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第44話.摩擦

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それから一週間は、事件の絶える日が無かった。
兵が駐屯するには食料などの物資がいるし、兵舎をこさえるにも資材が必要である。
大量の必要物資(それら)をルシヤ軍は現地の町村から徴発(ちょうはつ)した。
特に露骨なのは日本人から行ったもので、暴力を背景に、食料をはじめ牛や馬など生活に必要なものまで取り立てた。
いや「取り立てた」という言葉には語弊があるか、対価は支払われたので、ルシヤ側としては取引をしたと認識している。
しかし、そのことが近隣の日本人との摩擦となり日増しに関係が悪化していった。

卒業式を間近に控えた、ある日。
例のミルクホールで新聞を読みながら、牛乳(ホットミルク)を飲んでいると、大きな見出しの記事が目に留まった。
日本人のとある青年がルシヤ人将校に斬りつけた、というニュースが一面に出ているのだ。

「まずいな」

記事の内容はこうだ。
雑居地北部の馬飼の青年が、兵隊に妹と母親を犯された仇討ちだと、ルシヤ将校の顔を刀で袈裟に斬りつけたのだ。傷は浅く、青年はその場で青年は取り抑えられたという事である。

甘いパンを温めた牛乳に浸けて、ふやかして口に入れた。心地よい暖かさと甘さが口の中に広がった。もごもごと口を動かしながら目線を再び新聞記事に戻す。

「美味い」

パンは美味いが、状況は不味い。
政治家はルシヤ帝国との戦争は避ける方向で動いていたようだが、こうなってしまった以上、もはや開戦は避けられないかもしれない。
国力では圧倒的に劣っている日本国であるが、上層部はどこまでやるつもりなのか。
いや、どこまでやれるのか。
卒業の挨拶を考えながら、我が国の行く末を案じるのだった。


……


翌日から北部方面総合学校の生徒、つまり私達は外出禁止となった。順番に到着してくる陸軍の人間を受け入れる手伝いの為なのだが、もう一つ。いつでも呼び出しに応じられるようにという理由からである。
即ち、非常事態であると言う事だ。

そして、先日ルシヤ将校に一太刀浴びせた青年は死んだ。
容疑者の身柄の引き渡しを要求した日本国の要求を突っぱねて、ルシヤ軍は彼を私刑に処したのだ。そして兵の安全の為に、北部雑居地の一部の主権を割譲せよとの要求を日本国側に突きつけた。

これはあまりに無茶な要求である。

新聞には「ルシヤは仮面先進国なり。法より心情を優先するとは、もはや法治国家の体を成しておらず」という自称識者のコメントが載っていた。雑居地の日本人世論としては戦争も辞さずという強硬派で声の大きいものもいるようだ。
また各所で集会が行われ、一部では日本人によるルシヤ排斥運動を起こそうという輩も出てきたらしい。

政治家の連中は大いに頭を悩ませているのだろう。そうあってくれたら良い。
私達(へいたい)は違う。
征けと言われれば征くだけだ。

ぐっと腹の底に何かが溜まるのが分かった。


明日は卒業式だ。
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