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「……はっ、はっ、はっ! 見てくださいまし、この光沢! これぞ、私の愛の結晶ですわ!」
騎士団本部の長い回廊に、私の荒い鼻息とシュッシュッという小気味よい摩擦音が響き渡っています。
私は今、四つん這いになって、右手に特注の魔導雑巾、左手に最高級の艶出しワックスを持ち、まさに神がかり的な速度で石畳を磨き上げていました。
「お、おい……アステリア公爵令嬢。もうその辺でいいんじゃないか? 石が削れて、地面が低くなってる気がするんだが……」
通りがかった若手の騎士が、引き気味に声をかけてきました。
私は雑巾を動かす手を止めず、首だけを真後ろに百八十度回転させる勢いで彼を睨みつけました。
「何を仰いますの! 見てください、あそこの隅にわずかな曇りがありますわ! あんなところにカイン様が足を乗せられたら、私の心は一生曇り空ですわよ!」
「いや、団長はそんな細かいこと気にしないと思うぞ……」
「いいえ、カイン様は完璧な御方! 完璧な御方には完璧な床がふさわしいのです! さあ、どいてくださいまし。そこ、あなたの足跡がつきましたわ。磨き直しですわ!」
「うわっ、ごめん!」
若手騎士が脱兎のごとく逃げ出していくのを見送り、私は再び床との対話に戻りました。
石畳の一枚一枚が、私の情熱によって鏡のように磨き上げられていきます。
そこに映る自分の顔を見つめ、私は確信しました。これなら、カイン様の美しいお顔も鮮明に反射するはずだと。
「……何をしている、と言ったはずだが」
その時、私の背後から、心臓を直接握りつぶされるような低く甘い声が降ってきました。
全身の産毛が逆立ち、体温が一気に五度ほど上昇したような錯覚に陥ります。
(きた、きたわ……! この威圧感、この高貴なオーラ! 間違いなくカイン様ですわ!)
私は雑巾を握りしめたまま、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きました。
「カイン様! おはようございます! 今、ちょうど団長の通り道を、宇宙で一番清潔な空間に仕上げたところですわ!」
振り返ると、そこには朝の訓練を終えたばかりのカイン団長が立っていました。
少しだけ乱れた銀髪、首筋に浮かぶ一筋の汗。そして、何よりその鋭い眼差し。
「……眩しいぞ」
「ええ、私の愛が溢れ出てしまいましたか?」
「違う、床だ。反射が激しすぎて前が見えん。嫌がらせか?」
カイン団長は眩しそうに目を細め、手でひさしを作っていました。
確かに、朝日を反射した床は、もはや発光体と言っても過言ではない輝きを放っています。
「嫌がらせだなんて、とんでもございません! これは私の忠誠心の輝きです! さあ、カイン様、どうぞこの上をお歩きください! 一歩踏み出すごとに、私の魂が貴方の足の裏をサポートいたしますわ!」
「重い。言葉が重すぎる」
カイン団長は深くため息をつき、恐る恐る磨き上げられた床に足を乗せました。
キュッ、と小気味よい音が響きます。
「……滑るな、これは」
「ご安心ください! このワックス、滑りそうで滑らない、絶妙なグリップ力を誇る特注品ですの。団長の力強い踏み込みにも耐えられるよう、分子レベルで調整しておりますわ!」
「君はいつから科学者になったんだ」
カイン団長は呆れ果てた様子で、それでもゆっくりと回廊を歩き始めました。
私はその後ろを、膝行(しっこう)しながら追いかけます。
「ああっ、素晴らしい……。カイン様が歩くたびに、床が喜びに打ち震えていますわ! 見てください、このブーツの音! まさに大地の鼓動です!」
「……ついてくるな。ストーカーか」
「清掃員ですわ! 団長が汚された先から、私が清める。これぞ永遠のサイクル、究極のエコシステムですわ!」
カイン団長は立ち止まり、私をじろりと見下ろしました。
その距離、わずか五十センチ。
団長の体から漂う、微かな鉄の匂いと、爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐります。
私の「尊いメーター」は、すでに限界値を突破して爆発四散していました。
(ああ……っ! 心拍数が、心拍数がマッハ十ですわ! 今なら心臓の鼓動だけで発電できる自信がありますわよ!)
「ミナモル嬢。君、顔が赤いぞ。……熱でもあるのか?」
カイン団長が、あろうことか心配そうに顔を近づけてきました。
整いすぎた顔面が視界いっぱいに広がり、私は呼吸の仕方を忘れました。
「……あ、あ、あ……っ」
「あ?」
「あーーーっ! 尊いですわぁぁぁ!」
私はその場に両手をつき、深々と頭を床に叩きつけました。
「……。今度は何だ」
「団長の吐息……今、私の前髪を揺らしたその空気を、瓶に詰めて家宝にしたいですわ! ああ、神よ! 私は今、人生の頂点にいます!」
「……やはり、君をここに置くのは間違いだった気がしてきた」
カイン団長は頭を押さえ、ふらふらとした足取りで執務室の方へ消えていきました。
私はその場にへたり込み、去りゆく背中を、涙ながらに見送りました。
「行ってしまわれた……。でも、大丈夫。私の手元には、団長が今歩いたばかりの、まだ温もりが残る床がある……!」
私は狂ったように、団長が踏んだ場所を再び磨き始めました。
「清掃員万歳! 婚約破棄万歳! 私は幸せですわーーー!」
朝の騎士団本部に、私の愛の叫びが再びこだましました。
背後で、出勤してきた騎士たちが「またやってるよ……」「関わらないようにしようぜ」と囁き合っていましたが、そんな雑音は私の耳には届きません。
私の脳内では今、カイン様との「床越しの対話」の余韻が、オーケストラとなって鳴り響いているのですから。
騎士団本部の長い回廊に、私の荒い鼻息とシュッシュッという小気味よい摩擦音が響き渡っています。
私は今、四つん這いになって、右手に特注の魔導雑巾、左手に最高級の艶出しワックスを持ち、まさに神がかり的な速度で石畳を磨き上げていました。
「お、おい……アステリア公爵令嬢。もうその辺でいいんじゃないか? 石が削れて、地面が低くなってる気がするんだが……」
通りがかった若手の騎士が、引き気味に声をかけてきました。
私は雑巾を動かす手を止めず、首だけを真後ろに百八十度回転させる勢いで彼を睨みつけました。
「何を仰いますの! 見てください、あそこの隅にわずかな曇りがありますわ! あんなところにカイン様が足を乗せられたら、私の心は一生曇り空ですわよ!」
「いや、団長はそんな細かいこと気にしないと思うぞ……」
「いいえ、カイン様は完璧な御方! 完璧な御方には完璧な床がふさわしいのです! さあ、どいてくださいまし。そこ、あなたの足跡がつきましたわ。磨き直しですわ!」
「うわっ、ごめん!」
若手騎士が脱兎のごとく逃げ出していくのを見送り、私は再び床との対話に戻りました。
石畳の一枚一枚が、私の情熱によって鏡のように磨き上げられていきます。
そこに映る自分の顔を見つめ、私は確信しました。これなら、カイン様の美しいお顔も鮮明に反射するはずだと。
「……何をしている、と言ったはずだが」
その時、私の背後から、心臓を直接握りつぶされるような低く甘い声が降ってきました。
全身の産毛が逆立ち、体温が一気に五度ほど上昇したような錯覚に陥ります。
(きた、きたわ……! この威圧感、この高貴なオーラ! 間違いなくカイン様ですわ!)
私は雑巾を握りしめたまま、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きました。
「カイン様! おはようございます! 今、ちょうど団長の通り道を、宇宙で一番清潔な空間に仕上げたところですわ!」
振り返ると、そこには朝の訓練を終えたばかりのカイン団長が立っていました。
少しだけ乱れた銀髪、首筋に浮かぶ一筋の汗。そして、何よりその鋭い眼差し。
「……眩しいぞ」
「ええ、私の愛が溢れ出てしまいましたか?」
「違う、床だ。反射が激しすぎて前が見えん。嫌がらせか?」
カイン団長は眩しそうに目を細め、手でひさしを作っていました。
確かに、朝日を反射した床は、もはや発光体と言っても過言ではない輝きを放っています。
「嫌がらせだなんて、とんでもございません! これは私の忠誠心の輝きです! さあ、カイン様、どうぞこの上をお歩きください! 一歩踏み出すごとに、私の魂が貴方の足の裏をサポートいたしますわ!」
「重い。言葉が重すぎる」
カイン団長は深くため息をつき、恐る恐る磨き上げられた床に足を乗せました。
キュッ、と小気味よい音が響きます。
「……滑るな、これは」
「ご安心ください! このワックス、滑りそうで滑らない、絶妙なグリップ力を誇る特注品ですの。団長の力強い踏み込みにも耐えられるよう、分子レベルで調整しておりますわ!」
「君はいつから科学者になったんだ」
カイン団長は呆れ果てた様子で、それでもゆっくりと回廊を歩き始めました。
私はその後ろを、膝行(しっこう)しながら追いかけます。
「ああっ、素晴らしい……。カイン様が歩くたびに、床が喜びに打ち震えていますわ! 見てください、このブーツの音! まさに大地の鼓動です!」
「……ついてくるな。ストーカーか」
「清掃員ですわ! 団長が汚された先から、私が清める。これぞ永遠のサイクル、究極のエコシステムですわ!」
カイン団長は立ち止まり、私をじろりと見下ろしました。
その距離、わずか五十センチ。
団長の体から漂う、微かな鉄の匂いと、爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐります。
私の「尊いメーター」は、すでに限界値を突破して爆発四散していました。
(ああ……っ! 心拍数が、心拍数がマッハ十ですわ! 今なら心臓の鼓動だけで発電できる自信がありますわよ!)
「ミナモル嬢。君、顔が赤いぞ。……熱でもあるのか?」
カイン団長が、あろうことか心配そうに顔を近づけてきました。
整いすぎた顔面が視界いっぱいに広がり、私は呼吸の仕方を忘れました。
「……あ、あ、あ……っ」
「あ?」
「あーーーっ! 尊いですわぁぁぁ!」
私はその場に両手をつき、深々と頭を床に叩きつけました。
「……。今度は何だ」
「団長の吐息……今、私の前髪を揺らしたその空気を、瓶に詰めて家宝にしたいですわ! ああ、神よ! 私は今、人生の頂点にいます!」
「……やはり、君をここに置くのは間違いだった気がしてきた」
カイン団長は頭を押さえ、ふらふらとした足取りで執務室の方へ消えていきました。
私はその場にへたり込み、去りゆく背中を、涙ながらに見送りました。
「行ってしまわれた……。でも、大丈夫。私の手元には、団長が今歩いたばかりの、まだ温もりが残る床がある……!」
私は狂ったように、団長が踏んだ場所を再び磨き始めました。
「清掃員万歳! 婚約破棄万歳! 私は幸せですわーーー!」
朝の騎士団本部に、私の愛の叫びが再びこだましました。
背後で、出勤してきた騎士たちが「またやってるよ……」「関わらないようにしようぜ」と囁き合っていましたが、そんな雑音は私の耳には届きません。
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