【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

els

文字の大きさ
75 / 135

第75話.長イ一日「天城視点」

しおりを挟む
地響きと轟音。
いつ終わるとも分からぬ砲撃が始まった、これはいつまで続くものだろうか。一分か一時間か、それとも半日か。
深く掘り抜いた塹壕の中に、我々日本兵は隠れ続けた。雪と泥に塗れて寒さに耐え、敵の榴弾が頭上に来てくれるなと祈りながら。
あちこちで、兵らの混乱の声が聞こえる。

「中隊長ーッ!」
「頭を下げて、壕内に伏せよ!」

自らも、溶けた雪の泥の中に寝転がるような体勢を取り兵らに指示する。無理な姿勢で膝まで泥水に突っ込んだゆえ、ぐっしょりと半長靴(はんちょうか)の中にまで泥水が入り込んできた。
「ぐぅ」と喉の奥から妙な声が漏れ出る。冷たいというより、もはや痛みを感じる。

人の上に人が積み重なり、軍帽を両手で抑えて下を向いて祈っている。「お母ちゃん」「神さま」「仏さま」祈りの声はそれぞれであるが、その姿からは軍人たる勇壮さは感じられない。

「恐れるな、厚みのある土の盾は砲も銃弾も通さん!ルシヤの豆鉄砲など何するものぞ!我らの土地が我らを守るのだ!」そう叫んだ。神よ、部下らに勇気を与え給え。

すると俺の声に呼応して小隊長どもが、兵らが、気を振り絞り声を上げた「恐れるな!掩蔽壕(えんぺいごう)を信じよ、我らが土地を信じよ!」
「恐れるなッ!!」
「「恐れるなーッ!!」」

轟く爆音の中、火薬と炎の匂いの中。
勇ましく叫ぶ声が聞こえてくる。見たか、我らが軍は死んではおらぬ。


……


気がつけばあれほどの勢いがあった砲撃の音は止み、嵐の前の静けさが訪れていた。あちこちが榴弾で掘り返されて、ずいぶん穴だらけにされたようだ。あれほど苦心して作った陣地のそこかしこが崩れて落ちている。
生き埋めになったものもおるだろう、損害はどの程度のものになるか。

「砲撃はもう終わりでしょうか。彼奴等は……」一人の兵がそう言いながら、外を覗こうと上体を起こした。
「待て、まだ待て」彼の出鼻をくじくように、すぐに肩を掴んで座らせる。
「中隊長、敵の動きは」
「鏡で伺う」

軍刀(サーベル)を抜き放ち、その刃を鏡のように塹壕から出して外の様子を伺う。
砲撃で所々えぐられた大地。白と土色に彩られた世界。そして炎と煙の向こうに、黒い線が見える。あれはルシヤ兵の群れだ、千か二千か一万か。黒より暗い死の線だ。

「来るぞ、来る。でたらめな土地の向こうから。川を超えて、丘を越えてやって来る。なめるように死神の群れがやって来る」

ルシヤは横に列をなして、全てを踏み潰す算段だろう。心の臓が、ぎゅっと素手で握られたようだ。こわばった唇がゆっくりと上がる。こうなればもはや、なるようにするしかあるまい。
力を込めて軍刀で天を指し示した。

「誇りある明而陸軍の兵よ、意気地(いきじ)を立てよ!彼奴等を一人も生きて帰すな。この地を守り通すのだ!射撃用意!」
「「おおおおおおっ!」」

兵らが一斉に塹壕から身を乗り出して、小銃を構える。対するルシヤ兵はまだ小銃も構えず、歩調を合わせて並んで向かってくる。
「撃てッ!!」俺の合図と同時に、小さな火が無数に光った。その方向は全てルシヤ兵に向かっている。

パパパパッン!!

二人、三人と敵が倒れていく。しかしそれをモノともせずに、彼奴等はただ真っ直ぐに向かってくる。

「撃てーッ!一人も入れるなッ!!」
「「うおおおおおおおっ!!!」」

パパパパッ!!

一斉射撃。
火が上がり、血を吹き出して敵が倒れる。しかし、その倒れた後から敵が来る。初めから痛みを感じない生き物のように、一つの塊となったルシヤが歩いて来る。

パパパパ!!

さらに死ぬ。死んでも死んでも次の敵が来る。そして、ルシヤ兵がある一点を超えた瞬間。

『『『ウラーーーーッ!!』』』

敵将校らしき人間が抜刀、そして吶喊が起こった。絶叫ともいえる大声を上げて、黒い線に見えたルシヤ兵の全てが駆け出した!
銃撃を真正面に捉えながら、撃たれながら、死にながら真っ正面から駆けてくる!
その距離数百メートル。
あれらがこの塹壕まで到達すれば、俺たちは終わりだ。必ずここで止める!

「各小隊で各個迎撃しろ!今が踏ん張り時だ!」

苛烈さを増す我が軍の銃撃、向こうからはまだ一発の銃声もない。ただいたずらに兵をすり潰しながら、この短い距離をとにかく詰めてくる。ルシヤは本当に突っ込んで来る気だ、圧し潰す算段だ。

「……本気か」
『『ウウウウラアアアアッ!!』』

段々と敵の掛け声が大きく、近くなってくる。死が押し寄せてくる恐怖だ。
その時ルシヤ兵の先頭集団が、鉄条網(じゃばら)にかかった。棘が服を裂き、肉に食い込んだ。そうだ有刺鉄線、鉄の荊棘。
それに足を阻まれた敵は、逃げることも叶わずに直後に狙撃されて絶命した!

『ガアァァー!』

怪力自慢の大柄な男も関係なく、鉄条網はクモの巣のように獲物を張り付けにして動きを止める。
そう、あれほど恐ろしかったルシヤ兵の勢いがそこで止まった、そして彼らにもっと大きな試練が待ち受けていた。

ドドドドドドドドッ!!

銃弾が線となり、その死線が敵陣を横切った。瞬間、動きの止まった者たちは薙ぎ払われた。肉が裂け、骨が砕けて飛んだ。

「来たか!鉄条網(あみ)にかかった者を狙え!」

ドドドドドドドドッ!!!!

機関銃が咆哮を上げた。そうだ機関銃。明而陸軍では初めて他国との戦争で使う兵器だ。
重量があり陣地に据えないと扱えない、そういった扱いづらさもあったが、この兵器は。

「なんだこれは。圧倒的だ!」思わず声が出た。機関銃が火を噴く度に、ルシヤが塊で死んでいく。まるで神話の剣(つるぎ)だ、全てを薙ぎ払う剣だ。

鉄条網と、機関銃。そしてこの塹壕(ほり)。
これらは浅間中将用意したそうであるが、それも穂高が意見具申を行ったという話である。ここでもアイツか……。
しかし、これならば。
ルシヤが何人で来ようが物の数ではない。いけるぞ、退けられる。俺の中隊だけで……!

「機関銃(しんへいき)の威力は凄い!勝てるぞ、この戦!」誰ともなしに声がでた。新しい兵器の登場で、兵らの士気も上がっている。
しかし火を放っている機関銃の台数が少ない、配備された数はもっと多かった筈だが。

「月山少尉!機関銃で稼働しているのは、なぜ三挺だけなのか!?」
「はい!凍りついたのか動かなくなったのが何挺かあります!修理中です!」

ここに来て、動かぬだと。歯痒いな、もう一押しできれば一挙に方がつくというのに。

「また敵砲撃により行方不明のものも、今探させているところです!」俺の表情を見て、月山は慌ててそう取り繕った。

「わかった。稼働の目処が立てば射撃に参加させよ!」
「はい!」

十分だ。

十分この三梃の機関銃と、鉄壁の陣地で敵は釘付けにできている。それに川を挟んでの国境線、攻撃ルートは正面ここしかない。
しかし、なんだこの不快感は。俺は何を恐れている。

その時、悪い予感は的中した。

「中隊長ーッ!!」
「何だ!」
「はぁっはぁっ、敵が、ルシヤが陣地側面からも来ました!横撃(おうげき)です!」

息を切らせながら兵が報告する。

「側面だと!?馬鹿な!」
「正面の河川を下流で渡った模様です!」
「凍りつくような寒さの川を、橋もかけずに渡河したというのか!」

馬鹿な、そんな小さな川でもない。自殺行為ではないか。大雪で凍える中、武器を背負って泳いで来たというのか。

考えられぬ。
考えられぬが、今は対処する他ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...