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一週間の馬車旅の果て、ついに辿り着いたのは「エーデルワイス領」の最果てにある別邸だった。
馬車の窓から顔を出したアンナが、絶望に顔を歪めて悲鳴を上げる。
「……ひ、ひどすぎるわ! 屋敷の壁には蔦が絡まり、屋根の瓦は剥がれ落ち、まるでお化け屋敷じゃありませんか!」
確かに、目の前に佇むのは「歴史を感じさせる」を通り越して「朽ち果てる寸前」の洋館だった。庭の草は伸び放題で、門は錆びついて悲鳴のような音を立てている。
護衛のジルコンが馬車を止め、重い口を開いた。
「……ミント様。ここが王命によって指定された、貴女の新しい住まいです。正直に申し上げて、人が住める状態に整えるだけでも数ヶ月はかかるかと」
しかし、馬車から降り立ったミントは、絶望するどころか、その瞳をキラキラと輝かせていた。
「……まあ! なんて素晴らしいのかしら!」
「えっ、お嬢様? お疲れのあまり、ついに幻覚が見え始めたのですか!?」
「何を言っているの、アンナ。よく見てごらんなさい。この絶妙な『くすみ具合』。そしてこの、退廃的な雰囲気!」
ミントは優雅に歩み寄り、剥げかけた外壁にそっと指を触れた。
「王都の豪華絢爛な屋敷は、確かに私に相応しかったわ。けれど、あそこは少し……『完成されすぎていた』のよ。美しすぎる私と、豪華すぎる屋敷。それでは主役が二人いるようなものでしょう?」
「はあ……。主役が、二人……」
「そうよ! でも見て、このボロ……いえ、ヴィンテージな背景を! この灰色で寂しげな建物の前に立つことで、私の肌の白さと、髪の輝きが、かつてないほど強調されているわ! これぞ対比の美、完璧な背景(バックグラウンド)よ!」
ミントは屋敷を背にポーズを決め、ジルコンに向かって微笑んだ。
「ジルコン、どうかしら? 今の私、まるで滅びゆく王国に舞い降りた最後の希望のように見えない?」
「…………。背景が酷ければ酷いほど、素材の良さが際立つ、と言いたいのですか」
「察しが良くて助かるわ。そう、今の私は『泥の中に咲く一輪の真珠』。……あら、真珠は咲かないわね。とにかく、究極にドラマチックな美しさを手に入れてしまったということよ」
ジルコンは頭を押さえて天を仰いだ。この主人のメンタルは、ダイヤモンドよりも硬いのかもしれない。
「お嬢様、そんなことより中を確認しましょう! 雨漏りでもしていたら、お肌が湿気で台無しになりますわ!」
アンナに急かされ、一行は屋敷の中へと足を踏み入れた。
扉を開けると、そこには分厚い埃の層と、蜘蛛の巣が張った広間が広がっていた。カビの匂いが鼻をつく。
「ひゃあああ! 蜘蛛ですわ! お嬢様、下がってください!」
「あら、アンナ。そんなに騒がなくても。……あら、見て。この蜘蛛の巣、銀色の糸が光に反射して、私のネックレスの輝きと共鳴しているわ」
「共鳴なんてしてません! ただのゴミです!」
「ジルコン、すぐにお掃除を始めましょう。まずは、私が一番美しく映る場所に、大きな鏡を設置するスペースを確保してちょうだい」
「……掃除の優先順位というものがあるでしょう。まずは寝室の安全確認と、水回りの……」
「いいえ。鏡が先よ。自分の顔を確認できない場所で作業なんてしたら、私のモチベーションが枯渇して、お肌が砂漠化してしまいますわ。それは国家的な損失だと思わない?」
ジルコンは反論する気力すら失い、腰の剣を置くと、無造作に腕まくりをした。
「……分かりましたよ。まずは鏡のためのスペースですね。アンナ、貴女はミント様が埃を吸わないよう、テラスへ誘導してくれ」
「了解しました、ジルコンさん! さあお嬢様、こちらへ!」
テラスに出たミントは、眼下に広がる荒れ果てた庭を眺めながら、ふと思いついたように指を鳴らした。
「そうだわ。この庭、ただの野原にするのは勿体ないわね」
「……何か植えるのですか? 食料のためのジャガイモとか」
ジルコンが中から声を出す。
「いいえ。全部バラよ。それも、私の頬の赤みと同じ色のバラを植え尽くすの。そうすれば、私が庭を散歩するたびに、世界が私の美しさを祝福しているように見えるでしょう?」
「…………。その前に、まずは生きていくための環境を整えるのが先決です」
「あら、生きるということは、美しくあるということでしょう? それ以外に、令嬢が呼吸をする理由なんてありますの?」
ミントは夕日に照らされた自分の指先を眺め、満足げに微笑んだ。
たとえ王都から追放されようとも、住む場所がボロ屋敷になろうとも。
彼女が自分を愛している限り、そこは常に、世界で最も輝かしい宮殿へと変わるのである。
「さあ、ジルコン、アンナ。忙しくなるわよ。この屋敷を、私という宝石に相応しい『宝石箱』に作り替えるのよ!」
こうして、辺境のボロ屋敷を舞台にした、ミントによる「究極の自分磨き(リフォーム)」が始まったのだった。
馬車の窓から顔を出したアンナが、絶望に顔を歪めて悲鳴を上げる。
「……ひ、ひどすぎるわ! 屋敷の壁には蔦が絡まり、屋根の瓦は剥がれ落ち、まるでお化け屋敷じゃありませんか!」
確かに、目の前に佇むのは「歴史を感じさせる」を通り越して「朽ち果てる寸前」の洋館だった。庭の草は伸び放題で、門は錆びついて悲鳴のような音を立てている。
護衛のジルコンが馬車を止め、重い口を開いた。
「……ミント様。ここが王命によって指定された、貴女の新しい住まいです。正直に申し上げて、人が住める状態に整えるだけでも数ヶ月はかかるかと」
しかし、馬車から降り立ったミントは、絶望するどころか、その瞳をキラキラと輝かせていた。
「……まあ! なんて素晴らしいのかしら!」
「えっ、お嬢様? お疲れのあまり、ついに幻覚が見え始めたのですか!?」
「何を言っているの、アンナ。よく見てごらんなさい。この絶妙な『くすみ具合』。そしてこの、退廃的な雰囲気!」
ミントは優雅に歩み寄り、剥げかけた外壁にそっと指を触れた。
「王都の豪華絢爛な屋敷は、確かに私に相応しかったわ。けれど、あそこは少し……『完成されすぎていた』のよ。美しすぎる私と、豪華すぎる屋敷。それでは主役が二人いるようなものでしょう?」
「はあ……。主役が、二人……」
「そうよ! でも見て、このボロ……いえ、ヴィンテージな背景を! この灰色で寂しげな建物の前に立つことで、私の肌の白さと、髪の輝きが、かつてないほど強調されているわ! これぞ対比の美、完璧な背景(バックグラウンド)よ!」
ミントは屋敷を背にポーズを決め、ジルコンに向かって微笑んだ。
「ジルコン、どうかしら? 今の私、まるで滅びゆく王国に舞い降りた最後の希望のように見えない?」
「…………。背景が酷ければ酷いほど、素材の良さが際立つ、と言いたいのですか」
「察しが良くて助かるわ。そう、今の私は『泥の中に咲く一輪の真珠』。……あら、真珠は咲かないわね。とにかく、究極にドラマチックな美しさを手に入れてしまったということよ」
ジルコンは頭を押さえて天を仰いだ。この主人のメンタルは、ダイヤモンドよりも硬いのかもしれない。
「お嬢様、そんなことより中を確認しましょう! 雨漏りでもしていたら、お肌が湿気で台無しになりますわ!」
アンナに急かされ、一行は屋敷の中へと足を踏み入れた。
扉を開けると、そこには分厚い埃の層と、蜘蛛の巣が張った広間が広がっていた。カビの匂いが鼻をつく。
「ひゃあああ! 蜘蛛ですわ! お嬢様、下がってください!」
「あら、アンナ。そんなに騒がなくても。……あら、見て。この蜘蛛の巣、銀色の糸が光に反射して、私のネックレスの輝きと共鳴しているわ」
「共鳴なんてしてません! ただのゴミです!」
「ジルコン、すぐにお掃除を始めましょう。まずは、私が一番美しく映る場所に、大きな鏡を設置するスペースを確保してちょうだい」
「……掃除の優先順位というものがあるでしょう。まずは寝室の安全確認と、水回りの……」
「いいえ。鏡が先よ。自分の顔を確認できない場所で作業なんてしたら、私のモチベーションが枯渇して、お肌が砂漠化してしまいますわ。それは国家的な損失だと思わない?」
ジルコンは反論する気力すら失い、腰の剣を置くと、無造作に腕まくりをした。
「……分かりましたよ。まずは鏡のためのスペースですね。アンナ、貴女はミント様が埃を吸わないよう、テラスへ誘導してくれ」
「了解しました、ジルコンさん! さあお嬢様、こちらへ!」
テラスに出たミントは、眼下に広がる荒れ果てた庭を眺めながら、ふと思いついたように指を鳴らした。
「そうだわ。この庭、ただの野原にするのは勿体ないわね」
「……何か植えるのですか? 食料のためのジャガイモとか」
ジルコンが中から声を出す。
「いいえ。全部バラよ。それも、私の頬の赤みと同じ色のバラを植え尽くすの。そうすれば、私が庭を散歩するたびに、世界が私の美しさを祝福しているように見えるでしょう?」
「…………。その前に、まずは生きていくための環境を整えるのが先決です」
「あら、生きるということは、美しくあるということでしょう? それ以外に、令嬢が呼吸をする理由なんてありますの?」
ミントは夕日に照らされた自分の指先を眺め、満足げに微笑んだ。
たとえ王都から追放されようとも、住む場所がボロ屋敷になろうとも。
彼女が自分を愛している限り、そこは常に、世界で最も輝かしい宮殿へと変わるのである。
「さあ、ジルコン、アンナ。忙しくなるわよ。この屋敷を、私という宝石に相応しい『宝石箱』に作り替えるのよ!」
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