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ディーンとの一幕が終わり、アリス・クライヴ・エリックの三人は裏庭でしばし静かに過ごした。アリスは少し疲れた様子だが、自分の意思をしっかり示したことで達成感のようなものも感じている。
やがて、夜会のメインイベントとも言える音楽会やスピーチが始まる時刻となった。三人は人目を気にしつつもホールへ戻り、ほどほどに距離を取りながら様子を見守る。
ラングストン侯爵家の令嬢が誕生日を迎えるということで、壇上には華やかな飾り付けがなされ、祝福の言葉が飛び交う。アリスも拍手を送り、その場の雰囲気に溶け込もうとするが、さすがに心身は疲弊していた。
「アリス、まだ大丈夫か?」
エリックが小声で尋ねると、アリスは小さく頷く。
「はい。そろそろ帰りたい気もしますけど、もう少しだけ我慢します。……父様がいらしたら、一言挨拶して帰りましょうか」
「そうだな。俺がグラント様を探してくるから、お前はここで待ってろ」
そう言って、エリックはホールの端を通り抜け、来賓が集まっている場所へ向かう。アリスは一人になってしまったが、程なくしてクライヴが隣に歩み寄ってきた。
「もう少しでお開きになるみたいだな。……アリス、帰る前に少し話したいことがあるんだ」
「話……ですか?」
クライヴは真剣な面持ちで頷き、周囲を気にしながらアリスを連れて壁際の落ち着いた場所へ移動する。
音楽やスピーチがホール中央で続く中、二人は人の波から外れた一角で向き合った。クライヴの目はいつになく真摯で、アリスはドキリとする。
「……アリス。君がディーン子爵をはっきり拒絶した姿を見て、改めて思った。君はただ“眠たげ”なだけじゃなくて、芯の強さをきちんと持ってるんだと」
「それは……ありがとうございます。わたし、寝るの嫌いだけど、それが何かの理由になるとは思ってません」
「うん、知ってる。だけど、僕は君のそういう“自分のリズム”や“意志”を、もっと理解したいと思う。……だから、前にも言ったけど、もう少し僕と話をしてくれないか?」
クライヴは一息ついてから、言葉を続ける。
「今すぐ婚約を戻すだの、そんな話をするつもりはない。ただ……僕は君のことをやはり『捨てた』なんて形で終わらせたくないんだ。君がもし、いつか僕を必要としてくれるなら、応えたいと思っている」
アリスは息をのむ。クライヴの言葉は回りくどいようでいて、しっかり彼自身の感情を伝えている。つまり「もう一度、二人の関係を結び直したい気持ちがあるけれど、無理には進めない」ということだろう。
どう返事をすればいいのか、アリスは少し考え込んだ。自分は結婚自体に興味が薄い。寝るのが嫌いなように、一緒のベッドで眠り合う将来もイメージが沸かない。けれど、クライヴが嫌いかと問われれば、そうではない。
「……正直に言うと、わたし、まだわかりません。クライヴさまが嫌いじゃないけど、好きかどうか……そこまで考えられてないんです」
「いいんだ。今はそれで十分。君が嫌がらないなら、僕はゆっくり距離を縮めていきたい」
「……わかりました。わたしも、クライヴさまともう少しちゃんと話してみようと思います」
小さく微笑むアリス。クライヴの表情も、少し安堵に和らぐ。二人の間には、はっきりとした婚約再開の約束はないが、確かな“再会”の兆しが生まれた。
そこで、エリックが戻ってきた。すでにグラントの姿を見つけたらしく、「もうすぐシャーベット家として退席する準備ができる」と伝えてくる。アリスは「よかった……」と安堵の笑みを浮かべる。
「じゃあ、わたしは父様のところへ行きます。クライヴさま、また改めて……」
「うん、また話そう。……送っていけなくて残念だけど、エリックもいるし安心だ」
クライヴは少し寂しげに微笑み、アリスを見送る。エリックはクライヴと軽く視線を交わすが、とくに言葉は交わさず、アリスと共にホールを後にした。
邸宅の外で待っていた父グラントに事情を説明し、アリスたちは馬車へ乗り込む。グラントは「大丈夫だったか?」と心配そうに問い、アリスは苦笑しながら「いろいろありました」と答える。
「でも、お父様。わたし、ちょっとだけ成長できた気がします。……無防備だったかもしれないけど、自分の意見を言えるようになったというか」
「そうか。ならよかった……。お前が笑顔なら、それが一番だ」
グラントは娘の変化を感じ取り、安堵した様子で馬車に揺られている。エリックはその対面の席で、黙って外の闇を見つめていた。
夜会は終幕し、アリスは何とか大きなトラブルなく帰路に着いた。しかし、これで騒動が収まるわけではない。社交界では「クライヴがアリスにアプローチしている」「ディーンが撃沈した」など、ますます興味本位の噂が広まっていくだろう。
けれど、アリスは不思議とそこまで落ち込んではいなかった。クライヴがもう一度、真剣に向き合ってくれようとする姿を感じ取ったし、エリックが常に自分を守ってくれる安心感もある。
あとは自分がどう行動するか――寝るのが嫌いなことと、結婚や恋愛への戸惑い。そこを乗り越えられるのか、まだわからない。でも、少しだけ夜更かししながら考えてみようと、アリスは思う。
馬車の窓から見上げる夜空には、うっすらと星が瞬いていた。眠らない夜が続くけれど、アリスはその淡い輝きにそっと微笑んでいた。
やがて、夜会のメインイベントとも言える音楽会やスピーチが始まる時刻となった。三人は人目を気にしつつもホールへ戻り、ほどほどに距離を取りながら様子を見守る。
ラングストン侯爵家の令嬢が誕生日を迎えるということで、壇上には華やかな飾り付けがなされ、祝福の言葉が飛び交う。アリスも拍手を送り、その場の雰囲気に溶け込もうとするが、さすがに心身は疲弊していた。
「アリス、まだ大丈夫か?」
エリックが小声で尋ねると、アリスは小さく頷く。
「はい。そろそろ帰りたい気もしますけど、もう少しだけ我慢します。……父様がいらしたら、一言挨拶して帰りましょうか」
「そうだな。俺がグラント様を探してくるから、お前はここで待ってろ」
そう言って、エリックはホールの端を通り抜け、来賓が集まっている場所へ向かう。アリスは一人になってしまったが、程なくしてクライヴが隣に歩み寄ってきた。
「もう少しでお開きになるみたいだな。……アリス、帰る前に少し話したいことがあるんだ」
「話……ですか?」
クライヴは真剣な面持ちで頷き、周囲を気にしながらアリスを連れて壁際の落ち着いた場所へ移動する。
音楽やスピーチがホール中央で続く中、二人は人の波から外れた一角で向き合った。クライヴの目はいつになく真摯で、アリスはドキリとする。
「……アリス。君がディーン子爵をはっきり拒絶した姿を見て、改めて思った。君はただ“眠たげ”なだけじゃなくて、芯の強さをきちんと持ってるんだと」
「それは……ありがとうございます。わたし、寝るの嫌いだけど、それが何かの理由になるとは思ってません」
「うん、知ってる。だけど、僕は君のそういう“自分のリズム”や“意志”を、もっと理解したいと思う。……だから、前にも言ったけど、もう少し僕と話をしてくれないか?」
クライヴは一息ついてから、言葉を続ける。
「今すぐ婚約を戻すだの、そんな話をするつもりはない。ただ……僕は君のことをやはり『捨てた』なんて形で終わらせたくないんだ。君がもし、いつか僕を必要としてくれるなら、応えたいと思っている」
アリスは息をのむ。クライヴの言葉は回りくどいようでいて、しっかり彼自身の感情を伝えている。つまり「もう一度、二人の関係を結び直したい気持ちがあるけれど、無理には進めない」ということだろう。
どう返事をすればいいのか、アリスは少し考え込んだ。自分は結婚自体に興味が薄い。寝るのが嫌いなように、一緒のベッドで眠り合う将来もイメージが沸かない。けれど、クライヴが嫌いかと問われれば、そうではない。
「……正直に言うと、わたし、まだわかりません。クライヴさまが嫌いじゃないけど、好きかどうか……そこまで考えられてないんです」
「いいんだ。今はそれで十分。君が嫌がらないなら、僕はゆっくり距離を縮めていきたい」
「……わかりました。わたしも、クライヴさまともう少しちゃんと話してみようと思います」
小さく微笑むアリス。クライヴの表情も、少し安堵に和らぐ。二人の間には、はっきりとした婚約再開の約束はないが、確かな“再会”の兆しが生まれた。
そこで、エリックが戻ってきた。すでにグラントの姿を見つけたらしく、「もうすぐシャーベット家として退席する準備ができる」と伝えてくる。アリスは「よかった……」と安堵の笑みを浮かべる。
「じゃあ、わたしは父様のところへ行きます。クライヴさま、また改めて……」
「うん、また話そう。……送っていけなくて残念だけど、エリックもいるし安心だ」
クライヴは少し寂しげに微笑み、アリスを見送る。エリックはクライヴと軽く視線を交わすが、とくに言葉は交わさず、アリスと共にホールを後にした。
邸宅の外で待っていた父グラントに事情を説明し、アリスたちは馬車へ乗り込む。グラントは「大丈夫だったか?」と心配そうに問い、アリスは苦笑しながら「いろいろありました」と答える。
「でも、お父様。わたし、ちょっとだけ成長できた気がします。……無防備だったかもしれないけど、自分の意見を言えるようになったというか」
「そうか。ならよかった……。お前が笑顔なら、それが一番だ」
グラントは娘の変化を感じ取り、安堵した様子で馬車に揺られている。エリックはその対面の席で、黙って外の闇を見つめていた。
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けれど、アリスは不思議とそこまで落ち込んではいなかった。クライヴがもう一度、真剣に向き合ってくれようとする姿を感じ取ったし、エリックが常に自分を守ってくれる安心感もある。
あとは自分がどう行動するか――寝るのが嫌いなことと、結婚や恋愛への戸惑い。そこを乗り越えられるのか、まだわからない。でも、少しだけ夜更かししながら考えてみようと、アリスは思う。
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