竜女王テラレグルス

未来おじさん

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第1話Dパート~変身~

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 辺りに旋風が吹き渡る。それと同時に砂埃が舞い上がり、彼女の周囲を天高く舞う。
 そして小さな砂嵐が収まると、まるでベールが下がるように砂が地面へ落ち……
「……」
 この星に、ロボットが舞い降りた。
「な、何だこれ……」
 僕は事態が飲みこめなかった。女性のスタイルを模したボディに、か細い腕と足。優しさを携えながらも光を閃かせる瞳。そして、背中にはためかせる、巨大な翼……。
 それはまるで、しなやかな銀(しろがね)の竜を擬人化したような……そんなロボットの中に、僕はいた。
「こ、このロボットは……氷室さんは……?」
 薄暗い球体の室内を見渡す僕。しかしその行動は、頭上から落ちてきたものによって中断を余儀なくされた。
「わ……っ、何だこれ!?」
 頭に被さったのは、半透明のバイザーがついたヘルメット。
 それが僕の頭をすっぽり収めた瞬間、頭蓋に何かが突き刺さる感覚がした。
「ぃ……ッ!」
 何かが脳に入ってくる。そんな出来事に驚愕してると刹那、目の前の景色が一気に広がった。
「……ッ! み、見える……っ」
 視界が広い。裸眼0.05の両目が、180°はっきりくっきり見える。突如視界が拓けたような感覚に、僕は驚きを覚える。
「――焦らないで。ただあなたと私の脳を全接続しただけだから」
「ッ!」
 そう語りかけるのは、氷室さんの声。俺が周囲を振り返っても彼女の姿は見えない。どういうことだ?
「私の姿は見えないわ……だって今は、脳へ直接語りかけてるだけだから」
「え……ど、どういうこと?」
 そう僕が問い質す間に、目の前の男は少しよろけながらも立ち上がる。
「ごめんなさい。説明してる暇はないわ……来る」
「え――」
 その瞬間だった。
「よくもやってくれたな……だが、一つ収穫だ。ついにあの鋼姫様が王子様を見つけた。二人とも捕まえりゃ大儲けだ……ッ!」
 メキッ……メキ、メキッ!
 男の肉体が、変化を始めた。
 筋肉質だった体躯がさらに隆起し、湧き立っていく。骨は軋みを上げ、異常なまでに急成長していく。
 そうして変化していった男は、月に向かって遠吠えを上げ……約5mほどの、狼の巨大な化け物となった。
「な……っ!? え、何が起こって……」
「ガァアアアアアッ!!!」
 そんな驚く僕の隙を狙うように狼型の化け物は地面を蹴り、こちらの懐に向かって突進してくる。身を低くした、鎌鼬のような鋭さを持ったタックルだ。
「まずい……ッ!」
 そう思い僕はふと、『後ろへ宙返り回転をして避けようとする』。迫りくる突進の足音を聞きながら甲高いベアリング音を唸らせて機械の脚でバネを作り、足の裏で地面を蹴り上げ化け物の突進を間一髪避ける。
「……え?」
 空中に漂う僕は、いつもより月を近くに感じた。
 そして片膝を突き地面へ難なく着地した時、僕の頭に疑問が浮かんだ。なんでこんなことが出来るんだ? 僕の身体は、肉体機能障害のはずなのに。
「――これが私の能力よ」
 その時、また脳に氷室さんが話しかけてきた。
「――私は器。肉体運動のサジェスチョンとその行動をオートで実行する。その判断は、あなたがするの」
「え、えっと……?」
 僕は疑問で返そうとする。だが、それを彼女の声が遮る。
「私を動かして、勇。私は、あなたの意のままに動く。口にしなくていい。ただ考えるだけでいい。そうすれば、私は勝手に動く」
 それは、最低限の説明。あまりにも雑な、それでいて緊迫したこの状況では確かに最低限必要なことだけをまとめた情報だ。
「さぁ勇……あいつを倒すために、私に命令を頂戴」
 それだけを告げ、僕に委ねる氷室さん。無感情のように聞こえるその言葉……だが、その情報に、彼女の覚悟が詰まってるような気がした。
 僕は一度喉を鳴らし……もう一度、狼の化け物へ向かい合う。
「ガァアア……次は当てるぞぉ……ッ!」
 そう言って化け物は長い爪を出す。月明かりを浴び銀色に光る爪は、まるで日本刀のように鋭い。本物の日本刀と違う点は、それが数mに及ぶ巨大な刀という点だろう。
 そんな爪へ向かって僕は構えを取る。それを見届けた化け物は……まっすぐに地面を蹴り、突進してきた。
「ガァアアアアアアアアアアッ!!!」
 鋭い。そして今度はさっきみたいな避け方は通用しない、そんな気がする。僕は動かなかった。
「もらったああああああぁッ!!!」
 それを好機と見た化け物は腕を振り上げ、僕と氷室さんに向かって襲いかかる。銀の軌道が耳を劈く、一撃必勝の攻めだ。
「……はっ!」
 だから、懐に潜り込んで避けた。
 わずかに見えた隙、その唯一開けた場所へ蛇のように飛び込み……弧を描く爪の一撃が、空だけを切り裂く。
 それと同時に、僕は狼の化け物の背後へと移り変わる。
「なっ……!?」
 その瞬間、僕は拳を指で編んだ。
「はぁああ……ッ!」
 どうすればいいか、わかる。こんな動き一度もしたことないのに。考えたこともなかったのに。
 脳へ送りこまれる情報が、この機械の身体をどう動かせばいいか教えてくれる。
 そして思考が迸るまま……僕は叫ぶ。
「真・機・逸・纏……レグルス・イィンパクトオォォッ!!!」
 グッッッシャアアアアアアンッ!!!
 そして、両手を合わせた拳が化け物の身体を貫いた。
「グ……ッ、が、アぁ……?」
 狼型の化け物の瞳が虚空を彷徨う。それと同時に、化け物の身体が光り始めた。
 ……ズッドォオオオオオンッ!!!
 そして、化け物は爆散した。まるで新星が誕生したような輝きを前に、僕は呆然とする。
「……何、だったの?」
「……あれはラスタ・レルラ……ありていに言えば宇宙人です」
 その時、氷室さんがまた僕に語りかけてきた。
「ごめんなさい――私は選んでしまった。何も知らないあなたを、この戦いに巻き込むことを」
 その言葉と同時に爆発が消え、再び静寂が辺りを包む。
 それと同時に、僕が乗るロボット――語りかける回答は、『レグルス・フィーネ』と告げる――は天を見上げる。
「あなたはこれから私……ハツネと、この地球を守ってもらいます……星の守り人として、ね」
 その瞳には……夜空に燦然と輝く、数多の星々が映っていた。
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