異世界ダメ勇者の英雄譚は接待まみれ

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 魔獣が出るかもしれない場所ではあったが、そのこと以外で暁斗が恐怖を感じることはなかった。そんなことを考えるよりも、セリムがこの場所に来ていることの方が謎であり気になっていた。

「本当に、変なヤツだな。……何がしたいのか全く分からない。」

「私も、セリム様がこんな場所に来ていることは意外でした。もっと、賑やかな場所だけで過ごしているのかと思っていました。」

 すると、セリムが急に立ち止まり従者の青年が持っている袋から何かを取り出した。取り出した物の包み紙を剥がして、歩きながら食べて始める。

「セリムが食べてるのって、お菓子か?」

「……たぶん、そうだと思います。」

 この世界での名称は違うかもしれないが、ドーナツのようなお菓子をセリムは食べていた。歩きながら食べているので、ポロポロと食べカスを落として行儀が悪い。
 だが、セリムの体形で歩きながら物を食べている姿は妙に似合っていた。

「国王から、生活態度を改善するように言われたばかりで、あの品のなさを出せるのは感心するよ。」

「もうっ、アキトさんは変なことで感心し過ぎです!……でも、フリーデルさんが持っている袋全部がお菓子なんでしょうか?」

「あの従者の人、フリーデルって名前なんだ。」

「えっ?あっ、はい。……私も名前くらいしか知らないですけど、セリム様の身の回りのお世話や警護をされている人だと思います。」

「お世話と警護……か。」

 暁斗はフリーデルという男に妙な親近感を覚えてしまった。フリーデルの仕事もセリムの雑用みたいになっていた。
 こんな意味不明な散歩で荷物持ちをさせられて、警護もしなければならないのであれば大変なことで同情してしまう。

「それにしても、セリムは何をしたいんだ?…………んっ?」

 暁斗はセリムの周囲に変化が現れていたことに気が付いた。暁斗とメイア以外の人間が、セリムの尾行を始めている。
 尾行と言っても隠れているわけではなく丸見え状態で、セリムの後をついて歩いていた。セリムも振り返って確認しているので、ついて来られていることには気付いている。暁斗たちは、その子どもたちよりも遥か後方を歩いていた。

「あれは、この辺りに住んでいる子どもか?」

「そうですね……、そうだと思います。」

 お世辞にも綺麗な服とは言えない身なりで、髪の毛も乱雑に伸びている。セリムの後に続いて歩いているのは、そんな子どもたちばかりが何人もいた。
 セリムが食べているお菓子が羨ましくて、ただ眺めていたのだろう。

 そんな子どもたちを引き連れてセリムは歩いていたが、腰かけられる場所を見つけて休憩をする。フリーデルから紙袋を受け取り自分の両脇に置いて、ボロボロと汚い食べ方をするセリム。その姿を見ている子どもたちは、羨ましそうに指を口に当てていた。

「……まさか、こんなことをするために来たんでしょうか?……酷いです。……かわいそう。」

 メイアは子どもたちに同情して、悲しそうな顔で見ているしかできなかった。買ってきたお菓子を、貧しい子どもたちに見せつけるために食べていただけだった。
 ここまで歩いてきたとはいえ、屋敷で食事を済ませたばかりである。セリムもゲップをしながら無理やり食べている感があった。子どもたちに見せびらかすためだけに食べているとしか思えない状況だった。

「あんなことしなくても、子どもにも分けてあげればいいのに……。こんなことする意味があるんですか?」

「意味は、ないと思うよ。……憂さ晴らしみたいなものかな。」

 セリムにとっては今日の出来事は面倒臭いだけのことであり、憂さ晴らしをしたかったのかもしれない。ただ、選択した手段は最悪なものだった。

 だが、セリムの背後から人影が近付いている。離れた場所で見ている暁斗は気付いていたし、フリーデルも人影に意識を向けたような気はした。
 その人影は、セリムの背後から瞬く間に紙袋を一つ奪って走り去った。他の小さな子たちと比べれば大きな子どもで、動きは素早かった。慌てたセリムは立ち上がって追いかけるが、圧倒的に走る速度は遅く、すぐに転んでしまう。転んだセリムに駆け寄ったフリーデルが声を掛けた。

「……セリム様、大丈夫でしょうか?」

「何やってるんだ!早く盗んだヤツを追いかけろよ!」

 セリムから叱られてしまい、フリーデルは急いで盗み去った子どもを追いかけるが間に合わないだろう。

 そんなことをしている間に、もう一つの紙袋も小さな子どもたちが持ち去ってしまう。
 起き上がったセリムと手柄を上げられなかったフリーデルが戻ってきた時には、座っていた場所に何も残っていない。セリムが落とした食べかすが少し散らばっているだけだった。

「お前は何をやってたんだ!……あー、クソ!全部持ってかれてるじゃないか!」

 怒りながらフリーデルの足を蹴っている。フリーデルは、蹴られながら『申し訳ございません』を繰り返すしかできないでいた。

「つまらないことで国王に呼びつけられた憂さ晴らしに来たのに意味がなくなったんだぞ!お前が無能過ぎるんだ!」

 セリムは、分かり易く地団駄を踏んで怒りを表現していた。地団駄を踏んではフリーデルを蹴った。
 そんな状況を見守っていたメイアも少し複雑な表情を見せる。

「あの子たち、盗みをしちゃったことになるんですよね。」

「そうなるかな。」

 いくら可哀想であったとしても犯罪行為を認めることはできない。あれだけ大量のお菓子があったのなら、セリムが分け与えてあげるだけで良かったはず。

「最初から、セリム様が分けてあげれば良かったのに。」

「……でも、フリーデルは気付いていたかもしれないな。」

「えっ?気付いていたのに盗まれたんですか?」

「あぁ、それにフリーデルが盗んだ子を本気で追いかけていなかったようにも見えたんだ。」

「どうしてですか?」

「……そこまでは分からないよ。……もしかすると、セリムに失敗させたかったのかもしれない。」

 あくまで可能性の話でしかない。それでも、子どもに出し抜かれてしまうような失敗をするフリーデルが警護を任されるとは考え難いことだった。
 フリーデルが子どもたちに同情しているような素振りも見られなかったので、セリムに対しての嫌がらせだったかもしれない。

「……でも、それだと矛盾するんだよな……。」

 暁斗に疑問は残っているが、それ以上の答えを導き出すことができない。

 セリムは地面に唾を吐きかけて、歩いてきた道を引き返していく。このままでは暁斗とメイアに鉢合わせてしまうことになるので、二人は慌てて建物の陰に隠れた。

 この後、尾行を継続するかを迷い始めていた暁斗は、歩き去っていくセリムの後ろ姿を眺めていた。メイアは何も言わずに暁斗の隣りに立っていた。

「……アキトさん、あれ……。」

 メイアが暁斗の肩をトントンと叩きながら呼びかけてきた。そして、指し示す方向には子どもたちの姿がある。
 子どもたち全員が紙袋を抱えたまま、遠ざかっていくセリムに頭を下げて謝っているように見えた。

「あの子たちがしたことは悪いことだけど、ちゃんと悪いことをしている自覚があって謝る気持ちも残ってるんだ。」

「そうですよね。」

 そして、走って持ち去った子どもが、小さな子にお菓子を食べさせてあげている。嬉しそうに食べている子どもを見ていて、暁斗とメイアはアーシェを思い出してしまっていた。

「まぁ、結果として、子どもたちはお菓子を食べることができたんだから、セリムは良いコトをした……って、ならないかな?」

「……ならないと思いますよ。」

 ただ憂さ晴らしをしたかっただけのセリムが、どんくさかっただけである。もしかすると、警護しているはずのフリーデルがセリムを裏切ったかもしれない。

「これから、どうしますか?」

 セリムの尾行を続けるのか、ここで終わって帰るのか。メイアが質問していた。

「あのお菓子をアーシェに買って帰りたいんだけど、俺は、この世界のお金持ってないんだよね。」

「フフッ、いいですよ。」

 ドワイトの家で生活していると必要なかったが、こんな時のためにダリアス王と給与交渉をしておいた方が良いかもしれない。年下の女の子にお金を借りて買うしかなかった。

「それじゃぁ、今回は、これで終わろうか。」

「えっ!?……今回は、って、また次回もあるんですか?」

「もちろん。今日は有意義な時間を過ごせたけど、まだまだ知りたいこともあるから。」

「はぁ、仕方ないですね。……それでは、次は、ドワイトさんに勝つことができてからということで。」

 メイアから交換条件を付けられてしまったが、その条件は元々クリアしなければいけないことだった。

「それよりも、こんなことをするセリム様を助けるために、辛い修練を続けるのが嫌になったりしていませんか?」

「ん?……どうして?」

「だって、子どもたちに意地悪をするような人なんですよ。お菓子を食べたがってる貧しい子どもたちの目の前で、あんなことをするなんて普通は考えつきません。」

「……そうだな。……でも、別に嫌になったりはしてないよ。そもそも、セリムが良い人だったら、俺がこの世界に来ることにはならなかったんだ。」

「あぁ、そうでしたよね。……………………。」

 メイアは、ハッとした表情で答えた後、暁斗にも聞き取れないような小声で何かを呟いていた。

――この世界に人間は隠し事が多いな……。

 全てを正直に語ってはいない点では暁斗も同じことだった。
 セリムの尾行については、不可解なことを生んでしまってもいたが十分な成果も得られている。
 暁斗とメイアも、暗くなる前にお菓子を買って帰りたかったので、歩いてきた道を引き返していった。


―※―※―※―※―※―※―※―※―


「ドワイトさん、ミスティルテインという宝剣のことってご存知ですか?」

 セリム尾行の翌日、ドワイトとの修練時に質問してみた。
 暁斗もドワイトと模擬戦をしながら話をできる余裕が生まれていた。

「もちろんです。ミスティルテインは、この国の英雄が携えるとされる剣です。」

「やっぱり騎士の人たちは憧れるんですか?」

 暁斗の質問を受けると、ドワイトは急に動きを止めた。

「私も、今のアキト殿くらい若い頃は憧れておりました。」

「随分と昔の話ですね。」

「ハハハ、そうですな。……国の宝の剣など持っていても、恐ろしくて使えない物です。実用性に乏しい剣よりも、一緒に死線をくぐり抜けた剣の方が愛着が湧いてきます。」

「憧れよりも愛着ですか?」

「長く戦っていると、そうなります。……ミスティルテインでしか倒せない敵がいるわけでもないのですし、刃こぼれを恐れて全力で戦うこともできなければ意味はありません。」

「言われてみれば、使った形跡なんてないくらいに綺麗なままだったな……。誰も使ってないんだ。ちなみに、いくらくらいするんでしょう?」

「ミスティルテインの値段ですか?……全く想像できませんな。」

 宝剣の値段なんて、本来は考えるだけ失礼かもしれないことだった。手にするだけでも名誉なことであり、刃こぼれを恐れて使うこともできな剣の価値である。
 セリムは、そんな剣をリサイクルショップに持っていったことになる。

「ですが、どうして、そんなことをお聞きになるのですか?」

「あっ……、えっと、昨日偶然見たんですよ。すごく綺麗な剣だったから高いのかな?って。」

「そうなんですか。……ですが、刀身以外は後からの物らしいです。今の物は飾りが多くなっております。」

 後付け的な要素もあるのかもしれない。鞘も柄も王家の紋章が付けられていたので、ドワイトが言うように実用性は無視して作ってあるのだろう。

「でも、実用性だけを重視していったら、すごく地味な物ばかりになりますよね。一般的な剣って、地味なものばかりなんですか?」

「国から支給される武器は地味な造りのものが多いです。個人が護身用で持つものには好みで違います。」

 おそらく暁斗に準備される剣は地味な支給品になる予感があった。原則として目立ってはいけない暁斗が持つにはミスティルテインのような剣は派手過ぎる。

「全然話は変わりますけど、必殺技みたいなものってあるんですか?」

「必殺技ですか?……ありません。」

 即答だった。考える時間も必要ないくらいに必殺技が存在していないことが分かる。

「必ず敵を倒せるような技はありません。敵を倒すのは、あくまでも鍛えられた己自身の力となります。……必ず敵を倒せるように己を磨くことが技になるのです。」

「まぁ、それが当然ですよね。……これも地道な修練を繰り返すしかないんだ。」

 地道な修練の日々を送り、時々尾行をして主人公を観察することになる。世界が違ったとしても暁斗が表舞台に立つことはなさそうだった。

「……必殺技……。或いは、アキト殿なら……。」

 独り言のようにドワイトが囁いた。何かを思い出したようにして、少し考え込んでいる。

「どうしたんですか?」

「いや、申し訳ありません。……手を止めていてはいけませんでした。さぁ、再開しましょう。」

 ドワイトの思わせ振りな態度が気になったが、再開された後は更に激しい時間となってしまった。他所事を考えて話しかける余裕もないくらいに厳しくなっていた。

 木陰には休憩しているアーシェがいた。昼寝はしていなかったが、暁斗たちが買ってきたお菓子を嬉しそうに食べている。
 地味なことばかりにはなっているが、この世界で生きる人たちの役に立てるのであれば無意味ではない。
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