模範的ラーメンファン

茶碗虫

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前編

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 僕はどこにでもいる大学生。そこにプライドを持っている。
 強いて言うとすれば、ラーメンが大好きだ。いや、そんな嗜好も、男子大学生的にはありきたりすぎるか。

 だが、やっぱりラーメンが大好きだというだけある。バイトのお金はほとんどすべてラーメンに奉納する。
 バイトはもちろんラーメン店……ではない。当然だ。 Why Japanese Peopleって?
「僕が汚すわけにはいかない」からだ。
 そう、バイト代を奉納するほど神聖な場所で、僕が働いていいわけがない。メニューに載った写真のままの、最善の状態で出されるべきラーメンから、ネギやメンマを抜きで注文する行為に似ている。失礼しました、ラーメン好きが出てしまいました。

 ラーメン屋に行くときは、基本的には1人を好む。その理由は、これは想像がつきやすいと思うが、友人との会話よりも集中したいものがあるからだ。極論、友人との会話なんて、いつだってできる。
 だが、ラーメン屋でできることは、ラーメン屋でしかできないことが多い。味を確かめることだったり、においを堪能することだったり。

 ある人は言った。
「ごはんは『何を食べるか、どこで食べるか』ではなく、『だれと食べるか』である」
 僕の個人的な意見としては、この文言は一理あると思う。だれかと食べることでうまくなるごはんもあるにはある。
 逆に言えば、一理しかない。
 つまりごはんとは、その人次第でもあるし、時と場合、ケースバイケースでもあるのだ。

 まあ、それでも僕は今日も1人で食べるけどね。

 僕は池袋のとあるラーメン屋に来ていた。大学からの帰り道にあるから、勝手が良くて助かる。講義終わりの眠たい体に、家系の濃さは非常に染みる。

 その店はカウンター8席しかなかったが、ラーメン屋は客の回転が速いから、さして問題ではない。
 10分ほど並ぶと、一番奥の席のサラリーマンが「ごちそうさまです」と小声で言って、狭い通路を横歩きで抜けて店を後にした。

「一番奥どうぞ」とバンダナを頭に巻いている人その1に言われ、狭い通路を横歩きで通る。
 数分前にあらかじめ買っておいた食券をカウンターの上に出し、行儀よく座る。

 そして、例の質問を待つ。

「あい、ラーメンの中ですね」

 バンダナを頭に巻いている人その2が、カウンターに出した食券に気づく。

「麺の硬さ、油、ニンニクどうなさいましょう」

 その2が、僕の目の前あたりをカウンターの上から手で示した。角度的に彼からは見えていないだろうが、そこには、

「麺の硬さ かため・ふつう・やわめ
 油    多め・ふつう・少なめ
 ニンニク 多め・ふつう・少なめ(別可)」

 と書かれた黄色い貼り紙がある。もう何度も見てきた表だし、なんならもうノールックでもぜんぜん答えられるが、ここで何のためらいもなくポンポン注文してしまうと、いかにもすでに決めてきました感が強くなってしまい少しダサいので、一応悩んでいるふりをみせつつ注文する。

「……全部ふつうで」

 いや全部ふつうかい!あれだけ頭脳戦してたじゃん!
 っていうツッコミがありそうだったので一応補足しておくと、当然僕にもこってりいきたい日もあるし、むしろそっちのほうが多い。だが、今日はなんか違う。なんか違う日は、無理していかないほうがいい。

 覚えておくといい。
 オールノーマル状態だろうが、家系は濃い。

 ♦

 半分くらいは食べ終えたが、まだ飽きていない。
 ガンガンまわる換気扇から伝わるかすかな熱風が語りかけます。
 うまい、うますぎる。
 失礼しました、埼玉県民にしかわからないネタが出てしまいました。

 僕は食べるスピードがとても遅いというわけでは決してないが、それでも僕よりも先に食べ始めていた人たちは、続々と満足げに街に消えていく。
 ラーメンを食べ終われば、だれしもがまた、日常に戻っていく。
 どんなに戻りたくなくても、食べなきゃいけない。ラーメンを待っている人がいれば、こんな僕をも待ってくれている人がいる。なにより、麺がのびちゃう。

 ちょっと悲しいけど、僕はまた麺をすする。
 ふと隣にやってきた二人組と目があった。

 そこには、同じ授業をとっている友人たちがいた。

「あれ、ゆーまじゃん!」

 目があってすぐ、手前に座った友人Aが言った。
 僕たちの学部は、のべ200人くらいなのだが、そこからさらに約20人ずつの必修のクラス分けがなされる。その必修クラスのひとつに、僕と、僕から見て手前に座った友人Aと、奥にいる友人Bが分けられたというわけだ。
 今日はその授業が終わった足でここに来たわけだから、彼らも帰り道のどこかでごはんを食べることなったのだろう。かなりの偶然だが、同じ店で食べることになる可能性はゼロではない。

「なんだよ、言ってくれれば、一緒に行こうってなったのに」
「気ぃ遣ってんじゃないよ。オレは好んで一人で食べてるんだから」

 友人Bの言葉に、僕はそう答えた。これは嘘偽りないセリフだった。
 それでも、やっぱり友人Bには伝わらなかった。

「みんなで食べたほうがうまくない?」

 そう、彼はそっち側の人間だったらしい。
 でも、僕は彼を否定することはできない。間違っていないからである。
 ごはんの食べ方は人それぞれなのだ。それでいいじゃないか。

 僕は彼にとっての食事を理解している。だから彼にも、僕にとっての食事を理解してほしい。

「安心しろ。みんなで食べておいしいものは、一人で食ってもうまい」

 僕はそれだけ言って、また麺をすすり始めた。
 友人Bは、納得したのか、ただ笑っていた。

 そう、食べ方は人それぞれ。
 すなわち、愛し方は人それぞれ。

 だから僕は、基本的には否定しない。
 そう、基本的には。
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