あなたが暇な時間に読むための短編集

冬派こたつ

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三日間の星追い

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 その日は百年に一度の騒がしい夜だった。新月の夜だった。
 空には星々が、光の尾を引きながら降り注いでいた。その光は美しかった。
 一際に明るく光る瞬間。それは、大気との激しい衝突により、燃え尽きる瞬間だった。
 光が終わりに向かっていく。その、瞬間。

 それでも、頭上を降り注ぐいくつもの光は、息を呑むほど美しかった。

****

 地面には一面、霜が降りていた。
 学生寮の窓枠から隙間風が侵入し、酷く肌寒い。
 身支度をしている最中に、ノックもせずに扉が開いた。
「ルーフ! 流星群だって!」
 なんの遠慮もなく入ってきた男は、同級生で友人のファッジだ。廊下側の冷たい風が室内に流れてくる。
「おい。ファッジ。」
 声だけの非難を送る。ファッジはどこ吹く風で、ズカズカと室内に入ってさらに言葉を続けた。
「パチ先が今日含めて三日後に流星群が降るから、参加希望者だけで見に行こうって。行くだろ?」
「まあ、行くけど。でも、要は二日後だろ? 参加希望に締め切りとかあったわけ?」
「締め切りは、今日の午前11時。明日から出発するって。」
「出発?」
「そう。郊外に出て、一番よく見える場所で見に行くって。宿泊になるから、人数決めて宿泊予約するって。ちょー張り切ってる。」
「まじか。つか、お前、それどこで聞いたんだよ?」
「朝練でパチ先に会って直接聞いた。俺とお前の参加は伝え済み。」
「俺の意思を無視してるのはこの際おいといて。それについてはナイス。」
「イェーイ。」
 ファッジの声と共にハイタッチした。

 着替えを終えて、ファッジと共に食堂への道すがら、女子寮側からも食堂に向かってくる人々が見える。その中に、パッと目に入るのはマリアの姿だった。
 緩やかなウェーブの赤茶色の髪、少しそばかすのある顔に緑色の瞳が優しげな垂れた目で友人たちと話している。
「あれ? マリアじゃん。」
 俺の視線の先をファッジが覗き見て呟く。俺はそれに「うるさい。」と小さく言った。
「マリアも流星群見に行くか聞いてみる?」
「いや。いいよ。」
「気になってんだろ?」
 そういうファッジを無視して、食堂へと入った。
 食堂には既に何人も座っており、空いている席は少なかった。
 俺たちはカウンターで朝食を頼み、トレーを持って空いている席を探したが、ほぼ埋まっており、唯一ウルフ先輩とマルクス先輩の長テーブルの席はクレーターのように空いていた。恐らく、二人が王家の血を引く貴族出身の生徒からだろう。尊敬と共に敬遠されているというのは、本人たちから聞いたことである。
 俺たちはその席に近づいた。
「先輩。ここの席空いてますか?」
「ああ。ルーフとファッジか。空いてるから座んな。」
 マルクス先輩が柔らかに自身の前の席を示す。
「誰か座りに来たりしないんですか?」
「周りからは見られるけど、直接的にはお前ら以外に来ないよ。ウルフがこれだし。」
 マルクス先輩がウルフ先輩を示して回答する。ウルフ先輩は、その間も黙っていた。一見それは不機嫌に見えるが、実際は口下手なだけなのを俺たちは知っている。
 食事をしながらのんびり話していると、転校生のエリーがウルフ先輩に話しかけてきた。
「あの、ウルフ先輩。隣、空いてますか?」
 そう問われたウルフ先輩は、彼女を一瞥したものの、相変わらず黙っていた。
 深い沈黙の後、エリーはマルクス先輩に視線を向けた。マルクス先輩はその視線を受けた後、俺たちに「お前たちは一緒でも大丈夫?」と問いかけた。
 俺たちも拒否するわけにもいかずーー
「まあ、いいんじゃないですか?」
 と、曖昧に返した。
 エリーの顔がパッと明るくなり、早速ウルフ先輩の隣に着席する。

 俺たちの認識では、エリーは最近転校して来た同級生で、貴族の庶子であると噂がある。同級生の中で、比較的友好的なのは誰にでも優しいマリアとミランダぐらいだ。
 ただそれも、ウルフ先輩に近づくようになる前まで。ウルフ先輩には、俺たちとは別のクラスの同級生で、コーネリアという女子学生と許婚同士である。別のクラスとはいえ、マリアたちとは仲が良いことから、あまり馴れ馴れしいのはやめた方が良いと何度か忠告していたと、ミランダから聞いていた。
 どうやら、その忠告がうまく聞いて貰えなかったようで、徐々に交流が減った今は、エリーはクラスの女子から浮いている。
 居場所がない女子だということがわかっていて、ここで拒絶するのも可哀想だというのが、俺たちの共通の認識であった。

「ウルフ先輩は、休日とか何してます?」とエリーは嬉々として尋ねる。
 ウルフ先輩は「さあな。」とだけ返答した。エリーはそれだけで満足そうだった。
「そういえば、先輩は流星群の話聞いてます?」
 ファッジが思い出したように先輩方に尋ねる。
「ああ。パチ先のだろ? 俺らもそれ聞いてすぐに参加申し込んだ。」
「流星群、って何? なんの話ですか?」
 エリーがキョロキョロと俺たちを見回しながら問いかける。ウルフ先輩は食事の終わったトレーを持ち、立ち上がると「マルクス。そろそろ行こう。」と言って去っていった。
「ああ。そうだね。じゃあ、またね。」
 マルクス先輩もウルフ先輩に続いて、エリーの質問に答えず立ち去る。
 残された俺たちにエリーは「ねえ、流星群って何の話?」と聞いて来た。俺たちはウルフ先輩の様子から、エリーに来て欲しくないんだろうと推測しながらも、なんと答えるべきか顔を見合わせる。
 そこに丁度よくミランダとコーネリアが食事が終わって通り過ぎるところだったようで、俺たちに「流星群の話?」と問いかけてきた。
「そうだけど……。」
「私たちも行くけど、ファッジたちも行くの?」
「俺とルーフはそう。」
「エリーは?」
「その話を今聞いたの。ウルフ先輩たちから。」
 コーネリアの顔は特に反応することはなかった。
「そう。あなたも行くならパーチェット先生に申請しないとね。締め切りは午前11時までだから、急いだ方がいいわ。」
 コーネリアが微笑みながら話す。食堂にかかった壁時計と見ると30分後には授業が始まり、終わる頃には11時をゆうに超える時刻を示していた。エリーは急いで立ち上がり、トレーを片付けに行く。
 俺たちはそれを見届けた後、ミランダたちを見た。
「教えちゃっていいの? 先輩たちもエリーには来て欲しくなさそうだったけど。」
「良いのよ。コーネリアはウルフ先輩から一緒に流星群を見ないか、って誘われてるんだから。」
 ミランダが得意げに答える。隣にいたコーネリアは少し恥ずかしげに口を閉ざした。
「その邪魔をして欲しくなくて、答えなかったんだと思うんだけど?」とファッジが続ける。
「エリーが浮いてるのは確かに可哀想だけど、コーネリアとウルフ先輩の間には入れないって知ってもらう方が良いでしょ? 良い加減、クラスにも馴染んで欲しいし。妙な執着から離れてくれたら、また話せるかもしれないし。まあ正直、コーネリアにも悪いけど、私にはあの無口先輩のどこが良いのかわからないけど。」
「確かに、お喋り好きなミランダには合わないだろうな。」
「私の好みはパーチェット先生の知識量と、マルクス先輩の会話力、俳優のジェットベルの外見が合わさった人だからね。」
「理想が高すぎて妄想レベル。」
「おい。ファッジ。」とミランダが怒気を含める。
「流星群に来るのって、ミランダとコーネリアだけ?」
「マリアも来るわ。」
 その言葉を聞いて喜びが溢れそうになった。俺自身がどんな顔をしているのかはわからないが、ファッジから肘で突かれた。

 その日の放課後に、パチ先から明日からの流星群旅行についての説明の場を設けられた。基本的には制服で活動すること、着替えやその他必要だと思うものを持って、明日の10時に正門の前に集合。そこから、パチ先が借りたバスで現地近くに移動。宿泊施設に荷物を置いて、流星群を映像に残すための機材を現地にて組み立てる。その夜にテストをして、翌日本番という流れの説明を受けた。
 その場にいたのは、俺とファッジ、ウルフ先輩とマルクス先輩、マリア、エリー、ミランダ、コーネリア、アンジェリーナ先輩、ルーシー先輩だけだった。
 終わり際に、パチ先が顧問だったがために呼び止められたアウトドア部である俺とウルフ先輩、ルーシー先輩が集められ倉庫から、明日使う機材の運搬を行った。

****

 翌日。俺たちは集合場所に集まった。パチ先に頼まれて、俺たちは機材をバスに積み込み、それから男性陣は右側に座り、女性陣は左側の席に座った。
 移動中はそれぞれ自由に話していた。愛も変わらずウルフ先輩は殆ど話さなかったが、それなりに言葉を返していた。時折、ミランダに話かけられ俺たちもマリアたちの会話に混ざりつつ、基本的には彼女たちは同じ女性の先輩たちと楽しそうに話している。ミランダやマリアが周りにいた人たち全員に会話を振る中、エリーだけは会話に混ざらず、ミランダの隣に座って退屈そうにしていた。

 現地に着いたのは、午後を過ぎていた。早速宿泊施設にチェックインをして、男性陣と女性陣で別れた大部屋に、それぞれ荷物を置きに行き、再び施設の前に集合した。
 それからパチ先が用意した機材を分担して持ちながら、観測するための場所まで歩いた。施設の裏側。約一キロメートル先の場所に、住宅地から離れた少し小高い緩やかな丘がある。この周辺も宿泊施設の貸出場所のようで、キャンプなどが出来るようになっていた。
 パチ先曰く、宿泊施設に事前に連絡して、夕食はこの場所でバーベキューが出来るらしい。
 パチ先の指示で、俺たちは機材を組み立てる係と、休息用のテントを張る係、バーベキューの食材は宿泊施設側が用意してくれるとはいえ、その他の買い出しに行く係に別れた。
「ルルルトリオは、テント張りな。」
「パッチー勝手にトリオにすんなー。」とルーシー先輩が声をあげる。
 パチ先は特に気にも止めずに、淡々と他の生徒たちの方を向いた。
「ファッジとマルクス、後、コーネリアは俺と機材係、他の四人が買い出し頼む。予算はアンジェリーナに渡しておく。」
「え? あの、私もテント張り手伝いますよ?」とエリーがパチ先に声をかけた。
「ペグ打てる?」
 パチ先が淡々と聞くも、エリーは首を傾げながら「ペグ?」と聞き返す。
「あー、変更なしで。はい。時間も惜しいから各自五時になる前に作業終わらせて。解散解散。」
 パチ先が追い払うような仕草を見せてそれぞれが移動していく中、パチ先はアンジェリーナ先輩に買い出しの予算だろう封筒を手渡した。

 トリオにまとめられた俺たちは、渋々テントを張る位置を決める。
「パッチー。テント、この位置でいいよね?」
「ああ。大丈夫。」
 パチ先から許可をもらい、俺たちは運んできたテント関係を広げつつ、早速地面にグランドシートを敷いた。その上にテントの床面を置いて、それぞれにペグを打ち込んだ。
 大型のテントは、煙突穴があり、薪ストーブが使えるようになっていた。
 3人で協力しながら黙々と作業している中、機材側でコーネリアの作業は早々に終わったようで、薪ストーブの組み立てていた。
「あれ? コーネリア。組み立てるの早いね。やったことあるの?」
 ルーシーが声をかけた。
「はい。キャンプは家族でよく行っていて。」と微笑んだ。
「先輩。忘れたんですか? ウルフ先輩がなんでアウトドア部にいるのか。」
 俺は呆れながらルーシー先輩に話しかけた。ルーシー先輩は少し考えて、ウルフ先輩を見てニヤッと笑う。
「あ。あーそっか。そうだったね。忘れてた。」
「うるさいぞ。ルーシー。」
 ウルフ先輩がジロッと睨む。
「コーネリア。悪いが、俺の方を手伝ってくれるか?」
「ええ。」
 ウルフ先輩がコーネリアに話しかけ、二人で俺たちとは反対側の骨組みをテントに通していく。

 そうこうしている内にテントは組み上がり、機材組の他の人たちも作業を終えてテントの前で他四人を待っていた。
「お疲れ。機材どう?」
「カメラはばっちし。コーネリアさんが望遠鏡組み立ててくれたし、それで肉眼も映像でも見れるって。」
 俺とファッジが短く会話する。
「パッチー、薪は?」
「宿泊施設の人が、バーベキューの時に一緒に持って来てもらえる。」
「あの四人、どこまで買い出しに行ったんだろうな?」
 マルクス先輩が漠然とした疑問を口にした後、遠くの方から人影が見え始める。買い出しに行っていた四人だった。
 マルクス先輩が片手を上げながら「お疲れー。」と行って近寄るのに続き、俺とファッジも近寄った。
 戻ってきた四人は妙に不満げで不安げな様子だった。
「何かあった?」と俺が尋ねる。
「ちょっとね。」
 アンジェリーナ先輩が少し不機嫌そうに返した。
「喧嘩でもした?」
 ファッジがミランダに問いかけた。ミランダとマリアが戸惑う中、「私、悪くないから。」とエリーが不貞腐れるように呟く。
「悪くない? あんた、本気で言ってる?」
 アンジェリーナ先輩が声を荒げた。
「落ち着けって。アンジェリーナ。何があったか事実だけ話してくれない? 何でこんなに空気悪いのか、俺たち急すぎてわからないからさ。」
 マルクス先輩がアンジェリーナ先輩を宥めるように声をかける。
「こいつがずっと非協力的で、荷物持ちも手伝わないし。ずっとイライラさせんの。」
「協力してましたよ。提案したもの全部否定してたのあなたじゃないですか。」
「予算があるってわかってるよね? なんでも買えるわけじゃないんだよ? それで却下したら、拗ねてどこが協力的だったの?」
 エリーが下唇を噛みながら口を閉ざした。その様子にアンジェリーナ先輩も再び睨みつける。
「あー……ミランダとマリアに聞くんだけど。アンジェリーナ先輩。ずっとあんな感じで話してた?」
 ファッジが戸惑っている二人に問いかけた。
「まあ……そう、だね。」
「うん。」
 二人はエリートアンジェリーナ先輩を交互に見ながら頷いた。
「あー。じゃあ、完全に相性最悪だったか……。先輩、割とキツい言い方するから。」
 ファッジが遠くを見つめながら呟く。
「確かにな。アンジェリーナは、間違ってはいないんだけど、言葉も割と足りないし、言い方もキツいからなー。」
「全くですねー先輩。馬術部でもそうですけど、アンジェリーナ先輩は、もう少し人間にも優しくして欲しいものです。」
「なんで私が責められるの?」
「いや。責めてないよ。ただ、もう少し後輩に優しくしてやれってこと。他の二人も萎縮してんじゃん。」
 マルクス先輩がやんわりとアンジェリーナ先輩の視線を周囲へと促した。アンジェリーナ先輩は、エリーとのやりとりに対して困惑しているミランダとマリアを見て、ハッとした顔をした。
「もしかして、二人には気を遣わせていた?」
「二人に聞いても、答えられないでしょ。ねえ? アンジェリーナは激情型だから怖かったかもしれないけど、悪い奴じゃないんだ。ごめんね。」
 ミランダとマリアは、顔を見合わせてから小さく頷く。
「アンジェリーナ先輩もあれだけど、エリーも、もう少し周りと話した方がいいよ。」
 ファッジがエリーに声をかける。エリーは無言で立ち尽くしていた。
「荷物持つんで。戻りましょう。」
 話が一段落したところで、俺は話しかけた。
 俺はマリアたちから荷物を受け取り、全員が緩やかに歩き始めるのを見て、暗い顔をしたマリアとミランダに話しかける。
「買い出し行って疲れたんじゃない?」
「まあ、そうね。」とミランダが肯定する。
「疲れた、というより、少し、怖かったかな。」
 マリアが控えめに呟いた。
「実際の状況はわからないけど、急に喧嘩みたいなの始まったら、ね。怖いと思うよ。」
「それは、そうなんだけど。先輩、結構気を遣ってくれてたの。」
 マリアが話を続ける。
「多分だけど、エリーのバスの中での態度も先輩にはよくなかったんだろうな、って。」
「そうかもね。先輩が話を振ってもエリー、ずっと無視してたし。」
 ミランダがマリアの言葉を肯定しながら話した。
「今日は、この後ご飯とテスト観測だけだし、早めに寝るのがいいかもね。」
 俺の言葉に二人は少し笑って、
「そうする。」
「私も。」とそれぞれ口にした。
 先輩たちと前を歩いていたファッジが、俺たちの方まで降りてくると「お疲れ。」と声をかける。

 宿泊施設の人が食材とバーベキューの台、薪を持って現れると、早速火をつけて食材を焼き始める。焼き終わったものを自由に食べながら、マリアたちの元にコーネリアが混ざって話し、俺たちはパチ先、アンジェリーナ先輩とルーシー先輩と話す中、ウルフ先輩に話しかけるエリーとマルクス先輩がそこにいた。
 空が暗くなって来たところでパチ先が動き出した。
 機材から伸びたコードの先、屋根になっているテントの下に配置していたモニターに電源を入れた。起動音がしてモニターの画面が立ち上がる。
 それを見て、俺はモニターに近づいた。
 モニターには肉眼よりも大きく映る夜空が映っている。
「綺麗。」
 いつの間にか隣にいたマリアの声が耳に残った。
「望遠鏡覗きたい人ぉー。」
 パチ先が声をかけた。その場にいたほぼ全員が挙手し、順番に望遠鏡を覗く。
 その間、パチ先が星座や星々について、こんこんと語っていた。

****

 翌日、すっきりと目が覚めた。
 食後の天体観測を終えて、宿泊施設で温泉に浸かり、隙間風の入らない部屋で眠りに落ちた。深い熟睡を経て、朝焼けに目が覚めた。
 窓際に近づいて、カーテンを少し開けると、眼下には宿泊施設周辺の街並みが見えた。お土産屋が連なる通りや日常的な買い物ができる建物が見える。道路を走る車や、既に活動を始めて通りを歩く人もいた。

 俺は顔を洗い、身支度を済ませてからこっそりと部屋をでた。
 廊下を歩いていると、コーネリアとマリアが扉の前で荷物を持って話している。
「おはよう。」と声をかけると、同じ言葉が返ってきた。
「二人とも早いね。何かあった?」
「これから温泉に行くのよ。」
「ああ。五時から入れるんだっけ?」と言いながら、近くの時計を見ると五時はとっくに過ぎていた。
「過ぎてるみたいだけど、まだ行かないの?」
「ミランダを待ってるの。」
「なるほど。」
「ルーフは?」
 マリアが俺に尋ねる。
「俺は……目が覚めちゃって、なんとなく外に出ただけ。」
 俺が回答した直後、扉が開いた。出て来たのはミランダだった。
「あれ? ルーフじゃん。どうしたの?」
「偶然会ったんだよ。」
「そ。コーネリアもマリアも待たせてごめん。行こう。」
「先輩やエリーは?」
「まだ眠いって。昨日、色々話して疲れてるみたい。」
「なら、私たちだけね。」
 ミランダとコーネリアが話しながら廊下を進み始める。
「じゃあ、またね。ルーフ。」
 マリアが挨拶をした後、3人で去って行った。

 朝食を終えて、日中は宿泊施設で貸し会議室を借りての勉強会。その後に自由時間として、地域周辺ーーお土産屋をそれぞれに回るという時になって、ウルフ先輩がコーネリアに声をかけた。
「この後、一緒に、その。二人で回らないか?」
 コーネリアは少し呆気に取られながらも「ええ。」と微笑んだ。
 マリアとミランダが声を出さずに、自分のことのように喜んで見守っている。
 アンジェリーナ先輩は呆れたような表情で、小さく「もっと早く動けただろ。」と口にした。その隣にいたルーシー先輩は「まあ、ここで誘えなかったら、卒業までヘタレ呼びしようと思ったからよかったよ。」とクスッと笑う。
 一番怖いのはルーシー先輩だ。
 今にも割って入りそうだったエリーは、マルクス先輩の後ろで静かに沈んだ顔をしていた。そんな中、マルクス先輩が「二人ともさっさと初デート行って来ないと、邪魔が入るかもよー?」と声をかけ、ハッとした二人が手を繋ぎながら、貸し会議室を出て行った。それを見送った直後、ファッジが俺に囁いた。
「お前はいいの? マリアを誘わないで。」
「流石に、二人っきりは……みんなで行かね?」
「はあ……それ含めて、自分で誘えよ。」と言って自分の席の荷物を取りに行く。
 俺は一呼吸置いて、ミランダとマリアに近づき「四人でお土産屋さん回らない?」と声をかけた。二人は「エリーも呼んでいい?」と聞き返すので、内心は複雑だったが承諾する。

 それから先は、五人でお土産屋を周りながら、軽食を摂った。一緒には居たが、基本的には女子は女子同士で話して、俺たちはその後ろを歩きながら話すぐらいで、マリアとの関係に特に進展はなかった。
 自由時間が終わる頃に宿泊施設に戻り、荷物を置いて、夕方に室内で食事をしてから昨日立てたテントへと移動した。

****

 夜の帳が降り始める頃には、ウルフ先輩とコーネリアはすっかり隣同士が定着していた。
 それぞれがまばらに夜空を見上げたり、雑談に興じる中、俺はパチ先の無邪気な流星群解説を聞きながらぼんやりとウルフ先輩たちを見ていた。
 ふと近くに気配を感じ振り向くと、エリーが存外近くに立っている。彼女は静かに口を開いた。
「あんた知ってた? ウルフ先輩がどうしてアウトドア部に入部したのか?」
「え? ああ、まあ。有名な話だし。」
「私だけ、知らなかったんだ。」
「転校してきたばっかだし、そんなもんじゃないの? エリーはその話、結局、誰かから聞いたんだろ?」
「昨日ね。女子部屋で教えてもらった。」
 俺はそれ以上言葉を続ける気もなく、視線を夜空へと向けた。
「後、ウルフ先輩から直接聞いたの。」
「え?」
 俺は思わず振り返る。エリーは変わり者だが、だいぶ度胸がある。
「コーネリアがキャンプとかアウトドアが好きで、その世界を自分も一緒に楽しみたいから、アウトドア部に入ったんだって。最悪。惚気聞かされたんだけど。」
「まあ、それはコーネリアも同じだしな。」
「何それ?」
「コーネリアが何部に入っているか知ってる?」
「知らない。興味ないし。」
「手芸部。ウルフ先輩の趣味なんだよ。」
「え? 嘘でしょ? あの顔で? 女みたいな趣味じゃん笑える。」
 エリーの沈んだ声でいながらも、不快な言葉に俺は「あの二人はずっと両思いで、許婚になったんだよ。」と告げてからエリーのそばを離れた。
 そうするべきだと思った。

 マリアはミランダの隣で中良さそうに話している。恐らくウルフ先輩とコーネリアの話で盛り上がっているのだろう。お土産屋を回っている時は、エリーへの配慮してか二人についてはなるべく話題に出さないようにしていたが、ところどころで漏れ出していた。
 他の先輩方は女子同士で、マルクス先輩とファッジもテントの近くで話している。

 俺はただ夜空を見る。
 一筋、光が暗い空を横切った。

「始まった。」とパチ先が感嘆と共に呟いた。

 その一筋を皮切りに、次々と光が流れていく。いくつもの光の尾が降り注ぐ。
 地上付近で強く光っては、花火のように消えていく。
 大気圏の摩擦で焼けて、落ちていく間の、短い光。それは刹那の恋に似ていた。破れていく恋に似ていた。
 でも、それは美しいものだ。焼け落ちていくのだったとしても。

 まだ、始まる前の光は夜空に輝くことはない。
 それは夜空において、ないのと同じだ。

 そんな、まだ何も始まっていない俺が見た夜空。そこに流れるいくつもの光は、息を呑むほど美しかった。
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