琥珀色の救済 ~執着の庭で、壊れた私は優しさと影に溶けていく~

宮松 ふみ

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31.大事に、します

布団が、背中に触れる。
いつの間にか、横たえられていた。
目に入ってきたのは九条院の顔と知らない天井だった。

この家に来た最初の夜、知らない天井が「知っている天井」になっていった、あの感覚を思い出した。
ここも、いつか知っている天井になるのかもしれない。
そう思ったら、怖くなかった。

布団の上に、体の重さが伝わってくる。
遠ざからなかった。
近くに、いた。

「……澪」

名前を呼ばれた。
「はい」と澪は言った。

こちらを見下ろしている目は、思いの外熱くて。
月の光が横から差して、九条院の顔の半分を照らしていた。
明るい側と、影の側。
どちらも、今夜の顔だった。

制御の外の表情。
でも、乱暴ではない。
丁寧だった。
この人は、乱暴にしない。

そのことが、体でわかっていた。
言葉ではなく、この人の手の動き方で、今夜ずっと、体が覚えていた。

「……顔を、見せて」

と九条院は言った。
澪は顔を向けた。
目が合った。

「怖くないですか」

とまた確かめた。

「……怖くないです」
「今も」
「今も」

と澪は繰り返した。

「さっきより——落ち着いています、少し」
「落ち着いてしまいましたか」

と九条院は言い、少し微笑んだようだった。

「……落ち着いたら、いけないですか」
「いけなくはないですが」

と九条院は言い、顔を近づけた。

「また、乱してもいいですか?」

乱す。

その言葉を口にした声が、低くて、静かで——澪の心臓をまた、きゅっと締めた。

「……どうぞ」

自分でも驚いた。
どうぞ、と言えた。
九条院の目が細くなった。
唇が、来た。

深く、深く。
横になってするのは、初めてだった。
重力が違った。
体が、布団に沈んでいく。
九条院の体の重さが、隣から伝わってくる。

「……んっ」

舌が、入ってきた。
さっきの書斎での続きのように、丁寧に、確かめながら。
でももう——確かめる、ではなかった。
知っているものを、もう一度なぞるように。

クチュ、と音がした。
ゾクゾクと、背中を何かがかけのぼっていく。

「……っ、ん」

音が来るたびに、腰の奥が反応している。
それがもう、わかっていた。
わかっていても、止められなかった。

九条院の手が、頬から首筋へ。
指が柔らかに触れた。

「……っ」

声が変わった。
首に触れられると——体の中で、何かが違う動き方をした。
心臓の音が、首のところで大きく感じた。

指先が。息遣いが。すべて沸騰させていく。
血が流れている場所に、この人の指が当たっている。
その事実だけで、息が詰まった。

「……ん、……んっ」

唇が塞がれたまま、声が漏れ続けた。
九条院が、少し離れた。
首筋に、唇が来た。

「……っ、!」

思わず声が出た。
唇の柔らかさが、首にあたる。
それだけで、全身がびくりとした。
くちゅ、と音がした。
今度は首筋で。
啄むように口づけが降りてくる

「……っ、くっ、……ん」

首に口づけられるたびに、腰の奥の熱が、少しずつ大きくなっていった。
熱が、下の方へ、じわりと広がっていく感覚。

怖くない。
怖くないのに、息が乱れた。

九条院の手が、首筋から鎖骨へ動いた。
指先が、鎖骨の形をつーっと触れるか触れないかのタッチでなぞっていく。

「……っ」

触れているだけ。
まだ、それだけ。
なのに。

「……九条院さん」

と澪は言った。
息が乱れていた。

「なんです」

と首筋に顔を埋めたまま、九条院が答えた。
声が、首に直接響いた。

「……なんか」
「なんか」
「……変、です。体が」

九条院が顔を上げた。

澪を見た。
乱れた息を、潤んだ目を、赤い顔を——。

「変、というのは」
「……熱くて。腰が、また——」

言いきれなかった。
でも九条院には伝わったらしかった。
目が、また細くなった。

「澪」
「ん…はい。」
「……わかってて、来た、と言いましたね。」

低い声で、ゆっくりと言った。
その唇が、澪の耳のそばに寄った。

「なら…。
してほしかった、ということですよね?」

してほしかった。

その言葉を、正面から言われた。
九条院の低い声が、耳からダイレクトに頭に溶けていく。
逃げ場がなかい。
澪は顔を逸らそうとした。
それなのに、逸らす事ができない。

九条院は今度は澪の頭をなでながら、こちらを見ていた。
見たまま、続けた。

「……痛くはしません」

静かに、確かに言った。

「けど——」

少し間があった。

「止めませんよ?」

その言葉が、静かな寝室に落ちた。
月の光の中で、九条院の目が澪を見ていた。
脅しではなかった。
命令でもなかった。

ただ——確かめていた。

あなたが選ぶなら、止めない。
あなたが選ばないなら、止める。
どちらでも、あなたが決めていい。
でも、選ぶなら——止めない。

その意味が、ちゃんと届いた。

「……いいですか?」

最後に、静かに聞いた。
寝室が、しんとした。
雨の音が、遠くでしていた。
月の光が、障子を透かして入っていた。

怖いか、と自分に聞いた。
怖くない。
嫌か、と自分に聞いた。
嫌じゃない。

では。
では、何か。

……ほしい、と思っている。
この人に触れてほしいと、この人の体温をもっと感じたいと、この人に——名前を呼ばれながら——


「……はい」

と澪は言った。
声は小さかった。
でも、揺れていなかった。

「止めないで…ください。」

と続けた。
九条院が、少し止まった。

一秒か、二秒か。

それから、ゆっくりと——澪の額に、唇を当てた。
さっきまでとは違う口づけだった。
乱すためではなく——受け取った、という口づけだった。

「……澪」

低い声で、名前を呼んだ。

「はい」

と澪は答えた。

「……大事に、します」

その一言が、胸の奥まで届いた。


大事に。


曽根も御影も、一度も言わなかった言葉だった。
言ったとしても——意味が違っていた。

あの二人の「大事」は、手放さない、という意味だった。
この人の「大事に」は——違う。

体でわかっていた。
澪の目に、熱が来た。
今夜は泣かないと決めていたのに、この一言だけは——

「……泣いていいですよ」
「……泣きます、これは」

九条院の声に澪は応えた。
声が、震えた。

「大事にする、なんて言われたら」
「泣かせてしまいましたね」
「……九条院さんのせいです」
「そうですね」

と九条院は言い、澪の頬を親指で、そっと拭った。

「私のせいです。間違いありません。」

涙が一粒、拭われた。
その親指の温度が、頬に残った。
拭われた場所が、じんわりと温かかった。

九条院がゆっくりと顔を近づけた。
今度は、さっきとは違う近づき方だった。
乱すためでもなく、確かめるためでもなく——ただ、もっと近くにいたい、という動き方だった。

唇が重なる。

今度は、さっきより深く。
さっきより確かに。

「……んっ、……ん」

声が漏れた。
体の奥の熱が、また動き始めた。
さっきより深いところで、じわりと。
九条院の手が、鎖骨から、ゆっくりと——動き始めた。
服のボタンに、指がかかった。
一つずつ、急がずに、外していく。
一つ、また一つ。
シャツを脱がし、下着を外す。
丁寧に。

「……っ」

肌が、空気に触れた。

「……澪」

名前を呼ばれた。
耳の近くで。

「……はい」

と澪は言った。

「怖かったら——」
「……怖くないです」

聞かれる前に、澪は言い切った。
九条院が、少し止まった。

それから——続けた。

布地が、すべる音がした。
冷たい空気が、肌に触れた。

「……っ」

澪は目を閉じた。
九条院の手が、静かに動いた。
指先が、肌の上をなぞった。
触れているか、触れていないかわからない、かすかな圧力で。
肩から、鎖骨から、胸の上へ。

「……んっ」

声が出た。
指先が、乳房の上にきて、触れた。

「……っ、……んっ」

九条院の指が、乳首を、そっと転がした。

「……ッ」

予想より鋭い感覚が澪の体を伝う。
電流のように、背筋を走った。
思わず、布団を掴んだ。

「……感じていますか」

と九条院が聞いた。
低い声で、耳の近くで。

「……っ、……はい」

とかすれた声が出た。

「嫌ですか」
「……嫌じゃ、ないです」
「…良かった。」

と九条院は言い、もう一度、指先で転がした。

「……んっ、!」

声が上がった。
恥ずかしかった。
恥ずかしいのに、止められない。

九条院の指が、乳首を丁寧に、確かめるように愛でた。
くにくにと、柔らかく。
弱いところを、すでに知っているような動き方で。

「……っ、……ん、……んっ」

腰の奥の熱が、また大きくなった。
ぐちゅ、と小さな音が、遠くでした気がした。
自分の体の奥から来ていた。
恥ずかしかった。

でも——止められなかった。

「……澪」

また名前を呼ばれた。

「……はい」
「ここだけ——では、ないですよ?」

その言葉の意味が届いた瞬間、澪の心臓がきゅっと締まった。
締まって——どっと、鳴った。



ーーーーー
「ここだけでは、ないですよ?」と言われた、その先の話が次回です。
次回もどうぞよろしくお願いします。​​​​​​​​​​​​​​​​
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