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第三章 浮遊霊たちは探索する

33.偶然

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 雨は翌朝になってもまだ降っていた。冬の長雨は珍しい気がする。しかし丸一日以上降り続けたその雨は、まだ日が差している時間のうちにやんでくれた。今は何時くらいだろうか。神社の境内には時計が無い。倉庫の床下から這い出た僕達はとりあえず稲荷へ行ってみた。

 祠の前に来てみると、足元の石の上には油揚げが手つかずで残っていた。と言うことはもう早朝ではないということだ。そしておばあさんは雨でもお参りに来ているということになる。

「おばあさん、毎日欠かさずお参り来ていて偉いね」

「そうよね、ずっとずっとまえの、まだおばさんだったときからだものね」

「同じことの繰り返しって退屈かもしれないけど、それが自分にとって大事なことなら退屈ではなくてうれしいこと、毎日同じことができる幸せってことになるような気がするよ」

「うーん、千代にはむつかしくてよくわからないなぁ」

「そっか、えっと、毎日千代ちゃんとしりとりしていても退屈じゃないってことかな」

「ほんとにー! それならうれしいな」

「本当さ、だから今日もうどんを食べに行こうか」

「うん! そのあとてれびもね」

「よし、それじゃ行こうか」

 僕と千代はいつものように手を繋いでいつものように国道への道を歩き始めた。いつもと違ったのは、雨上がりでできた水たまりが光を反射して煌めいている事位だった。

 国道まで出てみるといつもとは少し様子が違うように感じた。交通量がかなり多く、渋滞と言うほどではないが混雑している。ファミレスもうどん屋も駐車場に車が沢山止まっており随分繁盛しているようだ。

「今日はやけに混んでるねぇ。店員さんも忙しそうだ」

「ほんとね、どうしちゃったのかしら」

 空席は無く並んで待ってるお客さんがいるくらいなので、僕達は仕方ないと諦めて家電量販店へ向かった。今日はこちらもお客さんが多い。そのため、いつものように搬入口からでなくとも表から悠々入ることができたので面倒がかからなかった。

 千代は僕の手を引いて、せかすように早足でテレビコーナーへ向かう。歩きながら店内の時計を見ると十一時半過ぎだった。テレビの前まで来てみると今日はチャンネルが違うのか、いつものアニメが映っていない。お笑いの人が司会をしているバラエティー番組が放送されている。

「あれ? いつものがやってないよ……」

「残念だね、誰かが替えてくれるかもしれないから待ってようか」

「うん!」

 壁沿いに掛けてあるテレビはいつもと同じように同じ番組が流れているが、こちらもいつもと違いサッカーをやっている。テレビコーナーの担当者がサッカー好きなのかもしれないな、なんて思いながらふと別のテレビに目をやると、そこには情報番組のスタジオが映っており番組内に表示されているカレンダーは日曜日を示していた。

 なるほど、今日は日曜日だったのか。道理で車も人も多いはずだ。となるとアニメはやってないかもしれない。千代は残念がるだろう。

「千代ちゃん、今日は日曜日だったよ。だからいつもと同じ番組がやってなかったんだ」

「そっかぁ、ざんねんねぇ……」

 千代は明らかに落胆している。自分でチャンネルを替えることができれば何かやっていないか確認できるのだが、もちろんそんな難題は果たせそうにない。

 その時テレビコーナーにやってきたお客さんがチャンネルを替え始めた。年配の女性なのでアニメに切り替えるとは思えないが、もしかしてと言うこともある。

 僕は背後から念じる真似をした。それを見て千代が笑いながら真似をしている。

 しばらく盛んにチャンネルを切り替えていたその女性は、飽きてしまったのかさっきとは違うチャンネルにしたままリモコンを置いてどこかへ行ってしまった。

 映っているチャンネルはよりによって碌な番組の無い県民放送だ。ほとんどが県内各所の商店街紹介や、昔全国放送でやっていたドラマの再放送、古い映画、それにお決まりの通販番組ばかりである。

 そういえばどこかで天気予報やっていないかと他のテレビを見まわしていた僕は、千代が話しかけている声にすぐ気付けなかった。

「え、えい、にいちゃん……えいにいちゃん。おにいちゃん! たいへん!」

 なにかに驚いていたようで大きな声を出せなかった千代が突然叫び、英介もさすがに気が付いた。

「えいにいちゃん! これこれ!」

 僕は千代が見ていた県民放送の画面に目をやった。そこにはゆるキャラと言うのだろう。色とりどりで、個性的なのか奇をてらっただけなのかわからない着ぐるみが何体も映っていた。

 その中には僕達の済む絹川市のゆるキャラであるシル君の姿もあった。その姿は、頭に蚕を被り体から下は多数の桑の葉で覆われていて、ゆるキャラと言うよりクリーチャーと言った方が相応しい。

「なんだろうこれ、ゆるキャラ祭りかな?シル君もいるね」

「そうじゃないの!もう、このうしろにいるのに」

「何がいるの?」

 僕が千代へ聞き返した瞬間僕は言葉を失った。

 ゆるキャラたちの隙間から紺色のワンピースに肩より少し長めの黒い髪の女の子が見えたのだ。これはこないだの女の子ではないだろうか。

「さっきね、さっきはこっちむいてたんだけどね、あかいりぼんもみえたよ」

「顔は、顔も見えたかい!?」

「んと……めがねしてた」

 僕は興奮を隠しきれずテレビにかぶりついた。

「ええい、ゆるキャラはいい、女の子を映せ!」

 そうは言ってもテレビの向こうに声は届かない。もちろん、たとえ目の前にいても届きはしないのだが。

「これはどこでやってるんだろう。すぐ行けば会えるかもしれないのに」

 そのときチャンネルが急に変わってしまった。巡回していた店員がチャンネルを替えてしまったのだ。

「ああ……」

 僕はがっくりと肩を落とし俯いてしまった。千代も座り込んでうなだれている。

「千代ちゃんごめんよ、僕がもう少し早く気が付いていたら良かったんだけど……」

「ううん、千代びっくりしてこえがでなくなっちゃってたから……」

 だが落胆する必要はない。あの色のついた女の子は間違いなくいるんだ。しかも県民テレビのローカル番組に映っていたということは、少なくとも県内にいるはず。

 もちろんさっきのゆるキャラたちに関係あるのかどうかはわからないし、イベントか何かをやっているところへたまたま遊びに来ていたのかもしれない。でも県内の大きめの町を片っ端から回れば何かわかるかもしれない。一番近いのは絹原だからまずは絹原へ行ってみるか。

 そういえば絹原を見に行っている大矢はどうしているだろう。早く教えてやらないといけないな。あいつきっと驚くぞ。英介は落胆からすぐに立ち直り希望に目を輝かせていた。その英介の姿を見て安心したのか、千代の顔にも笑顔が戻っていた。

 ほんのわずかだが手がかりを見つけ喜んでいる二人は、その頃大矢紀夫が窮地に立たされていることなど知るはずもなかった。

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