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5.白い面影
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「…先ほどはすまなかった。」
「…!いえ、大丈夫ですよ!」
うまく笑顔が作れただろうか?エレノアがそういうと少しホッとしたように目つきの悪い男は食事代をエレノアに手渡した。結局何だったのかわからないままだが、それを聞くのもどうも気がひける。なのでこのままありがとうございました!と別れるのが1番いいのだろう。
「ここのサンドイッチもビーフシチューも最高だったよ!もちろんハンバーグも。忙しいのに準備してもらってごめんね!とってもおいしかったよ!」
大男はそういうと握手してきた。手を取ると子供か!と隣の最年長の男が突っ込むほどブンブンと腕を振った。
「俺、ボア・モッペル!また食べにくるね!これは制覇せずにはいられない!」
「制覇ってなんなんだよ。」
そんな疲れた感じのツッコミに思わずエレノアのふはっと笑い声を上げた。
「お待ちしてます。モッペル様。気に入ってもらえてよかったです。」
「ボアでいいよー。ランチもディナーも気になるから、また仕事の時にここにくるね!」
「ボア様、ですね。ディナーの時はお酒も多少ありますのでそれに合わせたメニューがありますよ!」
「お、ほんと?じゃあボア、次来る時は夜な。」
「え、グリージオくるの?」
「きちゃ駄目なのかよ。」
「俺だけの隠れ家ーーー。」
「いや、もう俺たちきてるからな?お前だけじゃないからな?」
疲れたように笑いながら慣れたようにボアにツッコミを入れている。仲の良さにほっこりした。
「グリージオ・レオパルトだ。お嬢さん、美味しかったよ。察しの通り騎士団なんだが、最近ここら辺でも魔獣の発生が増えてる。原因調査中ではあるんだが、気をつけてくれ。また近くに来たときは寄らせてもらっても構わねえかな?」
「はい、もちろんです!美味しいコーヒーを準備してお待ちしていますね!」
「そりゃ楽しみだな!」
快活に笑う後ろで黒い影がのそりと動いている。なんとなく罪悪感を感じているような焦っているようなそんな表情だ。思わずエレノアも身構える。
「ロルフだ。…また来る。」
「…はい!お待ちしていますね。」
うまく笑顔は作れただろうか。どうしても体が強張ってしまうが、律儀に2人に続いて名乗ってくれた。そんなに悪い人間ではないのかもしれない。
三人はじゃあまた、と軽く挨拶をすると扉を開けてでて行った。と、ふと一点に目が泊まった。それはロルフの大剣についている何かを見つけたからだった。それは小さく光っていたが間違いなく付喪神であった。弱い光なので、最近現れたか、もしくは疲弊しているかだと思うが間違いなくそこにいた。ということはきっと大事にされている剣なのであろう。
(やっぱり悪い人じゃないんだろうな。)
そうは思うものの、先入観というものはなかなか消えてはくれなかった。基本的にエレノアは人見知りはしないが流石にちょっと身構えてしまうのはなかなか治りそうにもない。
ふと、光がふわりと舞って腕のところによってきた。まだ少し青いが痛みが引いている。レヒトがそっとそこに触れていた。
「ありがとう。大丈夫だよ?」
『ん…。』
ある程度人が引いた店内でこっそりと会話すると、エレノアはそのまま片付けに歩いて行った。レヒトもいつもと同じ表情で窓辺に戻る。
と、そこで違和感に気がついた。
街に戻る道の途中、先ほどの腕を掴んだ男がこの店を振り返ってじっと見ていた。それに気がついたのはレヒトだけだったけど表情の乏しいその顔は笑顔だった。立ち止まったのは一瞬だったようで、すぐに他の2人について行ってしまったがきっとまた来るだろう。だからといって彼が何かするわけではないが。
エレノアは人がいなくなると店にクローズの札を出した。昼の準備までは家の家事をしたり、もう一つの仕事を進めなければならない。そして、最近他にもチャレンジしていることがあるのでそれもやりたかった。クローズがかかると他の付喪神たちも率先してお手伝いをしてくれる。
『大丈夫?』
『なんなのレディに対して、あの態度!』
『怖かった?』
「大丈夫だよ。ありがとう。」
いつもの日常だけどちょっと変わったお客様が来ただけだ。ため息ひとつ、気合を入れるといつもの日常に戻っていった。
前日
「こないだ見つけたところなんだけどさ。」
ボアが楽しそうに話し始める。
「今回の討伐の前の遠征の時に帰り道で見つけたんだけど、ちょっと町外れに雰囲気が良さそうなお店があったんだけどそこに行ってみたいんだよね。」
「時間あるのか?」
「朝なら大丈夫じゃない?」
遠征の帰り道で突然そんなことを言い出した。存外鼻のきくこの男のおかげで美味しいお店には困らない。さっさと帰りたくもなかったので、この時はグリージオと一緒に同伴することになった。
そこは不思議と空気が澄んでいると感じる場所だった。
煉瓦造りの三階建て。見た目は古びている印象があるのは植物の蔓が店を覆っているからだろうか?だが看板は綺麗で店の前も綺麗にされている。店前にはモーニングのメニューが書いてあるサインボードが置かれていた。可愛らしい絵柄付きだ。扉を開けると優しいベルの音が鳴った。朝日が木漏れ日のように店内に入り込む姿は幻想的ですらあった。焼き立てのパンのいい香りとコーヒーの香りがする。初めて訪れる店だったがノスタルジーを感じる趣があった。
「いらっしゃいませ…?」
店員と思われる女性は店内の装いとはギャップのある若い女性だった。カフェモカ色をしたクセのある肩あたりまでの髪を後ろに一つで括っている。瞳の色は紫と水色を混ぜたような不思議な色をしていた。白い清潔なカットソーと黒いパンツスタイルにギャルソンのようなエプロンをしている。表情はとびきり不思議そうな顔をしていた。小動物が固まっているみたいに見えた。もしかしたらこんな朝早くから大男三人が来ることに驚いたのかもしれない。
「何も朝から出かけなくても…」
昼からでもよかったんじゃないか?と続けようとしたら
「何言ってるの!いろんなお店を現地で探すのが楽しいんじゃん!」
とだいぶ食い気味にボアに言葉を遮られた。すでにきらきらと店内に目をやっている。いつもはのんびりしているのにこういう時だけは何事も全力投球だ。仕事にもいつもその前のめりな姿勢がでればいいのに、と思っているが、そんなこと言わずに半目で睨むだけにしておいた。
「宿の食堂でいいだろ。」
グリージオも欠伸をかみ殺してうっすらと目に涙を溜めながらもそういうが
「食堂は食堂!これは俺の道楽なの!あ、店員さん!モーニングここで食べれますか!?」
と声を張った。小さめの店内に声がよくとおる。
ボアと店員の女性が話している間にぐるりと店内を見回すと、なかなか雰囲気の良い店だと思った。古い調度品は大事に扱われており、木材も光沢感を持っている。店内には所々にセンスよくグリーンも飾り付けられており、雰囲気をやらわげている。サイフォンがいくつか並んでおり、カウンターの奥の棚は綺麗に陳列されていた。食器類は綺麗に整えられ、並んでいるグラスは色とりどりで、朝の光を浴びてきらきらしていた。
席に通されると、店員にメニューの説明がされ、店員はすぐにカトラリーの準備を行いにカウンターの方に行ってしまった。持っていた剣を近くに立てかけ、窓際の席に座るとそこからは先ほどまでいた町をよく見ることができた。先ほど通ってきた町の朝の喧騒をなんとなく思い出した。この店は街から離れているからかとても静かで、穏やかだ。
「なんというか、居心地いいな。初めてきたけど。」
「外から見てた時にも思ってたけど、中に入るとより一層そう感じるね。妖精でもいるのかな?」
「何も感じねぇけどな。」
「真新しいカフェもいいけど、こういうところもいいよねー。…うん、折角だから俺お昼のメニューも食べていい?」
「また朝からそんなに食うのか…燃費が悪いな。」
「グリージオ以上にお腹にすこーし余裕があるから、その分食を楽しみたいと思ってるだけだよ。」
「…少し?お前のその食欲が、少し??すまん、解釈違いだ。」
そんな話を景色を見ながら流し聞いてると、先ほどの店員が戻ってきた。
「メニューです。どうぞ。」
「お、ありがとう。」
グリージオが受け取るとボアがそれをうけとってウキウキと眺めている。それをチラリと横目で確認するとすぐに外の景色の観察に戻った。ふと、窓枠に置かれている小さなランプに目がいった。朝の明るさで、そのランプは灯が灯されているわけではないが色とりどりのガラスが嵌められていて朝日に反射して優しく色を灯していた。どうしてだか、一瞬そこから目が離せなかった。本当に一瞬で、他の2人はそんなことを気づくことなくメニューを決めて行ってるようだ。
「ロルフ、お前モーニングでいいよな。」
「ああ。お前と同じで構わない。」
「これとこれ、後これも気になる…。」
「バカお前!朝からの量じゃねぇだろ。ふたつまでにしなさい。」
「ええ…グリージオ母さんみたいな事を言う。」
「また来ればいいだろ。いっぺんに全部済ませようとするな。」
「そっか、そうしよ。」
店員が違う客の対応から戻ってくると、ボアが良い笑顔でメニューのことを伝えていた。丁寧にそれに答える店員は笑顔でメニューを出すタイミングまで聞いてくる。普通の食堂より気が利いているかもしれない。
ふと、そんな中でチカチカと光が揺れた。
朝日に照らされたその店員の表情に、思わずその細い腕を掴んでいた。驚いて息を呑む音が聞こえる。
知らないけど知っている気がする。
その表情、知っている。
「ど、どうかされましたか?」
少し震える声で小さく話しかける女性に、我に帰るとバツが悪くなって視線を外に外した。そのまま静かに椅子に着席する。何をやってるんだ俺は!とひとりごちた。横で小さなため息が聞こえる。
「ごめんねおねーさん。あ、飲み物はこいつと俺はコーヒーブラックで。このでっかいのは砂糖多めのあったかいカフェオレでお願い。」
「はい!」
その店員はそう返事をすると素早くカウンターの中に戻っていった。
「何してんのよお前は。」
「…何してるんだろうな。」
「は?どした??」
自分でもわからないままに腕を掴んでしまっていた。気がついた時にはしまった、と思っていた。理由がわからないのでグリージオにも返答が出来ないとこに自分でも理解が追いつかない。
「ロルフダメだよ。女性に急にそんなことしたら。」
「いや、わかってるんだが…。」
「知ってるよ。粗暴者なんかじゃないって。でも俺らがなんて言われてるかも知ってるでしょ?」
「そんなの単なる噂話だろ。」
「噂って、こういう事に尾ひれ背びれついて話が膨らんでいくんだよ。」
「…。すまない。」
「荒くれて良いのは対魔物だけね。この店の出禁とか俺嫌だよ?」
「ああ…。」
自分でも不思議だった。衝動的だったと自覚はしているが、これままでこんなことはなかったのだ。断じて女性に手を出したことはないし、どちらかと言えば女性は苦手な部類だった。
黒騎士とはいえ、ある程度権力があるとわかると媚びてくる女性は一定数いる。逆に根も葉もない噂から無駄に怯えられたり距離を置かれたりもする。そういう人種は関わることさえ億劫なので自分自身距離を保つことの方が多いのだ。
少しだけ申し訳ない気持ちでチラリとカウンターの方を見ると、作業しながらもテイクアウトの対応までしている働き者の店員がいた。くるくると働く姿はやはり小動物を連想させたが、くる客来る客に笑顔で対応している姿は見ていて飽きなかった。
が、あまり見るものでもないだろうと思い、正面に座っているボアを向く。
「後でちゃんと謝ってよねー。」
「わかってるよ。」
そういうと、先ほど見ていなかったメニュー表を見ながら過ごした。
しばらくすると器用にランチセットのトレーを三つ持った店員がやってきた。グリージオが受け取って手伝っている。ボアは出来立てのモーニングを見てわぁっと声をあげていた。謝ろうと思ったがやはりじっと見てしまう。何か既視感がある気がして…と少し考えていたら横でボアが楽しそうに食事しながら店員に感想を述べていたので、謝るタイミングを失ってしまった。早々に彼女は違う仕事に戻ってしまったので、大人しく食事を取ることにする。
「ん!俺のカンは当たったねぇ!美味しい!」
「コーヒーも丁寧に淹れてんな。」
「…ああ。うまい。」
どうしても思い出せない何かを手繰り寄せようとするのだが、どうしても考えの隙間を縫ってするするとこぼれ落ちてしまう。美味しい食事もそこそこに何がなんでも思い出したいと思い考え事をしていると、横に座っているグリージオが眉間を指で押してきた。
「おい、ロルフ。…どうしたんだよ。」
「…。なんでもない。」
「ちゃんと謝れよ?」
「…わかってる。」
さっきはボアに邪魔されたんだよ…と心で悪態をつきながら、ロルフはコーヒーを啜った。
食事を終えた後、会計時にちゃんと謝罪したが、なんとなく彼女からは距離を置かれたようだった。が、コミュ力お化けのボアがサクッと名乗ってまたくることを約束していた。グリージオも人のいい笑顔で約束していた。
またきたら、何かわかるだろうか?
「ロルフだ。…また来る。」
「…はい!お待ちしていますね。」
少し強張った笑顔だったが返事をもらえたのでほっと息を吐く。
ありがとうございました、という明るい掛け声を背に、店を後にした。2人とも今後の話をしているようで前を先に急いでいるが、一瞬立ち止まって後ろを振り返った。
朝来た時よりも陽が高く登り明るく周りを照らしている。なんとなくほっとした気持ちのままふと、自分が笑顔になっていることに気がついた。初めてきたのに不思議なものだ、と考えながら歩き出し、頬を両手でパシンと叩く。
(気が緩みすぎて、何かあったらいけないからな。まずは無事に王都へ戻り任務完了しなければ。)
いつものように無表情になりながら、歩みを早める。
あの白い面影のことはまた任務が終わった時に考えることにしよう。
「…!いえ、大丈夫ですよ!」
うまく笑顔が作れただろうか?エレノアがそういうと少しホッとしたように目つきの悪い男は食事代をエレノアに手渡した。結局何だったのかわからないままだが、それを聞くのもどうも気がひける。なのでこのままありがとうございました!と別れるのが1番いいのだろう。
「ここのサンドイッチもビーフシチューも最高だったよ!もちろんハンバーグも。忙しいのに準備してもらってごめんね!とってもおいしかったよ!」
大男はそういうと握手してきた。手を取ると子供か!と隣の最年長の男が突っ込むほどブンブンと腕を振った。
「俺、ボア・モッペル!また食べにくるね!これは制覇せずにはいられない!」
「制覇ってなんなんだよ。」
そんな疲れた感じのツッコミに思わずエレノアのふはっと笑い声を上げた。
「お待ちしてます。モッペル様。気に入ってもらえてよかったです。」
「ボアでいいよー。ランチもディナーも気になるから、また仕事の時にここにくるね!」
「ボア様、ですね。ディナーの時はお酒も多少ありますのでそれに合わせたメニューがありますよ!」
「お、ほんと?じゃあボア、次来る時は夜な。」
「え、グリージオくるの?」
「きちゃ駄目なのかよ。」
「俺だけの隠れ家ーーー。」
「いや、もう俺たちきてるからな?お前だけじゃないからな?」
疲れたように笑いながら慣れたようにボアにツッコミを入れている。仲の良さにほっこりした。
「グリージオ・レオパルトだ。お嬢さん、美味しかったよ。察しの通り騎士団なんだが、最近ここら辺でも魔獣の発生が増えてる。原因調査中ではあるんだが、気をつけてくれ。また近くに来たときは寄らせてもらっても構わねえかな?」
「はい、もちろんです!美味しいコーヒーを準備してお待ちしていますね!」
「そりゃ楽しみだな!」
快活に笑う後ろで黒い影がのそりと動いている。なんとなく罪悪感を感じているような焦っているようなそんな表情だ。思わずエレノアも身構える。
「ロルフだ。…また来る。」
「…はい!お待ちしていますね。」
うまく笑顔は作れただろうか。どうしても体が強張ってしまうが、律儀に2人に続いて名乗ってくれた。そんなに悪い人間ではないのかもしれない。
三人はじゃあまた、と軽く挨拶をすると扉を開けてでて行った。と、ふと一点に目が泊まった。それはロルフの大剣についている何かを見つけたからだった。それは小さく光っていたが間違いなく付喪神であった。弱い光なので、最近現れたか、もしくは疲弊しているかだと思うが間違いなくそこにいた。ということはきっと大事にされている剣なのであろう。
(やっぱり悪い人じゃないんだろうな。)
そうは思うものの、先入観というものはなかなか消えてはくれなかった。基本的にエレノアは人見知りはしないが流石にちょっと身構えてしまうのはなかなか治りそうにもない。
ふと、光がふわりと舞って腕のところによってきた。まだ少し青いが痛みが引いている。レヒトがそっとそこに触れていた。
「ありがとう。大丈夫だよ?」
『ん…。』
ある程度人が引いた店内でこっそりと会話すると、エレノアはそのまま片付けに歩いて行った。レヒトもいつもと同じ表情で窓辺に戻る。
と、そこで違和感に気がついた。
街に戻る道の途中、先ほどの腕を掴んだ男がこの店を振り返ってじっと見ていた。それに気がついたのはレヒトだけだったけど表情の乏しいその顔は笑顔だった。立ち止まったのは一瞬だったようで、すぐに他の2人について行ってしまったがきっとまた来るだろう。だからといって彼が何かするわけではないが。
エレノアは人がいなくなると店にクローズの札を出した。昼の準備までは家の家事をしたり、もう一つの仕事を進めなければならない。そして、最近他にもチャレンジしていることがあるのでそれもやりたかった。クローズがかかると他の付喪神たちも率先してお手伝いをしてくれる。
『大丈夫?』
『なんなのレディに対して、あの態度!』
『怖かった?』
「大丈夫だよ。ありがとう。」
いつもの日常だけどちょっと変わったお客様が来ただけだ。ため息ひとつ、気合を入れるといつもの日常に戻っていった。
前日
「こないだ見つけたところなんだけどさ。」
ボアが楽しそうに話し始める。
「今回の討伐の前の遠征の時に帰り道で見つけたんだけど、ちょっと町外れに雰囲気が良さそうなお店があったんだけどそこに行ってみたいんだよね。」
「時間あるのか?」
「朝なら大丈夫じゃない?」
遠征の帰り道で突然そんなことを言い出した。存外鼻のきくこの男のおかげで美味しいお店には困らない。さっさと帰りたくもなかったので、この時はグリージオと一緒に同伴することになった。
そこは不思議と空気が澄んでいると感じる場所だった。
煉瓦造りの三階建て。見た目は古びている印象があるのは植物の蔓が店を覆っているからだろうか?だが看板は綺麗で店の前も綺麗にされている。店前にはモーニングのメニューが書いてあるサインボードが置かれていた。可愛らしい絵柄付きだ。扉を開けると優しいベルの音が鳴った。朝日が木漏れ日のように店内に入り込む姿は幻想的ですらあった。焼き立てのパンのいい香りとコーヒーの香りがする。初めて訪れる店だったがノスタルジーを感じる趣があった。
「いらっしゃいませ…?」
店員と思われる女性は店内の装いとはギャップのある若い女性だった。カフェモカ色をしたクセのある肩あたりまでの髪を後ろに一つで括っている。瞳の色は紫と水色を混ぜたような不思議な色をしていた。白い清潔なカットソーと黒いパンツスタイルにギャルソンのようなエプロンをしている。表情はとびきり不思議そうな顔をしていた。小動物が固まっているみたいに見えた。もしかしたらこんな朝早くから大男三人が来ることに驚いたのかもしれない。
「何も朝から出かけなくても…」
昼からでもよかったんじゃないか?と続けようとしたら
「何言ってるの!いろんなお店を現地で探すのが楽しいんじゃん!」
とだいぶ食い気味にボアに言葉を遮られた。すでにきらきらと店内に目をやっている。いつもはのんびりしているのにこういう時だけは何事も全力投球だ。仕事にもいつもその前のめりな姿勢がでればいいのに、と思っているが、そんなこと言わずに半目で睨むだけにしておいた。
「宿の食堂でいいだろ。」
グリージオも欠伸をかみ殺してうっすらと目に涙を溜めながらもそういうが
「食堂は食堂!これは俺の道楽なの!あ、店員さん!モーニングここで食べれますか!?」
と声を張った。小さめの店内に声がよくとおる。
ボアと店員の女性が話している間にぐるりと店内を見回すと、なかなか雰囲気の良い店だと思った。古い調度品は大事に扱われており、木材も光沢感を持っている。店内には所々にセンスよくグリーンも飾り付けられており、雰囲気をやらわげている。サイフォンがいくつか並んでおり、カウンターの奥の棚は綺麗に陳列されていた。食器類は綺麗に整えられ、並んでいるグラスは色とりどりで、朝の光を浴びてきらきらしていた。
席に通されると、店員にメニューの説明がされ、店員はすぐにカトラリーの準備を行いにカウンターの方に行ってしまった。持っていた剣を近くに立てかけ、窓際の席に座るとそこからは先ほどまでいた町をよく見ることができた。先ほど通ってきた町の朝の喧騒をなんとなく思い出した。この店は街から離れているからかとても静かで、穏やかだ。
「なんというか、居心地いいな。初めてきたけど。」
「外から見てた時にも思ってたけど、中に入るとより一層そう感じるね。妖精でもいるのかな?」
「何も感じねぇけどな。」
「真新しいカフェもいいけど、こういうところもいいよねー。…うん、折角だから俺お昼のメニューも食べていい?」
「また朝からそんなに食うのか…燃費が悪いな。」
「グリージオ以上にお腹にすこーし余裕があるから、その分食を楽しみたいと思ってるだけだよ。」
「…少し?お前のその食欲が、少し??すまん、解釈違いだ。」
そんな話を景色を見ながら流し聞いてると、先ほどの店員が戻ってきた。
「メニューです。どうぞ。」
「お、ありがとう。」
グリージオが受け取るとボアがそれをうけとってウキウキと眺めている。それをチラリと横目で確認するとすぐに外の景色の観察に戻った。ふと、窓枠に置かれている小さなランプに目がいった。朝の明るさで、そのランプは灯が灯されているわけではないが色とりどりのガラスが嵌められていて朝日に反射して優しく色を灯していた。どうしてだか、一瞬そこから目が離せなかった。本当に一瞬で、他の2人はそんなことを気づくことなくメニューを決めて行ってるようだ。
「ロルフ、お前モーニングでいいよな。」
「ああ。お前と同じで構わない。」
「これとこれ、後これも気になる…。」
「バカお前!朝からの量じゃねぇだろ。ふたつまでにしなさい。」
「ええ…グリージオ母さんみたいな事を言う。」
「また来ればいいだろ。いっぺんに全部済ませようとするな。」
「そっか、そうしよ。」
店員が違う客の対応から戻ってくると、ボアが良い笑顔でメニューのことを伝えていた。丁寧にそれに答える店員は笑顔でメニューを出すタイミングまで聞いてくる。普通の食堂より気が利いているかもしれない。
ふと、そんな中でチカチカと光が揺れた。
朝日に照らされたその店員の表情に、思わずその細い腕を掴んでいた。驚いて息を呑む音が聞こえる。
知らないけど知っている気がする。
その表情、知っている。
「ど、どうかされましたか?」
少し震える声で小さく話しかける女性に、我に帰るとバツが悪くなって視線を外に外した。そのまま静かに椅子に着席する。何をやってるんだ俺は!とひとりごちた。横で小さなため息が聞こえる。
「ごめんねおねーさん。あ、飲み物はこいつと俺はコーヒーブラックで。このでっかいのは砂糖多めのあったかいカフェオレでお願い。」
「はい!」
その店員はそう返事をすると素早くカウンターの中に戻っていった。
「何してんのよお前は。」
「…何してるんだろうな。」
「は?どした??」
自分でもわからないままに腕を掴んでしまっていた。気がついた時にはしまった、と思っていた。理由がわからないのでグリージオにも返答が出来ないとこに自分でも理解が追いつかない。
「ロルフダメだよ。女性に急にそんなことしたら。」
「いや、わかってるんだが…。」
「知ってるよ。粗暴者なんかじゃないって。でも俺らがなんて言われてるかも知ってるでしょ?」
「そんなの単なる噂話だろ。」
「噂って、こういう事に尾ひれ背びれついて話が膨らんでいくんだよ。」
「…。すまない。」
「荒くれて良いのは対魔物だけね。この店の出禁とか俺嫌だよ?」
「ああ…。」
自分でも不思議だった。衝動的だったと自覚はしているが、これままでこんなことはなかったのだ。断じて女性に手を出したことはないし、どちらかと言えば女性は苦手な部類だった。
黒騎士とはいえ、ある程度権力があるとわかると媚びてくる女性は一定数いる。逆に根も葉もない噂から無駄に怯えられたり距離を置かれたりもする。そういう人種は関わることさえ億劫なので自分自身距離を保つことの方が多いのだ。
少しだけ申し訳ない気持ちでチラリとカウンターの方を見ると、作業しながらもテイクアウトの対応までしている働き者の店員がいた。くるくると働く姿はやはり小動物を連想させたが、くる客来る客に笑顔で対応している姿は見ていて飽きなかった。
が、あまり見るものでもないだろうと思い、正面に座っているボアを向く。
「後でちゃんと謝ってよねー。」
「わかってるよ。」
そういうと、先ほど見ていなかったメニュー表を見ながら過ごした。
しばらくすると器用にランチセットのトレーを三つ持った店員がやってきた。グリージオが受け取って手伝っている。ボアは出来立てのモーニングを見てわぁっと声をあげていた。謝ろうと思ったがやはりじっと見てしまう。何か既視感がある気がして…と少し考えていたら横でボアが楽しそうに食事しながら店員に感想を述べていたので、謝るタイミングを失ってしまった。早々に彼女は違う仕事に戻ってしまったので、大人しく食事を取ることにする。
「ん!俺のカンは当たったねぇ!美味しい!」
「コーヒーも丁寧に淹れてんな。」
「…ああ。うまい。」
どうしても思い出せない何かを手繰り寄せようとするのだが、どうしても考えの隙間を縫ってするするとこぼれ落ちてしまう。美味しい食事もそこそこに何がなんでも思い出したいと思い考え事をしていると、横に座っているグリージオが眉間を指で押してきた。
「おい、ロルフ。…どうしたんだよ。」
「…。なんでもない。」
「ちゃんと謝れよ?」
「…わかってる。」
さっきはボアに邪魔されたんだよ…と心で悪態をつきながら、ロルフはコーヒーを啜った。
食事を終えた後、会計時にちゃんと謝罪したが、なんとなく彼女からは距離を置かれたようだった。が、コミュ力お化けのボアがサクッと名乗ってまたくることを約束していた。グリージオも人のいい笑顔で約束していた。
またきたら、何かわかるだろうか?
「ロルフだ。…また来る。」
「…はい!お待ちしていますね。」
少し強張った笑顔だったが返事をもらえたのでほっと息を吐く。
ありがとうございました、という明るい掛け声を背に、店を後にした。2人とも今後の話をしているようで前を先に急いでいるが、一瞬立ち止まって後ろを振り返った。
朝来た時よりも陽が高く登り明るく周りを照らしている。なんとなくほっとした気持ちのままふと、自分が笑顔になっていることに気がついた。初めてきたのに不思議なものだ、と考えながら歩き出し、頬を両手でパシンと叩く。
(気が緩みすぎて、何かあったらいけないからな。まずは無事に王都へ戻り任務完了しなければ。)
いつものように無表情になりながら、歩みを早める。
あの白い面影のことはまた任務が終わった時に考えることにしよう。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
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