【完結】Lollipop First Love

那月 結音

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 大変です。
 一大事です。
 進路指導の先生とお話していたらこんな時間になってしまいました。早く帰らなければ、稜樹さんが先にお戻りになってしまいます。
 全速力で自転車のペダルを漕ぎます。漕ぎ過ぎて太腿が怠いです。汗も滝のように流れてきました。夏の夕焼けがいっそう目に染みます。けれど、そんな弱音を吐いている場合ではありません。一分一秒でも早く帰り、稜樹さんのために夕食の用意をしなければ。
 もとはといえば先生が悪いのです。わたくしは進学はしないとあれほど強く言っているのに、この期に及んでまだ進学しろなどと。
 わたくしは稜樹さんと結婚するのです。家庭に入り、稜樹さんのことをお支えするのです。大学など通っていては、妻としての務めを果たすことなどできません。失格です。だめなのです。
「……」
 だめなのです。
「……っ」
 唇をきゅっと結び、お屋敷まで自転車を飛ばします。止まってはいけません。下を向いてはいけません。
 涙を、流してはいけません。
「あっ……」
 遅かった……。
 ガレージに稜樹さんの車が停まっています。夕食の用意は間に合いませんでした。……いえ、今から用意するのです。務めを放棄することなど許されません。
 ゴシゴシと、流れるものをすべて制服の袖で拭います。気合一発。
「ただいま戻りました」
「おかえり、遅かったね。……わっ、すごい汗。先にシャワー浴びておいで」
「え? で、ですが、お夕飯の用意が……」
「そのことなんだけど。うちに来てから一日も休まず料理してくれただろ? 今日は僕も早く帰れたし、せっかくだから外食しようかなって考えてたんだ」
「外、食?」
「うん。だから、汗流して着替えておいで。急がなくていいからね」
 稜樹さんにポンッと背中を押され、余所行きの洋服を携えてお風呂場へと向かいます。毎日掃除していますが、ここの浴槽は本当に広くて大きいです。月はのぼるし日がしずみそうです。
 脱いだ制服は、クリーニング用のランドリーボックスへ。稜樹さんのYシャツやスラックスも入っていました。明日、業者さんが取りに来てくださるそうです。
 明日の朝までに、代わりの制服を用意しておかなければ。明日の朝も四時起きです。
「……」
 好きな人と結婚するために、好きな人を支えるために、頑張っているはずなのに。
 なぜか、胸にぽっかり大きな穴が開いているようで。
「……ほんとに、これでいいのかな」
 起きて、朝食を作って、学校へ行って、帰って、夕食を作って、寝て、起きて。
 毎日が、同じことの繰り返し。
 背伸びの、繰り返し。
「……いいわけないじゃん」
 良くないことくらいわかってる。
 正しくないことくらい、とっくに気づいてる。
「でも、どうすればいいか、わかんないんだもん……」
 初恋なんだもん。生まれて初めて好きになった人なんだもん。ずっとずっと憧れて、叶うはずなんかないって……一度は諦めた恋なんだもん。
 彼に相応しい女性になりたい。隣を歩いても恥ずかしくない女性になりたい。そう思って背伸びしなきゃ、彼と結婚なんてできない。
 絶対にわたしじゃなきゃいけない理由なんて、どこにもないんだから——。
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