33 / 50
第33話「王国からの牽制、偽りの噂が再燃」
しおりを挟む
「殿下、少々よろしいでしょうか」
お披露目の祝宴がひと段落し、会場の隅で一息ついていた私たちのもとに、厚みのある書類を抱えた男性が近づいてきた。見るからに官吏か文官のような風貌で、真面目そうな顔をしている。
「何だ?」
ロイ王子が短く尋ねると、男は一礼して口を開く。
「実は、隣国クレインとの婚約話が取り沙汰されていると聞きまして。そのことで、王家の一部から“殿下が変わってしまった”と心配する声が上がっているのです」
「変わった……?」
王子は一瞬怪訝そうに眉をひそめる。私も隣で耳を傾けながら、何やら嫌な気配を感じ取っていた。以前、ロイ王子は国同士の同盟強化に尽力していると聞いたことがある。もしかすると、私との婚約がその外交に影響すると思われているのではないか。
「はい。殿下はもともとクレイン王国との縁談を拒んでいらっしゃいましたが、最近の外交情勢を考えると、クレイン王家から改めて縁組を提案されてもおかしくありません。ところが、殿下はすでにグレイメリア令嬢と婚約なさった。そのことを快く思わない勢力がいるようで……」
「ふむ」
王子の表情が険しくなる。私たちの国とクレイン王国は大きな協力関係を築いているらしいが、結婚という形でさらに関係を深めようと考える人がいても不思議ではない。だが王子自身は、そんな縁談にまったく興味を示していなかったという話だ。
「要するに、俺がシルヴィアを選んだことに不満を持っている者がいるのだな」
「そのようです。加えて、“グレイメリア令嬢は悪名高い”という噂を、都合よく利用しようという動きもあるようで……」
私は思わず息を呑む。やはりまだあの“悪役令嬢”のレッテルが外交問題として扱われているのだ。政治的に見れば、王子が悪い噂の多い令嬢と結婚するのはデメリットと捉えられることもあるかもしれない。
「……くだらない話だ」
王子は低く呟き、ぎゅっと拳を握りしめる。男は苦い顔をしながらも続ける。
「殿下、私はあくまでも伝達役です。ただ、事実として、一部の貴族や官僚が“グレイメリア令嬢は不適切”と声を上げていることは確かです。近いうちにそれらの意見がまとめられ、王家に提出される可能性もあるかと」
「ありがとう。報告感謝する」
男性が去ったあと、私は複雑な思いを抱えたまま王子と顔を見合わせる。王子の瞳には苛立ちと焦燥感が入り混じっているのがわかった。
「……ロイ王子、私のせいで困らせてしまってますね」
「馬鹿を言うな。おまえが悪いなどと一度でも言ったか」
王子は険しい顔のまま、きっぱりと否定する。その姿勢は変わらないけれど、現実問題として王家にとって余計な負担が増えているのは明らかだ。そこにリリアンがさらに嫌がらせを仕掛けてくれば、事態はますますややこしくなるだろう。
「……僕が先ほど耳にした話では、ノースバレー伯爵家が“グレイメリア令嬢は危険な存在”と吹き込んでいるらしい」
後ろからひょいと顔を出したのはミハイル。彼も状況を察しているようで、表情が曇っている。
「やはりリリアン……」
こないだの件で懲りたはずと思いたいが、伯爵家自体が動くとなると簡単には止まらないかもしれない。王子は唇を一文字に結び、低い声で続ける。
「外交問題に絡めて“シルヴィアは悪役だ”と注目させるのが狙いか。……許せんな」
「ごめんなさい」
思わず謝罪してしまう私。すると、王子は眉を寄せて首を横に振った。
「いつまでそんな言葉を言う気だ。何があろうと、おまえを諦めるつもりはない」
ミハイルも「殿下がそこまで言うなら、我々も動きやすい」と頷いてくれる。とはいえ、簡単に解決しないのが国家間の事情だ。私とロイ王子の個人的な想いだけで押し通すには、障害が多い。
「……うまく乗り越えられるといいけれど」
小さく呟くと、王子は私の手を探し当ててぎゅっと握る。その手の強さが、私の心を奮い立たせるようだった。
「大丈夫だ。一緒にすべて乗り越える。おまえは心配するな」
その言葉を信じたい。どんなに大きな壁があろうとも、彼となら――そう思いかけた矢先、新たな不安が胸をよぎるのを感じてしまう。もし本当に私が“邪魔者”と判断されれば、王子の立場も危ういではないか。そんな思考が、私の心を揺さぶりはじめていた。
お披露目の祝宴がひと段落し、会場の隅で一息ついていた私たちのもとに、厚みのある書類を抱えた男性が近づいてきた。見るからに官吏か文官のような風貌で、真面目そうな顔をしている。
「何だ?」
ロイ王子が短く尋ねると、男は一礼して口を開く。
「実は、隣国クレインとの婚約話が取り沙汰されていると聞きまして。そのことで、王家の一部から“殿下が変わってしまった”と心配する声が上がっているのです」
「変わった……?」
王子は一瞬怪訝そうに眉をひそめる。私も隣で耳を傾けながら、何やら嫌な気配を感じ取っていた。以前、ロイ王子は国同士の同盟強化に尽力していると聞いたことがある。もしかすると、私との婚約がその外交に影響すると思われているのではないか。
「はい。殿下はもともとクレイン王国との縁談を拒んでいらっしゃいましたが、最近の外交情勢を考えると、クレイン王家から改めて縁組を提案されてもおかしくありません。ところが、殿下はすでにグレイメリア令嬢と婚約なさった。そのことを快く思わない勢力がいるようで……」
「ふむ」
王子の表情が険しくなる。私たちの国とクレイン王国は大きな協力関係を築いているらしいが、結婚という形でさらに関係を深めようと考える人がいても不思議ではない。だが王子自身は、そんな縁談にまったく興味を示していなかったという話だ。
「要するに、俺がシルヴィアを選んだことに不満を持っている者がいるのだな」
「そのようです。加えて、“グレイメリア令嬢は悪名高い”という噂を、都合よく利用しようという動きもあるようで……」
私は思わず息を呑む。やはりまだあの“悪役令嬢”のレッテルが外交問題として扱われているのだ。政治的に見れば、王子が悪い噂の多い令嬢と結婚するのはデメリットと捉えられることもあるかもしれない。
「……くだらない話だ」
王子は低く呟き、ぎゅっと拳を握りしめる。男は苦い顔をしながらも続ける。
「殿下、私はあくまでも伝達役です。ただ、事実として、一部の貴族や官僚が“グレイメリア令嬢は不適切”と声を上げていることは確かです。近いうちにそれらの意見がまとめられ、王家に提出される可能性もあるかと」
「ありがとう。報告感謝する」
男性が去ったあと、私は複雑な思いを抱えたまま王子と顔を見合わせる。王子の瞳には苛立ちと焦燥感が入り混じっているのがわかった。
「……ロイ王子、私のせいで困らせてしまってますね」
「馬鹿を言うな。おまえが悪いなどと一度でも言ったか」
王子は険しい顔のまま、きっぱりと否定する。その姿勢は変わらないけれど、現実問題として王家にとって余計な負担が増えているのは明らかだ。そこにリリアンがさらに嫌がらせを仕掛けてくれば、事態はますますややこしくなるだろう。
「……僕が先ほど耳にした話では、ノースバレー伯爵家が“グレイメリア令嬢は危険な存在”と吹き込んでいるらしい」
後ろからひょいと顔を出したのはミハイル。彼も状況を察しているようで、表情が曇っている。
「やはりリリアン……」
こないだの件で懲りたはずと思いたいが、伯爵家自体が動くとなると簡単には止まらないかもしれない。王子は唇を一文字に結び、低い声で続ける。
「外交問題に絡めて“シルヴィアは悪役だ”と注目させるのが狙いか。……許せんな」
「ごめんなさい」
思わず謝罪してしまう私。すると、王子は眉を寄せて首を横に振った。
「いつまでそんな言葉を言う気だ。何があろうと、おまえを諦めるつもりはない」
ミハイルも「殿下がそこまで言うなら、我々も動きやすい」と頷いてくれる。とはいえ、簡単に解決しないのが国家間の事情だ。私とロイ王子の個人的な想いだけで押し通すには、障害が多い。
「……うまく乗り越えられるといいけれど」
小さく呟くと、王子は私の手を探し当ててぎゅっと握る。その手の強さが、私の心を奮い立たせるようだった。
「大丈夫だ。一緒にすべて乗り越える。おまえは心配するな」
その言葉を信じたい。どんなに大きな壁があろうとも、彼となら――そう思いかけた矢先、新たな不安が胸をよぎるのを感じてしまう。もし本当に私が“邪魔者”と判断されれば、王子の立場も危ういではないか。そんな思考が、私の心を揺さぶりはじめていた。
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる