陰日向から愛を馳せるだけで

麻田

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第40話









「よし」

 立ち上がり、見下ろす先には、ヴェランシアの花が三十ほど咲いていた。家にあった小さな畑で野菜を育てながら、少しずつヴェランシアの花も挿し木して増やしていった。
 丁寧に世話をすれば、きちんと定期的に花を咲かせる。昼と夜の寒暖差が開けば開くほど、肉厚の力強い花になる。
 今回は、水の加減を調整して、小ぶりだけれど、たくさんの花がついた。

(これを売れば、エリオンにプレゼントが出来そうだ)

 最初は趣味と自分の慰めに育て始めた花だったけれど、近所の人に一度見られた際に、花屋を紹介してもらえた。他に育てているハーブなども定期的に買い取ってくれている。ヴェランシアはその珍しさから、良い値がつく。

「ああ、セリ! よかった!」

 庭先から声が聞こえて振り返ると、噂の花屋がいた。目が細く、いつも柔和な顔つきの細い男だ。
 花屋は勝手知ったるように柵を開いて、近づいてくる。そして、僕の足元にある白い花を見て、目を輝かせた。

「すごい! ヴェランシアがこんなにも咲いたのかい?!」
「たまたま咲いてくれたんだ」

 すごい! と手放しに素直に喜んでもらえると嬉しくて頬がゆるむ。それから、品物を定めるようにしゃがみこんで、花びらを撫でた。

「丁度良かった! 明日から、王都で春灯祭があって、もっと花が欲しかったところだったんだ」

 助かったよ、ありがとう! とすぐに花屋はカバンから札を出す。三十枚数えると、僕にそれを握らせた。

「こ、こんなに?! もらいすぎだよ!」
「いや! ヴェランシアは王都では珍しい花だ。それに、この前教えてもらった、絵本の話もつけたら、もっと売れる。僕の花屋としての経験がそう訴えているんだ」

 必ず次もうちを呼んでね、と両手で握りしめられて、重い瞼の間から大きな黒目がきらきらと光る。
 以前、きれいだけれど世話がかかるし咲くかもわからない難しいヴェランシアをなぜ育てるのかと聞かれた時に、僕の地方の絵本の話をした。実際に、ローレンから借りたままでいる絵本も見せて話をすると、ひどく感激してくれていた。一般人はそういう話が大好きだから、絶対売れる! と声高らかに、僕が切った花々を優しく抱えて、小躍りしながら帰っていった。
 小さいつぼみがまだいくつか残っているから、また収入にはなりそう。だけれど、それよりも、ここで花を咲かせて、ひそかに楽しむ分にしようと思う。
 白い美しい花がなくなると、畑は一気に寂しくなる。この蕾が花開くのに、どのくらいの時間がかかるかはわからないけれど、いつかここが、また花でいっぱいになる日を考えると楽しみが増える。しゃがみこんで、目線を花に合わせる。

「春灯祭…」

 ぽつ、と言葉に漏らすと、消えないインクの染みのように身体の中に広がっていく。
 花屋が零した一言に、思いを馳せる。明日は、春灯祭。春の訪れを祝う祭りだ。

(あっちは、もう温かいのだろうか…)

 僕が住んでいた二年の内、春灯祭が行われる頃には、雪は解け、日中の日差しは温かくなっていた。こちらは、王都よりも北にあるため、幾分が気温はあがったけれど、まだ指先はかじかむ。
 その指先は、畑仕事ばかりして、今日もささくれだって、白っぽい。手の中に隠して、擦り合わせる。彼と一緒に過ごしていた時間は、夢だったのではないかといつも思う。この生活が自分の身の丈にあっているのだ。もとから、あのまま実家にいても、経営が盛り返すことはなかっただろうし、いつかはこうなるのが運命だったのだ。

「ママ~!」
「わっ!」

 ずし、と後ろからのしかかられて、思わず土に手をつく。ぎゅう、と強く抱きしめてくる熱と優しい日向の香りが立つ。それだけで、全身から力が抜けて、ゆるゆると顔が笑んでしまう。

「さっき、花屋のおじさんにありがとうって言われたよ」

 何かあったの? と間延びする子どもらしい口調のまま、僕に丸い頬を擦りつけながら尋ねる。

「エルにも見せてあげれば良かったね。花屋さんに先をこされちゃったよ」
「え~?」

 くすくす笑いながらエリオンは後ろから僕の前に回って抱き着いてくる。それを抱きしめながら、目線を促す。エリオンは前を向くと、わあっ、と声をもらした。

「絵本のお花だね? かわいい~」

 毎日ではないけれど、週に一度は一緒にお手入れをしているから、エリオンもどの植物がどのような効能を持っているのかを見分けることができる。すぐにヴェランシアの花に気づいて、顔を赤らめる。かわいい、とにこにこ微笑む純真さに、心がほどけていく。

「今回はね、三十は咲いたんだよ? エルにも見せたかったな」

 残念、とつぶやくと、エリオンは僕に向き直って、ぴかぴかのはちみつの色の瞳を向けた。

「大丈夫! 今度はもっと、も~っと咲くよ! そしたら、いっしょにお花見しようね、ママ」

 僕の頬をむに、と撫でてエリオンは肩をすくめる。身体の内側から熱がこみあげてきて、僕も愛しい我が子の両頬を包んで、むにむにと弾力を楽しむ。きゃーっと声をあげながらも、エリオンは僕の手を離さないように上から小さい手を押し付けた。

「また一緒に、お世話がんばらないとね」
「うんっ!」

 素直に真っ白な笑顔を向けてくる子を、一度強く抱きしめてから立ち上がる。エリオンはすぐに僕の手を両手で握りしめて、顔をあげて笑っていた。

「今日、ママの絵本よみたい」
「また?」
「うん、ママのお国のご本、だいすき。もっともっと、いろんなの読みたい!」

 毎日のように寝る前に強請られて、絵本を読む。その絵本は、ローレンの家で貸してもらった、僕の地方に伝わる昔からある絵本だ。子どもを寝かしつけるのにある本がそれしかなく、読み聞かせをしていたら、僕よりもエリオンの方が大好きになってしまったらしい。
 その本の内容もあって、エリオンはヴェランシアの花も大好きだ。

「ぼくもママとけっこんしたい!」

 本を読む度に、そうやって無邪気に叫ぶエリオンが愛しくて、いつもお礼を言う。

「大人になったら、ぼくがママにこのお花プレゼントするから!」

 たくさんの光を詰め込んだきらきらの純度の高いはちみつの瞳を見つめていると、頭の中にごちゃついているすべてのものが溶かされていく。ただただ、目の前の我が子が愛しいという気持ちであふれる。こんな素敵な子を僕のもとに届けてくださった神様に感謝するしかない。

「嬉しいけど、それはエルの本当に好きな人のために、とっておくんだよ?」
「…? それは、ママだよ?」
「ふふ、ありがとう」

 ぱちぱちと大きい目を開け閉めして困惑するエリオンは、まだまだ小さな子どもなのだとよくわかる。気を遣ってくれる大人びた部分と、こうしたあどけない子どもの部分がまだ交じり合っている。まだまだ子どものままでいてほしいと思ってしまうのは、僕のわがままだろう。

「そうだ、プレゼント、何にするか決めた?」

 以前は断られてしまったものを何食わぬ顔で聞き直してみる。エリオンは、んー…としばらく俯いてから、ぱっと顔をあげて拳を握りしめて僕に言う。

「絵本のお花がいい!」
「ええ? だって、うちにあるでしょ?」
「えっ、でもママから…、んー…じゃあ…」

 一生懸命にもごもごと唇を動かしながら悩む小さい少年は可愛らしかった。前回は気を遣って、いらない、と断られてしまったから、こうしてわがままを言ってもらえると、ようやく親らしいことをしてあげられていると安堵できる。

「ママのお国のご本!」

 今度は僕がまばたきを繰り返す番になってしまった。
 本当に、そんなものでいいのか。と言いかけた唇をそのままに我慢する。目の前でエリオンは、頬を上気させて白い歯を見せる。

「ぼく、ママのこともっと知りたいの! それにご本もだいすき! だから、ママのお国のご本がいい!」

 あの絵本もとってもだいすきだから! と力を込めて鼻息荒くきらめきながら訴える我が子を否定することはできない。

「ママのご本…」

 ちょっと時間がかかってしまうかもしれないけど、いい? としゃがんで目線をあわせて伝えると、大きく何度もうなずいた。

「じゃあ、ママのお気に入りのご本をプレゼントするね」
「ママのお気に入り…!」

 わあ、と感嘆の溜め息を漏らしながら瞳を輝かすエリオンは、うっとりと瞬きをした後に、僕に抱き着いた。

「ママ、だいすき! でも、無理しないでね?」

 急に大人に返ったエリオンは、声を潜めながら耳元で言うが、顔をあげる前に、僕が抱きしめ返す。

「どのご本にしようかな~。エリオンに気に入ってもらえるものを探さないと」
「ぼく! ママのお気に入りなら、なんだってだいすきになるよ!」

 きん、と耳が痛む声が急に出される。それすらも、元気な子に育ってもらえて嬉しいという気持ちに変換させる。小さな手のひらが僕の服をぎゅうぎゅうと握りしめる。
 ふふ、と笑いがこみあげると、エリオンも一緒に笑い出す。何が面白いわけではないのに、こうやって二人でしあわせで温かな時間を分け合えることが、何よりも楽しくて愛しい。

「ママ、だいすき」
「ママも、エルが世界で一番、大好きだよ」

 柔らかな頬に、ちゅ、と軽くキスをする。ふふ、と機嫌よく笑ったエリオンは、僕の薄い頬に、ちゅ、とリップ音を聞かせてキスをし返す。それから、もう一度、抱き着いて大好き、と僕の腕の中でつぶやく。この子を、何としても守っていきたいと心に刻む。
 近くに本屋はない。王都に出向くか、実家に便りを出すかが現実的だ。けれど、どちらも、万が一、彼と出くわしてしまうことを考えると、得策ではない。
 先ほど出会った、お得意先の花屋の顔が頭に浮かんだ。
 少し手間をかけさせるが、王都の古書店ならあるはずだ。リストをつくって、あったものを買ってきてもらえるようにすれば、おそらく叶うはず。
 切り落とす予定のなかったつぼみは、手間賃として咲いたら差し出す約束にしよう。気の良い彼は、大丈夫だと笑顔で了承してくれるだろうが、甘えてばかりではならない。

「ママ、だいすき」

 腕の中でエリオンがまたつぶやいた。うずまいたつむじが見えて、ぐりぐりと僕の胸板に額をこすりつける。銀色の柔らかい毛を撫でながら、そこに口づけを落とす。
 ヴェランシアの花は、エリオンと一緒に、また育てればいい。ずっと、二人で暮らしていくのだから。



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