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「それで、アンタはどうしたいのよ?」
正吾の身体にもたれかかったままの姿勢で奈緒が問い掛ける。
「どうって?」
「怪我がない原因とか調べたいの? それともドキドキするから私に何かしたいの?」
そう言うと奈緒は真っ直ぐ正吾を見詰めた。
「アンタが何かしたいなら、死なない程度までなら何してくれてもいい。何かしてほしいなら極力頑張るわ」
「…………」
「裸を見せろって言うなら今すぐ脱ぐし、そういう事したいなら遠慮せず言って」
言葉とは裏腹に奈緒の目には色っぽさの欠片なんて微塵もない。
まるでこれから決闘でもするかのような強い目。
けれど――
間違いなくそれは奈緒の精一杯の誘惑だった。
(どうしたいのか、か……)
そんな奈緒の姿に改めて正吾は考える。
どうして怪我が無くなっているのか気にならない訳じゃない。
けれど、今の所それで不都合はない。
特に問題ないなら面倒だから放置するのが正吾という人間だ。
(じゃあ有栖川さんに何かしたいのか?)
奈緒が言っているのは復讐から恋愛、色事まで含めた色々な意味だ。
「……」
真っ直ぐ。ただ真っ直ぐに奈緒は正吾を見詰めたまま正吾の言葉を待っている。
そこに迷いの色は見えない。
おそらく本当に奈緒は大体の事は断らないだろう。
今までのやり取りから何となく、そんな事を正吾は感じている。
(こうして見ると綺麗な人なんだな……)
何か最近、似たような事を考えたなと思いつつ正吾は奈緒の姿を眺める。
女性にしては高身長な上に、スレンダーな体型は人によってはマイナスになるかもしれないが、正吾はその辺に拘りは無い。
整った顔は美人だし、普段のきつさから想像出来ない弱々しく泣いていた姿に可愛らしさだって覚えた。
――正吾君はいっつもいっつも無理ばっかりして……。
そこまで考えて。
ふと頭に過ぎったのは静音の顔。
仕方ないなあ、と困りながらも微妙に嬉しそうな笑顔。
チクリ、と後ろめたさが胸の痛みとなって正吾の心を刺す。
「怪我とか有栖川さんとの事が気にならないと言えば嘘になるけど――」
僅かに首を振り、奈緒の姿を振り切る。
「静音の顔を見ても前と同じように話せるようになりたい。それ以外の事は問題がなさそうなら無理してまで調べたいとは思えない」
正吾にとって何よりも大切なのは今までと同じ日常を送れるようになる事だった。
そして、今、一番その障害になっているのは静音の顔も見れない事。
それさえ解決するなら他の事は謎のままでも正吾的には問題ない。
むしろ変に調べて事件やら陰謀に巻き込まれたり、深入りしてしまう方が嫌だった。
「そう……。静音ってあの髪白い人の名前? 確か御堂とかいう……」
トン、と掴んでいた正吾の胸を押し奈緒が離れていく。
妙な寂しさを覚えつつ、正吾は奈緒の質問に答える。
「違う。そっちは晶、御堂晶。えーと立花静音って言うんだが……」
そもそも昌は男だと思いつつ、そこで正吾は言葉を詰まらせた。
特徴だらけの晶に比べれば静音には解り易い特徴が無い。
その上、正吾は視覚的特徴を説明するのは苦手だ。
「ああ、立花さんか。そういえば下の名前そんな感じだったわね」
しかしその心配は無用に終わる。
「静音の事知ってたのか?」
「知ってるわよ。テスト成績張り出されてるし、そもそも同じ学年の人間だったら、よほど影薄くない限り上の名前くらい解るでしょ?」
「話さないヤツなら同じクラスでも解らないと思うが……」
当然のように答える奈緒に正吾は疑問しか感じない。
何故なら、正吾が苗字を覚えている同級生は晶と静音と奈緒だけだ。
偶然にも全員、下の名前まで覚えているが、それは本当に偶然でしかない。
「アンタ、相当寂しい学校生活送ってたのね……」
「そうでもない。倒れて心配掛けるしか出来ないし、心配する人間なんて少ない方がいい」
お互い気を遣わずに済むから。
音にならない正吾の声が奈緒の部屋で消えた。
「……そう」
正吾の態度に寂しそうな表情を浮かべるものの奈緒は短い言葉だけで止める。
「そういえばアンタ、立花さんの事好きなの?」
そして密かに気になっていたのだろう。
正吾と静音の関係へと話題を移した。
「多分……」
怪我の事とか全部を置いといてまで静音と話せるようになりたいなんて口にしたのだ。今更、誤魔化したり隠そうという気は正吾にない。
けれど、どうにも肯定し切れない微妙な返事になっていた。
「多分って何よ。自分の事でしょうに」
「屋上から落ちて死んだと思った時に浮かんだのが静音の顔だったんだ」
死んだ時の事を思い出そうとして僅かに胸に痛みを覚えながら、言葉を続けていく。
「だから好きなのは間違いないと思う。ただそれって恋愛的な好きでいいのかって思って」
家族に向ける好意。友人に向ける好意。異性に向ける好意。
好意にも色々種類があるが、正吾はそれぞれ違うのだろうと考えている。
「このまま死ぬのかなって思った時、静音の顔が見たいって思った。有栖川さんにどうしたいかって聞かれて考えてみて、静音と話せなくなったのが一番辛いなって思った」
正吾の日常の中に静音は当たり前のように居た。
しかし、朝の時のように顔を見るだけで倒れてしまうのなら、治るまで近くに居る事すら出来はしないだろう。
そんな日々を思い浮かべて覚えたのは寂しいなんて言葉じゃない。
あえて言うなら何かが欠けてしまったような喪失感。
それはご飯を食べる時に箸を使い続けた人間が、急にスプーンやフォークに代えられてしまったら違和感しかない感覚に、どこか似ていて、どこかが遠い。
「けど、恋愛ってデートしてみたいとか相手と一緒に居ると嬉しいとか、相手を大切にしたいとかそういう感じじゃないのか?」
しかし、そんな喪失感を恋愛感情と言っていいのか正吾には解らなかった。
正吾の身体にもたれかかったままの姿勢で奈緒が問い掛ける。
「どうって?」
「怪我がない原因とか調べたいの? それともドキドキするから私に何かしたいの?」
そう言うと奈緒は真っ直ぐ正吾を見詰めた。
「アンタが何かしたいなら、死なない程度までなら何してくれてもいい。何かしてほしいなら極力頑張るわ」
「…………」
「裸を見せろって言うなら今すぐ脱ぐし、そういう事したいなら遠慮せず言って」
言葉とは裏腹に奈緒の目には色っぽさの欠片なんて微塵もない。
まるでこれから決闘でもするかのような強い目。
けれど――
間違いなくそれは奈緒の精一杯の誘惑だった。
(どうしたいのか、か……)
そんな奈緒の姿に改めて正吾は考える。
どうして怪我が無くなっているのか気にならない訳じゃない。
けれど、今の所それで不都合はない。
特に問題ないなら面倒だから放置するのが正吾という人間だ。
(じゃあ有栖川さんに何かしたいのか?)
奈緒が言っているのは復讐から恋愛、色事まで含めた色々な意味だ。
「……」
真っ直ぐ。ただ真っ直ぐに奈緒は正吾を見詰めたまま正吾の言葉を待っている。
そこに迷いの色は見えない。
おそらく本当に奈緒は大体の事は断らないだろう。
今までのやり取りから何となく、そんな事を正吾は感じている。
(こうして見ると綺麗な人なんだな……)
何か最近、似たような事を考えたなと思いつつ正吾は奈緒の姿を眺める。
女性にしては高身長な上に、スレンダーな体型は人によってはマイナスになるかもしれないが、正吾はその辺に拘りは無い。
整った顔は美人だし、普段のきつさから想像出来ない弱々しく泣いていた姿に可愛らしさだって覚えた。
――正吾君はいっつもいっつも無理ばっかりして……。
そこまで考えて。
ふと頭に過ぎったのは静音の顔。
仕方ないなあ、と困りながらも微妙に嬉しそうな笑顔。
チクリ、と後ろめたさが胸の痛みとなって正吾の心を刺す。
「怪我とか有栖川さんとの事が気にならないと言えば嘘になるけど――」
僅かに首を振り、奈緒の姿を振り切る。
「静音の顔を見ても前と同じように話せるようになりたい。それ以外の事は問題がなさそうなら無理してまで調べたいとは思えない」
正吾にとって何よりも大切なのは今までと同じ日常を送れるようになる事だった。
そして、今、一番その障害になっているのは静音の顔も見れない事。
それさえ解決するなら他の事は謎のままでも正吾的には問題ない。
むしろ変に調べて事件やら陰謀に巻き込まれたり、深入りしてしまう方が嫌だった。
「そう……。静音ってあの髪白い人の名前? 確か御堂とかいう……」
トン、と掴んでいた正吾の胸を押し奈緒が離れていく。
妙な寂しさを覚えつつ、正吾は奈緒の質問に答える。
「違う。そっちは晶、御堂晶。えーと立花静音って言うんだが……」
そもそも昌は男だと思いつつ、そこで正吾は言葉を詰まらせた。
特徴だらけの晶に比べれば静音には解り易い特徴が無い。
その上、正吾は視覚的特徴を説明するのは苦手だ。
「ああ、立花さんか。そういえば下の名前そんな感じだったわね」
しかしその心配は無用に終わる。
「静音の事知ってたのか?」
「知ってるわよ。テスト成績張り出されてるし、そもそも同じ学年の人間だったら、よほど影薄くない限り上の名前くらい解るでしょ?」
「話さないヤツなら同じクラスでも解らないと思うが……」
当然のように答える奈緒に正吾は疑問しか感じない。
何故なら、正吾が苗字を覚えている同級生は晶と静音と奈緒だけだ。
偶然にも全員、下の名前まで覚えているが、それは本当に偶然でしかない。
「アンタ、相当寂しい学校生活送ってたのね……」
「そうでもない。倒れて心配掛けるしか出来ないし、心配する人間なんて少ない方がいい」
お互い気を遣わずに済むから。
音にならない正吾の声が奈緒の部屋で消えた。
「……そう」
正吾の態度に寂しそうな表情を浮かべるものの奈緒は短い言葉だけで止める。
「そういえばアンタ、立花さんの事好きなの?」
そして密かに気になっていたのだろう。
正吾と静音の関係へと話題を移した。
「多分……」
怪我の事とか全部を置いといてまで静音と話せるようになりたいなんて口にしたのだ。今更、誤魔化したり隠そうという気は正吾にない。
けれど、どうにも肯定し切れない微妙な返事になっていた。
「多分って何よ。自分の事でしょうに」
「屋上から落ちて死んだと思った時に浮かんだのが静音の顔だったんだ」
死んだ時の事を思い出そうとして僅かに胸に痛みを覚えながら、言葉を続けていく。
「だから好きなのは間違いないと思う。ただそれって恋愛的な好きでいいのかって思って」
家族に向ける好意。友人に向ける好意。異性に向ける好意。
好意にも色々種類があるが、正吾はそれぞれ違うのだろうと考えている。
「このまま死ぬのかなって思った時、静音の顔が見たいって思った。有栖川さんにどうしたいかって聞かれて考えてみて、静音と話せなくなったのが一番辛いなって思った」
正吾の日常の中に静音は当たり前のように居た。
しかし、朝の時のように顔を見るだけで倒れてしまうのなら、治るまで近くに居る事すら出来はしないだろう。
そんな日々を思い浮かべて覚えたのは寂しいなんて言葉じゃない。
あえて言うなら何かが欠けてしまったような喪失感。
それはご飯を食べる時に箸を使い続けた人間が、急にスプーンやフォークに代えられてしまったら違和感しかない感覚に、どこか似ていて、どこかが遠い。
「けど、恋愛ってデートしてみたいとか相手と一緒に居ると嬉しいとか、相手を大切にしたいとかそういう感じじゃないのか?」
しかし、そんな喪失感を恋愛感情と言っていいのか正吾には解らなかった。
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