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「……イザバラ、いい加減にそのソース皿を置きなさい。もう入場曲が鳴り終わってから三分は経っているぞ」
大聖堂の控室。純白のウェディングドレスに身を包んだイザバラは、あろうことか手鏡の代わりに、今まさに披露宴で出される予定の『超濃厚・赤ワインとトリュフのソース』を小皿に入れて、真剣な眼差しでテイスティングしていた。
「閣下、お待ちになって! ソースは一瞬の油断で、その輝きを失うのですわ。……ふむ、わずかに酸味が勝ちすぎていますわね。厨房に伝えてちょうだい、あと数粒、ベルシュマン産の完熟ブドウの果汁を足すように!」
「……君は、神に誓いを立てに行くのか、それとも厨房に殴り込みに行くのか、どちらなんだ?」
正装に身を包んだリュカが、呆れながらもその手から小皿を奪い取った。
「両方ですわ! 一生に一度の晴れ舞台、私の胃袋が満足しない誓いなど、神様だって聞き届けてくださいませんわよ。……さあ、行きましょう、閣下。私の『完食の誓い』を、世界に見せつけて差し上げるのですわ!」
二人が大聖堂の扉を開けた瞬間、参列者たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「イザバラ! ああ、私の女神よ! そのドレスも美しいが、その背後に隠しているはずの『特製ソースのレシピ』を私に譲ってくれぇぇぇ!」
最前列で号泣しながら叫んでいるのは、今や「王国の食欲王」の異名を持つようになったジュリアン王太子である。
彼はもはやイザバラを愛しているのか、彼女の選ぶ食材を愛しているのか、本人にも分かっていないようだった。
「殿下、うるさくてよ! 貴方には後で、引き出物の『特製・骨付き肉の端切れ』を差し上げますから、静かになさいな!」
「……端切れでもいい! 私はそれを一生の宝にするぞ!」
王太子の隣では、すっかり更生し、今はイザバラの「美食見習い」として野菜の面取り修行に励んでいるカトリーヌが、清々しい笑顔で拍手を送っていた。
「イザバラ様、おめでとうございます! 私、今日の披露宴のために、カブの皮を三千枚剥きましたわ!」
「よくやりましたわ、カトリーヌ様。その努力、この後のポタージュでしっかり確認させていただきますわね」
厳かな(?)結婚の誓いもそこそこに、一行は披露宴会場へと雪崩れ込んだ。
そこで待ち構えていたのは、高さ二メートルを超える『巨大ローストビーフの塔』である。
「……さあ、皆様! ケーキカットなどという、甘いだけのお遊びはいたしませんわ。私と閣下の愛は、この脂の乗った最高級和牛のように、熱く、そして重厚ですの!」
イザバラとリュカが、二人で一本の巨大な肉切り包丁(ナイフ)を握った。
「せーの……入刀ですわ!」
サクゥゥゥ……!
という、この世で最も美しい「肉を断つ音」が会場に響き渡った。
中から溢れ出したのは、ルビー色の肉汁と、全参列者の理性を崩壊させる芳醇な香気。
「……っ!! さあ、閣下! 最初の一口は、貴方の口へ放り込んで差し上げますわ!」
イザバラは、切り分けたばかりの肉の塊に、例の特製ソースをたっぷりとかけ、リュカの口へと運んだ。
「……ふ。……ああ、やはり君の選ぶ肉が、世界で一番美味い」
「当たり前ですわ! ……さあ、次は私の番ですわよ!」
イザバラは、周囲の視線も、王族の礼儀も、ドレスの締め付けさえもかなぐり捨て、自らの一口を咀嚼した。
「…………あああああ!! 幸せ!! 生きていて良かったわ!! この脂の甘み、ソースの深み、そして閣下と共に味わうこの瞬間……これぞ、私の求めていた『究極のフルコース』の始まりですわ!」
会場には、至福の咀嚼音と、空腹に耐えかねた参列者たちの歓喜の叫びが満ち溢れた。
「……イザバラ。君の食欲は、一生満たされることはないんだろうな」
リュカが、隣で幸せそうに頬を膨らませる妻を見つめ、優しく微笑んだ。
「あら、当然ですわ。明日には明日の旬があり、明後日には未知のソースが私を待っていますもの。……閣下、貴方は覚悟なさってね。私の『美味しいものへの旅』に、死ぬまで付き合っていただきますわよ?」
「……ああ。君の胃袋が許す限り、どこまでも共に行こう」
二人が熱い口づけ……ではなく、次の料理を同時に口に運んだ瞬間、王国の美食の歴史に新たな伝説が刻まれた。
婚約破棄から始まった、一人の令嬢の食いしん坊な冒険。
それは、最高に贅沢なパートナーと、終わることのないフルコースを約束して、ここに堂々の完食(フィナーレ)を迎える。
「おかわり、持ってきてちょうだい! 今度は赤身の強いところをお願いしますわ! オホホホホ!」
美食令嬢イザバラ。
彼女の愛と食欲は、これからも世界を美味しく染め上げていくのであった。
大聖堂の控室。純白のウェディングドレスに身を包んだイザバラは、あろうことか手鏡の代わりに、今まさに披露宴で出される予定の『超濃厚・赤ワインとトリュフのソース』を小皿に入れて、真剣な眼差しでテイスティングしていた。
「閣下、お待ちになって! ソースは一瞬の油断で、その輝きを失うのですわ。……ふむ、わずかに酸味が勝ちすぎていますわね。厨房に伝えてちょうだい、あと数粒、ベルシュマン産の完熟ブドウの果汁を足すように!」
「……君は、神に誓いを立てに行くのか、それとも厨房に殴り込みに行くのか、どちらなんだ?」
正装に身を包んだリュカが、呆れながらもその手から小皿を奪い取った。
「両方ですわ! 一生に一度の晴れ舞台、私の胃袋が満足しない誓いなど、神様だって聞き届けてくださいませんわよ。……さあ、行きましょう、閣下。私の『完食の誓い』を、世界に見せつけて差し上げるのですわ!」
二人が大聖堂の扉を開けた瞬間、参列者たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「イザバラ! ああ、私の女神よ! そのドレスも美しいが、その背後に隠しているはずの『特製ソースのレシピ』を私に譲ってくれぇぇぇ!」
最前列で号泣しながら叫んでいるのは、今や「王国の食欲王」の異名を持つようになったジュリアン王太子である。
彼はもはやイザバラを愛しているのか、彼女の選ぶ食材を愛しているのか、本人にも分かっていないようだった。
「殿下、うるさくてよ! 貴方には後で、引き出物の『特製・骨付き肉の端切れ』を差し上げますから、静かになさいな!」
「……端切れでもいい! 私はそれを一生の宝にするぞ!」
王太子の隣では、すっかり更生し、今はイザバラの「美食見習い」として野菜の面取り修行に励んでいるカトリーヌが、清々しい笑顔で拍手を送っていた。
「イザバラ様、おめでとうございます! 私、今日の披露宴のために、カブの皮を三千枚剥きましたわ!」
「よくやりましたわ、カトリーヌ様。その努力、この後のポタージュでしっかり確認させていただきますわね」
厳かな(?)結婚の誓いもそこそこに、一行は披露宴会場へと雪崩れ込んだ。
そこで待ち構えていたのは、高さ二メートルを超える『巨大ローストビーフの塔』である。
「……さあ、皆様! ケーキカットなどという、甘いだけのお遊びはいたしませんわ。私と閣下の愛は、この脂の乗った最高級和牛のように、熱く、そして重厚ですの!」
イザバラとリュカが、二人で一本の巨大な肉切り包丁(ナイフ)を握った。
「せーの……入刀ですわ!」
サクゥゥゥ……!
という、この世で最も美しい「肉を断つ音」が会場に響き渡った。
中から溢れ出したのは、ルビー色の肉汁と、全参列者の理性を崩壊させる芳醇な香気。
「……っ!! さあ、閣下! 最初の一口は、貴方の口へ放り込んで差し上げますわ!」
イザバラは、切り分けたばかりの肉の塊に、例の特製ソースをたっぷりとかけ、リュカの口へと運んだ。
「……ふ。……ああ、やはり君の選ぶ肉が、世界で一番美味い」
「当たり前ですわ! ……さあ、次は私の番ですわよ!」
イザバラは、周囲の視線も、王族の礼儀も、ドレスの締め付けさえもかなぐり捨て、自らの一口を咀嚼した。
「…………あああああ!! 幸せ!! 生きていて良かったわ!! この脂の甘み、ソースの深み、そして閣下と共に味わうこの瞬間……これぞ、私の求めていた『究極のフルコース』の始まりですわ!」
会場には、至福の咀嚼音と、空腹に耐えかねた参列者たちの歓喜の叫びが満ち溢れた。
「……イザバラ。君の食欲は、一生満たされることはないんだろうな」
リュカが、隣で幸せそうに頬を膨らませる妻を見つめ、優しく微笑んだ。
「あら、当然ですわ。明日には明日の旬があり、明後日には未知のソースが私を待っていますもの。……閣下、貴方は覚悟なさってね。私の『美味しいものへの旅』に、死ぬまで付き合っていただきますわよ?」
「……ああ。君の胃袋が許す限り、どこまでも共に行こう」
二人が熱い口づけ……ではなく、次の料理を同時に口に運んだ瞬間、王国の美食の歴史に新たな伝説が刻まれた。
婚約破棄から始まった、一人の令嬢の食いしん坊な冒険。
それは、最高に贅沢なパートナーと、終わることのないフルコースを約束して、ここに堂々の完食(フィナーレ)を迎える。
「おかわり、持ってきてちょうだい! 今度は赤身の強いところをお願いしますわ! オホホホホ!」
美食令嬢イザバラ。
彼女の愛と食欲は、これからも世界を美味しく染め上げていくのであった。
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