公爵家次男の巻き込まれ人生

加賀りょう

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第一章 始まり

20話 関係の始まり

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その日の夜。
シアリィルドは自室の部屋で目を覚ました。服も着替えさせられている。どうやら、あのまま戻ってきたらしい。外は既に真っ暗だ。
ベッドからゆっくりと起き上がれば、少し頭が重たく感じて、額に手を当てる。まだ、熱さを持っていた。この様子だと、明日も部屋で休んでいることになるだろう。無理をしたつもりはなかったが、久方ぶりの外出は思っていた以上の疲労を与えていたらしい。

「……はぁ」
「気がついたみたいだね」
「あ……兄上?」

ちょうど部屋へと入ってきたのはマナフィールだ。その手には飲み物がある。

「そろそろ起きる頃かと思ってね。飲むかい?」
「はい……ありがとうございます」

湯気が立ち上るカップを差し出され受け取ると、それは紅茶にミルクを加えたものだった。マナフィールは自身のカップを持ったまま椅子へ座る。

「それで、気分はどうかな? その様子だと、あまり熱は下がっていないみたいだね」
「……そう、ですね。兄上、ご面倒をおかけしました」
「構わないよ。私はその為に付き添ったのだから」

想定済みだと言われてしまえば、シアリィルドにはそれ以上何も言えない。
カップの紅茶を口に含めば、程よい甘さが口に広がった。普段ならば決して飲まない飲み方だが、起き抜けの状態の今は美味しく感じる。半分ほど飲んだところで、ベッドの横にあるテーブルへとカップを置いた。

「夕食は食べれなさそうかい?」
「はい……後で軽食をもらいます」
「そうだね。そうするといい。あぁ、忘れないうちに渡しておこう。これを預かったよ」
「えっ?」

懐から出してきたのは、手紙だった。淡いピンク色の封筒。それだけで、差出人が誰かわかる。マナフィールから受け取れば、そこには思った通りの人物の名が書かれていた。ルリア・フォン・フォーニックだ。

「可愛らしい字だね。お前に、手紙を交わすような相手がいることに驚いたよ」
「……何度も言いますが、彼女とはそういう関係ではありません」
「そうなのかい? 随分と綺麗な子だよね。フォーニック伯爵家ならば、家柄も悪くない」

今、シアリィルドには婚約者がいない。年齢的にはいてもおかしくないのだが、婚約者という存在が居たことさえなかった。そういう話が全くない訳ではないが、父のルトギアスが認めたことはない。その理由は、シアリィルドの出自に関係していた。

「兄上」
「ふっ、まぁいいさ。それでも文を交わしているのなら情はあるのだろう?」
「……」
「おやおや……それで、どういう関係だい?」

からかいの手を漸く止めると、真面目な顔付きに変わる。何か事情があることは理解しているようだ。
仕方ないと、シアリィルドも口を開く。

「ルリア嬢は……男性恐怖症なのです。兄上なら知っていると思いますが……今年の学院で起きた卒業パーティーのことを」
「卒業パーティー? 確か、騒ぎになったのは聞いているよ。当事者は侯爵家の次男坊だね」
「はい」

シアリィルドは、カレンより話を聞いた。
学院で侯爵家の次男は、婚約者がいる身でありながらも、平民の少女に付きまとい恋人になったらしい。周囲の生徒も注意をしたが、それでも止める気配はなく卒業まで関係は続いた。最終的には、パーティーの席で生徒全員の前で婚約の破棄を明言し、その少女と婚約するとまで言い出す始末。
結果として、醜聞になるのを避けるため侯爵家は、婚約者の家に事情を話し、婚約は白紙となった。その婚約者だったのが、ルリアだったのだ。
それ以来、男性に対しては何も信じることができなくなり、引きこもってしまったのだが、カレンの勧めで侍女として王妃殿下の元で働くことになったのだという。

「なるほど……あの時、妙に表情が堅いと思ったけれど、私を警戒していたということか」
「そうだと思います」
「お前は平気なのかい?」
「……そうみたいです」
「最初から?」
「はい」

ジークランスの乳姉弟であるカレンの妹ではあるが、ルリア自身はそれほどジークランスと関りは持っていなかった。勿論、幼少期からジークランスの傍にいたシアリィルドも顔を知っている程度でしかない。
ルリアはシアリィルドの一つ下。学院でも挨拶を交わす程度はしていた。それが、こうして手紙のやり取りをするようになったのには理由がある。

「ルリア嬢に会ったのは、城内でした。そこで、男女に一方的に暴言を吐かれている彼女を見かけました」
「それは……確かに捨て置けない事実だ」
「はい」

シアリィルドはその時のことを思い出した。今思い出しても、腹立たしい。


****************

ルリアのことを聞かされてから数日後のことだ。
ジークランスやカレンよりも城内を行き来するシアリィルドの方が、気を付けてやれることは多いだろうと、ルリアを見かける度に様子を気にしていた。王妃付き侍女という立場にあるため、後宮を出ることはそう多くはない。たまたま、それに遭遇してしまったのは運が悪いとしか言いようがなかった。
男は公爵子息としてのパーティーで見かけたことのある例の侯爵家次男だった。ならば、共にいる相手もおのずとわかる。
女性に対し、一方的すぎる行為はたとえ知り合いでなくとも、不快な状況だった。城内で、人目が少ないわけでもない回廊で行われていることも、シアリィルドの機嫌を降下させる要因だっただろう。
シアリィルドは直ぐにルリアの元へ行くと、その肩を抱き寄せるようにして男から隠した。

『えっ』
『は?』
『そこまでにしてもらおうか』

突然の登場にルリアは勿論、相手も困惑していた。邪魔が入るなどと考えてもいなかったのだろう。シアリィルドは相手をじっと見据える。抱き寄せた方が小刻みに震えているのを感じて、その手に力を籠めた。安心するようにと。

『ここがどこか貴殿は理解しているか? 女性を貶めるような発言は控えた方がいい』
『なっ……ぼ、僕はっ、いや……いえ、私はその女が』

軍服を着てはいるが、シアリィルドだということがわかったのだろう。男は目に見えて狼狽している。必死に言い募ろうと、理由を探している様子は滑稽だった。逆にしたたかだったのは少女の方だ。

『ルリア様が私を問い詰めてきたのです! バーグ様の傍には相応しくないと。学院でもモノを隠されたり、仲間はずれにしたりして、私……わたし……』

縋るように目に涙を溜めてシアリィルドに訴えかけてくる少女。まっすぐに流したような黒髪に小さな身体は、とても弱々しく見える。庇護欲をそそられるというのだろうか。だが、この場で恋人であるはずの男ではなく、シアリィルドに近づこうとしているようにも見えた。両手を組んで上目遣いに見てくる姿は、シアリィルドにとって決して好ましいものではない。

『貴殿は、グランドール侯爵家だったな。今回の騒ぎ、申しつけをさせてもらう』
『なっ! シアリィルド様、私はただ』
『ただなんだ? これ以上、ここで醜態を見せる前に失せろ……』
『待ってください!! シアリィルド様っ』
『お前に、その名を呼ぶことを許した覚えはない』

二人にそう吐き捨てると、ルリアを抱き寄せながらその場を去った。そのまま城内にある客室へとルリアと共に入った。城内には、こうした客室が多くある。人も出払っているため、今のルリアには都合がいいだろう。
ルリアをソファーに座らせると、傍に人がいないことを確認し、鍵を閉めた。そうして、ルリアの隣に少し距離を取って座る。

『……悪かった、突然』
『……』

開口一番に伝えたのは、謝罪だ。急を要する事態とはいえ、勝手に未婚の女性触れるのはいいことではない。ましてや、ルリアは男性が苦手なのだ。殴られても仕方ないことをしたと思っていたが、ルリアは黙って首を横に振っただけだった。

『……カレンから、事情は聞いている。もっと早く助けられたなら良かったんだが……大丈夫か?』
『……はい。その……ありが、とうございました、公子様』
『いや……』
『……』
『……』

黙って下を見ているルリア。怖かったのだろう。膝の上に置かれた手は固く握られ震えていた。何と声をかけていいのかわからず、シアリィルドは黙っていることしかできなかった。
どれくらいそうしていたのだろう。ふと、ルリアが顔を上げてシアリィルドを見てきた。

『ルリア嬢?』
『……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ですが……その……ご迷惑でなければ、その、お手を』
『手? 俺の?』
『その……お手に触れても、いいでしょうか?』
『? 別に構わない』

ルリアの意図することがわからなかったが、シアリィルドはそっと手を差し出した。すると、恐る恐るといった風にルリアが触れてくる。その時、ルリアの目が見開いた。驚いているようだ。ますます意味がわからなかった。

『俺の手がどうかしたのか?』
『……触れられるんです』
『え?』
『……私……父様でも、ダメだったのに……公子様には触れられるんです。さっきも、びっくりしましたが……怖く、なかったんです』

理由はわからないが男性の傍にいるだけで、嫌悪感から吐きそうになるのだという。先ほども、暴言に傷ついたというよりは、吐き気を必死で堪えていたというのだ。実の父親でさえ受け付けなかっただけに、赤の他人であるシアリィルドが平気なのは不思議で仕方ないらしい。
可能性としてありそうなのは、荒療治だろう。傍にいるだけでダメだったが、突然抱き寄せられたことによって耐性が付いたのではないかと。

『……そう、でしょうか』

この時点では何とも言えない。だが、この後ルリアを後宮へ送り届けると、他の男性では変わらず嫌悪感を抱いてしまいダメだったらしい。

***************

「シアリィルド?」
「……!?」

あの時のことを思い出して、少し意識を飛ばしてしまっていたようだ。心配そうなマナフィールに、シアリィルドは何でもないと首を横に振った。

「彼女とは、それ以来手紙のやり取りをしているだけです。少しでも、手助けになれればいいと思いまして」
「ふーん……」
「何ですか?」
「王妃殿下からの薦め?」
「……まぁ、そうですが?」
「はぁ……まぁ自覚していないならいいよ」
「?」

この時のマナフィールが何を考えていたのか。シアリィルドが知ることになるのは、もう少し先の話だ。
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