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「……カトリーヌ様。そんな土気色の顔をして、砂を撒き散らしながら泣き叫ぶなんて、淑女の嗜みとしていかがなものかしら?」
王宮の地下深く、冷たい闇が支配する禁忌の牢獄。
イザバラは、漆黒の防護ドレスを翻し、リュカ公爵を伴って最深部へと足を踏み入れた。
そこには、かつての聖女の面影など微塵もない、変わり果てたカトリーヌがいた。
彼女の指先は、まるで砂時計が壊れたかのように、サラサラと音を立てて崩れ続けている。
「……イザバラ……。なぜ、なぜ貴女はまだ、そんなに艶やかな肌をして、脂の乗った顔をしていられるの……! 世界は砂に埋もれ、咀嚼さえ失われたというのに!」
カトリーヌの声は、乾いた砂が擦れるような不快な響きを帯びていた。
彼女の背後には、これまで奪ってきた「熱」や「甘み」を封じ込めた、巨大な呪いの結晶が歪に光っている。
「オホホホ! 貴女の呪いなど、私の食欲の前では、食後の口直しにもなりませんわ。見てください、このジュリアン殿下の活力を!」
イザバラが後ろを指差すと、そこには黄金色の霧(背徳の脂ミスト)を全身に浴びて、ハイテンションでシャドーボクシングを繰り広げるジュリアンがいた。
「カトリーヌ! 今の私は無敵だ! 胃袋に形あるものはなくても、私の肺は最高級のステーキの香りで満たされている! もはや私は人間を超え、歩く燻製機(スモーカー)となったのだ!」
「……殿下、少し静かになさって。……さあ、カトリーヌ様。そろそろ、この退屈な砂遊びを終わりにしましょう。貴女、本当は分かっているのでしょう? 砂を噛み締めても、貴女の虚しさは埋まらないということを」
イザバラは、懐から一つの小さな銀の小箱を取り出した。
「無駄よ! 何を持ってきたところで、それは私の口に入れた瞬間に砂へと……」
「あら、これは『最初から砂』ですわよ。……いいえ、極限まで粒子を細かくした、美食の結晶ですわ」
イザバラが箱を開けると、中には淡い桜色の、不思議な輝きを持つ粉末が入っていた。
「これは、貴女が消し去ったはずの『甘み』、奪い去った『熱』、そして封じ込めた『塩気』……その全てを、発酵の力で極限まで凝縮し、粉末状に昇華させた『神の粉(デウス・パウダー)』ですわ」
「粉……? そんなものが、何になるというの!」
「カトリーヌ様、美食とは『個体』を噛むことだけではありませんの。……閣下、今ですわ!」
リュカが素早く魔力扇風機を起動した。
イザバラが粉末を宙に放ると、それはリュカの風に乗り、一瞬にして牢獄内に「桜色の霧」となって広がった。
「……っ!? なんだ、この、圧倒的な多幸感は……!」
カトリーヌが反射的にその霧を吸い込んだ。
瞬間、彼女の瞳から砂が消え、大粒の涙が溢れ出した。
「……甘い。……そして、温かい。……幼い頃、母様に隠れて食べた、あの焼きたてのパンの端っこの味……。なぜ……なぜ、忘れていたのかしら……」
「美食は、憎しみを晴らすための道具ではありませんわ。それは、誰かと『美味しいわね』と笑い合うために存在する、世界で一番優しい魔法なのです。……貴女が本当に欲しかったのは、世界を支配する力ではなく、ただの『美味しい一口』だったのでしょう?」
イザバラの言葉が、カトリーヌの凍てついた心を溶かしていく。
同時に、彼女の肉体を侵食していた砂の呪いが、眩い光となって弾け飛んだ。
パリンッ、という音と共に、王宮を覆っていた「咀嚼の禁忌」が霧散していく。
床に転がっていた「砂」が、元の瑞々しいフルーツや、芳醇な赤ワインへと戻っていく。
「……ああ。……私の、私のマカロンが……元のピンク色に……!」
カトリーヌは、元の姿に戻った一粒の菓子を手に取り、震える手でそれを口に運んだ。
サクッ……。
「…………美味しい。……ああ、本当に、美味しいわ……」
彼女は声を上げて泣き崩れた。
カトリーヌの呪いという名の「不味い現実」は、イザバラの「究極の粉末」によって、上書きされたのである。
「……さて、閣下。一件落着ですわね。……あ、殿下、そこの床に落ちた肉を拾って食べようとするのはおやめなさい。不衛生ですわ」
「かまわない! 私は……私は今、この『噛む』という行為に、人生の全てを懸けているんだぁぁぁ!」
ジュリアンは、元の姿に戻ったステーキを、野獣のような勢いで貪り食い始めた。
「……イザバラ。君のおかげで、世界は救われたな。……だが、私の胃袋は、まだ救われていない。……この騒動の締めくくりに、相応しい一皿を期待してもいいか?」
リュカが、少しだけ真剣な眼差しでイザバラを見つめる。
「もちろんですわ、閣下。……カトリーヌ様も、少しは栄養をつけなさい。貴女のそのカサカサの肌には、私の特製『超濃厚・黄金のコンソメスープ』が一番効きますわよ」
イザバラは、闇の消えた地下牢で、最高の笑顔を浮かべた。
彼女にとっての勝利とは、敵を倒すことではない。
敵をも「食の虜」にして、同じテーブルに座らせることなのである。
しかし、イザバラはまだ気づいていなかった。
世界が元通りになったことで、自分を追放した父・ベルシュマン公爵と、復縁を狙うジュリアン王太子による、さらなる「美味しい利権争い」が幕を開けようとしていることに――。
王宮の地下深く、冷たい闇が支配する禁忌の牢獄。
イザバラは、漆黒の防護ドレスを翻し、リュカ公爵を伴って最深部へと足を踏み入れた。
そこには、かつての聖女の面影など微塵もない、変わり果てたカトリーヌがいた。
彼女の指先は、まるで砂時計が壊れたかのように、サラサラと音を立てて崩れ続けている。
「……イザバラ……。なぜ、なぜ貴女はまだ、そんなに艶やかな肌をして、脂の乗った顔をしていられるの……! 世界は砂に埋もれ、咀嚼さえ失われたというのに!」
カトリーヌの声は、乾いた砂が擦れるような不快な響きを帯びていた。
彼女の背後には、これまで奪ってきた「熱」や「甘み」を封じ込めた、巨大な呪いの結晶が歪に光っている。
「オホホホ! 貴女の呪いなど、私の食欲の前では、食後の口直しにもなりませんわ。見てください、このジュリアン殿下の活力を!」
イザバラが後ろを指差すと、そこには黄金色の霧(背徳の脂ミスト)を全身に浴びて、ハイテンションでシャドーボクシングを繰り広げるジュリアンがいた。
「カトリーヌ! 今の私は無敵だ! 胃袋に形あるものはなくても、私の肺は最高級のステーキの香りで満たされている! もはや私は人間を超え、歩く燻製機(スモーカー)となったのだ!」
「……殿下、少し静かになさって。……さあ、カトリーヌ様。そろそろ、この退屈な砂遊びを終わりにしましょう。貴女、本当は分かっているのでしょう? 砂を噛み締めても、貴女の虚しさは埋まらないということを」
イザバラは、懐から一つの小さな銀の小箱を取り出した。
「無駄よ! 何を持ってきたところで、それは私の口に入れた瞬間に砂へと……」
「あら、これは『最初から砂』ですわよ。……いいえ、極限まで粒子を細かくした、美食の結晶ですわ」
イザバラが箱を開けると、中には淡い桜色の、不思議な輝きを持つ粉末が入っていた。
「これは、貴女が消し去ったはずの『甘み』、奪い去った『熱』、そして封じ込めた『塩気』……その全てを、発酵の力で極限まで凝縮し、粉末状に昇華させた『神の粉(デウス・パウダー)』ですわ」
「粉……? そんなものが、何になるというの!」
「カトリーヌ様、美食とは『個体』を噛むことだけではありませんの。……閣下、今ですわ!」
リュカが素早く魔力扇風機を起動した。
イザバラが粉末を宙に放ると、それはリュカの風に乗り、一瞬にして牢獄内に「桜色の霧」となって広がった。
「……っ!? なんだ、この、圧倒的な多幸感は……!」
カトリーヌが反射的にその霧を吸い込んだ。
瞬間、彼女の瞳から砂が消え、大粒の涙が溢れ出した。
「……甘い。……そして、温かい。……幼い頃、母様に隠れて食べた、あの焼きたてのパンの端っこの味……。なぜ……なぜ、忘れていたのかしら……」
「美食は、憎しみを晴らすための道具ではありませんわ。それは、誰かと『美味しいわね』と笑い合うために存在する、世界で一番優しい魔法なのです。……貴女が本当に欲しかったのは、世界を支配する力ではなく、ただの『美味しい一口』だったのでしょう?」
イザバラの言葉が、カトリーヌの凍てついた心を溶かしていく。
同時に、彼女の肉体を侵食していた砂の呪いが、眩い光となって弾け飛んだ。
パリンッ、という音と共に、王宮を覆っていた「咀嚼の禁忌」が霧散していく。
床に転がっていた「砂」が、元の瑞々しいフルーツや、芳醇な赤ワインへと戻っていく。
「……ああ。……私の、私のマカロンが……元のピンク色に……!」
カトリーヌは、元の姿に戻った一粒の菓子を手に取り、震える手でそれを口に運んだ。
サクッ……。
「…………美味しい。……ああ、本当に、美味しいわ……」
彼女は声を上げて泣き崩れた。
カトリーヌの呪いという名の「不味い現実」は、イザバラの「究極の粉末」によって、上書きされたのである。
「……さて、閣下。一件落着ですわね。……あ、殿下、そこの床に落ちた肉を拾って食べようとするのはおやめなさい。不衛生ですわ」
「かまわない! 私は……私は今、この『噛む』という行為に、人生の全てを懸けているんだぁぁぁ!」
ジュリアンは、元の姿に戻ったステーキを、野獣のような勢いで貪り食い始めた。
「……イザバラ。君のおかげで、世界は救われたな。……だが、私の胃袋は、まだ救われていない。……この騒動の締めくくりに、相応しい一皿を期待してもいいか?」
リュカが、少しだけ真剣な眼差しでイザバラを見つめる。
「もちろんですわ、閣下。……カトリーヌ様も、少しは栄養をつけなさい。貴女のそのカサカサの肌には、私の特製『超濃厚・黄金のコンソメスープ』が一番効きますわよ」
イザバラは、闇の消えた地下牢で、最高の笑顔を浮かべた。
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敵をも「食の虜」にして、同じテーブルに座らせることなのである。
しかし、イザバラはまだ気づいていなかった。
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