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7.そもそもの話
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秘密訓練が終わった後、軽く明日の営業の仕込みを行って自分の部屋に戻った。
現在住んでいるのは祖父母が住んでいた住居スペースだ。独り身には十二分に広い。使える調度品は残しているが、基本的にはそれまで一人暮らししていた頃のものを持ち込んでいた。園芸店に勤めている親友のミッチェルは自分に比べてとてもセンスがいいので、自分のものと祖父母のものをバランスよく配置してシンプルだが可愛い女性らしい部屋にしてくれた。食事を奢ることでプラマイゼロだなんて、とても男気があると思うが、本人はすらっとしたタイプの街の美人さんだ。
シャワーを浴びると、チーズとナッツとクラッカーを出して、以前母からお裾分けでもらったワインを開ける。ここからは自分の時間だ。
ちなみに店内にいる付喪神たちは用事がある時以外は入ってこない。たまに光がふわりふわりと揺蕩っている時もあるけれど、それは店の付喪神たちとは違うらしい。
『ちゃんとプライベートぐらいは弁えられるから安心してくれたまえ。』
クトーがここに住み始めた時にウィンクしながらそう言ってくれた。祖父母の時も同じような感じだったらしい。いい距離感だ。用事があると思った時にはいつの間にかそばに来ている。テレパシーでもあるのだろうか?
「んー、クラッカーとチーズって最高だよね。」
そんなふうに独り言を呟きながら、さらにワインを煽ると水色のノートを出した。
祖父の真似事のように、店を開いた時からその日のことをノートに記している。お客のこと、収益、気になったこと。さらには秘密の練習についても。思いついたことをメモするようになっていた。
たまに読み返すと、店を継いだ頃のてんてこ舞の様子が思い出されて笑えてくるぐらいには、今は余裕があると自覚している。もう一つの翻訳の仕事も、オープン仕立ての時は仕事量を抑えていたが、現在はだいぶ量を増やしている。
ビブリアたちが助けてくれるので寂しさもそんなに感じないし、店にも人がよく来るので1人だけ、ということを感じることは少なかった。ありがたいことである。
そういえば…。
「なんでビブリアたちは他の人には見えないのだろう?」
昔はある程度加護付きはあったとさっき言っていた。ということは今よりももっと身近だったということではないのだろうか?少なくとも自分が知ってる付喪神を見れる人は祖父母だけだ。
(みんなに聞いたら教えてくれるかな?明日聞いてみよ。)
ここを始める前に、少し気になって付喪神のことを調べたことがある。
本屋や図書館には付喪神に対する文献はほとんどなかった。むしろ神話のようなものに少し表れているようなものだった。その扱いすら現在の妖精の扱いのようで、どうやら混同されて書かれているようだった。加護付きのものが少ない理由も関係しているのだろうか?
とはいえ、自分が調べられる範囲なんてたかが知れている。もしかしたら王国首都の王立図書館や、それこそ王家秘蔵の書物なんかには記述が書かれているのかもしれないが、そんなことは知るよしもない。
『聞いたら教えるのに。』
「あら、リヒト。眠たいんじゃないの?」
『それはさっき。面倒だっただけ。』
「機嫌屋さんだなぁ。」
ふと、声がしたのでそちらを向くと、ナッツをつついていた。ランチョンマットの上に座って手頃なナッツを齧っている。
『それで、エレンは知りたいの?』
「どうして知りたいってわかっちゃうの?」
『ふふ。それはなんでかな。』
「そこは教えてくれないんだね。」
苦笑しながら自分もナッツを一つ取ると、咀嚼してるリヒトのナッツにカツンと合わせた。乾杯の気持ちだ。
「で、どうして私だけリヒトたちが見えるんだろう?」
『多分だけど、エレンだけじゃないと思うよ。』
「え、そうなの!?」
思わず口に運ぼうとしたナッツがぽろりと落ちた。リヒトが拾って渡してくれる。
『うん。僕たちはアンとガイルにはみられてもいいかなって思ったから姿を見せてるんだ。僕ら以外にもこういう付喪神は居るんだ。そいつらが見えてもいいって思うんなら姿を見せてるんじゃないかな。』
「そ、そうなんだ。そんなもんなんだ。」
『ん。昔はもう姿を見せない、力も貸さないってところまで制限があったんだけどね。』
リヒトは思い出すように少し遠い目をしながらそういうと、エレノアを見つめた。
『昔っから愚かなやつっているもんなんだけど、そういう輩のせいで僕たちは距離を置くことになったんだよね。人間と同じでどうしようもなくなる時もあれば、時が解決することもあるんだよ。それが千年も二千年もかかる場合があるんだよね。』
「途方もない時の流れだね。」
『古くからいる奴にとっては一瞬かもしれないよ?それに新しく生まれた付喪神は人間と距離を取る理由すら理解できないかもしれないじゃないか。』
「そりゃそっか。」
エレノアはそう言って一口ワインを口に含んだ。
「いつか他にも見える人と会ってみたいなぁ。」
『そういうもん?』
「そういうもんだよ。だって私しかリヒトたちのこと知らないってことはリヒトたちのことを一緒に話す人が居ないってことだからね。他の付喪神のことも聞いてみたいっていう気持ちもあるよね。」
『そっか。会えるといいね。』
リヒトは柔らかく笑うとまたナッツを一口齧った。
リヒトはその頃にはこの世にいたのだろうか?そういう制限はやはり種族の頂からおふれが出るのかな、なんて考えてしまうが、結局そういうシステムはどうなっているかはわからないので、その疑問はそっと心に仕舞い込んだ。
「そういう傷ついた付喪神が心癒されるといいよね。こんな素敵な友人たちの話ができないのは、やっぱり寂しいんだよね。リヒトたちの良さを誰かと語らいたいわ!」
『…。よしてよ、なんか照れる。酔ってるの?』
「まだ酔ってないよー。」
一瞬リヒトはぽかんとしたが、いつものように優しく微笑んだ。
『みんなエレンみたいならいいんだけどね。』
小さく口の中でつぶやいた声はエレノアには届かなかった。エレンは一口またワインを飲むと楽しそうにリヒトをなでた。
世の中単純で美しいことだけではないのだ。
リヒトはエレノアを仰ぎ見ながらそう独りごちた。
逆にかかわらないことでこそ、物事が落ち着くこともあるのだ。
それでも、あの夫婦の前に現れたのは必要にかられたから、ということもあるが面倒臭いことに関わることがないだろうと判断してのことだった。だから力もかしたし関わってきたのだ。最初の考え通り、平穏に過ごしてこれたことにリヒトは感謝もしていた。思惑と少しずれてしまったことといえば、二人が思ったより早くになくなってしまったことだろう。そればかりはしかたがない。
時が来たらちゃんとエレンにも大事なことを伝えていこう。
そうおもいながら目の前でふにゃりと笑う働き者にいつものように笑いかけるのだった。
現在住んでいるのは祖父母が住んでいた住居スペースだ。独り身には十二分に広い。使える調度品は残しているが、基本的にはそれまで一人暮らししていた頃のものを持ち込んでいた。園芸店に勤めている親友のミッチェルは自分に比べてとてもセンスがいいので、自分のものと祖父母のものをバランスよく配置してシンプルだが可愛い女性らしい部屋にしてくれた。食事を奢ることでプラマイゼロだなんて、とても男気があると思うが、本人はすらっとしたタイプの街の美人さんだ。
シャワーを浴びると、チーズとナッツとクラッカーを出して、以前母からお裾分けでもらったワインを開ける。ここからは自分の時間だ。
ちなみに店内にいる付喪神たちは用事がある時以外は入ってこない。たまに光がふわりふわりと揺蕩っている時もあるけれど、それは店の付喪神たちとは違うらしい。
『ちゃんとプライベートぐらいは弁えられるから安心してくれたまえ。』
クトーがここに住み始めた時にウィンクしながらそう言ってくれた。祖父母の時も同じような感じだったらしい。いい距離感だ。用事があると思った時にはいつの間にかそばに来ている。テレパシーでもあるのだろうか?
「んー、クラッカーとチーズって最高だよね。」
そんなふうに独り言を呟きながら、さらにワインを煽ると水色のノートを出した。
祖父の真似事のように、店を開いた時からその日のことをノートに記している。お客のこと、収益、気になったこと。さらには秘密の練習についても。思いついたことをメモするようになっていた。
たまに読み返すと、店を継いだ頃のてんてこ舞の様子が思い出されて笑えてくるぐらいには、今は余裕があると自覚している。もう一つの翻訳の仕事も、オープン仕立ての時は仕事量を抑えていたが、現在はだいぶ量を増やしている。
ビブリアたちが助けてくれるので寂しさもそんなに感じないし、店にも人がよく来るので1人だけ、ということを感じることは少なかった。ありがたいことである。
そういえば…。
「なんでビブリアたちは他の人には見えないのだろう?」
昔はある程度加護付きはあったとさっき言っていた。ということは今よりももっと身近だったということではないのだろうか?少なくとも自分が知ってる付喪神を見れる人は祖父母だけだ。
(みんなに聞いたら教えてくれるかな?明日聞いてみよ。)
ここを始める前に、少し気になって付喪神のことを調べたことがある。
本屋や図書館には付喪神に対する文献はほとんどなかった。むしろ神話のようなものに少し表れているようなものだった。その扱いすら現在の妖精の扱いのようで、どうやら混同されて書かれているようだった。加護付きのものが少ない理由も関係しているのだろうか?
とはいえ、自分が調べられる範囲なんてたかが知れている。もしかしたら王国首都の王立図書館や、それこそ王家秘蔵の書物なんかには記述が書かれているのかもしれないが、そんなことは知るよしもない。
『聞いたら教えるのに。』
「あら、リヒト。眠たいんじゃないの?」
『それはさっき。面倒だっただけ。』
「機嫌屋さんだなぁ。」
ふと、声がしたのでそちらを向くと、ナッツをつついていた。ランチョンマットの上に座って手頃なナッツを齧っている。
『それで、エレンは知りたいの?』
「どうして知りたいってわかっちゃうの?」
『ふふ。それはなんでかな。』
「そこは教えてくれないんだね。」
苦笑しながら自分もナッツを一つ取ると、咀嚼してるリヒトのナッツにカツンと合わせた。乾杯の気持ちだ。
「で、どうして私だけリヒトたちが見えるんだろう?」
『多分だけど、エレンだけじゃないと思うよ。』
「え、そうなの!?」
思わず口に運ぼうとしたナッツがぽろりと落ちた。リヒトが拾って渡してくれる。
『うん。僕たちはアンとガイルにはみられてもいいかなって思ったから姿を見せてるんだ。僕ら以外にもこういう付喪神は居るんだ。そいつらが見えてもいいって思うんなら姿を見せてるんじゃないかな。』
「そ、そうなんだ。そんなもんなんだ。」
『ん。昔はもう姿を見せない、力も貸さないってところまで制限があったんだけどね。』
リヒトは思い出すように少し遠い目をしながらそういうと、エレノアを見つめた。
『昔っから愚かなやつっているもんなんだけど、そういう輩のせいで僕たちは距離を置くことになったんだよね。人間と同じでどうしようもなくなる時もあれば、時が解決することもあるんだよ。それが千年も二千年もかかる場合があるんだよね。』
「途方もない時の流れだね。」
『古くからいる奴にとっては一瞬かもしれないよ?それに新しく生まれた付喪神は人間と距離を取る理由すら理解できないかもしれないじゃないか。』
「そりゃそっか。」
エレノアはそう言って一口ワインを口に含んだ。
「いつか他にも見える人と会ってみたいなぁ。」
『そういうもん?』
「そういうもんだよ。だって私しかリヒトたちのこと知らないってことはリヒトたちのことを一緒に話す人が居ないってことだからね。他の付喪神のことも聞いてみたいっていう気持ちもあるよね。」
『そっか。会えるといいね。』
リヒトは柔らかく笑うとまたナッツを一口齧った。
リヒトはその頃にはこの世にいたのだろうか?そういう制限はやはり種族の頂からおふれが出るのかな、なんて考えてしまうが、結局そういうシステムはどうなっているかはわからないので、その疑問はそっと心に仕舞い込んだ。
「そういう傷ついた付喪神が心癒されるといいよね。こんな素敵な友人たちの話ができないのは、やっぱり寂しいんだよね。リヒトたちの良さを誰かと語らいたいわ!」
『…。よしてよ、なんか照れる。酔ってるの?』
「まだ酔ってないよー。」
一瞬リヒトはぽかんとしたが、いつものように優しく微笑んだ。
『みんなエレンみたいならいいんだけどね。』
小さく口の中でつぶやいた声はエレノアには届かなかった。エレンは一口またワインを飲むと楽しそうにリヒトをなでた。
世の中単純で美しいことだけではないのだ。
リヒトはエレノアを仰ぎ見ながらそう独りごちた。
逆にかかわらないことでこそ、物事が落ち着くこともあるのだ。
それでも、あの夫婦の前に現れたのは必要にかられたから、ということもあるが面倒臭いことに関わることがないだろうと判断してのことだった。だから力もかしたし関わってきたのだ。最初の考え通り、平穏に過ごしてこれたことにリヒトは感謝もしていた。思惑と少しずれてしまったことといえば、二人が思ったより早くになくなってしまったことだろう。そればかりはしかたがない。
時が来たらちゃんとエレンにも大事なことを伝えていこう。
そうおもいながら目の前でふにゃりと笑う働き者にいつものように笑いかけるのだった。
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