公爵家次男の巻き込まれ人生

加賀りょう

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第一章 始まり

2話 幼馴染の主君

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雑務を終えれば既に日が落ちはじめていた。そろそろ顔を出しにいかなければならない時間だ。
私的な手紙は机の中にしまい、シアリィルドは部屋を出た。
詰所から王宮へと続く回廊を歩けば、王宮勤めの文官や侍女らとすれ違う。頭を下げるのは彼らであることから身分的に向こうが下なのだろう。シアリィルドから声をかけることはしない。
そのまま後宮の入り口まで行くと、シアリィルドに気がついたのか軍服を着た二人が胸の上に右腕を当てる。騎士礼だ。シアリィルドも同じく礼を取る。通常、身分が上ならば頭を下げるが、ここでは同僚同士。立場だけで言えばシアリィルドの方が上とはいえ、この二人はシアリィルドよりも先輩格。公式でない場合は、必要ないだろう。

「ご苦労、ファルシース隊長」
「そちらもお疲れ様です、アースラ卿。それに、ターナー殿」
「……お疲れ様です」

がっしりとした体格に、その厳格さが滲み出ているのがハインス・フォン・アースラ。代々軍統括を排出している侯爵家出身で、第1師団では団長の参謀的な役割も果たしている人物だ。もう一人は、マイク・ターナー。ハインスと並べば小柄に見えるが、シアリィルドと比べればそうでもない。元々、マイクは平民出身であり第1師団の中では異色な存在だ。スカウトという形で学園に入り、卒業後に軍へと進んだ彼は、王宮でも下に見られることが多かったらしい。今では、その実力が認められているが、新人……特に貴族出身の連中からは見下されており、シアリィルドに対してもあまり良い感情は持っていないようだった。

「これから殿下のところか?」
「はい」
「そうか。親しい間柄なのはわかっているが、あくまでも我らは護衛の立場。きちんと弁えるように」
「……承知しています」
「なら良い」
「では、失礼します」

二人の間を抜け、後宮内へと入る。同じ第1師団でも後宮内に入れる者は限られていた。シアリィルドは王子の護衛隊長として、後宮内の全ての場所への出入りは許されている。だが、ケイオスらは王子が住む部分だけしか許されておらず、ハインスらに至っては後宮に入ることは許されていない。彼らは後宮以外の場所という広い範囲を任されているため、後宮内は管轄外なのだ。師団内でも、そうして分けなければこの広い王宮の警護をするのは難しいということだ。
尤も、後宮は王宮内でも特殊な場所なので、出来るだけ人の出入りを制限したいという思惑もある。
後宮は現国王と王子が住まう場所と王妃や王女ら女性が住まう場所が分けられており、女性たちが住むスペースへは簡単に出入りすることは出来ない。そこの護衛は基本的に師団の中でも女性が担っているので、男性が出入りするのは国王や王子、そしてシアリィルド等の限られた隊長格のみだ。

回廊の共有部分を抜け、王子が住まう宮へ到着する。無論、宮の前には警護兵がいる。シアリィルドの隊の者だ。目が合えば、礼を取ってきた。

「あ、隊長!」
「ご苦労様です。何かありましたか?」
「いえ、特にありませんでした」

毎度お馴染みのやり取りだ。これも報告のひとつである。
扉をノックすれば、中から返答があった。そのまま扉を開けて中へと入る。

「お疲れ様です、隊長」
「……ご苦労様です、ケイオス。皆も」
「「はっ」」

待機中であるのか、数人がそこにいた。ケイオスもその一人だ。揃って騎士礼と共に頭を下げる。
この部屋は王子の宮の玄関口のような場所なので、一番人の往来があるところだった。様子から見るに、ケイオスが指示だしをしていたところのようだ。
顔を上げたところで、ケイオスに視線を向けた。

「ケイオス」
「殿下なら、先ほど戻られました。執務室におられると思います」
「そうですか。では、夜勤以外の者は下がって下さい」
「はい。承知しました」
「「はっ」」

返答を聞くと、シアリィルドは更に奥へ向かうため扉を開く。去り際にケイオスに目配せをしながら、扉を閉めた。その先には回廊が続いており、いくつかの部屋がある。王子の私室や寝室などだ。今向かうべき場所は執務室。通いなれた部屋の前に辰と、ノックをする。
許可する旨が返される。

「失礼します」

扉を開けて中へ入った。

「やぁ、シア。やっときたな」
「……待たせましたか?」
「何だよ、その言い方。また、何か言われたのか?」

気安く話しかけてくるこの人物こそ、ウェルダン王国の王子その人だ。ジークランス・クレメント・フォン・ウェルダン第一王子。王家は長子継承であるため、第二子である彼は王太子ではない。立太子しているのは、姉の第一王女だ。
幼い頃からシアリィルドとは仲が良く、幼馴染として過ごしてきた。学園でも同級生であり、将来的に側近の一人になるよう期待されている。
金髪碧眼という王族の特徴的な容姿を持つジークランスは、父親である国王よりも王妃の母親に良く似ていた。

そのジークランスだが、机の上で頬杖を付きながら、ペンを動かしているということは、仕事に飽きてきたところなのだろう。そこに浮かぶ表情は玩具を見つけた子どものようだった。このままの態度であれば、後でネタにでも使われそうだ。シアリィルドは、呆れるように息を吐いた。

「……立場を弁えろと言われた」
「ふーん、どうせ堅物の副団長辺りだろ?」
「残念ながら、アースラ卿だ」
「あぁ、あいつか。あいつは違う意味でお堅い奴だからな……」

公務以外の社交界でも何度も顔を会わせているのだから、知っていて当然だ。相手の顔を思い出したのか、苦笑をしている相手にシアリィルドも四方と肩を竦める。

「シアリィルド様、どうぞ」
「……あぁ、すまない」
「シアが来たことだし、私も休むとするか」
「そう仰ると思っていました。どうぞ、殿下」

傍に控えていた侍女が来客用のテーブルへ、紅茶を入れてくれていた。カップは二つ。主から言われるまでもなく、準備をする彼女はとても有能な侍女の一人だ。名をカレン・フォーニックという紅髪が良く似合う女性だ。伯爵令嬢だが、ジークランスの乳母の娘であることから、ジークランスにとっては乳姉弟という間柄。幼馴染であるシアリィルドとも長い付き合いだった。

「シア、今日は夜勤か?」
「あぁ。配置は変わらないが、そのつもりだ」
「……朝から会議だったと聞いた。昨日も夜にいただろう?お前、休んでるのか?」
「誰から聞いた?」

世間話をしていると、不意にジークランスが切り出してきた。
シアリィルドの記憶では、予定を伝えていなかったはずだ。護衛に入る時は、ジークランスにもわかるように伝えているが、護衛以外の任務の予定など伝える必要はない。外に出るなら別だが、王都の外に出るわけではないので敢えて教えてはいなかった。
だが、この口ぶりからすると、そうではないようだ。ジークランスは、不満そうに眉を寄せている。

「……お前の副長、ケイオスから聞いた」
「……」
「詰所の執務室に仮眠用の部屋があるんだってな。お前、そこで休んでるんだろ?」

その通りだ。単純に戻るまでの時間が勿体ないので、そうしただけ。執務室には簡易なシャワー室もある。予備の制服もだ。一日二日程度ならば問題はなかった。

「仮にも隊長が何してるんだよ……」
「俺の地位は、実力じゃない。わかってるだろ? ジークの護衛になったことだって、その一つだ」
「シア……」

ジークランス専属の護衛として部隊長になってから、シアリィルドは日が浅い。学園を卒業してから軍に所属したが、それでも一年しか経っていなかった。異例の抜擢と言える。表向きには、ファルシース公爵家というのがあるため、面と向かって何かを言われることはない。
多くの者が公爵家の力でその地位についたのだと理解している。シアリィルド自身もだ。余計な事だと、実家に抗議しにも行ったが、覆ることはなかった。
だから、今はそうするしかないのだ。

「心配するな……お前を守る任務を怠らせはしない」
「シアが倒れたら意味ないだろうが……」
「そんなに柔じゃない」
「ったく……強情な奴だ。だが、食事はちゃんと摂れ。カレン、二人分の準備を頼む」
「かしこまりました。では、伝えてきます」

頭を下げ、カレンが出ていく。この場では、ジークランスの意志が最優先だ。何がどこまで伝わっているのか、少し怖いと思うシアリィルドだった。
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