#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う

釈 余白(しやく)

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第三章:姫様暴走戦記

18.山越えの恐怖

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 確かに冬の山越えは大変な道のりなのは間違いない。しかしヴーケはそんなことよりも人間たちの技術力に驚かされていた。こんなことがあり得るのかと震えが止まらないほどである。

 震えに関しては相変わらず寒さがしのげていないせいでもある。しかしそんなことより、移動に使っているのは巨大な空飛ぶ馬車どころか、家まるごと一軒と言ってもいいほどの大きさなのだ。

「そうか、空を飛ぶのは初めてだから怖いんだろう? これは飛空艇と言うんだけど僕も初めての時は落ちやしないかと心配だったよ。でも今じゃすっかり慣れっこさ。もし寒かったらもっとこっちへ寄っても構わないけど平気そうだね」

「はい、ご用意いただいたこのマントはとても暖かいですから。それよりも他の方が寒そうにしていてかわいそうですね」

 ヴーケたちは毛皮のマントを羽織ってもいるのだが、ハルトウとサキョウによる祈祷術で防護結界をはり寒波から身を守っている。その中にメンバー全員がいるためマントだけで十分寒さをしのげるのだ。

 しかし飛空艇を操縦している乗組員たちはじっとしているわけにはいかない。あちらこちらへ移動しながら忙しそうにしていた。もっと悲惨なのは囚人たちの檻を警護している役人たちだ。彼らはただひたすら立って見張っているだけが役目である。

 この飛空艇、詳しい原理はヴーケに理解できなかったが、どうやら信じられないほど大きな幌と回転する羽によって宙へ浮き上がる仕組みらしい。ある程度の高さまで上がったら、帆船のように風をとらえて進むと言われたがさっぱり理解できていない。

 魔人ならば自分の魔力で飛べばいいだけなので、こんな大仰な乗り物を作ろうと思い立つことは無い。遠方へ荷物を運ぶ時には先に魔導士数人が移動してから、魔導ゲートを設置するだけで、後は魔力によって自由に行き来できるからだ。

 こうして驚くべき空飛ぶ船の旅は順調に続いていく。ヴーケはどこがつらく厳しい旅なのかと思いながら、きっとハルトウが自分を置いていくために嘘をついていたのだといまさら気づくのだった。


 真っ白な空を飛び続けているうちに誰もが夜も昼もあやふやになり、恐らくは四、五日は経っているくらいの認識である。すると、そろそろ山越えが始まるとの声が聞こえてくる。

「さあみんなもっと近くによって。間もなくだから油断はするなよ? ヴーケもこっちへおいで。怖かったら腕を掴んでもいいからさ」

「一体なにがおこるのですか? 随分と緊張感が漂っていますし、乗員の方たちはなにか背負いましたけど?」

「あれは山を越えるためにもっと上空へ上るための準備さ。知っているかい? 空の上へ行けばい行くほど息が苦しくなって、終いには息ができなくなって死んでしまうこともあるんだよ?」

「そんな―― アタシたちは平気なんですか?」

 ヴーケは本気で心配していた。なんせ地下へ潜ることはあっても、上空高く飛ぶことなど今までないのだから。息ができなくなると言うのも初耳だった。まるで湖へ潜るときに言われることのようで心配になってくる。

 その不安をなんとか掻き消そうとして言われた通りにハルトウの腕に自分の腕を絡めると、反対側にはチカが同じことをしながらヴーケをにらみつけた。

「なによヴーケったら怖いのね。導きではこんなこと教えてもらえないの?」

「残念ながらこのような乗り物のことは星々も知らないのでしょう。星は息もしないでしょうし…… それにしても勇者さまと共に行動しているチカが怖がるなんて意外でしたね」

「こ、こ、怖くなんてないわよ。ちょっと寒いだけ。そう、寒いから仕方なしにこうしてるの! 自分だって同じカッコしてるくせに」

「なあ、わかったからどちらもすぐそばで大声立てないでくれ。うるさくて仕方ないじゃないか。結界を保つのに集中力も必要なんだからね? サキョウの邪魔もしてはダメだよ?」

 どうやらハルトウとサキョウが向かい合って座っているのは、結界の構築がしやすいからのようだとヴーケは当たりを付けた。自分を中心にどんな形でも作れるヴーケとは違い、向かい合った間に結界を張る仕組みだからである。

「あの、勇者さま? もしかして結界と言うのはサキョウとの間にあるのですか? それならお二人ともお背中はとても寒いのではないでしょうか」

「ありがとう、心配してくれるのかい? でも背中は特に分厚く守っているから平気だよ。サキョウも平気だと思うけど寒かったら遠慮せずに言ってくれ。毛皮はまだ余っているからね」

「ええ、今のところは大丈夫です。ハルトウこそ我慢してはいけませんよ? 男性の方が寒さには弱いらしいですからね。特に痩せているハルトウは見るからに寒そうで心配です」

 確かに肉付きのいいサキョウは寒さに強そうではあるが、別にがあまりついてないヴーケが特別寒がりなわけでもない。そう反論したいところをぐっとこらえて山越えの恐怖に耐えるのだった。

 やがてキーンと耳鳴りがして来て苦しくなったヴーケは、耐えきれずにごく薄く自分で結界を張ってしまった。それがどうやらハルトウへ別の意味として伝わってしまったらしい。

「ヴーケ? 熱が上がって来てるみたいだけど本当に大丈夫かい? まさか具合が悪くなっているんじゃないだろうね? ほら、もっとこちらへおいで」

「耳が痛いだけなので平気ですよ。ご心配おかけしてごめんなさい」

 そうは答えたのだが、表情に苦しさが出てしまっていたのか、ハルトウはヴーケを自分の前まで引き寄せて背後から抱きしめるように腕を回してしまった。これにはチカも温度が上がると言うものだ。

「ちょっと!? ウチもめちゃくちゃ寒いんだけどな」

 そう言いながらヴーケを押すように自らハルトウの前へとにじり出て来た。あれだけ否定していた割りにはあからさまなヤキモチを焼くのが面白いと火が付いたヴーケはチカを押し返す。

「ちょっとチカ、きついからもっとそっちへ寄ってくださいな。アタシが先にここへ来たんですからね」

「なに言ってんのよ、ウチも寒いんだって言ってるでしょ!」

 何度か押し合いへし合いしていると、再びハルトウに叱られてしまいしょげかえる二人である。結局仲良く半分ずつとなったのだが、そうなると今度はサキョウが二人を羨ましそうに見つめるのだ。

 チカはサキョウの気持ちに気付いているのだろうか。それともまったく考えてもいないだろうか。どちらにしてもまだまだ楽しめそうだとヴーケはほくそ笑む。

 だが自分とチカがたった今、ハルトウの取り合いをしていたことが何を意味しているのか、まったく気付いていなかった。
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