黄昏時に染まる、立夏の中で

麻田

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第16話







 渡り廊下を抜けると、僕は秘密基地が誰にも気づかれないように、辺りを確認してから、小走りで竹藪に逃げ込んだ。幾重にも笹の葉が僕たちの植物園が隠してくれている。もう来慣れた僕は簡単にドアの前に立つことができるようになっていた。
 ためらいなくドアを開けると、梅雨入りをしたらしい外よりも内側の方が湿度高く、蒸していた。
 いつの間にか肩で息をしていたらしく、乱れた前髪をささ、と指で直す。
 まだ透の姿はないようだった。

(なんだ…)

 少しの寂しさで頬を膨らませたくなる。彼が来たときに少しでも心地よくなるように、屋根と壁を開くレールを回す。けれど、それは古さもあってか、重くて僕には回せられなかった。息をいれて、ふん、と力をこめるが、ぴくともしない。僕の腕はぷるぷると震えていた。
 あと少しのはず、ともう一度腰を入れると、ふわ、と甘やかな香りがして、後ろに温かな何かが来る。レールを持つ手を大きな手が包んで、一緒に回してくれる。僕にはどうにもできなかったのに、簡単にくるくると回っていく。同時に窓たちが開き、風が通り、心地よさが少しだけ現れる。

「できましたね」

 振り返ると、こめかみに汗を光らせてにっこりと微笑む透がいた。その笑顔を見ると、身体の芯がぎゅうっと絞られるのに、指先が弛緩して震えるようだった。全身に血液がとくんとくん、と巡り、耳の中でじわ、と音が滲む。

(気持ちいい…)

 おひさまの香りがして、透が傍にいると全身が感じている。
 心地よくて、うっとりと瞼が下がってきてしまいそうだった。

「久しぶりの学校、つらくなかったですか?」

 身体を反転させて、距離感そのままに、透を見上げる。彼は、頬をほんのりと染めながら、垂れた瞳を優しくつやめかせ、甘く囁いた。

(優しい…)

 僕のことを一番に気にしてくれて、温かい言葉をかけてくれる。
 彼の心に、身体がどんどん満たされていく。小さくうなずくと、よかった、と彼は笑みを深めてうなずいた。
 透が昼食のために、机の上にクロスを広げる。離れて行ってしまった熱が恋しくて、なんとなしに彼の近くに立つ。

「ん? どうしたんですか?」

 発情期明けのせいか、ぽう、とする頭ではすぐに返事が出来なかった。ただ、彼を見上げて、きれいな瞳を見つめていると心地よくて、勝手に頬がゆるんだ。
 透は、僕の顔を見て、眉を上げてぎこちなく視線をそらした。それから、奥の方へとさっさと消えてしまって、僕はむ、と眉を寄せる。

「す、すみません、暑いですよね。去年使った扇風機、つけますね」

 どこからか電源があるらしく、引っ張ってきた年季の入った扇風機のスイッチを入れた。それから片方の椅子によくあたるように設置して、反対側の椅子に彼が腰掛ける。

(絶対、透の方が熱がりなのに…)

 大きな身体に見合ってか、体温の高い透は、汗をたくさんかいていた。それなのに、扇風機を僕によくあたるように設置して、少しでも居心地よくしてくれている。その気遣いが、大切にされていると実感できて、嬉しくてたまらなくなる。
 彼が促す通りに、席につく。目の前で彼がカバンから銀紙の大きな丸いものを三つ取り出した。

「何、それ?」
「僕のお昼ごはんです」

 ふふ、と笑いながら、彼は一つの銀紙を開いた。中には真っ黒な光るものがある。
 なんだろうと興味でいっぱいで見つめていると、透が訪ねてきた。

「依織先輩のお昼は何ですか?」
「あ、そういえば…」

 失念していた。いつも彰と食堂にいくため、持ってきていなかった。

「僕が急に誘ったからですね」
「違う! もとから忘れてただけだから」

 透が眉をさげて申し訳なさそうに言うから、急いで事実を伝える。

「だ、大丈夫。最近、ダイエットしてるから…」

 昼くらい我慢しよう。そう伝えた瞬間に、タイミングよく、きゅるる、と腹の虫が鳴いてしまった。
 か、と顔に熱が集まる。それを見て、透は柔らかく微笑んで、一つの銀紙を差し出してきた。

「良ければ、食べてください」
「え、でも、透の…」
「大丈夫です、僕は二つありますから」

 どうぞ、と目の前に寄せてくる。まん丸の塊と透を視線で行ったり来たりして、いいの?、と小さく尋ねた。
 透は笑みを深めて、もちろん、とうなずいた。ありがとう、と両手のひらをそろえて出すと、ずっしりと重いそれが置かれる。

「でも、これ…食べきれないかも…」
「依織先輩は痩せすぎです。絶対ダイエットなんてダメです」

 珍しく透が眉を吊り上げて言い放った。自分のついた嘘がこんな風に返ってくるとは。しかし、口から出た言葉は二度と戻らないのだ。

「僕、本当に食べきれないと思う…」
「じゃあ、半分こにしますか?」

(半分こ…)

 少食な僕に勘づいて透はそう提案してくれた。
 本当は四分の一で良かったのだが、透と何かを分け合うことが僕には魅力的に思えて、つい背筋が伸びてしまった。

「中はただのふりかけおにぎりですが…」

 どうぞ、と透はアルミホイルのまま、指で半分こにおにぎりを割った。白いご飯に黄色の粒が混ざったものだった。刻まれた海苔も入っている。

「…あ、こんなの、依織先輩には…」
「ありがとう」

 透が寂しそうに眦を染めてひっこめようとしたものを急いで受け取る。やっぱり僕が食べるおにぎりの倍の重さがあった。それでも、これなら食べられると思った。
 一口、ぱくり、と小さな口でかぶりつく。きゅっとされたごはんは、思ったよりも空気を含んでふんわりとしていた。少し強い塩が、発情期明けの疲れている身体にはちょうど良かった。

「おいしい!」

 人の握ったおにぎりを最後に食べたのはいつだろうか。ずっと昔にいたお手伝いのおばあちゃんが作ってくれたぶりな気がする。
 ふんわりとカツオのだしが食欲を呼び起こす。卵色の具材は甘みがあって好みの味だった。

「よかった」

 深く喜びの滲むつぶやきが聞こえて顔をあげると、眉を下げて微笑む透がいた。
 おにぎりを渡そうとしたのに、ひっこめようとした時の寂し気な彼の顔つきが気になったが、すぐにいつもの笑顔で植物の話をし始めたから、すっかり話そびれてしまった。
 明日、お礼に食堂でごちそうすると言ったら、そんな高価なものじゃない! と喧嘩になりかけてしまった。透は食堂のランチを食べたことがないらしい。なかなかにおいしいからもったいないと話したが、高いから…と言われてしまう。桐峰に通うのに、そんなことを言う人は珍しいと思っていたら、見透かされたようでまた寂しそうに透は黙ってしまった。
 おにぎりをもらったから、パンで返す! と折衷案を出す。それも透は気にして断ってきた。購買のパンの料金は食堂よりもリーズナブルだが、きちんとおいしいのは知っている。だから、その味を透にも経験させたかった。

「知らないことがあるっていうことは、もったいない! 一緒にいこ?」

 ずっと手のひらをこちらに向けて遠慮する透のそれを両手で握りしめて、真正面からまっすぐに見つめて説得する。ね? ね? と何度も迫る僕に折れてくれて、明日は二人で購買に行くことになった。

(透とここ以外で一緒にいるの、はじめてだ)

 僕は嬉しくて、だらしなくにやにやと笑ってしまう。そんな僕を透は、小さい子を見るような顔で一緒に笑っていた。




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