公爵家次男の巻き込まれ人生

加賀りょう

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第二章 変動

22話 母と

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座っていた女性は、立ち上がりそのまままっすぐに手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりと距離を縮めた。だが、半分ほどの距離を進んだところでバランスを崩す。

「あ……」
「母上っ!」

シアリィルドは、咄嗟に己に魔法をかけて地面に落ちる前にその体を受け止めた。間に合ったことに安堵して身体を離そうとすると、逆に抱きしめられてしまう。

「え」
「シアっ! シア、なのね……あぁ、よく無事で。ルトやサレから聞いた時は、もうだめかと……シアっ!」
「……」

頭を抱えられ、身動きは取れない。だが、それだけ不安にさせてしまったことは事実だ。肩口がその涙に濡らされていく。己よりも細いその身体を、シアリィルドはもう一度抱きしめた。

「俺です。母上、俺はちゃんと、ここにいます」
「シア……あぁ、顔を見せて……大きくなったわね。本当に……お帰りなさい、シアリィルド」
「……はい。只今、戻りました」

身体を離し、シアリィルドの頬に両手を添えて微笑むその眼から涙が流れていた。その名をクレーネ・ヴァル・ディルケイド・ファルシースという。シアリィルドの母であり、ファルシース公爵家の正妻という立場をもつ女性だ。
こうして顔を合わせたのは、4年振り。手紙のやり取りはあったものの、領地から出ることのないクレーネは、シアリィルドが出向く以外に会うことは出来なかった。
記憶の姿よりも痩せて見えるクレーネをシアリィルドは抱きかかえ立ち上がる。先ほどまで座っていたソファーへと下ろした。

「ありがとう、シア」
「いえ」
「うふふ。まさか、シアが帰ってきてくれるだなんて……ルトが嬉しい報告を持ってくると言っていたけれど、このことだったのね」

ケラケラと笑うクレーネ。ルトギアスのことを愛称で呼ぶのは、クレーネだけだ。あまり耳にしない呼び方であるからか、厳格な普段の姿からは想像できない。

「レスティ、貴女もありがとう。いつも助かっているわ」
「いいえ。私ができることはさせていただきますから、お気になさらないでください。シアリィルド様も、どうかごゆっくりお休みくださいね。邸内の者には通達しておきます。シアリィルド様のお部屋も準備してありますから」
「ありがとう」
「……ありがとうございます」
「ふふ。それでは、私は失礼しますね」

母子の邪魔をすると思ったのか、レスティは一礼してサンルームを出て行った。
二人きりとなった空間は、静まり返る。時折泣く鳥のさえずりが、やけに響いた。シアリィルドは、サンルームを見渡す。室内からでも広い庭園を見渡せるように設計されたこの場所は、クレーネのためのものなのだろう。日差しが届くようにと天井も半分はガラスでできていた。これもクレーネが過ごしやすいように考えたのだろう。第二邸は、クレーネのための邸なのだから。

「うふふ、こうしてシアと二人だけでいるだなんて、いつぶりかしらね……夢みたいだわ」
「……本当に、心配をかけました」
「そうよ……報告を聞いて、貴方が戻らないなら私もこのまま死んでも構わないとも思ったの」
「母上っ」

嘘でも言ってはならないことだ。だが、シアリィルドの窘める声にもクレーネはただ悲しそうな笑みを浮かべるだけだった。

「わかっているわ。でもね……母親にとって、息子がいなくなるという事実は、それくらい耐えられないものなのよ」
「母上……」
「納得していたの。貴方が、やりたいというのならそれを叶えるのが私の役目だと。でも……」

クレーネはそっと立ち上がり、庭の方へと歩いていく。ガラスの壁に手を添えて、俯いてしまった。何を考えているのかと、シアリィルドが近づこうとしたところで、クレーネがこちらを向く。

「今日は、こちらで休むのでしょう?なら、一緒に食事ができるわね。貴方の侍女はこちらの呼んだらいいわ。今日はごちそうにしましょう」
「……母上、一体?」
「着いたばかりで疲れたでしょう? 話はいつでもできるのだもの。また後で、ね」

傍に合った呼び鈴を鳴らすクレーネ。すると、直ぐに侍女らがやってきた。いつでも駆けつけられるように、近くに控えているのだろう。

「奥様、お呼びですか?」
「シア、紹介するわね。サリアーヌ・ロイ、そしてアン・ヘンリエットよ。私の専属をしてもらっているの」

ボブの黒髪をしているのがサリアーヌで、少し目が吊り上がっている赤髪がアンという名前だという。二人とも見覚えはない。年齢は、シアリィルドよりも少し上といったところだろう。

「サリアーヌ、アン。この子が私の息子、シアリィルドよ。どうかよろしくお願いね」
「え……この、お方がですか?」
「確かに、よく似ておいでですが」
「似ているのは髪と目の色だけよ。この子は……どちらかといえばお父様に似ているから……」

小さな声で呟いた言葉は、二人には届かなかったが傍にいたシアリィルドには聞こえていた。クレーネがいうお父様とは、ルトギアスではなくクレーネの父のことだろう。容姿はルトギアスには似ていないのだから。
聞こえていない二人は、色合いが共通していることに納得したようで、居住まいをただしてシアリィルドへと向き直った。

「サリアーヌ・ロイと申します。どうかよろしくお願い致します」
「アン・ヘンリエットでございます。お願い致します」
「……シアリィルド・ヴァル・フォン・ファルシースだ。よろしく頼む」
「「はい」」

他にも紹介したい人がいるということで、クレーネは用意された車椅子へと座った。アンに押されて移動していく。シアリィルドはその様子を足を止めて眺めていた。
クレーネは身体が弱っており、移動は基本的に車椅子を使用している。歩くことは控えるようにと主治医から強く言われていることは、シアリィルド聞いていた。それなのに、クレーネは歩いてシアリィルドへ駆け寄ろうとしたのだ。母の気持ちを嬉しく思うと同時に、そこまで弱ってしまっているクレーネの状態を改めて受け止めなければならなかった。

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