荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)

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第四章:夏の終わり

48.次の時まで

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 ほっぺたはヒリヒリと痛いし、健二と涼太にはまたもやバカにされるしで散々な道のりだった。しかもこの直後、ミクとの別れが待っている。

 それにしてもどこでどう地雷を踏むかわからないものだ。自分に正直なだけでは平和に生きて行くことは難しい。そのことを実体験を以って証明したようなものだ。

 だが今は正直に内心をさらけ出してしまいたい。

「ミク…… やっぱり寂しいよ。どうにもできないことはわかってるんだけど、それでも笑ってサヨナラ出来る気がしないんだ」僕は友達がいる前なのに情けない声を出して弱音を吐いてしまった。

「私も寂しいのよ? でも仕方ないのはわかるでしょ? 次はきっと冬休みになるかしらね。パパがお正月に親孝行したくなるように洗脳しておくわ。だからその時まで浮気しないで待っててね」

「浮気!? 僕がそんな浮ついた人間に見えるのかい? まさかそんなことあるわけないじゃないか」

「こよみの気持ちはわかってるし信じてるよ? でもねえ……」ミクはそう言いながら櫻子へ目をやった。

「なによ、その人を疑うような視線はさあ。もちろん強引に変なことなんてはしないよ? でもレキが私を好きになっちゃったら仕方ないじゃない? 今はそんなそぶりなくてムカつくけど!」結局見送りについて来た櫻子は、最後までミクにケンカを売っている。

「まあできるもんならってとこね。万一そんなことになったら絶対に奪い返すんだからね。でも櫻子とケンカ出来てある意味良かったわ。私にもまだまだそんなパワーがあるんだってわかったもん」

「なにそれ、泥棒猫の考えはホントわからないわね。でも私も久しぶりに誰かと本気でぶつかったからちょっとだけ楽しかったかな。いい子ばかりに囲まれてると自分の性格の悪さに自己嫌悪しちゃうからね」

「それってもしかして遠回しに私も性格が悪いって言ってるの? ひどい扱いじゃない? ねえこよみ、慰めてほしいよ」

 そう言いながら車内からこちらへ手を伸ばしてくるミク。それに応えるべく僕はその手を握りしめたのだが、すでに半泣きである。もちろん僕が、だが。

「車でどれくらいかかるのか知らないけど、帰ったら連絡するんだよ? ちゃんと無事に帰りついたって確認しないと心配だからさ」

「もう、大げさなんだから。パパが運転するんだから平気だってば。無事故無違反のゴールド免許なんだからね? それよりもこよみはちゃんと宿題終らせるのよ? まだ少しだけ残ってたでしょ。自由研究もあったわね」

「うん、ミクに恥じない男になってちゃんと隣を歩けるようになるさ」そうやってミクと話をしているといつまでたっても出発できないどころか、二人の距離はどんどん近くなっていく。

「んっん、んんっ、ミク、そろそろ出発していいかな? 田口君もそろそろ離れてくれないと危ないからね」親父さんがくっつきすぎだと言わんばかりに出発すると言ってきた。

「あ、すいません、遠くまでお疲れ様です。道中お気をつけてお帰り下さい。また冬休みにお待ちしてます!」

「それはうちのやつ次第だからねえ。当然ミクは来たいだろうが、僕の一存では決められないことは本人が一番よくわかっているよ」そう言えば教育委員会で働いてる母親がいるんだったと思いだした。

 大人ならここで別れのキスをするのだろうが、さすがに親も友達もいる前では無理がある。その代わりに僕が車から離れる瞬間にミクが少しだけ口をとがらせた。でもそれはただキスの真似をしたというより煽情せんじょうされたに等しくかえって寂しさが増してしまう。

 しかもその瞬間を目ざとい櫻子に見られており、後ろから背中をはたかれ本日三度目の痛い思いである。なんでこう暴力的なんだと思いつつも、原因は僕にあるとすでにわかっているので黙っているしかない。

 それにミクも悪びれることなく、僕の後ろにいる櫻子へ向かって舌をベーっと出して挑発するのだから始末が悪い。もしこの気の合う・・・・二人がずっと一緒にいたなら僕のほっぺは年がら年中はれあがるだろう。

 だとしてもこの場にミクが留まってくれた方が何百倍もうれしいが、ミクにも親たちにも地元での生活があるし、そこに都合や思惑もあるはずだ。とくに母親の意向は絶対っぽい雰囲気もあるのでとても無茶は言えない。

 そんな子供のわがままを聞き入れる余地もなく、車は動き出す。

「ミク! 絶対に手紙書くから! 電話もするし冬休みには僕が行ってもいいんだからさ! だから――」

「うん! 帰ったら電話するし手紙も書くよ! 写真も送るからね! 絶対また会えるよね!? だからバイバイじゃなくてまたね!」

 走り去っていく車に向かって叫び続けても、すでに声が届かないところまで遠のいてしまっている。最後にミクが言った一言は僕の心に突き刺さって残っていた。

「バイバイじゃなくてまたね、だってさ。やっぱミクはいいこと言うよなあ」僕は本心でそう感じていたから言ったまでなのだが、全員が同じ意見では無かったらしい。

「バッカじゃないの、だから見送りになんて来たくなかったんだよね。あばたもえくぼを通り越してイカレポンチのコンコンチキだよまったく」櫻子がなにを言いたいのかよくわからないが、明らかに僕を馬鹿にしたいんだろうし悔しそうなのはわかった。

「まあいいんじゃねえの? しばらくは会えないだろうからな。この夏はあんなに一緒に遊んでたんだから、どっちも寂しいんだってことはわかるよ。オレだって今すぐ美咲に会いに行きたいくらいだからな」一見いいことを言ったようだったが、結局健二のやつはノロケが言いたかっただけに見える。

「ひと夏の経験ってことで暦には大分いい出会いだったんじゃね? 自分が鈍いとか思わせぶりだとかさ。それにようやく櫻子も言いたいことが言えてよかったじゃん。まあその場で振られたのはご愁傷さまと言うほかないけどな」涼太もなかなか辛辣である。

「余計なお世話だっての。自分だって何人もにいい寄られて困ってるくせにさ。あの子なんて言ったっけ? 同じ塾の同学年のさ? 授業違うのに出待ちしてたりしてちょっとストーカーチックじゃない?」

「常原のことだろ? こないだも出掛けようとしたら家の前にいたからなあ。おかげで暦にとばっちりが行っちまって笑えたよ」最後は自業自得だったにせよ、涼太が完全に責任を感じていないところが腹立たしい。

「他人事だからっていい気なもんだな。僕はそのせいで川に落ちたんだぜ? 少しくらい責任感じろってんだ。今度あの子にあったら涼太が会いたいって言ってたって吹き込んでやるから覚えてろよ」涼太は慌ててそれだけはカンベンだとか言っているが知ったこっちゃない。

 夏休みもあと三日だけだ。あと少しだけ残ってる宿題をさっくりと終わらせて、次の休みにミクと会った時には上がった成績を胸張って見せてやるんだ。

 僕らは明日の約束をしてからそれぞれに別れ、いよいよこの夏が終わることを名残惜しく感じながら帰路についた。
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