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第102話.ルフィナ・ソコロワ
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視界が赤く染まる。音が消えて、背中に地面を感じる。ああいつもの夢だ、幾度となく見た前世の夢だ。そう思った。
私は。
ルフィナ・ソコロワは軍人の家系に生まれた。父は偉大なルシヤの軍人であるし、祖父も帝国の為に尽くした。
あの日迄は。
そう、誇り高い我が一族は皇帝陛下に重用されていたのだ。東方の小国、日本と戦争が始まるまでは。
道理を知らぬ蛮族共に、我らが法と秩序を与えてやる為に出向いた我々だったが、万の一つもない苦戦を強いられた。国力も兵力も数分の一しかない小国に、貴重な兵を無駄にしての苦戦。
上層部は苛立った。
虎の子の新兵器を取り出してみても、日本兵は折れなかったのだ。雑草のように立ち上がり、向かってくる。
そしてそんな中に出てきたのが、あの男。
憎き日本の鷹。小さな鷹。音の幽霊。白き悪夢。将校処刑人。見えない脅威。
初めは兵らの中での、噂だった。
山に入れば生きては出れぬ、鷹に目をつけられると手足をもがれるという単なる噂。
日本兵の姿など見えぬというのに、どこからともなく轟音とともに銃弾が飛んでくると言うのだ。
噂はすぐに広がった。怯える将兵らを落ち着かせるために、山狩りに百人投入しても無駄だった。あろう事か姿の見えない一人の日本兵に全滅させられたというのだ。
考えられない。
幸運にも姿を見たという兵もいた。しかし、それは恐ろしい遠さで、瞬きをすれば消えたという。
噂が、噂であれば良かった。
ただそれは現実にあったのだ、一つの脅威として。そこに確かに存在したのだ。
聞くところによると、鷹は日本で生まれた識者という存在だった。前世の記憶を持つという、限られた存在。
しかし、本国(ルシヤ)にはそんな事は関係無かった。取るに足らない存在である日本人に良いようにやられていると、そういう事実だけが残った。
父は責任を取らされた。無能な指揮官であると非難を受けたのだ。その職務を罷免され、本国に送還された。父はすぐに自らピストルで命を絶った。
それは彼にとっては事実上の処刑宣告であったのだ。残る私は前線に送られて……。
ああそうだ。一度、生涯を閉じた。
次に気がついたのは少女の頃だ。腰まで長い毛を伸ばして、花を愛でた少女の頃。母親譲りの青い目と、黄金の髪。
同じ父、同じ母から生まれ、私はもう一度人生をなぞる事を神から許されたのだ。記憶を持って生まれ変わった私は、あの憎き鷹を潰す事だけを考えて生きてきた。
あの悪魔を、この瞬間に、この戦場から排除できれば。それが叶うならば我がルシヤ帝国は日本などに遅れは取らない。一息に蹂躙する事ができるだろうと。
そして全てを使って、ついに成した。
やつの驚く程正確な射撃を前世の記憶を頼りに紙一重で回避して、隠し持ったナイフで肉弾戦に持ち込んで。
有利だと思った白兵でさえ、鷹は恐ろしい力強さと俊敏性を持っていた。全てをかなぐり捨てて、この身を弾にしての体当たり。それでようやく届いた。
鷹を、悠々と空を飛ぶ鷹を捕らえて、共に奈落に落としてやったのだ!
……
ざくり、ざくり。
土と残雪を踏みしめる音がする。
それに、なぜか懐かしい揺れ。いつかこんな日がどこかであったような。ゆっくりと目が覚める。私はこの男の、日本の小さな鷹の背中にいた。
『何をしている。馬鹿な真似は止めろ』
「気がついたか、あまり動くなよ。バランスが崩れる」
ざくり。
あろう事か、この男は私を担いで山を登ろうとしているのだ。恐らくは脱出の為に。身をよじって抗議する、これが今できる最大限の犯行だ。
『何故だ、何故助ける。私は敵だ、あの場に捨て置けば良いだろう。この足では明日には死んでいるだろう!?』
「それでは困るんだよ」
『どうして』
「貴様は捕虜だ。捕虜は生かして連れ帰らねばならん」
じわりと目に涙が浮かんだ。
『やめろ、これ以上私を惨めにさせるな。鷹の目を奪った英雄として死なせてくれ』
「奪った?本当にそう思っているのか」
そう言って、私を背負ったまま奴はこちらを振り向いた。布切れで大きく左目を覆っており、乾燥した血液でそこは赤黒く染まっている。
『どういう事だ』
「この程度なら、我が国の医療でどうにでもなると言っているんだ。識者は貴様だけではないと知っているのだろう」
『まさか……いや、嘘に決まっている』
「どうかな。しかし本当かどうか、確かめずに死んで良いのか」
『……』
息がつまる。
こいつの言うことは本当なのか?いくら識者と言えども、あの傷を難なく治癒するとは思えないけれど。
「まぁ良い。貴様ところで名は何という」
鷹が私の名を問うた。名を告げるのは抵抗があるが、捕虜の身分では名乗る義務がある。
『ルフィナ・ソコロワ』
「良い名だな。私は穂高進一だ」
『……ふん』
いくらか話を振って来たが、その後は無視した。捕虜にもその程度の権利はあるし、それに抗いがたい眠気に襲われたからだ。
次に目を覚ましたら……私は、どうなっているのだろうな。
私は。
ルフィナ・ソコロワは軍人の家系に生まれた。父は偉大なルシヤの軍人であるし、祖父も帝国の為に尽くした。
あの日迄は。
そう、誇り高い我が一族は皇帝陛下に重用されていたのだ。東方の小国、日本と戦争が始まるまでは。
道理を知らぬ蛮族共に、我らが法と秩序を与えてやる為に出向いた我々だったが、万の一つもない苦戦を強いられた。国力も兵力も数分の一しかない小国に、貴重な兵を無駄にしての苦戦。
上層部は苛立った。
虎の子の新兵器を取り出してみても、日本兵は折れなかったのだ。雑草のように立ち上がり、向かってくる。
そしてそんな中に出てきたのが、あの男。
憎き日本の鷹。小さな鷹。音の幽霊。白き悪夢。将校処刑人。見えない脅威。
初めは兵らの中での、噂だった。
山に入れば生きては出れぬ、鷹に目をつけられると手足をもがれるという単なる噂。
日本兵の姿など見えぬというのに、どこからともなく轟音とともに銃弾が飛んでくると言うのだ。
噂はすぐに広がった。怯える将兵らを落ち着かせるために、山狩りに百人投入しても無駄だった。あろう事か姿の見えない一人の日本兵に全滅させられたというのだ。
考えられない。
幸運にも姿を見たという兵もいた。しかし、それは恐ろしい遠さで、瞬きをすれば消えたという。
噂が、噂であれば良かった。
ただそれは現実にあったのだ、一つの脅威として。そこに確かに存在したのだ。
聞くところによると、鷹は日本で生まれた識者という存在だった。前世の記憶を持つという、限られた存在。
しかし、本国(ルシヤ)にはそんな事は関係無かった。取るに足らない存在である日本人に良いようにやられていると、そういう事実だけが残った。
父は責任を取らされた。無能な指揮官であると非難を受けたのだ。その職務を罷免され、本国に送還された。父はすぐに自らピストルで命を絶った。
それは彼にとっては事実上の処刑宣告であったのだ。残る私は前線に送られて……。
ああそうだ。一度、生涯を閉じた。
次に気がついたのは少女の頃だ。腰まで長い毛を伸ばして、花を愛でた少女の頃。母親譲りの青い目と、黄金の髪。
同じ父、同じ母から生まれ、私はもう一度人生をなぞる事を神から許されたのだ。記憶を持って生まれ変わった私は、あの憎き鷹を潰す事だけを考えて生きてきた。
あの悪魔を、この瞬間に、この戦場から排除できれば。それが叶うならば我がルシヤ帝国は日本などに遅れは取らない。一息に蹂躙する事ができるだろうと。
そして全てを使って、ついに成した。
やつの驚く程正確な射撃を前世の記憶を頼りに紙一重で回避して、隠し持ったナイフで肉弾戦に持ち込んで。
有利だと思った白兵でさえ、鷹は恐ろしい力強さと俊敏性を持っていた。全てをかなぐり捨てて、この身を弾にしての体当たり。それでようやく届いた。
鷹を、悠々と空を飛ぶ鷹を捕らえて、共に奈落に落としてやったのだ!
……
ざくり、ざくり。
土と残雪を踏みしめる音がする。
それに、なぜか懐かしい揺れ。いつかこんな日がどこかであったような。ゆっくりと目が覚める。私はこの男の、日本の小さな鷹の背中にいた。
『何をしている。馬鹿な真似は止めろ』
「気がついたか、あまり動くなよ。バランスが崩れる」
ざくり。
あろう事か、この男は私を担いで山を登ろうとしているのだ。恐らくは脱出の為に。身をよじって抗議する、これが今できる最大限の犯行だ。
『何故だ、何故助ける。私は敵だ、あの場に捨て置けば良いだろう。この足では明日には死んでいるだろう!?』
「それでは困るんだよ」
『どうして』
「貴様は捕虜だ。捕虜は生かして連れ帰らねばならん」
じわりと目に涙が浮かんだ。
『やめろ、これ以上私を惨めにさせるな。鷹の目を奪った英雄として死なせてくれ』
「奪った?本当にそう思っているのか」
そう言って、私を背負ったまま奴はこちらを振り向いた。布切れで大きく左目を覆っており、乾燥した血液でそこは赤黒く染まっている。
『どういう事だ』
「この程度なら、我が国の医療でどうにでもなると言っているんだ。識者は貴様だけではないと知っているのだろう」
『まさか……いや、嘘に決まっている』
「どうかな。しかし本当かどうか、確かめずに死んで良いのか」
『……』
息がつまる。
こいつの言うことは本当なのか?いくら識者と言えども、あの傷を難なく治癒するとは思えないけれど。
「まぁ良い。貴様ところで名は何という」
鷹が私の名を問うた。名を告げるのは抵抗があるが、捕虜の身分では名乗る義務がある。
『ルフィナ・ソコロワ』
「良い名だな。私は穂高進一だ」
『……ふん』
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