ネット民、異世界を行く

灰猫ベル

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第一戦 鉄球と少女

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 一騎討ちで決着をつけることで両軍は合意した。

 オーダーは以下のようになった。

  一戦目: サーシャ 対 キリーク
  二戦目: ベリアル 対 マァル
  三戦目: ソウコウ 対 セーヤ


 戦闘力に劣る俺は予備となった。
 自分の無力が悔しいと思う一方で、正直ホッとした。


 サーシャとキリークの戦いが始まる。
 サーシャは専用機に乗り込み、キリークに対峙した。

「あたしに勝てないのはもう判ってるだろう? さぁおいで、今度こそ擦り殺してあげようね」

 サーシャの全身が光の粒を撒き散らす。
 身体強化魔法の放つ光が対魔法コーティングで分解するときに初する光の粒だ。


 肉眼で捕捉できる限界のスピードでサーシャはキリークに切りかかる。

 そのスピードから繰り出される斬撃はおよそ人間離れしている。
 しかし、敵は平然としている。

「お嬢ちゃん、そんな攻撃じゃぁ打つだけ無駄ってもんだよ」
 キリークの下品な声が耳障りだ。


 サーシャが高く空に飛び上がった。
 魔改造によって得た魔族の力と強化魔法、そしてマシンの力が織り成す脅威的な脚力。
 太陽を背にまっ逆さまに落下したサーシャは渾身の一撃を敵の脳天に見舞った。


 やはりキリークにダメージは与えられない。

「ほら、お前さんの大好きな鉄球だよ」

 無数の鉄球がサーシャを襲う。装甲が激しい金属音を響かせる。


 サーシャはキリークを中心にまるで円を描くように高速で立ち回る。
 激しく斬りつける双剣は普通の兵ならばひとたまりもないはずだ。

 しかし相手が悪かった。
 真球に近いほどに分厚いキリークの鎧は剣を通さない。

 キリークはその鎧のため動くことはできないだろう。
 しかし動く必要はない。
 なぜなら彼は無数の鉄球を自由に扱えるからだ。

 鉄球がサーシャの装甲を蝕む。
 繰り返される打撃は彼女の体力を確実に奪い、やがて死に至らしめるだろう。

 しかしサーシャは無言でキリークを斬りつけ続ける。
 激しい足さばきに砂埃が舞い、時折視界が遮られる。



「いくら斬ったところで効かないのは判っていると思ったんだがね。案外バカなんだねぇ」

 半刻ほど経っただろうか、サーシャの動きが鈍くなり、やがて足が止まった。


「そろそろお仕舞いだよ」

 鉄球がキリークの脳天に繋がり十数メートルの鎖のような形状となった。

「潰れてしまいな!」

 鉄球の鞭が振り下ろされる。
 もはやサーシャに動く力は残ってない。

 薄くなった装甲はもはや防御の役にはたたず、叩きつけられた鞭はサーシャを潰す。


 スクラップのような音が響く。
 砂埃が風に流れた。



 そこにはアルファベットのMの字のような変わり果てた姿をさらすサーシャがいた。


「サーシャ!!」
 俺はサーシャに駆け寄った。まだ今なら助かるかもしれない。

 しかし、
 ひしゃげて一抱えほどの大きさに潰れたコックピットは開くことができなかった。


「サーシャ!サーシャ!!」
 身体中の血の気が引く。
 サーシャが死んだ。
 死んでしまった。

 キリークが笑う。

「笑うな! 笑うんじゃない!」

 俺はキリクを睨み付けた。
 と、同時に俺は気づいた。










 地面に、キリークを中心とした魔方陣が描かれている。



 突然キリークの足元から炎が吹き出した。

「なんだい!?この炎は!?」

 キリークは炎から逃れようと護符を取り出す。が、業火で護符は灰となる。
 逃げようにも重厚な鎧のせいで自力では動けない。

「ちょっと待っておくれよ、なんだねこれはっ!?」

 焦るキリークの声が炎の中から聞こえる。

 炎は更に威力を増し、渦を巻く。
 巨大な炎の竜巻が荒野に生まれた。

 目の前で起こる現象を俺は呆然と見ていた。



 炎はやがて収まった。
 鉄球はもう動かない。敵は鎧の中で意識を失ったのだ。




「......ほぉ、上にいたのか」
 ベリアルが上を見上げて呟く。

 同じ方向を見ると空に翼の生えた人影が見える。
 それはゆっくりと降りてきた。

 サーシャだ。

 黒い羽は魔改造によって手に入れた悪魔の羽だろうが、俺にはそれが天使の羽のように気高いものに見えた。


「じゃぁ......さっき潰れたのは?」


「組成魔法で作った操り人形です」

 サーシャは敵を仕留めたことを確認すると微笑みながらその場に崩れた。

「大丈夫か」
 俺の問いにサーシャが答える。

「魔力を使いすぎましたね......少し眠るから、どうかこのまま......」

 そう言うとサーシャは俺の腕のなかで眠りについた。


 まずは一勝、俺達は勝ちを手に入れた。
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