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第五章 浮遊霊たちの転機
56.昼食
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集落側から見える四つ葉女子は、元分校の校舎が一番左にあり、中央に講堂、一番右にレンガ造りの建物があった。今胡桃と僕達が入っていった小さな建物は、その校舎の裏手にあり表からは見えない場所に建っていた。
中へ入ると大して広くないが体育館のようだ。こんな立派な学校に対し、体育館は随分こじんまりとしていて不釣り合いに感じる。
胡桃は何も説明することなく奥へ進んだ。するとドアがいくつか並んでおり、その一つを選びドアについていたプレートを横へ滑らせた。よく見ると使用中となっている。他のドアはすべて無地のままだ。
「さあ入って、今日は五時間目が休講だから芸術祭の資料を仕上げると言って自習室を取っておいたの。ここなら気兼ねなくお話しできるしね」
「はい、失礼します」
「おじゃましまーす」
中へ入ると六人掛けのテーブルがあり、椅子はそれ以上の数が壁側に重ねてある。胡桃はその一つを取りテーブルに向って腰かけた。
「あなた達も座ったら?」
「はあ……」
「あのね、くるみおねえちゃん、千代たちはなにかもったりできないの。とびらだってあけられないからこのあいだなんてのりにいちゃんがなんにちもとじこめられちゃったんだから」
「あらそうなの? それはごめんなさいね」
胡桃はそういうと椅子を一つ出し胡桃の席の向かい側に置いた。さらにもう一つ椅子を取り自分の横へ並べ、千代へそこへ座らせた。
「私ね、ずっと妹が欲しかったのよ。千代ちゃんは市松人形みたいでかわいいわね」
「千代もおねえちゃんできてうれしいよ」
「それは良かった、これから仲よくしましょうね」
「うん!」
なんだか場違いというのか疎外感というのか、僕はそんな気持ちを感じながら目の前の二人を見つめた。
「今日はもう一人の、えっと、紀夫君はいないのね」
「ああ、大矢は母親に会いに実家へ行くと出かけて行きました」
「では今日は別行動なのね」
「はい」
まずは当たり障りのない会話だが、これは何かを探られているのだろうか。それとも単に興味本位なのだろうか。どうも掴みどころがない。
「お話ししながらで悪いけど、お昼食べちゃうわね。あなた達は普段ご飯とかどうしているの?」
「えっと僕達はお腹は空かないです。それに眠くもならないし疲れることもないです」
「へぇ、便利なようだけど寂しいわね。そんなあなた達の前で食べるのは気が引けるわ」
「いえいえ、お構いなくどうぞ」
「ありがとう」
そういうと持っていた包みを開いて弁当箱を開けた。その中には一口サイズのサンドウィッチがきれいに並べられていた。
胡桃が一つつまむとサンドウィッチに色が付いた。それを見て千代が驚きの声を上げる。
「わあ、すごい、きれいねぇ」
胡桃が口元を押さえながら聞き返す。
「なあに千代ちゃん、どうかしたのかしら?」
「あのね、くるみおねえちゃんがつまんだしかくいのがぱあぁってなったの。みどりとあかのおやさい? がきれいだったの」
「というと?」
「ええと、僕達は普段色は見えずに目に入るものはほぼすべて白いんです。今のところ色がわかるのは百目木さんだけだったんですが、サンドウィッチを手にした瞬間色が付きました」
「なるほど、興味深いわね。もっとあなた達のこと教えて頂戴」
胡桃は続けてサンドウィッチをつまんで口へ運んだ。僕はわかっている範囲で僕達のできることやできないことを説明し、胡桃はその度に咀嚼している口を隠しながら頷いていた。
すべて綺麗に食べ終わり、弁当箱を閉じて包み直すその仕草は、お嬢様のイメージらしい丁寧で上品とは感じられず、どちらかというと適当でガサツな印象を受ける。
「なんとなくわかってきたわ。でも、核心を話さないのはあまりいい思いをして今があるわけじゃないからなのかしら?」
鋭い指摘に僕は少し動揺したが、嘘をついても仕方ないので無言で頷く。すると胡桃は優しそうに微笑みながら口を開いた。
「話したくない事を無理やり聞き出すような真似はしないわ。でも知らないとできないこともあると言うことはわかって?」
「はい」
「もしこの先私を信用出来ると思ったならその時にでも詳しく聞かせてね」
「いや、信用していないとかそういうことじゃないんです……」
「まあいいわ、今はこのくらいでね」
最初から感じていた通り胡桃はかなり頭が切れるようだ。どちらかというと頭の回転が良くない僕は、胡桃と会話しているだけで劣等感を感じる。僕にはせいぜい千代と話すくらいの知能しかないのだろうかと落ち込んでしまいそうだ。
「そういえば先ほどの説明では、自分が拠点としている場所から数日しか離れられないとのことだけれど、逆に言えばそこに居さえすればずっとそのままの姿でいられるということなのね」
「はい、少なくとも何十年かはそのままだということはわかっています」
「大昔から幽霊のお話はたくさんあるけれど、まさか本当のことだとは思わなかったわ。でもドアも開けられないとか、壁をすり抜けることができないなんて世の中の人は思っていないでしょうね」
「それは確かに、僕も思っていませんでした……」
「うふふ、でももしかしたら何かできることがあるかもしれないじゃない?なにかそんなものが見つかるといいわね」
「千代はね、おうたうたえるよ」
「あら、すてきね、何か歌ってみて」
「うん!」
千代は元気よく返事をしてからいつもの歌を歌いだした。狭い部屋に千代の歌声が充満し、それを胡桃は優しい笑顔で見守っている。
そして僕はその笑顔に釘づけになっていた。
中へ入ると大して広くないが体育館のようだ。こんな立派な学校に対し、体育館は随分こじんまりとしていて不釣り合いに感じる。
胡桃は何も説明することなく奥へ進んだ。するとドアがいくつか並んでおり、その一つを選びドアについていたプレートを横へ滑らせた。よく見ると使用中となっている。他のドアはすべて無地のままだ。
「さあ入って、今日は五時間目が休講だから芸術祭の資料を仕上げると言って自習室を取っておいたの。ここなら気兼ねなくお話しできるしね」
「はい、失礼します」
「おじゃましまーす」
中へ入ると六人掛けのテーブルがあり、椅子はそれ以上の数が壁側に重ねてある。胡桃はその一つを取りテーブルに向って腰かけた。
「あなた達も座ったら?」
「はあ……」
「あのね、くるみおねえちゃん、千代たちはなにかもったりできないの。とびらだってあけられないからこのあいだなんてのりにいちゃんがなんにちもとじこめられちゃったんだから」
「あらそうなの? それはごめんなさいね」
胡桃はそういうと椅子を一つ出し胡桃の席の向かい側に置いた。さらにもう一つ椅子を取り自分の横へ並べ、千代へそこへ座らせた。
「私ね、ずっと妹が欲しかったのよ。千代ちゃんは市松人形みたいでかわいいわね」
「千代もおねえちゃんできてうれしいよ」
「それは良かった、これから仲よくしましょうね」
「うん!」
なんだか場違いというのか疎外感というのか、僕はそんな気持ちを感じながら目の前の二人を見つめた。
「今日はもう一人の、えっと、紀夫君はいないのね」
「ああ、大矢は母親に会いに実家へ行くと出かけて行きました」
「では今日は別行動なのね」
「はい」
まずは当たり障りのない会話だが、これは何かを探られているのだろうか。それとも単に興味本位なのだろうか。どうも掴みどころがない。
「お話ししながらで悪いけど、お昼食べちゃうわね。あなた達は普段ご飯とかどうしているの?」
「えっと僕達はお腹は空かないです。それに眠くもならないし疲れることもないです」
「へぇ、便利なようだけど寂しいわね。そんなあなた達の前で食べるのは気が引けるわ」
「いえいえ、お構いなくどうぞ」
「ありがとう」
そういうと持っていた包みを開いて弁当箱を開けた。その中には一口サイズのサンドウィッチがきれいに並べられていた。
胡桃が一つつまむとサンドウィッチに色が付いた。それを見て千代が驚きの声を上げる。
「わあ、すごい、きれいねぇ」
胡桃が口元を押さえながら聞き返す。
「なあに千代ちゃん、どうかしたのかしら?」
「あのね、くるみおねえちゃんがつまんだしかくいのがぱあぁってなったの。みどりとあかのおやさい? がきれいだったの」
「というと?」
「ええと、僕達は普段色は見えずに目に入るものはほぼすべて白いんです。今のところ色がわかるのは百目木さんだけだったんですが、サンドウィッチを手にした瞬間色が付きました」
「なるほど、興味深いわね。もっとあなた達のこと教えて頂戴」
胡桃は続けてサンドウィッチをつまんで口へ運んだ。僕はわかっている範囲で僕達のできることやできないことを説明し、胡桃はその度に咀嚼している口を隠しながら頷いていた。
すべて綺麗に食べ終わり、弁当箱を閉じて包み直すその仕草は、お嬢様のイメージらしい丁寧で上品とは感じられず、どちらかというと適当でガサツな印象を受ける。
「なんとなくわかってきたわ。でも、核心を話さないのはあまりいい思いをして今があるわけじゃないからなのかしら?」
鋭い指摘に僕は少し動揺したが、嘘をついても仕方ないので無言で頷く。すると胡桃は優しそうに微笑みながら口を開いた。
「話したくない事を無理やり聞き出すような真似はしないわ。でも知らないとできないこともあると言うことはわかって?」
「はい」
「もしこの先私を信用出来ると思ったならその時にでも詳しく聞かせてね」
「いや、信用していないとかそういうことじゃないんです……」
「まあいいわ、今はこのくらいでね」
最初から感じていた通り胡桃はかなり頭が切れるようだ。どちらかというと頭の回転が良くない僕は、胡桃と会話しているだけで劣等感を感じる。僕にはせいぜい千代と話すくらいの知能しかないのだろうかと落ち込んでしまいそうだ。
「そういえば先ほどの説明では、自分が拠点としている場所から数日しか離れられないとのことだけれど、逆に言えばそこに居さえすればずっとそのままの姿でいられるということなのね」
「はい、少なくとも何十年かはそのままだということはわかっています」
「大昔から幽霊のお話はたくさんあるけれど、まさか本当のことだとは思わなかったわ。でもドアも開けられないとか、壁をすり抜けることができないなんて世の中の人は思っていないでしょうね」
「それは確かに、僕も思っていませんでした……」
「うふふ、でももしかしたら何かできることがあるかもしれないじゃない?なにかそんなものが見つかるといいわね」
「千代はね、おうたうたえるよ」
「あら、すてきね、何か歌ってみて」
「うん!」
千代は元気よく返事をしてからいつもの歌を歌いだした。狭い部屋に千代の歌声が充満し、それを胡桃は優しい笑顔で見守っている。
そして僕はその笑顔に釘づけになっていた。
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