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ガタゴトと揺れる馬車の車内。
私は、父から譲り受けた公爵家の紋章入り手帳を広げていた。
「ふふふ……完璧ですわ。非の打ち所がない『悪行』の数々……」
ページをめくるたび、私の口元からニヤニヤとした笑みが漏れ出す。
向かい合わせに座っているのは、唯一私についてくることを志願した侍女のアンネだ。
彼女は死んだ魚のような目で、私を見つめている。
「お嬢様。その『悪役令嬢の心得ノート』を眺めて悦に浸るのは、そろそろお止めください」
「何を言っているの、アンネ。これは私の自由へのパスポートよ?」
私はノートを指先でトントンと叩いた。
「さて、改めて今回私が断罪された『冤罪リスト』を確認しましょう」
「……確認して、どうするのですか?」
「万が一、殿下が『やっぱりあれは勘違いだったから戻ってこい』なんて言い出さないように、言い訳の余地を潰しておくのよ!」
私はやる気に満ち溢れた声で、リストの第一項目を読み上げた。
「其の一! リリアーナ様の教科書を池に投げ捨てた罪!」
「実際は、リリアーナ様の教科書に毒性の強いカビが生えているのを発見し、公衆衛生のために即座に処分。代わりに私が最新の注釈付き参考書を彼女の机に忍ばせておいた……でしたね」
アンネが淡々と補足する。
「そうよ! あんなカビだらけの本を読んでいたら、彼女の可愛いお顔が台無しですもの」
私は満足げに頷いた。
「其の二! 夜会でリリアーナ様のドレスにわざと赤ワインをぶっかけた罪!」
「実際は、彼女の背後に止まっていた『猛毒を持つ暗殺蜂』を、手近にあったワインのアルコールで弱らせて撃退した……。ついでにワインのシミは、後で私がこっそり特製の魔導洗浄剤で新品同様に消しておきました」
「あの時の私のスローイング、我ながら完璧だったわ。リリアーナちゃんも『ナイスキャッチです、ルルカ様!』って目で合図してくれたもの」
「……普通の令嬢は、ワインを投げられたことをナイスキャッチとは思いません」
アンネのため息が車内に響く。
「其の三! 王宮の階段からリリアーナ様を突き落とそうとした罪!」
「実際は、彼女の靴のヒールが折れかけているのに気づき、転んで大怪我をする前に、私が背後から抱きとめて安全な踊り場へ誘導しようとした……。勢い余って二人で転がりましたが」
「おかげで私の右腕は一週間青あざだらけだったけれど、彼女が無事ならオールオッケーよ!」
私はノートに大きな花丸を書き込んだ。
「どう、アンネ? これだけ積み上げれば、殿下も私を『救いようのない悪女』だと思い込んでくださるはずだわ」
「……お嬢様。一つだけお伺いしても?」
アンネが冷めた紅茶を一口飲んで言った。
「なにかしら?」
「なぜ、そこまでして嫌われようとしたのですか? 普通に殿下に『王妃になりたくない』と相談すれば済む話では?」
私は窓の外に流れる景色を眺めながら、ふっと寂しげな……ふりをした笑みを浮かべた。
「アンネ。あの殿下よ? 生真面目で、正義感が強くて、責任感の塊みたいなアルフレイド殿下よ?」
「……否定はしません」
「あの方に『王妃になりたくない』なんて言ったら、きっとこう返ってくるわ。『ルルカ、君の不安はわかる。だが俺が全力で支えるから、一緒に頑張ろう!』……ってね」
私は殿下の声を真似して、大げさなジェスチャーを加えた。
「……。想像に難くありません」
「そんなこと言われたら、断れないじゃない! あんなに真っ直ぐな瞳で言われたら、こっちの良心が痛んで、一生あの監獄のような王宮で書類の山に埋もれる羽目になるわ!」
私は身震いした。
王妃という仕事は、優雅なお茶会ばかりではない。
朝から晩まで外交、内政、儀式、そして膨大な社交。
(私には無理! 私はもっと、太陽の下でぐうたらして、美味しいものを食べて、温泉に浸かりたいのよ!)
「だから、殿下の方から『こいつはダメだ』と見捨ててもらう必要があったの。リリアーナちゃんという、あの方に相応しい理想のヒロインを用意してね」
「リリアーナ様も、よく協力してくれましたね」
「彼女、実は私のファンなんですって。あんなに可愛い子に『ルルカ様のためなら、悪女の被害者役なんてお安い御用です!』なんて言われちゃったら、やるしかないでしょ?」
私は誇らしげに胸を張った。
「さて、国境の検問所が見えてきたわよ。ここを越えれば、私は正式に『国外追放された哀れな令嬢』!」
馬車が速度を落とし、兵士たちが待つゲートへと近づいていく。
私はアンネに向かって、いたずらっぽくウインクした。
「アンネ、準備はいい? 検問を通る時は、最高に悲劇的な顔をするのよ」
「……心得ております。お嬢様よりも、私の方が得意分野ですので」
アンネは瞬時に顔色を失わせ、今にも倒れそうな絶望の表情を作り上げた。
(さすがアンネ! これなら検問の兵士も同情して、すぐに通してくれるわ!)
私は期待に胸を膨らませて、馬車の扉が開くのを待った。
しかし、ゲートの外では、予想外の光景が広がっていた。
「……え? なんですの、あの人だかりは?」
馬車の小窓から覗くと、そこには「国外追放」を監視する兵士だけではなく、なぜか豪華な衣装を着た一団が整列していた。
そして、その中心には――。
「ルルカ! 待て! 待ってくれルルカ!!」
馬を飛ばして土煙を上げながらこちらへ向かってくる、見覚えのある金髪の騎士。
(ちょ……殿下!? なんでここにいらっしゃるのよ!?)
私の自由へのバカンスに、早くも暗雲が立ち込め始めていた。
私は、父から譲り受けた公爵家の紋章入り手帳を広げていた。
「ふふふ……完璧ですわ。非の打ち所がない『悪行』の数々……」
ページをめくるたび、私の口元からニヤニヤとした笑みが漏れ出す。
向かい合わせに座っているのは、唯一私についてくることを志願した侍女のアンネだ。
彼女は死んだ魚のような目で、私を見つめている。
「お嬢様。その『悪役令嬢の心得ノート』を眺めて悦に浸るのは、そろそろお止めください」
「何を言っているの、アンネ。これは私の自由へのパスポートよ?」
私はノートを指先でトントンと叩いた。
「さて、改めて今回私が断罪された『冤罪リスト』を確認しましょう」
「……確認して、どうするのですか?」
「万が一、殿下が『やっぱりあれは勘違いだったから戻ってこい』なんて言い出さないように、言い訳の余地を潰しておくのよ!」
私はやる気に満ち溢れた声で、リストの第一項目を読み上げた。
「其の一! リリアーナ様の教科書を池に投げ捨てた罪!」
「実際は、リリアーナ様の教科書に毒性の強いカビが生えているのを発見し、公衆衛生のために即座に処分。代わりに私が最新の注釈付き参考書を彼女の机に忍ばせておいた……でしたね」
アンネが淡々と補足する。
「そうよ! あんなカビだらけの本を読んでいたら、彼女の可愛いお顔が台無しですもの」
私は満足げに頷いた。
「其の二! 夜会でリリアーナ様のドレスにわざと赤ワインをぶっかけた罪!」
「実際は、彼女の背後に止まっていた『猛毒を持つ暗殺蜂』を、手近にあったワインのアルコールで弱らせて撃退した……。ついでにワインのシミは、後で私がこっそり特製の魔導洗浄剤で新品同様に消しておきました」
「あの時の私のスローイング、我ながら完璧だったわ。リリアーナちゃんも『ナイスキャッチです、ルルカ様!』って目で合図してくれたもの」
「……普通の令嬢は、ワインを投げられたことをナイスキャッチとは思いません」
アンネのため息が車内に響く。
「其の三! 王宮の階段からリリアーナ様を突き落とそうとした罪!」
「実際は、彼女の靴のヒールが折れかけているのに気づき、転んで大怪我をする前に、私が背後から抱きとめて安全な踊り場へ誘導しようとした……。勢い余って二人で転がりましたが」
「おかげで私の右腕は一週間青あざだらけだったけれど、彼女が無事ならオールオッケーよ!」
私はノートに大きな花丸を書き込んだ。
「どう、アンネ? これだけ積み上げれば、殿下も私を『救いようのない悪女』だと思い込んでくださるはずだわ」
「……お嬢様。一つだけお伺いしても?」
アンネが冷めた紅茶を一口飲んで言った。
「なにかしら?」
「なぜ、そこまでして嫌われようとしたのですか? 普通に殿下に『王妃になりたくない』と相談すれば済む話では?」
私は窓の外に流れる景色を眺めながら、ふっと寂しげな……ふりをした笑みを浮かべた。
「アンネ。あの殿下よ? 生真面目で、正義感が強くて、責任感の塊みたいなアルフレイド殿下よ?」
「……否定はしません」
「あの方に『王妃になりたくない』なんて言ったら、きっとこう返ってくるわ。『ルルカ、君の不安はわかる。だが俺が全力で支えるから、一緒に頑張ろう!』……ってね」
私は殿下の声を真似して、大げさなジェスチャーを加えた。
「……。想像に難くありません」
「そんなこと言われたら、断れないじゃない! あんなに真っ直ぐな瞳で言われたら、こっちの良心が痛んで、一生あの監獄のような王宮で書類の山に埋もれる羽目になるわ!」
私は身震いした。
王妃という仕事は、優雅なお茶会ばかりではない。
朝から晩まで外交、内政、儀式、そして膨大な社交。
(私には無理! 私はもっと、太陽の下でぐうたらして、美味しいものを食べて、温泉に浸かりたいのよ!)
「だから、殿下の方から『こいつはダメだ』と見捨ててもらう必要があったの。リリアーナちゃんという、あの方に相応しい理想のヒロインを用意してね」
「リリアーナ様も、よく協力してくれましたね」
「彼女、実は私のファンなんですって。あんなに可愛い子に『ルルカ様のためなら、悪女の被害者役なんてお安い御用です!』なんて言われちゃったら、やるしかないでしょ?」
私は誇らしげに胸を張った。
「さて、国境の検問所が見えてきたわよ。ここを越えれば、私は正式に『国外追放された哀れな令嬢』!」
馬車が速度を落とし、兵士たちが待つゲートへと近づいていく。
私はアンネに向かって、いたずらっぽくウインクした。
「アンネ、準備はいい? 検問を通る時は、最高に悲劇的な顔をするのよ」
「……心得ております。お嬢様よりも、私の方が得意分野ですので」
アンネは瞬時に顔色を失わせ、今にも倒れそうな絶望の表情を作り上げた。
(さすがアンネ! これなら検問の兵士も同情して、すぐに通してくれるわ!)
私は期待に胸を膨らませて、馬車の扉が開くのを待った。
しかし、ゲートの外では、予想外の光景が広がっていた。
「……え? なんですの、あの人だかりは?」
馬車の小窓から覗くと、そこには「国外追放」を監視する兵士だけではなく、なぜか豪華な衣装を着た一団が整列していた。
そして、その中心には――。
「ルルカ! 待て! 待ってくれルルカ!!」
馬を飛ばして土煙を上げながらこちらへ向かってくる、見覚えのある金髪の騎士。
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