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第二部 向朗先生の三国志の歴史講座
第一回講義その1 黄巾の乱の真実
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【第一回講義 黄巾の乱の真実】
「中平元年(一八四年)。今から五十年近い昔の話になる。……三国志の物語はここから始まるが、彼らはなぜあれほどの規模の反乱となり、そして即座に鎮圧されたのか、その正体を正しく理解している者は少ない。」
「……あの、長史」 姜維がおずおずと手を挙げた。
「黄巾の乱といえば、張角が妖術を使って起こした宗教反乱ではないのですか?」
「ふふ。魏ではそう教わるのかな。」
私は好々爺らしく目を細めて笑った。
「兵站の視点で見れば、あれは宗教などではない。『国家の物流機構の崩壊』と、そこから生まれた『新しい軍事経済』への転換点なのだよ。」
【乱の発生原因 ― 国家兵站の破綻】
私は地図上の、中原一帯を指し示した。
「まず、なぜ数十万もの民が一斉に蜂起したか。……飢餓だ。先程文長(魏延)が話したように彼らには食べるものがなかった」
私は淡々と、しかし静かに語り始めた。
「当時、干ばつや洪水が相次ぎ、農民は生産手段を失っていた。本来なら、国家が備蓄食料を放出して救済せねばならぬ。それが『常平倉(じょうへいそう)』という官営の巨大倉庫だ。豊作の時に余剰を備蓄し、飢饉の時に放出する。これが漢という国の正当性の根幹であり根源となる役割だ」
「……ですが、届かなかったのですね」 姚伷が痛ましげに顔を歪める。
「そうだ。腐敗した宦官どもが、備蓄米を横領し、転売していたのだ。帳簿上はあるはずの米が、倉庫には一粒もなかった。……国家が民を安んじる事が出来なかった。……そうなれば、民はどうするか?」
私は黒板に『太平道』と書いた。
「そこに現れたのが張角だ。彼の『太平道』は宗教団体だが、実質的には『互助組織(代替物流組織)』だったのだ」
「互助組織、ですか?」
「うむ。彼らは符水で病を治すフリをして、組織内で食料を融通し合った。符水とは、この互助組織への『会員証』だったのだよ。国家に見捨てられた民衆は、『漢の兵站』から『黄巾の兵站』へと乗り換えたのだ。……信仰心ではない。生存本能による選択だ。同じ事をこの漢中でも張魯が五斗米道で行っている。こちらは穀物を「五斗」納め、信者間で融通する。五斗米道のほうが、直接的な分、理解しやすいな。」
私は生徒たちの顔を見渡した。
「『漢の兵站』から『黄巾の兵站』の乗り換え。兵站とは、命を繋ぐ線だ。国家がそれを切れば、民は別の線を求めて動く。それが反乱の正体なのだよ」
【黄巾軍の兵站構造 ― 「蝗害」戦法の限界】
「そうして黄巾軍は三十六の方(地域組織)に分かれ、数十万に膨れ上がった。だが、彼らの兵站構造には致命的な欠陥があったのだ」
私は黒板にイナゴの絵を描いた。
「『蝗害(こうがい)』戦法だ」
「イナゴ、ですか?」と姜維。「乱の発生は、たしかに飢饉が原因でしたが」
「そうではない。彼らの行動そのものが、イナゴと同じであったのだ。彼らは元農民だが、反乱を起こした時点で畑を捨てている。つまり『生産者』から『純粋な消費者』へと転落していたのだ。よって、後方から食料が送られてくる『兵站線』が存在しない」
私はイナゴの絵をトントンと叩いた。
「彼らの補給は『官庁や富豪を襲って奪う』ことに依存していた。奪って食い、無くなれば移動する。移動し続けなければ餓死する。イナゴそのものだ。……文長、こういう軍隊の弱点は何かな?」
魏延がニヤリと笑った。 「足止めすりゃいい。城にこもって守りを固めりゃ、勝手に干からびて死ぬ」
「正解だ。拠点防衛や長期戦に入ると、外部からの供給がない彼らは急速に自壊する。さらに悪いことに、彼らは大量の『家族』を抱え込んでいた」
「家族……非戦闘員ですね」と楊顒。
「そうだ。一人の兵士が奪った食料を、老人や子供を含めた数人が食べる。消費量は正規軍の数倍だ。どれだけ略奪しても、常に飢餓状態にあるという悪循環だったのだよ。……彼らは戦うために動いていたのではない。食うために動いていたのだ」
【漢軍の対応 ― 兵站の民営化】
「さて、ここからが重要だぞ。反乱を鎮圧するために、漢王朝はとんでもない劇薬を使った」
私は生徒たちを見渡した。
「最悪の悪手となる劇薬だった。国庫が空っぽで、中央から補給を送れなかった朝廷は、地方官や豪族にこう言ったのだ。『自前で兵を集め、自前で税を取って戦え』とな」
「……それって、軍隊の私物化を認めたということですか?」 姚伷が顔をしかめる。
「その通りだ。『兵站の私物化』だ」
私は声を強めた。
「朱儁将軍や皇甫嵩といった名将たちも、最初は苦労した。黄巾討伐に遠征に向かおうとしても、中央から糧も矢も届かないのだから。だが、この権限委譲により、各地で独自の兵站を持つ軍団が生まれたのだ」
私はそれぞれの英雄たちの名を挙げた。し
「これにより、董卓、袁紹、曹操、そして我らが先帝・劉備様も義勇軍を組織された。義勇軍といえば聞こえは良いが、国の兵站として考えれば、野盗と変わらない。しかし、国で兵站を維持出来ない以上、義勇軍も認めるしかない状況であったのだ。兵士は『国』ではなく『飯を食わせてくれる』に忠誠を誓うようになった。……乱の後、各地で独自の領土(兵站)を持つ、群雄割拠の時代が、こうして幕を開けたのだ」
「劉備様は商人の援助を受け、曹操は家財を投げ打ち、孫堅は力ずくで奪った。彼らは皆、独立した商人の経営者のように、自力で兵站を確保した結果だ」
「中平元年(一八四年)。今から五十年近い昔の話になる。……三国志の物語はここから始まるが、彼らはなぜあれほどの規模の反乱となり、そして即座に鎮圧されたのか、その正体を正しく理解している者は少ない。」
「……あの、長史」 姜維がおずおずと手を挙げた。
「黄巾の乱といえば、張角が妖術を使って起こした宗教反乱ではないのですか?」
「ふふ。魏ではそう教わるのかな。」
私は好々爺らしく目を細めて笑った。
「兵站の視点で見れば、あれは宗教などではない。『国家の物流機構の崩壊』と、そこから生まれた『新しい軍事経済』への転換点なのだよ。」
【乱の発生原因 ― 国家兵站の破綻】
私は地図上の、中原一帯を指し示した。
「まず、なぜ数十万もの民が一斉に蜂起したか。……飢餓だ。先程文長(魏延)が話したように彼らには食べるものがなかった」
私は淡々と、しかし静かに語り始めた。
「当時、干ばつや洪水が相次ぎ、農民は生産手段を失っていた。本来なら、国家が備蓄食料を放出して救済せねばならぬ。それが『常平倉(じょうへいそう)』という官営の巨大倉庫だ。豊作の時に余剰を備蓄し、飢饉の時に放出する。これが漢という国の正当性の根幹であり根源となる役割だ」
「……ですが、届かなかったのですね」 姚伷が痛ましげに顔を歪める。
「そうだ。腐敗した宦官どもが、備蓄米を横領し、転売していたのだ。帳簿上はあるはずの米が、倉庫には一粒もなかった。……国家が民を安んじる事が出来なかった。……そうなれば、民はどうするか?」
私は黒板に『太平道』と書いた。
「そこに現れたのが張角だ。彼の『太平道』は宗教団体だが、実質的には『互助組織(代替物流組織)』だったのだ」
「互助組織、ですか?」
「うむ。彼らは符水で病を治すフリをして、組織内で食料を融通し合った。符水とは、この互助組織への『会員証』だったのだよ。国家に見捨てられた民衆は、『漢の兵站』から『黄巾の兵站』へと乗り換えたのだ。……信仰心ではない。生存本能による選択だ。同じ事をこの漢中でも張魯が五斗米道で行っている。こちらは穀物を「五斗」納め、信者間で融通する。五斗米道のほうが、直接的な分、理解しやすいな。」
私は生徒たちの顔を見渡した。
「『漢の兵站』から『黄巾の兵站』の乗り換え。兵站とは、命を繋ぐ線だ。国家がそれを切れば、民は別の線を求めて動く。それが反乱の正体なのだよ」
【黄巾軍の兵站構造 ― 「蝗害」戦法の限界】
「そうして黄巾軍は三十六の方(地域組織)に分かれ、数十万に膨れ上がった。だが、彼らの兵站構造には致命的な欠陥があったのだ」
私は黒板にイナゴの絵を描いた。
「『蝗害(こうがい)』戦法だ」
「イナゴ、ですか?」と姜維。「乱の発生は、たしかに飢饉が原因でしたが」
「そうではない。彼らの行動そのものが、イナゴと同じであったのだ。彼らは元農民だが、反乱を起こした時点で畑を捨てている。つまり『生産者』から『純粋な消費者』へと転落していたのだ。よって、後方から食料が送られてくる『兵站線』が存在しない」
私はイナゴの絵をトントンと叩いた。
「彼らの補給は『官庁や富豪を襲って奪う』ことに依存していた。奪って食い、無くなれば移動する。移動し続けなければ餓死する。イナゴそのものだ。……文長、こういう軍隊の弱点は何かな?」
魏延がニヤリと笑った。 「足止めすりゃいい。城にこもって守りを固めりゃ、勝手に干からびて死ぬ」
「正解だ。拠点防衛や長期戦に入ると、外部からの供給がない彼らは急速に自壊する。さらに悪いことに、彼らは大量の『家族』を抱え込んでいた」
「家族……非戦闘員ですね」と楊顒。
「そうだ。一人の兵士が奪った食料を、老人や子供を含めた数人が食べる。消費量は正規軍の数倍だ。どれだけ略奪しても、常に飢餓状態にあるという悪循環だったのだよ。……彼らは戦うために動いていたのではない。食うために動いていたのだ」
【漢軍の対応 ― 兵站の民営化】
「さて、ここからが重要だぞ。反乱を鎮圧するために、漢王朝はとんでもない劇薬を使った」
私は生徒たちを見渡した。
「最悪の悪手となる劇薬だった。国庫が空っぽで、中央から補給を送れなかった朝廷は、地方官や豪族にこう言ったのだ。『自前で兵を集め、自前で税を取って戦え』とな」
「……それって、軍隊の私物化を認めたということですか?」 姚伷が顔をしかめる。
「その通りだ。『兵站の私物化』だ」
私は声を強めた。
「朱儁将軍や皇甫嵩といった名将たちも、最初は苦労した。黄巾討伐に遠征に向かおうとしても、中央から糧も矢も届かないのだから。だが、この権限委譲により、各地で独自の兵站を持つ軍団が生まれたのだ」
私はそれぞれの英雄たちの名を挙げた。し
「これにより、董卓、袁紹、曹操、そして我らが先帝・劉備様も義勇軍を組織された。義勇軍といえば聞こえは良いが、国の兵站として考えれば、野盗と変わらない。しかし、国で兵站を維持出来ない以上、義勇軍も認めるしかない状況であったのだ。兵士は『国』ではなく『飯を食わせてくれる』に忠誠を誓うようになった。……乱の後、各地で独自の領土(兵站)を持つ、群雄割拠の時代が、こうして幕を開けたのだ」
「劉備様は商人の援助を受け、曹操は家財を投げ打ち、孫堅は力ずくで奪った。彼らは皆、独立した商人の経営者のように、自力で兵站を確保した結果だ」
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