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第二章:オッサンは起業する
9.覆水不返(ふくすいふへん)
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人力車へクプルを乗せ、ご機嫌で『宿屋』へと激走してきたエンタクは、玄関の先に見える墓地で墓参りしている女を見つけた。その姿に見覚えがあったため思わず声をかける。
「おーい、そこの女! オメエもしかしてハイヤーンじゃねえのか? まさかオレの墓参りに来てくれたなんて嬉しいこと言ってくれちまうのかい?」すると女は振り向いて口をあんぐり開けながらおろおろと近寄ってきた。
「エンタク! アンタ生きてたんだね! 良かった、本当に良かったよ。死んだって噂を聞いてようやく駆け付けたら本当に墓まであってさ。アタイ泣いちゃったったもん」
「ホントか!? まさかオメエはオレにホレてるんじゃねえだろうな? まあ美人に好かれるってのは悪い気分じゃねえが、さすがに年が離れすぎてるからなあ」
「相変わらず自信過剰で能天気だねえ。ホレたハレたで言うなら、アタイはアンタのマッピングにホレてるんだよ。でも生きてたなら好都合だよ。エンタクさ、パーティーに戻って来ておくれよ」
「なんだよガッカリさせやがって。だいたい戻るわけねえだろ。それに戻れるわけもねえ。シェルドンのあの様子じゃ関係修復はちと無理だろうなあ。気のすむまで殴らせてくれるって言われても悩んだ末に断ると思うぜ?」
「アレはシェルドンが悪かったよ。でもあの子はきっと謝りになんて来ないだろうからさ。アタイが代わりに謝るから戻っておいでよ。ここ最近の旅はホント最悪なんさ。とにかくどこへ行ってもうろうろと迷ってばっかりでまともに探索できてないんだもん。終いにゃ『回廊の迷王』なんて陰口叩かれる始末さ」
「ガッハハハッ、シェルドンの野郎ざまぁねえな! それにしても迷王とは旨いこと言うやつがいたもんだ。ま、これでオメエもどうやらオレの働きぶりに気付いただろうよ。だけどマジで今さら言われても無理なんだよ。今晩から仕事が入ってて村を離れられねえんだからな。」
遠路はるばるやってきたハイヤーンだったが、勝手に押しかけて勝手に落胆していた。きっと自分が声をかければ戻ってくると考えていたのだ。さらにはエンタクによる追撃の言葉が彼女を襲う。
「それにこの村は案外居心地良くて気に入ってんだ。良い奴ばっかだしな。あんなシェルドン見限って、ハイヤーンもここに住めばいいじゃねえか。ランクなんて気にならなくなっちまうぞ?」
「アンタと違ってアタイはSSSSランクだからそう簡単じゃないんだよ。ギルドにも城にも縛られてるようなもんだしさ。んで今は王族からの依頼を二度失敗して後が無いってとこ」
「そりゃ確かに大変そうだ、せいぜい頑張ってくれよ。移住してくるならいつでも面倒見てやるからよ。男所帯でむさ苦しいと思ってたとこだからちょうどいいぜ」
「バカ言ってんじゃないわよ。誰がアンタのとこへなんて行くもんか。来てくれないならもういいわ、エンタクのケチ! サヨナラッ!」
せっかく来たハイヤーンは怒って帰って行ってしまった。エンタクにしてみればなんの未練もない『回廊の冥王』がどうなろうと知ったことではないが、シェルドン以外は気のいいヤツラだったので、大変な思いをしていると聞けば気にはなる。
『おいオッサン、あんな上玉の言うこと聞かなくて良かったのか? オレサマならあのまんまるに埋もれたいからついて行っちゃうけどな』クプルの発言は、小さくて可愛らしい妖精とは思いたくない下品さである。
「オマエさんはホントに色ボケと言うか女好きというか…… オマエを気に入ってる女もいるじゃねえか。今晩もきっと待ってるぞ?」
『ふっざけんな! 酒場のハイナなんてもうシワシワの婆じゃないか。オレサマはもっとはじけるようなみずみずしいのが好きなんだよ!』
「んじゃまそれが味わえるようにまずはきっちり働くとするか。ちゃんと働いてくれよな? オマエさんの魔法があれば効率はドドっと良くなるんだからな」
『そんなことわかってるが――』
「砂糖粒ならたっぷりくれてやるさ。歯が抜け落ちて爺様に見えるくらいまでたらふく喰わせてやるさ。だがその前にちとやることがありそうだな」
そう言ったか言わない家のうちに、エンタクは人力車へ体を回して走り出す。その肩に乗ったままのクプルはなにか言いたそうにしているが、今は黙っていてやろうとニヤニヤしていた。
「おーい、ハイヤーン! ちょっと乗っていけよ。どこまで行くつもりか知らんが少しくらい話をしようじゃねえか」
「なんだよオッサン、アタイに用は無いはずだろ? さっきはあれだけ忙しいって言ってたんだから、こんな馬鹿な女に構ってないでどっか行っちゃえよ。いいから構うなって言ってんだ!」ハイヤーンの目元には涙の跡が残っているように見える。
「そう意地を張るなって。この荷車、いや人力車はな? 今日開業するタクシイって商売の乗り物でまだ誰も乗せちゃいねえんだ。オマエさんを一番目の客にしてやろうと思って追いかけてきたんだぜ? パーティーへ戻るのはマジで無理だが、なんでそこまで必死なのか話してくれねえかい?」
エンタクは本当に心配していることを伝えたくて誠心誠意のつもりでハイヤーンへ声をかけた。どうやらそれは彼女へちゃんと届いたらしく、脚を止めて人力車へと乗り込んでくれた。
ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-
ふくすいふへん【覆水不返】
こぼれた水はもとに戻らない意から、いったん離婚した夫婦はもとには戻らないことのたとえ。また一度犯した過ちは、なかったことにはならないたとえ。
「おーい、そこの女! オメエもしかしてハイヤーンじゃねえのか? まさかオレの墓参りに来てくれたなんて嬉しいこと言ってくれちまうのかい?」すると女は振り向いて口をあんぐり開けながらおろおろと近寄ってきた。
「エンタク! アンタ生きてたんだね! 良かった、本当に良かったよ。死んだって噂を聞いてようやく駆け付けたら本当に墓まであってさ。アタイ泣いちゃったったもん」
「ホントか!? まさかオメエはオレにホレてるんじゃねえだろうな? まあ美人に好かれるってのは悪い気分じゃねえが、さすがに年が離れすぎてるからなあ」
「相変わらず自信過剰で能天気だねえ。ホレたハレたで言うなら、アタイはアンタのマッピングにホレてるんだよ。でも生きてたなら好都合だよ。エンタクさ、パーティーに戻って来ておくれよ」
「なんだよガッカリさせやがって。だいたい戻るわけねえだろ。それに戻れるわけもねえ。シェルドンのあの様子じゃ関係修復はちと無理だろうなあ。気のすむまで殴らせてくれるって言われても悩んだ末に断ると思うぜ?」
「アレはシェルドンが悪かったよ。でもあの子はきっと謝りになんて来ないだろうからさ。アタイが代わりに謝るから戻っておいでよ。ここ最近の旅はホント最悪なんさ。とにかくどこへ行ってもうろうろと迷ってばっかりでまともに探索できてないんだもん。終いにゃ『回廊の迷王』なんて陰口叩かれる始末さ」
「ガッハハハッ、シェルドンの野郎ざまぁねえな! それにしても迷王とは旨いこと言うやつがいたもんだ。ま、これでオメエもどうやらオレの働きぶりに気付いただろうよ。だけどマジで今さら言われても無理なんだよ。今晩から仕事が入ってて村を離れられねえんだからな。」
遠路はるばるやってきたハイヤーンだったが、勝手に押しかけて勝手に落胆していた。きっと自分が声をかければ戻ってくると考えていたのだ。さらにはエンタクによる追撃の言葉が彼女を襲う。
「それにこの村は案外居心地良くて気に入ってんだ。良い奴ばっかだしな。あんなシェルドン見限って、ハイヤーンもここに住めばいいじゃねえか。ランクなんて気にならなくなっちまうぞ?」
「アンタと違ってアタイはSSSSランクだからそう簡単じゃないんだよ。ギルドにも城にも縛られてるようなもんだしさ。んで今は王族からの依頼を二度失敗して後が無いってとこ」
「そりゃ確かに大変そうだ、せいぜい頑張ってくれよ。移住してくるならいつでも面倒見てやるからよ。男所帯でむさ苦しいと思ってたとこだからちょうどいいぜ」
「バカ言ってんじゃないわよ。誰がアンタのとこへなんて行くもんか。来てくれないならもういいわ、エンタクのケチ! サヨナラッ!」
せっかく来たハイヤーンは怒って帰って行ってしまった。エンタクにしてみればなんの未練もない『回廊の冥王』がどうなろうと知ったことではないが、シェルドン以外は気のいいヤツラだったので、大変な思いをしていると聞けば気にはなる。
『おいオッサン、あんな上玉の言うこと聞かなくて良かったのか? オレサマならあのまんまるに埋もれたいからついて行っちゃうけどな』クプルの発言は、小さくて可愛らしい妖精とは思いたくない下品さである。
「オマエさんはホントに色ボケと言うか女好きというか…… オマエを気に入ってる女もいるじゃねえか。今晩もきっと待ってるぞ?」
『ふっざけんな! 酒場のハイナなんてもうシワシワの婆じゃないか。オレサマはもっとはじけるようなみずみずしいのが好きなんだよ!』
「んじゃまそれが味わえるようにまずはきっちり働くとするか。ちゃんと働いてくれよな? オマエさんの魔法があれば効率はドドっと良くなるんだからな」
『そんなことわかってるが――』
「砂糖粒ならたっぷりくれてやるさ。歯が抜け落ちて爺様に見えるくらいまでたらふく喰わせてやるさ。だがその前にちとやることがありそうだな」
そう言ったか言わない家のうちに、エンタクは人力車へ体を回して走り出す。その肩に乗ったままのクプルはなにか言いたそうにしているが、今は黙っていてやろうとニヤニヤしていた。
「おーい、ハイヤーン! ちょっと乗っていけよ。どこまで行くつもりか知らんが少しくらい話をしようじゃねえか」
「なんだよオッサン、アタイに用は無いはずだろ? さっきはあれだけ忙しいって言ってたんだから、こんな馬鹿な女に構ってないでどっか行っちゃえよ。いいから構うなって言ってんだ!」ハイヤーンの目元には涙の跡が残っているように見える。
「そう意地を張るなって。この荷車、いや人力車はな? 今日開業するタクシイって商売の乗り物でまだ誰も乗せちゃいねえんだ。オマエさんを一番目の客にしてやろうと思って追いかけてきたんだぜ? パーティーへ戻るのはマジで無理だが、なんでそこまで必死なのか話してくれねえかい?」
エンタクは本当に心配していることを伝えたくて誠心誠意のつもりでハイヤーンへ声をかけた。どうやらそれは彼女へちゃんと届いたらしく、脚を止めて人力車へと乗り込んでくれた。
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