見てみる。イリヤとダリアードがソファでのんびりとくつろいでいた。


「あ、あら……ハルカ、どうしたの?」

「ユーリを探してる」

「……ユーリなら外に行ったのを見たぞ」


 何やら二人の様子がおかしい。どちらも顔が赤いように見えるし、私が来るまでに一体何を話していたのだろう。
 最近はこちらの言葉の聞き取りもできるようになったし、まだ拙いがそれなりに話せるようにもなってきた。日常会話ではもう精神感応も使わないので何があったのか分からない。分からないが、この場のただならぬ雰囲気と二人の様子から“何かがあった”ということだけは分かった。


「二人とも顔、赤い。どうしたの?」

「い、いや別に! 何もねぇよ、なっイリヤ!」

「……何もない訳じゃなかったけど」

「ちょっ……!! 合わせろよ!?」


 なるほど、何やらいい感じの進展があったようだ。二人が恋人になる日も近いのかもしれない。……いや、もうそういう関係なのかもしれないが。それを知るために精神感応を使うのは下世話なので、やらないけれど。とにかくおめでたいのでにっこり笑っておいた。
 何故か二人が妙な顔になったのですぐに笑顔を引っ込める。まだ練習が足りないようで、この顔は相変わらず不評である。……ユーリだけは『可愛い』と思ってくれるのだけれど。


「あ、ハルカ。ユーリが呼んでたよ」

「セルカ、ありがとう。ユーリ、どこにいる?」

「薪置き場で待ってるって。何か話があるみたいで……あれ? 二人はどうしたの?」


 外から戻って来たセルカがユーリの居場所を教えてくれたのでそちらに向かう。背後では「ハルカってあんな顔するのか……?」と訝し気に呟くダリアードや「気のせいじゃなかったのね」と気が抜けたように言うイリヤの声がしたけれど、振り返ることなく外に出た。
 薪置き場はホームの裏側にある。日当たりがよくないので薪を取りに来る時以外は皆あまり近づかない場所だ。薪割りをする私だけは毎日のように通っているが。


「ユーリ、よんだ?」

「ああ、ハルカ。少し、相談したいことがあってな」


 ユーリは休憩用に設置されている木の長椅子に座っており、私を見ると優しい顔で笑った。三人のいない場所に呼び出しての相談なので、聞かれたくない話なのだろう。彼の隣に腰を下ろしてその顔を見上げる。
 視線が絡むと嬉しそうにほんのり目を細められた。機嫌が良さそうなので特に悪い話という訳でもなさそうだ。


「まだ聞き取りは覚束ないだろう? 色々説明をするから異能を使ってくれるか?」

『はい、分かりました。それで、どうしました?』

「ああ、もうすぐ王都で色判定がある時期なんだが……」


 「色判定」は年に一度行われるものらしい。ユーリは毎年この時期には王都へ行き、色が薄すぎてまともな仕事に就けないような子がいないか確認するのだ。そういう子供が居れば保護してホームまで連れ帰る。私も一緒に行かないかという相談だったので承諾した。
 私が居れば行きの移動時間の短縮ができる。保護する子がいなければ帰りもだ。恋人として半年以上共に過ごしているので、手を繋いで瞬間移動する際に距離や高度を誤ることもなくなったし、安全で速い移動手段があるなら使うべきだろう。と、納得していたらユーリは少し困ったように笑った。


「いや……移動はたしかに、ありがたいが……私はあまり君と離れたくないからな」


 彼の恋愛感情は、結構重たい。比喩ではなく、精神感応を使えば心の中にずっしりと感じる好意が流れ込んでくるのだ。私の感情はこうはならないので不思議に思うけれど嫌ではない。例えるならそう、温かい布団の中やこたつから離れられないような、体が重たくて動けないのに心地よい感覚だ。まあ、ちょっと、引きずり込まれるような感じがしないでもない。……布団やこたつはある意味この世界の魔物よりも凶悪な魔物であるし。


『出かける時はなんだかんだいつも一緒ですけどね。……皆も反対しないですし』


 イリヤやダリアードは私たちの関係を知っているようで、気を遣ったように二人きりにされることが多々ある。セルカも二人で話しているとたまに羨ましそうな視線を向けてくるので気づいているのかもしれない。
 三人の前で恋人らしい振る舞いをした覚えはないのだが、気づくものなのかと不思議に思う。超能力を持っているわけでもないのによく他人の感情を察せるものだ。特に私は表情が少ない方なので分かりにくいはず――――そういえばユーリの方は結構分かりやすいから、そのせいかもしれない。今もとても嬉しそうにニコニコと笑っている。


(……予知で見た未来と一緒だ)


 この場所で、笑うユーリに私が贈り物をする未来。この未来を見たのは王都の城で、元の世界へ戻るための手がかりを探していた日だ。喜んでくれるだろうことは未来予知で知っているのだけれど、いざ渡すとなると少しばかり落ち着かない気分になる。……これは、多分、ちょっとだけ緊張しているのだろう。
 ポケットから先程作ったばかりのペンダントを取り出した。ぱちぱちと瞬きを繰り返してそれを見ながら驚いているユーリの手を取って、そっと手の平に乗せた。


「ユゥリアス。これ、受け取ってほしい」


 ユーリの本名は二人きりで誰に聞かれることもない時に呼ぶ。彼はもう他の誰も呼ばなくなったこの名前を、私だけに呼んでほしいようだったのでそうしているのだ。
 こういう時は尚更その名で呼ぶべきだと思ったので、一応千里眼で他の三人の位置は確認した。リビングで何やら話し合っていてこちらに来る気配は全くなかったので、安心してプロポーズを決行できる。


「…………ハルカ、これは婚約の申し出だが……」

『分かってますよ。私は、ずっとユーリさん……ユゥリアスさんと一緒に居ます。それを誓おうと思って』


 私はこの世界で、ユゥリアスという人と共に生きる。それはもう随分と前から決めていたことだが改めて誓う。私は異端な超能力者で、この世界の人間とは身体構造すら違うけれど――ユーリはそれでも私を望んでくれたのだ。私は、目に見える形でその想いに応えたかった。だからこそのプロポーズ。
 ぐっと唇を噛んで涙をこらえた彼は一度自分の目元をぬぐってから、喜びに頬を染めて笑った。……それでも一雫ひとしずくは頬を伝っていたけれど。それは、いくらでも零していいものだ。


「……ありがとう、大事にする。絶対に離さない」


 それは装飾品に対してか、私に対してか。いや、どちらもだろうか。そっと背中に回された腕に抱き寄せられて、弱くはない力で抱きしめられる。
 ユーリがこういうスキンシップをするようになったのはここ一ヶ月くらいのことだ。相変わらず心臓の音は凄いけれど、指先で触れるだけでいっぱいいっぱいだった頃に比べれば慣れた方だろうか。


「しかし、いつの間に用意したんだ? 黒の装飾品は高価だろう?」

「さっき作った」

「……作った?」

「黒魔石、持ってた」


 装飾の店で見た物の中でも魔力を含む石、魔石類を加工したものはとても高価だった。特に全属性の黒魔石となるととても庶民には手を出せなさそうな金額だ。それを派手に装飾したものはユーリも好まないと思ったし、黒の魔石なら私も持っていたのでそれを使うことにした。価値としてはかなりあると思う。
 しかしそれを聞いたユーリは私から離れ、赤かった顔を真っ白にしながら手の中のペンダントを見つめている。この世界の人間は魔力が見えないようなので、材料が黒い石なのか黒い魔石なのかは見た目で判断できなかったようだ。


「……妖精の瞳ではこの形にはならないな。まさか、火龍の宝玉なんてことは……」

「そう。一番魔力が多かったから」

「!? なんてものを作っているんだ!?」


 その先のユーリの言葉は少し難しかったので精神感応を使った。黒の魔石自体は、黒の魔物を倒せば手に入る。かなり珍しいし高価ではあるが、五年に一度くらいは手に入るものだ。
 ただ、妖精の瞳や龍の宝玉系の特殊な魔石は別だ。百年に一度、火龍の宝玉に至っては五十年前の火龍の死骸からとれたものしか存在しない貴重品であり、それを削って装飾品にしようなどとは誰も考えないという。


『でも、この魔石は魔法を妨害するんですよね。これならユーリさんを守れるし一石二鳥と思って……』

「ッ……気持ちは、本当に嬉しいんだが……」


 国宝級の宝石をガリガリと削って作った婚約指輪を渡されたような気分であるらしい。なるほど、それは重たいかもしれない。私としては丁度良く品質と効果の高いアイテムがあったので使ったくらいの感覚なのだけれど。


「こんなに高価なものを貰ってしまった私は、一体何を贈ればいいんだ……?」

『あ、じゃあユーリさんの瞳と全く同じ色のものがいいです。私、貴方の瞳の色が好きなので』

「っ……君はまたそうやって……ッ」


 似た色の装飾品ならいくらでも売っているが、全く同じ色となれば難しい。私は結構装飾品の店を覗いたけれど、赤や橙系の装飾品はたくさんあれど、ユーリの瞳と全く同じ色のものは見つからなかった。火と土の二属性の魔石の中には近いものがあったから、探せば同じだと思えるものがありそうだ。贈り物に悩むなら是非それを探してほしいと思う。

 私は本当に彼の瞳の色が好きなのだ。ずっと見つめていたいくらい、綺麗な夕日の色。そして私達は恋人同士なので、瞳を褒めたところで何ら問題はない。いつまでも私が瞳の色に好意を示すことに慣れないユーリが白くなったはずの顔を再び赤くした以外は問題ないのである。何より私は彼が赤くなって喜ぶ姿を見ると楽しくなってしまうので、この先もやめる気は毛頭ない。


『あんた! やっと見つけたわよ!』


 どこからともなく声がして、目の前に半透明の小人が飛び出してきた。あまりにも懐かしい相手に少し驚く。私がこの世界にやってきたばかりの頃に出会った妖精だ。
 他の人間には見えない存在であるはずなのでユーリに『妖精が現れました』と伝えると、目を覆いながら色々と悩んでいた彼もパッと顔を上げてこちらを見る。


「……これが妖精か?」

『あれ、見えるんですか?』

「いや、見えない。だが何かいるのは分かるな……そこだけ景色が歪んでいる」


 どうやらユーリには妖精が“いる”ということは分かるらしい。魔力が多い人間には分かるのか、それとも気配に敏いユーリが特別なのか。
 彼が他の人と違うことと言えばまだ体に魔石が一つ残っていることだ。私さえいれば他は何もいらないから魔石の除去ももう必要ないと言って、私がこの世界の残ると決めた日以降荒療治をすることはなくなった。
 私程異質ではないにせよ、ユーリもまた少々特殊な生い立ちや状況にある。妖精の存在が分かるのもそういう何かが関係しているのかもしれない。


『ちょっと、無視しないでよ。あんたを探すのに苦労したんだから!』

『え? これがあれば分かるのでは?』


 私は妖精の瞳と呼ばれる魔石を肌身離さず持っていた。追跡魔法がかかっているらしいし、私の居場所は筒抜けだとおもっていたのだが。服の下から取り出した妖精の瞳を見せたが、彼女はそれを見て『あー!』と何やら怒りを込めて叫びだした。


『あんた、それに穴開けたのね! だから魔法が弱まって分からなかったんだわ……!!』

『形変えたら弱くなるんですか? じゃあ、あれも?』

『あれって……え、あれ火龍の石? 削ってあの形にしたの? あんた馬鹿なの?』


 妖精曰く、穴を開けたり削ったりすると魔石に宿っている魔法が弱くなる。妖精の追跡魔法も火龍の魔法妨害も効果がなくなった訳ではないが、本来の七割程度の力しか残っていないそうだ。
 そして妖精の追跡魔法については火龍の宝玉に邪魔されてすっかり方向が分からなくなり、妖精が私への用事を思い出して探そうと思った時には行方が分からない状態になっていた。時々王都へ行っていた時は存在を認知していたらしいが、妖精がたどり着く前にまた行方が分からなくなるので会えなかったと言われた。まあ、瞬間移動を使っていたので仕方がない。


『でも今日はなんでここに?』

『火龍に用事があったのよ。そしたら急にその石の気配がしたから、消える前に急いで来てやったの。感謝しなさい』


 妖精はお気に入りである私にとてもいい情報を持ってきてやったのだと言って胸を張った。それを教えてやろうとしてるのにどこにいるか分からないから探していた、と。
 しかし「いい情報」と言われてもなんだか分からずに首を傾げる。


『元の世界に戻る方法よ。あんた、元の世界に帰ろうとしてたでしょ?』

「あー……」

「……ハルカ、どうした?」


 妖精と精神感応で話しているのを無言で見守っていたユーリが、思わず声を漏らした私に尋ねてくる。何か悪い事でもあったのかと気にしているようだ。


『元の世界に帰る方法を妖精が知っているみたいで、教えに来てくれたらしく……』

「……それは……」


 ユーリがぎゅっと魔石のペンダントを握った。今は精神感応を使っているので、彼の心に不安が生まれたのも分かる。でも、それは杞憂でしかないので笑って見せた。私はどこにも行く気などないのだと。
 そうすると彼の不安も一瞬で霧散する。元の世界に帰るという言葉に対し反射的に覚えた感情だったようだ。彼は私の誓いを信じてくれているし、すぐに柔らかい微笑みが返ってきた。

 私はユーリと一緒にいる。あの手記を書いた人のように、好きになった人と共にこの地で生きていくと決めたのだ。その気持ちは、絶対に揺るがない。


『ごめんなさい、私もう帰らないことにしたので……』

『はっ!?』

『あ、でもせっかくだからその方法は教えてもらえますか。……ちょっとやりたいことができました』


 私もあの手記を残してくれた人のように情報を残そうと思った。世界にやってきて戸惑うであろう、私と同じ境遇の誰かのために。元の世界への帰り方と、この世界で知った幸福の両方を記したものを書き残す。
 私はあの手記を読んで自分の決断を正しいと判断できた。だから私も同じように、知ったことを残すべきだろう。……後悔のない選択をするには、情報が必要だから。


(長い文をまとめられる気はしないから、手紙にしよう。未来の誰か宛ての、手紙。タイムカプセルみたいでいいんじゃないかな)


 超能力者は人の身を超えた力を持っているとはいえ、不老不死ではないから百年後には私もこの世界から消えている。けれど手紙ならば残るだろう。しっかり保存さえしてもらえれば、百年後でも、二百年後でも。
 私の未来予知は、私のいない未来を見ることができない。だから、その手紙がどうなるかは分からないが――――異世界から来た超能力者が後世の誰かに宛てたその便りが、いつかその誰かの支えになることを願うとしようか。


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