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第七章 浮遊霊は考え込む
90.驚涙
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とりとめのない話をしながら休憩をとった三人はそろそろ神社を離れようとしていた。
この後はどうしようか。元々の目的は大矢が帰ってきているかの確認のため総合病院へ行くこと。そして僕と千代の定住地に立ち寄ること。そしてそれを胡桃が知っておきたいということだった。
そのため、もうすでに目的は達してしまった僕達は、この後どうしようか相談しながら来た道を逆に進んでいた。
「陽もだいぶ落ちてきているのでそろそろ帰りますか?」
「そうね、駅まで結構時間かかるしね。英介君たちはいつもここからうちの学校まで歩いているのでしょ?」
「はい、全力で走って二時間くらいはかかってると思います」
「たぶん相当距離があるはずなのにね、疲れないってすごいわ」
「まあ早く移動できても何も運べないし伝言もできないですけどね」
「そうなのね、でもたとえばこうしたらどうなのかしら?何かを運んだりできたりしない?」
胡桃がそういって自分のマフラーを少しほどき僕へと近寄った。なんとなくやりたいことは予想がついたが、僕はあえてなにも言わず胡桃がマフラーを僕の肩へかけるのを眺めていた。その直後、予期せぬ、いや僕は薄々感づいていたが実際にどうなるか知りたい気持ちもあり受け入れてみると――
「うわああ」
僕は思わず叫び声をあげ、マフラーに押しつぶされながら地面へひれ伏した。うつ伏せになった僕の首にかかったマフラーは地面にぴったりとくっついており、その間には何もないように僕の首元を押し潰してぺちゃんこになっている。
「胡桃さん、マフラーとってもらえますか?」
僕が声をかけると、目を丸くして呆然としていた胡桃が我に返り急いでマフラーを取り上げた。そこでようやく僕は地面から解放されたのだった。
「ご、ごめんなさい、私そんなつもりで……」
胡桃の目が少しうるんでいるようだ。きっと思ってもみなかった出来事に驚きすぎてしまったのだろう。口元を抑えて慌てていた千代もホッとした表情に戻っている。
「いえいえ、苦しいわけではないので大丈夫です。話には聞いていたのですが、僕達に何かが乗ったりすると抵抗することができないみたいなんです」
「何でもないならよかった……私、私とんでもないことをしてしまったと目の前が真っ暗になったわ……」
胡桃はバッグからハンカチを取り出し、眼鏡をとってから目元をぬぐった。
「先に言えばよかったのに黙っていてごめんなさい。でも僕も実体験はなかったので少しだけ興味があったし体験できてよかったです」
「もう、本当に驚いたのよ。英介君にもしもの事があったらと思ったら涙まで出てしまったわ」
胡桃が僕のために泣いてくれた。まあ厳密には自分が危害を加えてしまったからかもしれないが、心配してくれたのは間違いなく、それは僕にとっては嬉しいことだ。
「千代ちゃんもその昔体験したらしいですが、雨に降られても動けなくなってしまうようです。もしそうなっても、じぶんの所定位置から離れているときでなければ消滅したりはしないという話ですけどね」
「ああ驚いた、本当にごめんなさいね。ほかに注意することはあるのかしら?」
「今知っているのははその二点くらいです」
「今後十分に注意するわ。あなた達のためにも自分のためにもね」
「ありがとうございます。ほかに何か知ることがあったらすぐに教えますね」
「ええ、お願いね」
あえて洗礼を受けてみた僕だが、思いのほか抵抗できなくて実はかなり驚いていた。もしかしたらもがいたら抜けられるのではないか、軽いものなら何ともないのではないかと考えていたのだ。
胡桃のおかげで、外部からのなにかには十分な注意を払うことが必要だと知れたのは収穫だ。そのおかげで胡桃を大分驚かせてしまったのは悪かったけれども。
ほかには特にトラブルもなく、僕達三人は物流倉庫駅へ到着した。なんだかんだで四、五十分くらいは歩いたと思う。
ホームには人がまばらながら電車待ちをしており、これから出かける人や帰る人がいるということなのだろう。朝は貸し切り同然で三人のみだったが、帰りはそうでもなさそうだ。
「帰りは貸し切りじゃなくて残念ね」
胡桃がひそひそと小声で言った。僕も釣られて小声で返事をする。
「そうですね、夕方に乗る人がこんなに多いのは意外です」
「また各駅停車で行きましょうか。途中で空くかもしれないわ」
「胡桃さんの時間が大丈夫なら僕は異論ありません」
胡桃が返事の代わりににこりと微笑んだ。寒さのせいか頬のピンク色が普段よりも濃くなっており、素朴なかわいさがより引き立っているように感じる。
さっき胡桃が言ったような、本当の彼氏彼女の間柄ならとても幸せなのだろうが、残念ながら僕はしがない幽霊だ。今はこうして仲良く話ができるだけで十分だと自分に言い聞かせる。
やがてやってきた各駅停車に乗り僕達は帰路についた。次の駅で急行待ちをするため十分ほど停車している間に、胡桃は電車の前面を写真にとって康子さんへ報告していた。
急行へ乗り換える人たちがホームへ出ると各駅停車の車両にはほとんど人がいなくなり、僕達のほかに残っているのは二人だけだ。その二人もおそらくは途中で降りるだろう。
胡桃は来た時と同じように座席の一番端に座り、僕はその隣に並ぶように腰かけた。
気のせいか行きよりもほんのわずかだが近くに座ってしまった気がして、それは僕と胡桃の距離が同じだけ縮まった証のように思えた。
この後はどうしようか。元々の目的は大矢が帰ってきているかの確認のため総合病院へ行くこと。そして僕と千代の定住地に立ち寄ること。そしてそれを胡桃が知っておきたいということだった。
そのため、もうすでに目的は達してしまった僕達は、この後どうしようか相談しながら来た道を逆に進んでいた。
「陽もだいぶ落ちてきているのでそろそろ帰りますか?」
「そうね、駅まで結構時間かかるしね。英介君たちはいつもここからうちの学校まで歩いているのでしょ?」
「はい、全力で走って二時間くらいはかかってると思います」
「たぶん相当距離があるはずなのにね、疲れないってすごいわ」
「まあ早く移動できても何も運べないし伝言もできないですけどね」
「そうなのね、でもたとえばこうしたらどうなのかしら?何かを運んだりできたりしない?」
胡桃がそういって自分のマフラーを少しほどき僕へと近寄った。なんとなくやりたいことは予想がついたが、僕はあえてなにも言わず胡桃がマフラーを僕の肩へかけるのを眺めていた。その直後、予期せぬ、いや僕は薄々感づいていたが実際にどうなるか知りたい気持ちもあり受け入れてみると――
「うわああ」
僕は思わず叫び声をあげ、マフラーに押しつぶされながら地面へひれ伏した。うつ伏せになった僕の首にかかったマフラーは地面にぴったりとくっついており、その間には何もないように僕の首元を押し潰してぺちゃんこになっている。
「胡桃さん、マフラーとってもらえますか?」
僕が声をかけると、目を丸くして呆然としていた胡桃が我に返り急いでマフラーを取り上げた。そこでようやく僕は地面から解放されたのだった。
「ご、ごめんなさい、私そんなつもりで……」
胡桃の目が少しうるんでいるようだ。きっと思ってもみなかった出来事に驚きすぎてしまったのだろう。口元を抑えて慌てていた千代もホッとした表情に戻っている。
「いえいえ、苦しいわけではないので大丈夫です。話には聞いていたのですが、僕達に何かが乗ったりすると抵抗することができないみたいなんです」
「何でもないならよかった……私、私とんでもないことをしてしまったと目の前が真っ暗になったわ……」
胡桃はバッグからハンカチを取り出し、眼鏡をとってから目元をぬぐった。
「先に言えばよかったのに黙っていてごめんなさい。でも僕も実体験はなかったので少しだけ興味があったし体験できてよかったです」
「もう、本当に驚いたのよ。英介君にもしもの事があったらと思ったら涙まで出てしまったわ」
胡桃が僕のために泣いてくれた。まあ厳密には自分が危害を加えてしまったからかもしれないが、心配してくれたのは間違いなく、それは僕にとっては嬉しいことだ。
「千代ちゃんもその昔体験したらしいですが、雨に降られても動けなくなってしまうようです。もしそうなっても、じぶんの所定位置から離れているときでなければ消滅したりはしないという話ですけどね」
「ああ驚いた、本当にごめんなさいね。ほかに注意することはあるのかしら?」
「今知っているのははその二点くらいです」
「今後十分に注意するわ。あなた達のためにも自分のためにもね」
「ありがとうございます。ほかに何か知ることがあったらすぐに教えますね」
「ええ、お願いね」
あえて洗礼を受けてみた僕だが、思いのほか抵抗できなくて実はかなり驚いていた。もしかしたらもがいたら抜けられるのではないか、軽いものなら何ともないのではないかと考えていたのだ。
胡桃のおかげで、外部からのなにかには十分な注意を払うことが必要だと知れたのは収穫だ。そのおかげで胡桃を大分驚かせてしまったのは悪かったけれども。
ほかには特にトラブルもなく、僕達三人は物流倉庫駅へ到着した。なんだかんだで四、五十分くらいは歩いたと思う。
ホームには人がまばらながら電車待ちをしており、これから出かける人や帰る人がいるということなのだろう。朝は貸し切り同然で三人のみだったが、帰りはそうでもなさそうだ。
「帰りは貸し切りじゃなくて残念ね」
胡桃がひそひそと小声で言った。僕も釣られて小声で返事をする。
「そうですね、夕方に乗る人がこんなに多いのは意外です」
「また各駅停車で行きましょうか。途中で空くかもしれないわ」
「胡桃さんの時間が大丈夫なら僕は異論ありません」
胡桃が返事の代わりににこりと微笑んだ。寒さのせいか頬のピンク色が普段よりも濃くなっており、素朴なかわいさがより引き立っているように感じる。
さっき胡桃が言ったような、本当の彼氏彼女の間柄ならとても幸せなのだろうが、残念ながら僕はしがない幽霊だ。今はこうして仲良く話ができるだけで十分だと自分に言い聞かせる。
やがてやってきた各駅停車に乗り僕達は帰路についた。次の駅で急行待ちをするため十分ほど停車している間に、胡桃は電車の前面を写真にとって康子さんへ報告していた。
急行へ乗り換える人たちがホームへ出ると各駅停車の車両にはほとんど人がいなくなり、僕達のほかに残っているのは二人だけだ。その二人もおそらくは途中で降りるだろう。
胡桃は来た時と同じように座席の一番端に座り、僕はその隣に並ぶように腰かけた。
気のせいか行きよりもほんのわずかだが近くに座ってしまった気がして、それは僕と胡桃の距離が同じだけ縮まった証のように思えた。
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