カミサマカッコカリ

ミヤタ

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天野

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 地球にエラーが出たとき、天野は焦っていた。なぜエラーが出たのか何があったのか。地球のプログラムをすべてオープンにする。
「えっ」
「天野!」
 叫ぶ声にふりむけば榛名が吸い込まれそうになっていた。彼も驚いている。なぜという顔だ。踏ん張ろうとして、たたらを踏む。踵がすべる。
「榛名っ!」
 ぐわりと口をあける空間の歪み。まるで掃除機に吸われるがごとく榛名が歪みに消える。とっさに駆け寄り歪みの中に上半身だけ突っ込む。伸ばした手が触れて、しっかりとつかまる。しかし強い吸引力を持つ歪みの穴は踏ん張っている天野も吸い込もうとしている。このまま地球に落ちるわけには行かない。光臨ルートは閉ざされているはずなのだから。榛名の背後に見えるのは地球。生まれて間もないそれは急速に進化している最中だ。光臨ルートは一億分の一という確立でフラグを建設していかねば幾重にもかかった鍵が外れることはない。人間の進化が行き詰ったときに一度だけ発動されるプログラムでそれを起動させるまでに何十にも掛かった鍵を解除せねばならない。
 その鍵自体の発動も条件は相当厳しいのだがその光臨プログラムが解除されていた。厳密に言うとすべての鍵を開けてプログラムが発動している。誰も触っていないのに、だ。仮にこのプログラムが発動したとすればそれは天野に通知が行く。最終的に光臨するのは天野自身になるのだが、それまでは見守る姿勢を貫くはずだった。だから、突然空間が歪み、穴を開けた。光臨プログラムが発動しているからだ。必死に食いしばるが足の踏ん張りが利かない。
 プログラムを緊急停止させるためには榛名の手を離さなければならないが、彼はこのプログラムに組み込まれていない。この状態で手を離し、光臨させれば何が起こるかわからない。焦りながらもどうにかしなければと思うがそれでも榛名は吸い込まれている最中だ。もがけばそれだけ天野に負担が掛かることを知っている。ずるりと穴の縁にかけていた手が滑った。
「あ」
 思わず声が上がる。だがバランスを崩した体は簡単に体勢を立て直せない。ついに天野まで吸い込まれてしまう。そのとき、天野と目が合った。彼は視線を揺らがせ、それでも強い瞳で何かを決意した。嫌な予感しかしない。やめろ。ばか、という言葉は届いたのか。
「助かってくれ」
 と、彼が手を離す。強く押し返されて、逆風にあおられる。確かに穴はすぐそこだ。自分が元の場所に帰れば、榛名を助けることができるかもしれない。伸ばされた指は空を掻く。手を離すことが不安だった。だからもう一度と手を伸ばしたが徐々に離されていく。光臨させるのは一人だけでいいのだ。迷って弱くなっていた風が榛名を地球へ、天野を元の場所へと押し流す。逆風に手を離した榛名を呆然と見て。
「榛名」
 どんと、横から突き飛ばされたような衝撃を受けた。ずるりと体がすべる。穴は背後にあったのだ。それが左斜め後ろにずれている。
「えっ」
 今度は反対側から衝撃を受ける。頭が揺れる。左斜め後ろの自分の世界に通じる穴が今度は右斜め後ろにずれている。足が何かにひっかかったような違和感。やばい。と瞬間的に思うがぶれる視界の中で必死に手を伸ばす榛名の叫び声を聞いたのが最後だった。
 気づいたときには、知らない場所にいた。浮遊する何かの中で寝て起きてを繰り返した。はっきりと意識を取り戻したのは、風船が割れる音を聞いたから。それではっと目が覚めて、周りを見渡した。時折ぐらつく視界に、だが室内はほのかに青い光に覆われている。
「うあ」
「起きたのか。気分はよさそうだな。まだ頭がぼうとしているぐらいか。お前、第一レイヤーのやつだろう。ゴミ箱からお前がバラバラ死体で出てきたときにはどうしようかと思ったが、どうやってこちらにたどり着いたんだ」
「なに」
「まだ混乱しているか。起きれるか」
 人の形のような、違うような、ノイズの走った姿のそれはなんともいえない姿をしていた。あらゆるものがぶれて見える。声も多重音声のようで天野は気持ち悪さが増してきた。答えることができない。
「ああ、気持ち悪いのか。寝ていろ。声の調整を。あ、ああ。これでどうだ?」
 体を横たえ、目を閉じる。聞こえてきた声がぶれていない。それは安心できた。
「ああ、声は大丈夫だ」
 自分の喉が震える。声が出た。かすれてはいたが自分の声だ。
「私は死んだ?死んだのか?」
「死んでたな。お前たちのレイヤーで体も頭も全部バラバラにされて生きていられるのか?」
「いいや」
「ゴミ箱から飛び出してきたから面白半分で蘇生させた。お前が第一レイヤーのいや、お前の能力値だけなら第二レイヤーに匹敵するな。第一レイヤーのお前がここに来る前何があった?ああ、先に言うがここは第五レイヤー。お前たちの二つ上の次元になる。お前ごときの生死はこちらで好き勝手できると思え」
「第五?やはり、上位次元はあったのか。私はゼロレイヤーに星を生んだ。その星にバグが見つかってその余波で次元の狭間に飛ばされた。そのときに意識を失って、どうしてここにたどり着いたのかはわからない」
「なるほど」
 視界をあける。枕元にたつそれに視線を向けるがやはりブレるので目を閉じた。
「ここは第五レイヤー。下層のごみが流れ着くはずがない場所。だが珍しく流れ着いたのでお前を媒体に下層を見学しようとおもってお前の中身をいじくった。ここと同じ存在にすることはできんが、第四レイヤーぐらいならお前の存在自体を引き上げることができる。今お前の中に元のレイヤーとのつながりは無いはずだ」
 いわれて、慌てた。目を閉じているのでゆっくりと自分の中を、外を探っていく。自分を構成するプログラムがすべて書き換えられていた。そこにもともといた世界の情報は無い。自分自身の核となる何かをごっそりと取られたような気がして、引きつった声が漏れる。体中を触るが自分そのものに変化は無いようだ。ほっとしたのもつかの間、脳を細い針金の指でひっかかれるようなガラスを引っかくような甲高い音と激しい痛みが襲う。うなり、悲鳴を上げ吼えて暴れる。ベッドはびくともせず枕元にたつそれは鼻で笑うだけだ。
「うるさいからちょっと黙れ」
 ぴたりとやんだ痛みに両手両足を投げ出すようにベッドに落とした。荒くついた息は涙と鼻水とよだれが混じっている。泣き叫ぶほどの痛みに視界のぐらつきが収まらない。吐き気がこみ上げてきて体を追ってベッドの外側へと乗り出す。そのまま吐いているすがたをそれは眺めていた。吐いたものは瞬時に消え去りそこには何もなかったかのように美しい床が広がる。荒い息を整えればサイドテーブルが出現し、そこに水差しがおいてあった。口の中をゆすぎ、床に向かって吐き捨てる。
「そこは吐く場所じゃないんだが。吐くならそこの洗面台に向かえ」
 とサイドテーブルの横に壁がありそこに洗面台が設えてある。
「これでよしと。おまえはたまたま偶然上位階層に入ってしまった。まあそういうこともあるだろうな。おかげで助かった。第四レイヤーが滅んだおかげで第三レイヤーが守りを強化してきてなぁ。手が出せん。お前を第一、もしくはゼロに戻しお前の手引きでわれらがどちらかを征服して拠点にする。どちらがいい?お前に選ばせてやろう。ふぅん。お前には友というものがいるのか。第一レイヤーを滅ぼすか」
「やめろっ」
「ああ、お前の友が作った星があるな」
「やめっ!」
 何のことだといぶかしんだ天野の前に示された星。円筒状のらせん状に回転する大陸が浮かぶ星を空中に投影する。そこは確かにゼロレイヤーで、榛名の星も浮かんでいるはずだ。彼が出来上がって出力された星を大事そうに抱えている映像だ。
「ああ」
「そうだ。お前、こいつのせいで殺されたんだろう。なら、お前が今度は殺せばいい。お前の友を。それがいやならこいつが作った世界を。ゼロレイヤーへの足がかりになるならそれでもいい。お前自身は第一レイヤーのままだ。芯は第四になっているが第三の絶対強固壁は潜り抜けられる。お前がゼロでお前の友の世界を壊し、われらが入れるようにプログラムの書き換えを終える。その星を拠点にゼロを制圧。第一を制圧して下から第二、第三を攻略する。真っ向から第三の絶対強固壁とぶつかるのは得策じゃねえからな。後ろはがら空きだろう。なら、十分賞賛はある。お前はその先鋒を務めろ。わかったな?」
 それの言葉に天野は頷いた。榛名の持つ星は美しい。榛名らしい星だと天野は思う。星を作ることに興味は無いと言っていたが星をつくったのだなと胸のうちがざわめく。うれしいような苦しいような。
「いけ」
 命令を下され、天野はベッドから降り立つ。白い服を着せられていたが活動的な服へと変わる。白を基本とした榛名とは逆の服にマントを羽織る。こつりと踵を鳴らし、目の前に空けられた時空の狭間へと身を躍らせた。
 元の第一レイヤーに到着し、無事に榛名が星を宇宙に定着させた後、プログラムを開く。
「ああ、お前らしい。美しいプログラムだ」
 最初から最後まで一通り眺めて、頭までプログラムを戻す。ゆっくりと星のひとつとして回り続ける榛名の星。ところどころに自分のプログラムを垣間見て、それが自分に対して敬意を払われているとわかって天野は胸が熱くなった。
「なるほど、これが次元の違い」
 自分たちとその下の次元についてはわかるのにその上があることは漠然と考えていた。今、第一レイヤーという次元から第四レイヤーへと変換された天野に第一レイヤーの構造そのものがよく見える。下位レイヤーは上位から見通せるが、下位は上位が見えない。なるほど無理も無い。上位はその文明が下位よりも高度なのだ。天野が引き上げられた第四レイヤーも第一にくらべれば、神のような存在になる。すり抜けてきた第三レイヤーは近しいのでそれほど下位という気持ちはなかった。しかし、第四に変えられた天野に第一レイヤーはあまりにもお粗末に見えた。もろいというのだろうか、簡単というのだろうか。次元が低いというのはそれだけやわらかく崩れやすい。ゼロを崩したら今の均衡はどうなるのだろうと思った。面白そうだと。
「榛名、私を殺した。だからその代わりにお前の世界を壊すよ。いや、ちょっと違うな。お前は私のプログラムを勝手に発動させた。セキュリティも鍵も無効化して。だからそれだけは許さない。その代償として、壊そう。お前の世界を。そして」
 最後はきゅうと一文字に口を結ぶ。プログラムを指でなぞり、作り変えていく。真っ赤なそれはウイルスとなって榛名の作り上げたプログラムの中を縦横無尽にウネリ、むさぼっていく。食い散らかしながら書き換えられた星がエラーを出す。空中に浮いていた大陸がすべて落ちて、そして中央に砂の海を抱く巨大な大陸が出来上がった。海の真ん中に浮かぶ大陸。この中に榛名を組み込んでしまう。
「どうするのかな。楽しみだ」
 そういいながら自分もまた、落とした世界に入っていった。すべてを根絶やしにするために。

「私はね、お前に殺されたことは殺されたとは思っていないよ。あの時、お前が地球に吸い込まれたとき私はお前を助けなければと手を伸ばした。そしてこうも思った。こいつに光臨させてなるものか。とね。お前は地球を作っていないだろう。発動していたのは光臨プログラム。確率一億分の一でしか発動しない隠しプログラムだ。それにいたるまでにたくさんの分岐をプログラムに至るまでにとかなければならない。鍵もかけてあるプログラムが発動している。発動できるのは一回だけ。そして、お前は地球を作った神ではない。地球を作ったのは私だ。私が神であってお前は神ではない。だから、光臨させるのがいやだったんだ。必死に踏ん張っていたよ。二人が落ちたら深刻なダメージがプログラムに生じるだろうこともわかっていた。だからどうにかしてお前を助けて、私が落ちるようにしたかったのだけれど、お前は私の手を振り払った。私を追い返そうとした。それが許せない。いや、わかっているあの状況で説明できなかった私にも落ち度はある。というか、説明する暇もなかった。迷いもあった。だから、殺されたことよりもお前が光臨したことが許せなかった。そしてこれはお前自身気づいていないのだろうね。お前は人のプログラムを無効化、もしくは削除させることができる。自分で扱えるようになればいいのだがそれを無意識のうちに行っているのはわかるか?」
 あの時、地球に起こったエラーの後、何が起こったのかを聞いて榛名は絶句していた。実際に次元の狭間に吸い込まれて生きている確率のほうが少ない。
「どういうことだ。私は無効化なんてしていない」
「だから、知らないのだろうと思った。お前、バグを見つけるの天才的に上手いよな。修復も上手いが、ほんの少しのバグを見つけるのが上手い。ほっといても下手すれば自然淘汰されるようなものまで見つける。それもその無効化の能力のせいなのかも知れないとは、思っていた。あと、時々プログラムがなくなっているということがあっただろう。覚えていないか?」
「あ、ああ。そういえば。アプデしたときに添付忘れじゃないのかとか言われていたやつだな。何回かあったような」

「犯人はお前だよ」

 榛名を指して指先をひらひらとさせる。そろそろこの爆風を見た誰かが集まって来そうな頃だと松宮は思う。背中に庇っていた榛名は隣に並び、溶けた岩肌に何事もなく降り立っている天野だけを見ている。白いローブが新しい風にはためく。榛名とは対照的な白い服を着ている彼のプログラムは澱んだ血の色をしている。先ほどから、ずっと松宮は彼の足元を眺めていた。視線がそこに固定されていると言っても過言ではない。彼のブーツの足元、小さな影から時折赤黒いプログラムが触手のようにうぞうぞと、這い出ては引っ込んでいく。見つからないようにじっとしていることが出来ないようにでも、控えめながらもあちらこちらへと出て行こうとするそれのおぞましさに肌が粟立つ。極力目立たないように榛名の服を何度か引っ張る。伝わっただろうと一方的に思う。相手は自分よりもはるか上だというのは松宮でもわかっていた。何かすればおそらく自分の命は天野の手によって、かき消されるだろうことも肌で感じる。だからこそ、榛名には一方的に何かがあるという警告をこめて服を引っ張るだけにした。
「私が。だが私はバグを見つけて修復はするがプログラム自体をどうこうしたことはない」
「さっきも言ったけれど、疑念はあったんだ。まあお前が触っていないプログラムというか遊びに行っていないプログラムのほうが少ないくらいだからな。だが、お前が入っていないプログラムでは起きていない。プログラムが消えるのは本当に数例だったがすべてにお前が入っている。まあ入っていないプログラムが少ないからそりゃあそうなるだろうとは思っていた。だが、あまりにも出来すぎている。隠されたプログラムや、鍵のかかったプログラムばかりが消えたり、その鍵がはずされたりしているんだから。だがお前が直接プログラムを触れるのは内側からばかり。外は作った本人が触っているのだから無理だろう。それでもやはりお前だと思っていた。自覚すべき症状かもしれないなと。そこで私の地球に対お前用のダミープログラムを忍ばせた。地球を作り始める前に、プログラムに異変があったものたちから聞き取りをしていた。運営に支障はないがあれば便利かも知れない。しかしなくても困らない。そんなプログラムを誰もがいくつか噛ませている。中には話を聞いていたやつがうちは何もないけどなって笑いながら自分のプログラムを開いて驚いていた。プログラムの合間に挟み込んでいたメモ書きがすべて消えうせていたというのもあった。取り除くのを忘れていたが、なくて困らないメモ書きだ。それがなくなっていたと。アップロードした後にしまったなと思ったがそのままにしていたのが消えていた。そういっていた奴もいる。話を聞いているうちにわかったことは、世界に対して作用しなさそうな隠しプログラム。つまり世界が崩壊しない不必要なプログラムや鍵のかかったプログラムにたいしてお前の能力は発動しているようだ、ということ。プログラム自体を消し去る能力でそれはお前が世界に触れているか、世界の内側にいるときに発動されること。前にお前が入ろうとしていた世界のプログラムが消えていたがすでにそのとき、世界の中に入るためにおまえ自身のプログラムがインストールされていた。後は実行するだけの状態だっただろう。「榛名というプログラムがそのプログラムに存在している」だけで発動する。だからお前に向けてのダミープログラムを組みこみ餌をまいた。立会人に指名し、餌に食いつけばお前が犯人だ。だがダミープログラムをすり抜け、お前は光臨プログラムに食らいついた。おかげで、私は死んでお前は生き残り、そしてプログラムは永遠に発動しない。あれはたった一回だけ、行き詰った人類による救済プログラムだったんだ。そのためにほいほい発動できないようにしていたというのにお前の嗅覚には恐れ入る。私の地球に触れてもいなかったのに、ダミーすら避けて隠されたプログラムを暴き立ててくれた。それが、一番、許せないんだよ!」
 激昂し、叫ぶ天野の足元からウイルスにもにたプログラムが憤怒のように沸きあがり榛名へと攻撃を仕掛けようとする。だがそれは榛名の前にふさがった防御壁によってはじかれた。
「天野、疑念は確信に変わったのか?」
「そう、だね。そうさ。だが触れている、もしくはお前自身がプログラムされている状態でなければ発動してないと思っていた。触れなくても、発動するとは思わなかったんだ。地球に触れようとしたときにやめろといっただろう。定着してから、実験しようとは思っていた。一瞬で、ダミーを潜り抜けて、光臨プログラムにたどり着きその鍵もルートもすべてをはずして発動させるなんて、思っても見なかった。消し去ってしまうプログラムだとばかり思っていたんだ。救済措置の最後の手をつぶされたんだ。焦りも怒りもした。お前だけは光臨させてはならないと思った。それでもお前を助けたかった。二人ともたすかるのなら地球は。とも思った」
「私は、お前が助かるならと、これ以上吸い込まれてしまえば、おまえ自身も吸い込まれる。何があって吸い込まれたのかすらわからないのにお前さえ外にいてくれれば、きっと原因を究明して私を助けてくれると思った。あの次元の空間に長くいれば二人とも持たないとも。地球に落とされるのはわかっていた。だから、お前が助かればと、手を離した。離して、外に。元の場所に、あそこに帰ってくれと。まさか狭間に飲まれるとは思わなかった。手を離さなければよかった。後悔ばかりだ。私の目の前で消えて、地球にいないかとずっと探した。隅々まで探した。お前の気配ばかりをたどっていた。信じたくなかった。それでも見つからなかった。あっちの友人たちは緊急アラームで飛び込んできたと。私が落ちた後からしばらくは地球のプログラムに触ることが出来なかったと、言っていた」
「ああ、光臨プログラムは発動すると内部に私がいる関係上外からのアクセスが出来ないようになっている。神という奇跡を目の当たりにさせ、人々の粛清もしくは救済。あるいは滅亡。なんにせよ、行き詰った人々に対して何かしらの手段を施している最中だから外から触られると不味い。内側からプログラムをいじれるようにしてあるから外から触らないように鍵をかけている。内側からなら開くのだが、私ではないお前が光臨してしまったのでたぶん中からも鍵がかかっていたのではないだろうか。本来なら私が内側から外の鍵をはずすか一定期間で鍵が外れるようにはしている。内で何かあったときのための緊急措置だな。おかげでお前も助かったのだろう」
「そうか。ありがとう。私は結局お前に助けられてばかりだ。すまなかった。あの時、手を離して。お前が助かればと、必死だった。消えていくお前の姿を見てなぜだと」
 頭を下げる。顔をゆがめて泣きそうな顔でやっと会えた友が変質していることにさらに心を痛める。
「生きていてくれて、ありがとう」
「やめろ。生き返らせてもらったときに、私自身は第一レイヤーから第四レイヤーへと次元が上がった。お前よりもより強大な力を持っている。だからもういいんだ。お前が私を殺したことなんて。現に私はこうして生きている。ではなぜお前の作った世界を壊したかというと、私の地球に対しての報復だな。だから私だとわかっただろう。わかるように残したのだから。ここはゼロレイヤー。この宇宙の底にあたる。私たちがいた第一レイヤーの下がここだ。私をよみがえらせた第五レイヤーの奴がここを足がかりにゼロから侵略して第三まで滅ぼすといっていた。私と縁が出来ているお前の世界を壊し、この世界にいる人間すべてを滅ぼし、そしてゼロを侵略する。そのためにここの世界のプログラムをすべて破壊するために私は今ここにいる」
「ならば、なぜ私も引き込んだ」
「たまたまだろう。侵食が完了するまでに時間があった。世界の原型を壊し、ウイルスが完了するまでに。わずかな時間でお前が触れた。だから引き込まれたのだろう。外にでれなくなったがな」
「どういうことだよ!この世界を滅ぼすって!」
「松宮君!」
 天野の言葉にくってかかる松宮の前に腕をだして引き止める。このままでは殴りかかりにいきそうな松宮を光の縄で縛り上げた。
「せんせ!せんせ!離してくださいっ!このクソ野郎!てめぇ、ゆるさねえぞ!」
「ちょっとおとなしくしてて」
「犬のしつけぐらいしっかりしておけよ」
 あきれたように告げる天野にはぁとため息ひとつ。
「それで、私は今自分の世界を修復しようとしている。お前の思い通りにはならないでしょう。何がしたいの」
「何も。私はこの世界を更地にするだけだ」
「いたちごっこにもほどがある。それに本当にお前は私たちより高位次元にいるんだな」
「お前とは違うんだよ。榛名。今この世界の九割は私の手の中にある。こんな世界、第五レイヤーのあいつらからしたら笑ってしまうほどおもちゃのようなものだ」
「天野」
「第一レイヤーは何も変わらないな。お前だけだった。自分たちよりも高位次元があると確信していたのは。ある。第五の上もあるだろう。何層になっているかは私にはわからん。だが、確実に第五よりも上がある。そして、この層すべてを束ねるものがある。宇宙を内包した支配層が。榛名、第五は危険だ。気をつけろあいつらは戦闘種族しかいない。おそらくだが、支配者種族に慣れなかったがゆえに下を崩して、上を崩壊させようと思ってるああああああああああああああああああああ」
 突然絶叫し、頭を抱えて体をよじる。ひざを突いて苦しそうに呻く天野にとっさに近寄ろうとした榛名の目の前に突然それは現れた。

「面白い行動を起こしますね。第三に阻まれてこちらも干渉しづらいのですが、天野、なにをぐだぐだとしているんですか。これがお前のにくい相手でしょう。御託はいいからさっさと殺せ。出来ないのか?ならばこれがお前の対榛名用殺害プログラムということか。ふむ」
「お前は何者だ」
「第五レイヤーのものですが、何か?第一、いやお前。ふむ。ちょっとお前に生きててもらうと困るな。くそ、ちょっと様子を見たいだけだったのだが長居はできん。お前だけは死んでもらう」
 声を上げる暇もなかった。ノイズの走ったそれは歪みながらも天野の体から何かを引き抜く。細長い赤い針にも見えた。それを何のためらいもなく榛名の心臓に打ち込む。防ぐ暇もなにもなかった。何だ、と思っているときにはもう榛名の心臓にそれは到達していたのだから。榛名の体がわずかに揺れて崩れ落ちた。
「えっ」
「天野、さっさとしろ。わかったな」
 崩れ落ちる榛名に何が起こったのかわからない松宮は呆然としている。ノイズは背後にいる天野に告げるとぶつりと消えた。天野もまた、空間に穴を開けると飲み込まれていく。残されたのは崩れ落ちた榛名と、意識を失ったであろう榛名のおかげで光の縄が解けて動けるようになった松宮しかいなかった。
「先生!」
 あわてて駆け寄り、榛名の心臓が動いていることを確認する。
「先生!先生!」
 うっと呻き、うっすらと目を開けた。
「先せひゃあああああああああああああああああああああああああ」
 叫ぶ弟子がうるさいので思わず叩いてからもう一度呻く。体中を焼けるような痛みが走る。上半身を何とか起こし、榛名は左腕をめくって自分の体中を走る赤黒いプログラムが体中を食い荒らすように蝕むのだろう、痛みに奥歯を食いしばる。
「せんせ、左目、左目もやばい。それ見えてるんですか?ってか、どうしよ。先生やばい」
「落ち着きなさい。大丈夫ですから」
「大丈夫そうに見えません」
「対抗ウイルス」
 手を差し出したその手のひらに真っ白な針が出現する。それを心臓に打ち込むと手をついてじっと耐える。
「せっ、せんせ」
「大丈夫です。鎮痛」
 片手を出し、その上にもう一度今度は緑の針を出現させると腹に刺す。するりと消えたそれにしばらく脂汗をかいていた榛名は痛みが薄れるのを感じた。
「松宮君、目、どう」
「だめです。白いところ全部真っ黒。瞳孔真っ赤です。あと動いてるのわかります」
「だよね。目だけ?」
「左側はここですね。失礼します。この眉毛の半分。ちょうど目の半分のところから右側は大丈夫ですが左側は真っ黒というかうごめいてるーやだー。顔半分隠すにしてもハンカチじゃたりないですよね。タオル持ってるんで出します」
「その程度ならいい」
「ええー」
「やることやらないとたぶんもう誰かが来るでしょ」
「あっ、はい」
 腰を上げて砂を払い、榛名は目の前に檻を出現させた。中が見通せないように薄いベールをかぶせてある。ベールを払いのけ、檻を削除すればさらわれた女性達の遺体が広がる。
「絶対に二度とやらない奇跡を、見せる。君はいい加減、私のことをちゃんと認識しなさいよね」
「えっ」
 一人ひとり、並べて寝かせる。むごい死に様をさらしている者が多く、顔をゆがめる。苦痛に恐怖にゆがんだ彼女たちを黙々と一人ずつならべおわると榛名は両手を広げた。
「洗浄、復元、回復」
 汚れていた彼女たちの体が綺麗になる。ほとんど全裸である彼女たちの体には男たちの痕跡が残されていたがそれらはすべてなかった事になった。全員の体を覆う薄い緑の膜が激しい遺体の損傷すら回復させる。切り刻まれたであろう片腕をなくしたその腕でさえ修復が終わり、傷ひとつない裸体がそこにあった。そしてどこからともなく彼女たちの体を鮮やかな色が巻いていく。何がと思えばあっという間に彼女たちの着ていた洋服が元にもどされていく。破れていたものはすべて元通りだ。汚れひとつない洋服を着た彼女たちはただ眠っているようにしか見えない。
「記憶削除」
 彼女たちの頭上にプログラムが現れその中からさらわれた後の記憶が消された。さらわれた事実は消さない。つじつまを合わせられないので荷物のように扱われたものの騒ぎ立てないようにほとんど気絶していた。眠らされていた。時々起きては食事を与えられていた。など不都合がないように改ざんした記憶を植えつけて更新。
「蘇生」
 彼女たちの体を巨大な羽が包み込む。それは先に榛名が掛けていた天使の慈悲。別次元へと一時的非難をさせる際のプログラム保護だが羽が一人ひとりを包み込み、光となって消える。
「うっ、あ」
「ああっ、ここは」
「私は」
 一人ひとり目を覚ます。
「大丈夫ですか?あなたたちを助けに来ました。気分が悪い人とかいますか?」
「ひっ、ああ。えっ」
「盗賊は全部退治しましたよ」
 背後の赤の大階段を見上げた彼女たちは驚いて小さく悲鳴を上げた。予想以上にひどいことになっていて驚いたのだろう。少しおびえて固まる彼女たちに近寄らないようにしながらさて、どうしたものかと思案するが遠くからおぉいと声がかかる。
「榛名先生!」
「ああ。よかった。市長に救出完了したので迎えをよこすように至急」
 バイクがそばで止まった。
「おおかっけぇ」
「ありがとうございます。では、至急そのように。申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください」
 爆風と爆音に市長が至急様子を見るようにと市警団を飛ばしたのだろう。伝令を頼む。と、彼と立ち代りで馬に乗った人が来た。
「近くを通りました商業キャラバン隊のものですが、何かありましたか?」
「盗賊を退治して彼女たちを救っただけです。失礼ですがどのようなキャラバン隊でしょうか。飲み物か食べ物がありましたら売っていただけると」
「なんと、お待ちください。われらがキャラバンは絨毯を取り扱っております。われら商業キャラバンにとっても、ここの盗賊団は脅威でありました。では、術式者先生でございますか?」
「ええ」
「わかりました。敷物と、天幕でしたらお貸しできますので、少々お待ちください」
 バイクと馬を見送り、榛名は女性達に声を掛ける。
「救助がきます。少し待ちなさいね」
 こくこくと頷く彼女たちにやれやれとひとつため息をつく。連れ去られた恐怖というのはなかなか消えない。彼女たちを刺激しないようにしながらキャラバン隊を待った。途中まできていたのかキャラバン隊がすぐに到着した。主人が榛名に喜び、自分たちの売り物ではないが移動用に使っている絨毯を引いて女たちを座らせる。天幕を引き、日差しをさえぎればそこは涼しく、女たちはキャラバンの女たちに世話を焼かれる。暖かいお茶をだされて一口すすった彼女たちの中でやっと落ち着いたのか泣き出すものが出てきた。
「先生、この果物はすれ違った行商隊からいただいたものです。港より王都へと向かうキャラバンでした。先生が盗賊を退治してくださったと告げればこれをぜひと。人質になった女性達によろしいですかな?」
「ええ。是非。少しでも体が満たされれば心も落ち着いていきましょう」
「先生方もどうぞ」
 すこしだけ果物とお茶を貰い、榛名は礼を言う。
「松宮君。ギター」
「はい」
 ギターを渡された榛名は喉に手を触れる。絨毯や天幕を抑えるために下ろされた木箱にこしかけると、爪弾くように優しい音色を奏でた。女たちの心が癒されるようにやわらかく暖かな声が包み込んでいく。キャラバンの主人も彼女たちの世話を焼いていた女たちもその歌声に驚き、そして魅了されたようにやわらかく微笑む。優しい声はいたわるように女たちを慰め、彼女たちは涙を流しながらやっと緊張の糸をほぐすことが出来た。
 救助隊がやってきて、彼女たちを乗せて帰るまで榛名は歌い続けた。それが今自分に出来る精一杯であるというように。
 
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