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第三章 浮遊霊たちは探索する
27.見栄
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いつものように神社を出た僕と千代はいつも通りに橋を渡り、いつもと同じ道を歩いていつもの酒屋まで来た。酒屋の時計は六時四十分を少し過ぎたところだ。
僕はまたいつものように通る車を眺め、千代はスズメを追いかけて遊んでいる。そして今朝も何事もなく時間は進んでいった。時刻は九時を回っている。
ここまでは想定の範囲内、もう慣れた結果だからガッカリはしない。
「今朝も見つからなかったな。千代ちゃん、それじゃ行こうか」
「はーい」
僕達は来た道を戻り橋を渡った。いつもなら渡ったところから土手へ出るのが神社への道のりだが、今日はそのまままっすぐに進む。
橋の先からは道が新し目で広くなっている。この先の国道までは距離はあるものの一本道だ。両側には田んぼがあるが今は何も植わっていないので寂しい風景だ。
三十分ほど歩いただろうか。二人は国道との交差点にある信号が良く見える距離まで来ていた。歩いてきたのは初めてだが、疲れを感じないせいか思いのほか近く感じる。
国道まで出てきたところで千代が足を止めた。
「どうしたの?」
僕はまた何かを感じたのではないかと心配になった。しかし千代はにこやかな顔で明るく答えた。
「すごくひろいみち!くじらでもとおれそうね」
なるほど。ここは戦後になって整備された道だから今まで見たことが無かったんだろう。
「この先にいい所があるから行ってみよう」
「いいとこ?」
「千代ちゃんは多分喜ぶと思うよ」
僕はそう言いながら左側を指さした。
指さした方向へ二人で歩き始めて少し進んだところに、本来は黄色い屋根の低い建物がある。僕は千代の手を引いてその建物へ近づいた。
「みてごらん」
その大きな建物の外側はすべてガラスの窓が入っていて、どう見ても民家ではない。
「ここってだれのおうちなの?こんなにひろいおうち、きっとえらいひとのおうちなんじゃないかしら?」
「さぁどうだろうね」
僕は答えを言わずにニコリと笑いかけた。
やがて建物の中からエプロン姿の制服を着た女性がのぼりを持って出てきた。まだ準備中だったようだ。
「中へ入ってみようか」
「えっいいの?」
「すぐに出られないかもしれないけど、とりあえず行ってみよう」
「うん!」
僕と千代は女性が戻ってくるのを入口のすぐそばで待ち、扉を開けた隙に建物の中へと滑り込んだ。
「うわぁひろくてあかるいねー」
「どこかに座っちゃおうか」
「いいのかな……どきどきする」
僕達は外が見える席に腰かけた。テーブルにはモーニングメニューが置いてあり、窓際には三角のデザートメニューがあった。
「わかった!ここってふぁみれすなんでしょ?みたことないおりょうりがかいてあるの、なんだかすてきね」
「ふふ、気に入ったかい?」
「もちろんよ、えいにいちゃんありがとう」
メニューにはワンプレートにトーストにベーコンエッグ、サラダが盛り付けられている物や、バターを乗せてメープルシロップをかけたパンケーキ等が載っている。
千代は見たことの無い料理に目を輝かせ、どんな食べ物なのか、本当はどんな色なのか等、僕に説明を求めた。特に気に入ったのはスクランブルエッグとポテトサラダのようだ。残念ながら見るだけで食べさせてやることはできないが、それでも千代は満足そうだった。
こんな田舎でモーニングのためにファミリーレストランへ寄る人なんてあまりいないだろうと思っていたが、お客さんの出入りはそこそこあり、席は三分の一くらいまで埋まっていた。
「そろそろ行こうか」
「うん、千代だいまんぞく。ありがとう、おにいちゃん」
千代にありがとうと言われて、僕はなんとなくくすぐったいような照れくさいような、そんな気分だった。本当は僕がお礼を言う側なのかもしれないのに。
帰るお客さんの後について僕達は店を出た。そこそこ繁盛しているということは出入りしやすいということであり、自分でドアの開け閉めができない幽霊の僕達にはありがたい。
「それじゃ作戦開始と行くかな」
「たかいところのぼるの?」
「それも考えたんだけど、もっと良さそうな事を思いついたよ。千代ちゃんのアイデアがヒントになったんだ、ありがとう」
千代は照れくさそうに微笑んだ。
昨晩、高い建物から見張るというアイデアと月明かりに照らされた千代を見て思いついたのは、探すのではなく見つけてもらうって作戦だ。
ファミレスを出た僕達は少し先の信号までやってきた。
「千代ちゃんはそこで待っててね」
そういうと僕は横断歩道を渡り道路の真ん中で足を止めた。国道は片側二車線で真ん中には中央分離帯がある。僕はそこにある点滅信号へよじ登った。
「千代ちゃーん、どうかな?目立つでしょ?」
「おにーちゃーん、あぶないよー」
「平気だよー」
平気だとは言ったものの、中央分離帯の両側を結構な速度で車が通り過ぎると背中がぞくぞくする。もちろん車とぶつかったとしても何ともないのはわかっているが、イコール怖くないというわけでもないのだ。
満足した僕は点滅信号から降りて千代の元へ戻った。走る車の速度は速いが、運転手の顔はまあまあ見える。もしこちらが見える人が通ったならきっと気が付くに違いない。
「どうだろう、あそこにいたら走ってくる車から良く見えるでしょ」
「えいにいちゃん、こわくないの?」
「僕達は車にはねられてもなんともないんだから怖くなんかないよ。だからこれくらいへっちゃらさ」
英介は今自分が見栄を張ったな、と感じた。千代に情けない姿は見せられない。お国のために、と戦地へ向かった千代の兄のように慕われ尊敬されるようになりたいのだ。
無気力で何のとりえもなく自分に自信を持てない人生は終わったのだ。幽霊になってはしまったが、せめて千代位にはいいところを見せていたいと考えていた。
「次は千代ちゃんも一緒に行く?」
「あたしは……ここでまってる」
「もし退屈になったら教えてね」
「うん……」
いいアイデアだとは思うけれど千代は少し寂しそうだ。一人になって不安なのかもしれないが、すぐ目の前に見えているのだから大丈夫だろう。
「じゃあまた行ってくるね」
そう声をかけてから、僕は信号が変わった隙に中央分離帯へ向かった。すると後ろから千代がトコトコとついてきた。
「千代もいっしょにいく」
「大丈夫?怖かったらすぐに言うんだよ」
「えいにいちゃんといっしょだからだいじょうぶ」
千代のこういういじらしいところがかわいく、妹がいるっていいものだと感じる。しかし僕は頼れる兄になれるだろうか。そんなことを考えながら千代の手を引いた。
僕はまたいつものように通る車を眺め、千代はスズメを追いかけて遊んでいる。そして今朝も何事もなく時間は進んでいった。時刻は九時を回っている。
ここまでは想定の範囲内、もう慣れた結果だからガッカリはしない。
「今朝も見つからなかったな。千代ちゃん、それじゃ行こうか」
「はーい」
僕達は来た道を戻り橋を渡った。いつもなら渡ったところから土手へ出るのが神社への道のりだが、今日はそのまままっすぐに進む。
橋の先からは道が新し目で広くなっている。この先の国道までは距離はあるものの一本道だ。両側には田んぼがあるが今は何も植わっていないので寂しい風景だ。
三十分ほど歩いただろうか。二人は国道との交差点にある信号が良く見える距離まで来ていた。歩いてきたのは初めてだが、疲れを感じないせいか思いのほか近く感じる。
国道まで出てきたところで千代が足を止めた。
「どうしたの?」
僕はまた何かを感じたのではないかと心配になった。しかし千代はにこやかな顔で明るく答えた。
「すごくひろいみち!くじらでもとおれそうね」
なるほど。ここは戦後になって整備された道だから今まで見たことが無かったんだろう。
「この先にいい所があるから行ってみよう」
「いいとこ?」
「千代ちゃんは多分喜ぶと思うよ」
僕はそう言いながら左側を指さした。
指さした方向へ二人で歩き始めて少し進んだところに、本来は黄色い屋根の低い建物がある。僕は千代の手を引いてその建物へ近づいた。
「みてごらん」
その大きな建物の外側はすべてガラスの窓が入っていて、どう見ても民家ではない。
「ここってだれのおうちなの?こんなにひろいおうち、きっとえらいひとのおうちなんじゃないかしら?」
「さぁどうだろうね」
僕は答えを言わずにニコリと笑いかけた。
やがて建物の中からエプロン姿の制服を着た女性がのぼりを持って出てきた。まだ準備中だったようだ。
「中へ入ってみようか」
「えっいいの?」
「すぐに出られないかもしれないけど、とりあえず行ってみよう」
「うん!」
僕と千代は女性が戻ってくるのを入口のすぐそばで待ち、扉を開けた隙に建物の中へと滑り込んだ。
「うわぁひろくてあかるいねー」
「どこかに座っちゃおうか」
「いいのかな……どきどきする」
僕達は外が見える席に腰かけた。テーブルにはモーニングメニューが置いてあり、窓際には三角のデザートメニューがあった。
「わかった!ここってふぁみれすなんでしょ?みたことないおりょうりがかいてあるの、なんだかすてきね」
「ふふ、気に入ったかい?」
「もちろんよ、えいにいちゃんありがとう」
メニューにはワンプレートにトーストにベーコンエッグ、サラダが盛り付けられている物や、バターを乗せてメープルシロップをかけたパンケーキ等が載っている。
千代は見たことの無い料理に目を輝かせ、どんな食べ物なのか、本当はどんな色なのか等、僕に説明を求めた。特に気に入ったのはスクランブルエッグとポテトサラダのようだ。残念ながら見るだけで食べさせてやることはできないが、それでも千代は満足そうだった。
こんな田舎でモーニングのためにファミリーレストランへ寄る人なんてあまりいないだろうと思っていたが、お客さんの出入りはそこそこあり、席は三分の一くらいまで埋まっていた。
「そろそろ行こうか」
「うん、千代だいまんぞく。ありがとう、おにいちゃん」
千代にありがとうと言われて、僕はなんとなくくすぐったいような照れくさいような、そんな気分だった。本当は僕がお礼を言う側なのかもしれないのに。
帰るお客さんの後について僕達は店を出た。そこそこ繁盛しているということは出入りしやすいということであり、自分でドアの開け閉めができない幽霊の僕達にはありがたい。
「それじゃ作戦開始と行くかな」
「たかいところのぼるの?」
「それも考えたんだけど、もっと良さそうな事を思いついたよ。千代ちゃんのアイデアがヒントになったんだ、ありがとう」
千代は照れくさそうに微笑んだ。
昨晩、高い建物から見張るというアイデアと月明かりに照らされた千代を見て思いついたのは、探すのではなく見つけてもらうって作戦だ。
ファミレスを出た僕達は少し先の信号までやってきた。
「千代ちゃんはそこで待っててね」
そういうと僕は横断歩道を渡り道路の真ん中で足を止めた。国道は片側二車線で真ん中には中央分離帯がある。僕はそこにある点滅信号へよじ登った。
「千代ちゃーん、どうかな?目立つでしょ?」
「おにーちゃーん、あぶないよー」
「平気だよー」
平気だとは言ったものの、中央分離帯の両側を結構な速度で車が通り過ぎると背中がぞくぞくする。もちろん車とぶつかったとしても何ともないのはわかっているが、イコール怖くないというわけでもないのだ。
満足した僕は点滅信号から降りて千代の元へ戻った。走る車の速度は速いが、運転手の顔はまあまあ見える。もしこちらが見える人が通ったならきっと気が付くに違いない。
「どうだろう、あそこにいたら走ってくる車から良く見えるでしょ」
「えいにいちゃん、こわくないの?」
「僕達は車にはねられてもなんともないんだから怖くなんかないよ。だからこれくらいへっちゃらさ」
英介は今自分が見栄を張ったな、と感じた。千代に情けない姿は見せられない。お国のために、と戦地へ向かった千代の兄のように慕われ尊敬されるようになりたいのだ。
無気力で何のとりえもなく自分に自信を持てない人生は終わったのだ。幽霊になってはしまったが、せめて千代位にはいいところを見せていたいと考えていた。
「次は千代ちゃんも一緒に行く?」
「あたしは……ここでまってる」
「もし退屈になったら教えてね」
「うん……」
いいアイデアだとは思うけれど千代は少し寂しそうだ。一人になって不安なのかもしれないが、すぐ目の前に見えているのだから大丈夫だろう。
「じゃあまた行ってくるね」
そう声をかけてから、僕は信号が変わった隙に中央分離帯へ向かった。すると後ろから千代がトコトコとついてきた。
「千代もいっしょにいく」
「大丈夫?怖かったらすぐに言うんだよ」
「えいにいちゃんといっしょだからだいじょうぶ」
千代のこういういじらしいところがかわいく、妹がいるっていいものだと感じる。しかし僕は頼れる兄になれるだろうか。そんなことを考えながら千代の手を引いた。
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