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賊たちが衛兵によって引き立てられ、騒がしかった会場にようやく静寂が戻り始めました。
もっとも、静寂といっても、ジークフリート殿下が「この雑巾、カビの匂いがするぞ!」と隅で喚いている声は絶え間なく聞こえてきますけれど。
私はといえば、折れ曲がったワイパーを杖代わりに、カイン様の隣で放心状態になっておりました。
(……ああ。終わりましたわ。私の初めての共同作業(物理的除菌)が……)
「ミナモル嬢。……怪我はないか」
カイン様の声が、すぐ耳元で響きました。
振り返ろうとした瞬間、視界が急に暗くなりました。
……いいえ、暗くなったのではありません。カイン様の厚い胸板が、私の視界のすべてを覆い尽くしたのです。
「……っ!?」
カイン様の大きな腕が私の背中に回され、ぐい、と力強く引き寄せられました。
いわゆる、抱擁。ハグ。密着。……これは事件ですわ!
「カ、カイン様!? あの、私の服は今、賊の返り血……は浴びていませんが、埃とワックスでベタベタですわよ! 団長の正装が汚れてしまいます!」
「そんなことはどうでもいい。……馬鹿者が。なぜあんな真似をした」
カイン様の声が、私の肩越しに低く、少しだけ震えながら降ってきました。
「……一歩間違えれば、君が死んでいたかもしれないんだぞ。魔法石を奪うなんて、騎士でも命がけの博打だ。それを……君は……」
カイン様の腕に、さらに力がこもります。
(尊い……尊すぎますわ。団長の心臓の音が、私の背中にダイレクトに響いてきます。ドク、ドクと、少し速いこの鼓動……これは私のための鼓動ですのね!?)
私の脳内では今、天使たちがラッパを吹き鳴らし、全自動床磨き機が祝福のダンスを踊っています。
「……少しは、自分の身を案じろ。君に何かあったら、私は……誰に執務室の床を任せればいいんだ」
「……最後の一言、必要でしたかしら?」
「……照れ隠しだ。察してくれ」
カイン様が、私の耳元でふっと短く息を吐きました。
その熱量に、私の心臓はオーバーヒートを起こして爆発寸前です。
「カイン様……。私、誓いますわ。例え明日、世界が滅びようとも、私はあなたの足元をピカピカに磨き、あらゆるゴミからあなたをお守りいたします!」
「……滅びるなら掃除しても意味がないだろう。だが……まあ、いい」
カイン様はゆっくりと私を離すと、少しバツが悪そうに視線を逸らしました。その頬は、月明かりの下でも分かるほど赤く染まっていました。
「……とにかく、今日はもう休め。掃除も禁止だ。これは団長命令だ」
「ええっ!? この戦場のような会場を放置して帰るなんて、清掃員の名が廃りますわ!」
「これ以上動いたら、君を公爵家へ強制送還する。……いいな?」
「……はい。謹んで、休息させていただきますわ」
私は渋々、引き下がりました。
カイン様が去っていく背中を見送りながら、私は自分の手を胸に当てました。
(抱きしめられた。……団長に、抱きしめられた。これはもう、実質的な入籍と見て間違いありませんわね)
「おい、ミナモル! いつまでぼーっとしているんだ! 早く私の顔を拭くための、バラの香りがするタオルを持ってこい!」
背後でうるさい前髪男が叫んでいます。
私は無言で、床に落ちていた「賊が踏みつけた後の濡れ雑巾」を拾い上げ、殿下の方を振り返りました。
「殿下。バラの香りはありませんが、泥と汗の『男の香り』ならたっぷりと染み込んでおりますわよ。……強制除菌、いたしましょうか?」
「ひっ……! い、いや、結構だ! 私は自分で拭く!」
ジークフリート殿下は、私の殺気に当てられて、転がるように会場を飛び出していきました。
こうして、嵐のような夜会は幕を閉じました。
しかし、私の胸の中で燃え上がる「愛と掃除の炎」は、これまで以上に激しく燃え盛っていたのです。
もっとも、静寂といっても、ジークフリート殿下が「この雑巾、カビの匂いがするぞ!」と隅で喚いている声は絶え間なく聞こえてきますけれど。
私はといえば、折れ曲がったワイパーを杖代わりに、カイン様の隣で放心状態になっておりました。
(……ああ。終わりましたわ。私の初めての共同作業(物理的除菌)が……)
「ミナモル嬢。……怪我はないか」
カイン様の声が、すぐ耳元で響きました。
振り返ろうとした瞬間、視界が急に暗くなりました。
……いいえ、暗くなったのではありません。カイン様の厚い胸板が、私の視界のすべてを覆い尽くしたのです。
「……っ!?」
カイン様の大きな腕が私の背中に回され、ぐい、と力強く引き寄せられました。
いわゆる、抱擁。ハグ。密着。……これは事件ですわ!
「カ、カイン様!? あの、私の服は今、賊の返り血……は浴びていませんが、埃とワックスでベタベタですわよ! 団長の正装が汚れてしまいます!」
「そんなことはどうでもいい。……馬鹿者が。なぜあんな真似をした」
カイン様の声が、私の肩越しに低く、少しだけ震えながら降ってきました。
「……一歩間違えれば、君が死んでいたかもしれないんだぞ。魔法石を奪うなんて、騎士でも命がけの博打だ。それを……君は……」
カイン様の腕に、さらに力がこもります。
(尊い……尊すぎますわ。団長の心臓の音が、私の背中にダイレクトに響いてきます。ドク、ドクと、少し速いこの鼓動……これは私のための鼓動ですのね!?)
私の脳内では今、天使たちがラッパを吹き鳴らし、全自動床磨き機が祝福のダンスを踊っています。
「……少しは、自分の身を案じろ。君に何かあったら、私は……誰に執務室の床を任せればいいんだ」
「……最後の一言、必要でしたかしら?」
「……照れ隠しだ。察してくれ」
カイン様が、私の耳元でふっと短く息を吐きました。
その熱量に、私の心臓はオーバーヒートを起こして爆発寸前です。
「カイン様……。私、誓いますわ。例え明日、世界が滅びようとも、私はあなたの足元をピカピカに磨き、あらゆるゴミからあなたをお守りいたします!」
「……滅びるなら掃除しても意味がないだろう。だが……まあ、いい」
カイン様はゆっくりと私を離すと、少しバツが悪そうに視線を逸らしました。その頬は、月明かりの下でも分かるほど赤く染まっていました。
「……とにかく、今日はもう休め。掃除も禁止だ。これは団長命令だ」
「ええっ!? この戦場のような会場を放置して帰るなんて、清掃員の名が廃りますわ!」
「これ以上動いたら、君を公爵家へ強制送還する。……いいな?」
「……はい。謹んで、休息させていただきますわ」
私は渋々、引き下がりました。
カイン様が去っていく背中を見送りながら、私は自分の手を胸に当てました。
(抱きしめられた。……団長に、抱きしめられた。これはもう、実質的な入籍と見て間違いありませんわね)
「おい、ミナモル! いつまでぼーっとしているんだ! 早く私の顔を拭くための、バラの香りがするタオルを持ってこい!」
背後でうるさい前髪男が叫んでいます。
私は無言で、床に落ちていた「賊が踏みつけた後の濡れ雑巾」を拾い上げ、殿下の方を振り返りました。
「殿下。バラの香りはありませんが、泥と汗の『男の香り』ならたっぷりと染み込んでおりますわよ。……強制除菌、いたしましょうか?」
「ひっ……! い、いや、結構だ! 私は自分で拭く!」
ジークフリート殿下は、私の殺気に当てられて、転がるように会場を飛び出していきました。
こうして、嵐のような夜会は幕を閉じました。
しかし、私の胸の中で燃え上がる「愛と掃除の炎」は、これまで以上に激しく燃え盛っていたのです。
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