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第33話
しおりを挟む振り向くと、潤んだ深い青が僕を見つめて、しっとりと唇をあわせる。子犬が甘えるような柔らかいキスを、瞼を降ろして、そ、と受け止める。
「セリ…、セリ…」
正面から彼を受け止めようと、身体をひねる。触れる身体はみっしりと筋肉に覆われている。片足を持ち上げられると、もう片足の上に彼が跨って、奥をねじるように抽挿が始まる。
「ん、あ、あ、んぅ、うっ」
逃げることのない快楽に眩暈がする。愛しいアルファからは惜しみないフェロモンが注がれて、充足感に恍惚と意識が遠のいていくような感覚がする。
深くまで突き上げられて、今まで注がれた精液が溢れていくほど、強く押し込まれて、そして去っていく。名残惜しく抱き着くと、すぐに戻ってきてくれる。それに身体は大いに悦んで、蜜をさらに零すのだ。その繰り返しの間に、彼からはむせるほどの香りが届けられて、心も身体も、簡単に彼色に染められてしまう。
(こんなはずじゃなかった)
彼によって揺らされる視界は、悪くない。
僕は、一人でそっとこの家から去っていく予定だった。彼に愛想をつかれたまま。
でも、それでいい。
もとから僕は、彼に必要とされていなかったのだから。
僕の一方的な思いだった。
そうだと思っていた。
「セリ」
生理現象で零れた涙を掬う指先は、嵐のような勢いで僕を乱す人のものとは思えないほど、優しい。
囁く声は、劣情にまみれてかすれているのに、深く身体に沁み込んでくる。
いつもはかさついた手のひらも、水分を含んでいる。頬を染めて、いつも美しく靡いている銀髪が、幾本にも乱れてランプに光っている。その手首を握りしめて、擦り寄る。
(愛しています…)
手のひらにそ、と囁いてから、口づけをする。ぐぐ、とナカがさらに圧迫されて、彼が喜んでくれたのがわかる。ほろ、と勝手に笑みがこぼれると、間近にあった瞳が、距離をさらに寄せて、唇を強く吸われる。驚いて唇が開くと、舌がすんなりと入ってきて、僕をさらにおかしくさせる。同時に腰の速度がさらにあがっていく。たくましい身体にのしかかられて、体重をのせて挿入されてしまう。身体がずり上がってベッドヘッドに頭がぶつかる。器用な彼は、すぐに気づいて、キスで僕を翻弄しながらも、枕を差し込む優しさを忘れない。
(もっと…)
もっと欲しくなってしまう。
愛していると言われてしまうと、それで充分だったはずなのに、もっとほしくなってしまう。
離れるな、と言われると、簡単に期待して、もっと彼の言葉がほしくなる。
(こんなの、いけない…)
僕たちは、傍にいてはならない。
僕では、本当の意味で、彼を幸せにできないからだ。
彼の、世界でたった一人の母親に、僕は疎まれている。そのせいで、彼が実の母親と仲違いなんて、してほしくない。
社交界でだって、彼の隣に立っていて、誰もが溜め息をつくような美貌を持っていない。喜ばせる話術も愛想も、僕にはない。
彼が自慢できる、ふさわしい妻になれるだけの器量が、僕にはない。
それは、旦那様として彼を本当に幸せにできないことを示している。
それなのに。
(それなのに、僕は…)
理性はちゃんとわかっている。
間違っていること。こんなことしても、誰も幸せにならない。できない。
彼の足枷になってしまう。優しい彼は、気を遣って、こんなに僕に愛していると囁いて、溢れる度に胎内へと新しい精を注いでくれている。子をつくれ、とうるさい周りを黙らせるために。
以前、義母に愛し合う者でないと孕まない、とひどい発言を受けた時がある。だからこそ、旦那様を満足させるのがお前の仕事だと。
きっと、それをどこかで知ったのではないだろうか。だから、形だけでも、妊娠しやすいように、気を遣ってくれているのだ。
けれど、この潤んだ深い青のグラデーションを間近に見つめて、唇を舐められてしまうと、都合良く考えを改めてしまいそうになる。
「セリ…」
かすれた声で、愛する者への感情を込めたように名前を呼んでもらえると、身体は簡単にとろけていく。
熱い身体に抱きしめられて、めいっぱいにフェロモンを味わい、唇を合わせて、彼しか暴いたことのない胎内を突かれると、おかしくなってしまうのだ。
「ロー、レ…」
何度も啼かされ続けた声は聞きとりにくい。それでも、声はちゃんと届いていて、彼は片眉をぴく、と跳ねさせてから、ゆる、と表情をほどく。温かなものに胸が満ち、キスをしたくなる。
僕は彼の首に巻いた手で抱き寄せて、こめかみに軽く吸い付く。それから、耳元で、最後のおねだりをする。
「噛ん、で…」
ぴた、と動きを止めたローレンは、ゆっくりと顔をあげる。なんでやめてしまうの、と物足りなさに眉を寄せながら腕をほどく。その手をすぐに捕まえて、ローレンは自分の頬に宛がった。頬ずりをしながら、彼は顔をしかめる。
「本当に…?」
一気に空気が白んでしまった、と頭が察知する前に、気づかないふりをして、僕は溶けた瞳のまま、うなずいた。
「僕も、愛しています…ローレン様…」
彼から逃げてしまった片手も頬を包み、無駄のない精悍な輪郭を撫でる。
(言えた…)
僕の、本当の思いを伝えられた。
ずっと、ずっと蓋をしてきた。それが苦しくて、けれど伝えられない現実を受け止める勇気もなかった。意気地なしの僕にはふさわしいと自分を卑下していた。
けれど、それもようやく、解いても良いと思ったのだ。あの時、膝を抱えて、一人でこの部屋で泣いていた僕に、今の僕が優しく抱きしめてあげられたようだった。
微笑んで細くなった瞳から、涙がはら、と零れた。
それなのに、目の前のローレンの方が泣いているように顔を歪めていた。今度は、彼が僕の頬を大きな手のひらで包み、額と額をこつり、と合わせた。長い銀色の睫毛が、僕の黒い睫毛の毛先をこすりあわさって、くすぐったい。ふふ、と小さく笑ってしまうと、ローレンは息をつめた。
「セリ…、お前はいつも、そうやって私を甘やかす…」
どういう意味だろう、と瞼をあげると、今にも零れそうなほど彼の眦は潤んでいた。
「愛している、セリ…私の、たった一人の花嫁…」
「ん…」
ゆっくりと近づいてきた瞳は、陰りをつくって、そ、と唇が合わさった。
(ローレン…、私の初恋の人…)
言葉が上手に出せなかったから、心の中で念じながら、彼の見た目では思えないほど柔らかい唇を食む。仕返し、とばかりに、彼が、僕の下唇を淡く噛む。発達したアルファらしい犬歯がかすめると、ぞく、と背筋に甘い恐怖が走る。きゅう、とナカを絞めてしまうと、それを皮切りに、また甘露な挿入が始まる。
「ああ…セリ…、っ、ずっと、口づけを交わしていたいのに…」
「あ、ん…ろ、れん、さま…っ、あぅ、ん」
眉を詰めた彼は、僕の唇を吸ってからいじけたようにつぶやく。耳元で、彼の濡れた声が聞こえると直接、下腹部をぐちゃぐちゃにかき混ぜられている気持ちになる。内腿が痙攣する。
「は、はやく、ぅ…あ、あっ、も、…っ、んう」
首を横に倒して、震える指先で汗で張り付いた髪を払う。白く、誰にもさらしたことのない首筋を、彼に明け渡す。ごく、と張り出した喉仏が音を立てて、上下したらしい。まだ、質量を増せるのかと目を見張って驚いていると、うなじに彼が頬ずりをする。
「セリ」
「ひゃ、あっ、…んっ、っ」
唇が触れて、犬歯がかすかに触れた。吐息がかかると、肌が粟立つ。本能的な恐怖と高揚と、多幸感に。
ど、ど、と一突きが重くなっていく。臀部に彼の汗ばんだ肌が触れる。
ローレンの長い腕が、がっしりと僕を抱きしめる。
「この美しい髪も、肌も、瞳も、心も…すべて、愛しい」
耳を疑う言葉に目を見張った。しかし振り向いて、彼の真意を探ることはできない。
ぢゅ、と強く吸われる。ひく、と肩がすくむが、彼が大きな手のひらで撫でて、慰めてくれる。
「セリが私のものになるように、私もセリだけのものになる…」
愛している、と熱い吐息が首筋をなぞり、それだけで胎内がひくひくとか細く震える。首が仰け反って、強い電流がうなじから背筋へと駆け抜ける。けれど、彼が逃がさないとばかりに追ってきて、舌を這わせる。
「ずっと、傍にいてくれ…っ」
苦し気に潰れた声で囁かれる。
(ローレン…、愛しています)
心の中で僕も言葉を返すと当時に、ごちゅん、とナカがぶつかる。すると、思い切り壁を叩く、熱い飛沫を感じた。合わせて、彼の発達した犬歯が、がぶりと皮膚を貫いた。今まで伏せていたオメガが公にさらされて、多いに悦びに震えて、僕の視界も点滅する。
胎内がびゅうびゅう、と勢いよく満たされていくと同時に、細胞が一気に書き換えられ、火が立ってしまいそうなほどに身体が熱い。
うなじの痛みは確かにあるのに、それを快楽だと全身が読み取り、うなじから全身の末端に向けて強い電流がほとばしる。性器の先端からは何度も少量の透明に近い精液交じりの液体が飛ぶ。ナカにいる彼は、おびただしい量を長く吐精する。
愛しいアルファに、オメガとして認められたことへの幸福と、愛するローレンに求めてもらえたことへの満足に、世界が真っ白になって、意識が遠のいていった。
(ローレン…、僕の、アルファ…)
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