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アリス、学園に降り立つ

52 ガッカリ系王子もこう見えて成長してるんです!

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 やがて馬車は一軒の宿の前で停車した。流石に最北端にあるチャップマン家まで半日で到着するはずもなく、今日はここで一泊だ。普通の宿だが、ルイスには既に許可を得ている。
『ルイス様、ルイス様の素性は道中ではお知らせ致しませんが、よろしいですか?』
『ああ、もちろんだ』
 出発前、チャップマン家までの行程を組んだメモをルイスに渡したルーイは、ルイスに尋ねた。すると、ルイスはそれを二言返事で了承してくれたのだ。
 わざわざ王子一行だなどと言ってまわっては、かえって危ないと判断したのだが、てっきり反対されるだろうと思っていたルーイはルイスの答えに驚いた。
『我々は旅芸人だという名目で来ていますので、道中ではそれらしく振舞ってください。あと、彼らにもルイス様への態度を今だけ改めていただけると……』
 ルーイが言い終わらないうちにルイスは苦笑いを浮かべて言った。
『だからあの異様に派手な馬車だったんだな? 最初はほんとに旅芸人がやってきたかと思ったぞ。あと、あいつらに関しては大丈夫だ。普段から遠慮というものがないからな!』
 嬉しそうにそんな事を言うルイスを見て、ルーイは目を丸くした。
『そ、そうですか』
『ルーイ、逆に注意しとく。あの子達、ほんとにルイス様に遠慮が無いから、ビックリしないように気をつけといてくれ』
 そう言ってルーイの肩をポンと叩いたのはトーマスだ。そして、その言葉の意味をルーイはこの宿で思い知る事になる。
 ルーイの心配を他所に彼らは部屋割りで揉め、食堂では食事をそれぞれシェアして楽しみ、旅芸人だと自分達の事を紹介したばかりにアリスたちの能力を見せつけられたり、挙句の果てには主人も従者も騎士も関係なく、全員で近くの温泉に行く事になって、ルーイはもういっぱいいっぱいだった。
 王城に居た頃はルイスは良くも悪くもただの王子だったが、久しぶりに会ったルイスは別人かと思う程威厳が無い。それは騎士たちも思ったようで、それを快く思う者とそうでない者にぱっくりと別れた。
「なんかぁ、ガッカリぃ。俺はあんな子供っぽい王様に将来仕えんのかぁ」
「そうだな……前はあんなじゃなかったのに……」
 残念そうに呟くのは、今回の護衛の中でもまだ年の若い騎士だ。
 王城の騎士団に入れるという事で今まで必死になって鍛錬を積んできて、こんな王子を目の当たりにしたらそう思うかもしれない。ルーイも初めはあまりにも今までのルイスと違いすぎて戸惑ったが、要所要所ではルイスはきっちりと責務を果たしているし、子供っぽさは否めないが、ルカの子だと思うと納得もいく。ルーイはルカの騎士団の為、それをよく知っているのだ。なんならルカの方がはるかに酷かった。
「お前たち、無駄口を叩いていないで、護衛としての役目は忘れるなよ」
 例え風呂に入っていようとも。そんな言葉を飲み込んだルーイに若い騎士は適当に返事を返してくる。
「まあ、あの子達もそのうち分かるんじゃないか。威厳と傲慢の違いが」
 若い騎士たちを見てそんな事を言うトーマスにルーイは苦笑いを浮かべた。ずっとルイスの側に仕えているトーマスがそう言うのだ。きっと、ルイスは大丈夫だ。
「そうだな。まだあいつらは若い。これから色んな事を見て知って、その時初めて分かるんだろうな。少なくとも王城に入ってくる最近の王子の評判はかなり上がっている。嫌ルイス派にとっては痛いだろうと思うぐらいには」
 学園内の改革の効果は学生たちが実家に伝えた事で一気に広まった。それを提案したキャロラインとルイスの評判は、高位の貴族にはあまり受け入れられてはいないが、下位の貴族からは称賛の声が上がっている。それに釣られたように民にまでその評判は広まっているという。来年から始まる奨学金制度が、一体どんな効果をもたらすのかが今から楽しみだ。
「あの提案書の内容を考えたのは実際の所バセット家なんだ。自分達が男爵家だからこそ出た案なんだろうが、なかなか良く考えられてたよ」
 肝心な所はボカシながらトーマスが言うと、ルーイは頷いた。
「分かってる。ルイス王子には出来ない発想だろうからな」
「そうなんだ。だから聞いたんだよ、本人に。どうしてあの案を受け入れたんだ、と。そしたら王子は何て答えたと思う?」
「ノアやアリス、キリ、お前もそうだが、そういうのを勿体ないと思うようになったんだ、と。優秀な奴はどこにでも居て、金がない、地位が低いというくだらない理由は才能を潰す理由にはならない、って答えたんだよ」
「……」
「随分成長してるんだなって心底思った。ああ、俺はこの人の従者で良かったんだって、ようやく思えたよ」
「お前も苦労してたもんな」
 ルーイのセリフにトーマスは苦笑いを浮かべた。傲慢で他人のいう事をきかないルイスの手綱を握るのは、さぞかし骨が折れただろう。
 一体学園で何があったのか、それは分からないが、間違いなくルイスはいい方向に進んでいるように思う。
 ルーイはさっきからずっと子供のように風呂ではしゃぐルイスとカインを横目に、目を細めた。
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