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第三章 浮遊霊たちは探索する
25.分担
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翌日、そしてその次の日も三人は油揚げのおばあさんと一緒に神社でお参りをし、朝は酒屋の前、日中はその辺を散歩したりゴロゴロと寝転んだりしてから夕方から夜にかけてまた酒屋の前で見張りをした。
しかし一向に成果は上がらない。たまらず英介は愚痴をこぼしため息をついた。
「こう毎日同じだといい加減飽きてきちゃうな」
「そうだねぇ、このまま見張り続けても見つからないかもしれないねぇ。それにぃ僕もそろそろ病院へ戻らないといけないかなぁ」
そういえば大矢が病院を離れてから四日ほど経っている。何日くらいの猶予があるかわからないが、幽霊の姿でいるためには数日に一度は幽霊になった場所へ戻っておかなければいけない。
それは先輩幽霊からの伝聞であり、試しに破って消滅してしまうリスクを考えたら面倒でも戻っておくべきだろう。逆に考えればこの幽霊生活に飽きたときには簡単に消え去ることができるということでもある。
「重子さんたちはぁもういなくなっちゃってるのかなぁ」
「どうかな、現世への未練が解消された時にどれくらいでいなくなっちゃうんだろうね。それと、先生が消えた後に重子さんが追いかけて消えるってのも本当なのかね」
「まぁそれもぉ、行ってみればわかるんじゃないかなぁ」
「それもそうだね。じゃあこれから行こうか」
「千代もいくー」
「もちろんさ、一緒に行こう」
辺りは通る車も少なくなり聞こえるのは虫の声位である。通常なら線路に一番近い道を通って行くのが絹原駅への近道だ。しかし僕達は比較的広くて街灯のある道を選んで病院へ向かった。
数度目の病院には新鮮味もない。僕達は周囲もろくに気にせず病院裏手に回り中庭へ入って行った。
もしかしたら重子さんも先生もまだそこにいるのではないかと淡い期待感を持っていたのかもしれない。しかし中庭には誰もいなかった。
「やっぱり誰もいないね」
「そうだねぇ、もう消えちゃったのかなぁ」
「かもしれないね。二人とも最後は幸せだったのかな」
「どうだろねーでもそう思いたいよねぇ」
「うん……」
「ところでさぁ、毎日酒屋さんの前見てても仕方ないからぁ、僕は朝になったら絹原駅に行こうと思うんだけどぉ」
「なるほど、でも酒屋の前も一応見張っておきたいけどなぁ」
「だからぁ英ちゃんたちはぁ向こうを見張ってぇ僕は駅前を見張るってのはどうかなぁ?」
大矢が別行動を提案するとは驚いた。でも言ってることはもっともだ。人手があるんだから分散したほうが見つかる確率は上がるだろう。僕は承知したと頷いた。
その後の打ち合わせにより、三日後の夜に橋の下で落ち合うことにして、僕と大矢は幽霊になって初めて別行動をとることになった。
なんとなく気になる様子はあるものの、重子さんたちがいなくなり感傷のような思いがあるのかもしれないと考えると、僕は詮索する気にはなれなかった。
「それじゃ三日後にまた会おう」
「うんーその前に何か見つけたらそっち行くからねぇ」
「僕も何かあったらここに来るよ」
そんな風に言葉を交わした後、僕と千代は中庭を出た。そのまま病院を出ていった僕達は、大矢が達を見送った後、一人肩を震わせていたことに気付くはずもなかった。
病院を出て、僕と千代はつい先ほど来た道を戻っていた。別に急いで戻る必要はなかったが、なんとなく大矢が早くひとりになりたそうに感じたのだ。
「のりにいちゃんさびしそうだったね」
「千代ちゃんもやっぱりそう感じた?」
「うん、なんでかはわからないけどちょっとだけそうおもったよ」
千代も気が付いていたのなら気のせいではなかったんだろう。なんといっても重子さんは大矢を起こし、この世界に幽霊として留まらせてくれた人なのだから。
二人になった僕達は酒屋の前の道まで戻ってきた。この辺まで来ると病院と橋の下の中間あたりだろうか。そして僕のうちのすぐ近くである。
自宅へ寄りたい気もしたがこんな遅い時間に行ってももう寝ているだろう。田舎の夜は早い。それにずっと一人だった千代が一緒だということも多少影響したかもしれない。
ふと気が付くと千代が自分の左手を気にしている。
「左手どうしたの?」
「えっとね、のりにいちゃんいないからかたっぽあいちゃったなーって。ちょっとだけさみしいきもち」
「そっかぁ、それじゃ両手を繋いで歩こうか」
「うん!」
そいういうと千代は両手を上に掲げ、僕はその小さな手のひらを両手でつかんだ。しかし手を繋いだまま縦に並んで歩くというのはとても歩きづらく、千代は笑いながら手を放し走り始めた。
ほんの少し先まで進んで振り返り、そしてまた走って戻ってきてこう言った。
「はんたいのてはのりにいちゃんようにとっておくね。またすこししたらあえるんだから、千代さみしくないよ」
その言葉を聞いて僕は胸がジーンと熱くなるような気持ちになった。幽霊になって心臓は止まっているけれど、心はきちんと動いているのだと感じる。
「よし、じゃあ今はこっちの手だけ繋いで行こうか」
僕は千代の右手を取り土手通りへと向かった。千代はご機嫌で歌を歌っている。聞いたことの無い戦中の歌なのだろう。時折兵隊さんや勇ましく、のような歌詞が入り時代を感じる。
千代の兄がいくつで戦争へ行ったのかは知らないが、たとえ生きて戻っていたとしてもかなりの高齢だろう。もし会えたら、所在が分かったら千代は消えてしまうのだろうか。
その時が来たら僕は何を思うだろう。見つかってよかったと言えるだろうか。おそらく素直に喜ぶことができないのではないだろうか。逆に、僕が想いを果たして消えることになったら千代や大矢は喜んでくれるだろうか。
そもそも僕の想いは何だろう。井出達への仕返しだろうか。現実世界へ何の干渉もできないのにそんなことができるだろうか。どんな風に仕返しができたら満足するのだろうか。
悔いの残る人生であったことは確かだが、こうして幽霊になったことも何か運命的なものかもしれない。だらだらと意欲もなく生きていたことを悔いるのではなく、もっと周りの事も考え、今できるだけのことをしよう。
英介はこの数日間に出会った人や見聞きしたことを思い返しながら誓った。
しかし一向に成果は上がらない。たまらず英介は愚痴をこぼしため息をついた。
「こう毎日同じだといい加減飽きてきちゃうな」
「そうだねぇ、このまま見張り続けても見つからないかもしれないねぇ。それにぃ僕もそろそろ病院へ戻らないといけないかなぁ」
そういえば大矢が病院を離れてから四日ほど経っている。何日くらいの猶予があるかわからないが、幽霊の姿でいるためには数日に一度は幽霊になった場所へ戻っておかなければいけない。
それは先輩幽霊からの伝聞であり、試しに破って消滅してしまうリスクを考えたら面倒でも戻っておくべきだろう。逆に考えればこの幽霊生活に飽きたときには簡単に消え去ることができるということでもある。
「重子さんたちはぁもういなくなっちゃってるのかなぁ」
「どうかな、現世への未練が解消された時にどれくらいでいなくなっちゃうんだろうね。それと、先生が消えた後に重子さんが追いかけて消えるってのも本当なのかね」
「まぁそれもぉ、行ってみればわかるんじゃないかなぁ」
「それもそうだね。じゃあこれから行こうか」
「千代もいくー」
「もちろんさ、一緒に行こう」
辺りは通る車も少なくなり聞こえるのは虫の声位である。通常なら線路に一番近い道を通って行くのが絹原駅への近道だ。しかし僕達は比較的広くて街灯のある道を選んで病院へ向かった。
数度目の病院には新鮮味もない。僕達は周囲もろくに気にせず病院裏手に回り中庭へ入って行った。
もしかしたら重子さんも先生もまだそこにいるのではないかと淡い期待感を持っていたのかもしれない。しかし中庭には誰もいなかった。
「やっぱり誰もいないね」
「そうだねぇ、もう消えちゃったのかなぁ」
「かもしれないね。二人とも最後は幸せだったのかな」
「どうだろねーでもそう思いたいよねぇ」
「うん……」
「ところでさぁ、毎日酒屋さんの前見てても仕方ないからぁ、僕は朝になったら絹原駅に行こうと思うんだけどぉ」
「なるほど、でも酒屋の前も一応見張っておきたいけどなぁ」
「だからぁ英ちゃんたちはぁ向こうを見張ってぇ僕は駅前を見張るってのはどうかなぁ?」
大矢が別行動を提案するとは驚いた。でも言ってることはもっともだ。人手があるんだから分散したほうが見つかる確率は上がるだろう。僕は承知したと頷いた。
その後の打ち合わせにより、三日後の夜に橋の下で落ち合うことにして、僕と大矢は幽霊になって初めて別行動をとることになった。
なんとなく気になる様子はあるものの、重子さんたちがいなくなり感傷のような思いがあるのかもしれないと考えると、僕は詮索する気にはなれなかった。
「それじゃ三日後にまた会おう」
「うんーその前に何か見つけたらそっち行くからねぇ」
「僕も何かあったらここに来るよ」
そんな風に言葉を交わした後、僕と千代は中庭を出た。そのまま病院を出ていった僕達は、大矢が達を見送った後、一人肩を震わせていたことに気付くはずもなかった。
病院を出て、僕と千代はつい先ほど来た道を戻っていた。別に急いで戻る必要はなかったが、なんとなく大矢が早くひとりになりたそうに感じたのだ。
「のりにいちゃんさびしそうだったね」
「千代ちゃんもやっぱりそう感じた?」
「うん、なんでかはわからないけどちょっとだけそうおもったよ」
千代も気が付いていたのなら気のせいではなかったんだろう。なんといっても重子さんは大矢を起こし、この世界に幽霊として留まらせてくれた人なのだから。
二人になった僕達は酒屋の前の道まで戻ってきた。この辺まで来ると病院と橋の下の中間あたりだろうか。そして僕のうちのすぐ近くである。
自宅へ寄りたい気もしたがこんな遅い時間に行ってももう寝ているだろう。田舎の夜は早い。それにずっと一人だった千代が一緒だということも多少影響したかもしれない。
ふと気が付くと千代が自分の左手を気にしている。
「左手どうしたの?」
「えっとね、のりにいちゃんいないからかたっぽあいちゃったなーって。ちょっとだけさみしいきもち」
「そっかぁ、それじゃ両手を繋いで歩こうか」
「うん!」
そいういうと千代は両手を上に掲げ、僕はその小さな手のひらを両手でつかんだ。しかし手を繋いだまま縦に並んで歩くというのはとても歩きづらく、千代は笑いながら手を放し走り始めた。
ほんの少し先まで進んで振り返り、そしてまた走って戻ってきてこう言った。
「はんたいのてはのりにいちゃんようにとっておくね。またすこししたらあえるんだから、千代さみしくないよ」
その言葉を聞いて僕は胸がジーンと熱くなるような気持ちになった。幽霊になって心臓は止まっているけれど、心はきちんと動いているのだと感じる。
「よし、じゃあ今はこっちの手だけ繋いで行こうか」
僕は千代の右手を取り土手通りへと向かった。千代はご機嫌で歌を歌っている。聞いたことの無い戦中の歌なのだろう。時折兵隊さんや勇ましく、のような歌詞が入り時代を感じる。
千代の兄がいくつで戦争へ行ったのかは知らないが、たとえ生きて戻っていたとしてもかなりの高齢だろう。もし会えたら、所在が分かったら千代は消えてしまうのだろうか。
その時が来たら僕は何を思うだろう。見つかってよかったと言えるだろうか。おそらく素直に喜ぶことができないのではないだろうか。逆に、僕が想いを果たして消えることになったら千代や大矢は喜んでくれるだろうか。
そもそも僕の想いは何だろう。井出達への仕返しだろうか。現実世界へ何の干渉もできないのにそんなことができるだろうか。どんな風に仕返しができたら満足するのだろうか。
悔いの残る人生であったことは確かだが、こうして幽霊になったことも何か運命的なものかもしれない。だらだらと意欲もなく生きていたことを悔いるのではなく、もっと周りの事も考え、今できるだけのことをしよう。
英介はこの数日間に出会った人や見聞きしたことを思い返しながら誓った。
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