殿下、ゴミの分別はお済みですか? 私は今日から、推しと生きていきますわ!

鏡おもち

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「ふふふ、今日は一段と水が澄んでいますわ! これぞ、カイン様の高潔な魂を映し出すにふさわしい、究極の聖水……!」


私は騎士団の中庭に面した回廊で、特注のバケツに汲んだ水をうっとりと見つめていました。


この水には、私が厳選した数種類の魔導洗剤と、ほんの少しの「愛」が配合されています。


これを床に撒けば、汚れなど一瞬で雲散霧消し、騎士団全体がマイナスイオンに包まれるはずです。


「……あら、ミナモル様。相変わらず、そんな惨めな姿でお掃除をなさっているのね?」


背後から、わざとらしいほど可憐な声が聞こえてきました。


振り返れば、そこには薄桃色のドレスの裾をこれでもかと広げたリリアーヌ様が立っていました。


その手には、なぜか庭園用の小さなシャベルと、泥がたっぷり詰まった袋が握られています。


「あら、リリアーヌ様。本日はどのようなご用件で? ここは騎士たちが訓練の合間に汗を流す神聖な回廊。ドレスの裾が汚れましてよ?」


「ふふ、ご心配なく。私、ミナモル様が一生懸命お掃除しているのを見て、少しだけ『お手伝い』をしてあげようと思ったのですわ」


リリアーヌ様は、毒蛇のような笑みを浮かべて私のバケツに近づいてきました。


(ほう……? その手に持ったドス黒い泥を、私の『聖水』に投げ込もうというのですか?)


彼女の目論見など、推しの視線の動きを一ミリ単位で把握する私の「オタク眼」にはお見通しです。


「さあ、ミナモル様! これでお掃除がもっと『楽しく』なりますわよ! えいっ!」


リリアーヌ様が、可憐な悲鳴(自演)とともに、泥の塊を私のバケツ目がけて放り投げました。


しかし、その瞬間。私の脳内にはカイン様が以前仰った「騎士たるもの、背後の気配にも敏感であれ」というお言葉がリフレインしたのです。


「――甘いですわ!」


私は雑巾を握ったまま、軸足を中心に独楽(こま)のように高速回転しました。


ドレスの裾が円を描き、遠心力によってバケツを掴んだ私の体は、物理法則を無視したような鋭い軌道で横へとスライドしました。


「……えっ!?」


リリアーヌ様が驚愕の声を上げます。


投げられた泥の塊は、私がさっきまでいた空中の残像を通り抜け、そのまま勢いよく――。


「あ、ああああああああっ!?」


リリアーヌ様自身の足元に置かれていた、彼女の私物である高級ブランドのハンドバッグへとダイブしました。


さらには、泥の反動でバランスを崩した彼女が、自分が撒いたばかりの泥の上に、見事なスライディングを決めたのです。


ベチャッ、という、貴族の令嬢からは決して発せられてはならない音が響き渡りました。


「あ……あ……わたくしの、特注のドレスが……バッグが……!」


「あらあら、リリアーヌ様。何をなさっているんですの? そこで泥浴びをして、美容のパックでもお試しですかしら?」


私は一滴の水もこぼすことなくバケツを持ち、涼しい顔で彼女を見下ろしました。


「き、貴様……わざと避けたわね!?」


「避けるのは生物の生存本能ですわ。それに、私のバケツに不純物が混ざるなど、カイン様の聖域を汚すも同義。私の体が、勝手に神速の回避を選択いたしましたの」


私は鼻歌混じりに雑巾を絞りました。


「そんなことより、リリアーヌ様。そこの床、泥で汚れてしまいましたわね……。お掃除、手伝ってくださるのでしょう? はい、この予備のボロ雑巾をお使いになって!」


「誰がそんな汚い布を……! もういいわ、ジーク様に言いつけてやるんだから! ひどい、ひどいわぁーっ!」


リリアーヌ様は泥だらけの顔で泣き叫びながら、泥の足跡をペタペタと残して走り去っていきました。


(……あ。足跡。私の、磨いたばかりの、床に。)


私の背後に、紅蓮の炎が立ち昇るのが見えました。


「逃がしませんわよ、リリアーヌ様。汚した者は、清める。それがこの騎士団の……いいえ、私の鉄の掟ですわ!」


私はバケツと雑巾を抱え、文字通り「爆走」して彼女を追いかけました。


「待ちなさい! その泥の足跡一歩につき、反省文百枚とワックスがけ一時間の刑に処しますわ!」


「来ないで! 化け物! 掃除の化け物が来るわぁーっ!」


騎士団の中庭を、泥だらけの令嬢と、それを猛追する「戦う清掃員」が駆け抜けていきます。


その様子を、二階のバルコニーから眺めていたカイン団長は、深く、深く、本日何度目かわからないため息をつきました。


「……副団長。明日から、掃除中のミナモル嬢の周囲に『立ち入り禁止』の柵を設置しろ。あと、胃薬を。強いやつを頼む」


「はは……。団長、あのお嬢様、日に日に足が速くなってませんか?」


「推しを想う力は、人を人ならざる域へと押し上げるのだな……。恐ろしいことだ」


カイン団長の呆れ顔すら、今の私には「応援の微笑み」に見えていたのでした。
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