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第三章 宿屋経営と街での暮らし
22.まさかまた
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「おーい、連れて来たぞ。
二人一緒でいいのか? まさか同じ用件ってことか?」
「ポポちゃん、お待たせ、なにかしら?」
私は二人へ返事をせずに壁を指さした。そこには立派で気品の感じられるスーツが男女用それぞれ二着ずつ掛けてある。もちろん掛けておいたのは私だ。
「こりゃいったい…… まさか俺たちの?」
「こんな高そうなスーツ、いったいどうしたんですか?
もしかしてこれを着てお仕事するの?」
「そうよ、これからは二人ともこれを着て仕事してちょうだい。
ようやくお客様が途切れないようになってきたんだもの。
次は格式を高めるようにして、いい宿屋だって思ってもらわなくちゃね」
「でもうちはどちらかと言うと安宿だぜ?
王都なんかにあるような高級宿みたいな上客は来やしねえって」
「わかってるわよ、でも噂を聞いて泊りに来たがるお金持ちが来るかもしれないでしょ?
今日のお客様も大きな農場を持ってる方だって話よ。
今回は紹介だったけど、次からはうちを指名してきてもらえるようにしたいの」
「すばらしい考えね、さすがポポちゃんだわ。
細かいところによく気が利くわねえ」
ほら、クラリスはちゃんと褒めてくれた。グランは自分がちゃんとした接客するのが嫌なだけなのだ。案の定ブーブー言っているがこれは上司命令なのだから聞いてもらうしかない。
「これはオーナー命令ですからね。
クラリスは平気そうだけど、グランも支配人らしくちゃんとやってよね?」
「ちぇっ仕方ねえなあ。
――コホン、かしこまりました、オーナー。
お任せくださいませ」
正直その立ち振る舞いには驚いた。孤児だったグランに誰が仕込んだのかはわからないがやれば出来るんじゃないの。もしかしてグランの前の頭だろうか。彼らを引き取って面倒を見てきたらしいし、盗賊とは言え思想自体はちゃんとした人だったのかもしれない。
「グランてばステキじゃないの!
私が年頃の女性なら迷わずこの宿屋を利用するに違いないわ!
クラリスは普段通りで充分ね」
「それでおめえはどんなかっこすんのよ?
まさか俺たちだけにこんな見世物小屋の団長みたいな服着せるつもりじゃねえだろうな?」
「何言ってるのよグラン、こんないい服着てお仕事できるなんて恵まれてるじゃない。
贅沢言ってると天罰が下るわよ?」
よしクラリス、いいフォローだ。それにしても見世物小屋とは泣けてくる。せっかく王都までいった凸凹コンビに頼んで、向こうのいい宿屋の支配人と同じものを買ってきてもらったと言うのに。
「残念ながら私の分はないわ。
子供用の上等着なんて貴族用くらいしか存在してないわ」
グランはそれを聞いて言い返す材料を失ったのか、観念した様子で黙ってくれた。予想通りグランは大騒ぎしたけどクラリスのおかげもあって大人しく言うことを聞いてくれそうだ。
それに意外にも様になっていてカッコよかった。グランがあと数人いればこれならホストクラブへ鞍替えすることもできるんじゃないかってくらいだ。
「ふわあ、なんだか安心したら眠くなってきちゃった。
少しだけお昼寝してもいいかしら。
なにかあったらすぐ起こしてくれていいから」
突然の睡魔に襲われた私は、自分の部屋へと階段を上っていく。背後ではぶつぶついうグランと、まだ子供だから体力が―― なんてかばってくれているクラリスの声が聞こえていた。
◇◇◇
『なんだコレ、電源入ったままなのか?
あいつこんなの持ってたんだなあ。
どれ、始末する前に試してみるか』
誰かがなにかぶつぶつ言っている。始末するとはなにを? まさかまた暴漢でもやってきて私を始末しようとしている!? 早く起きて助けを呼ばないと、それより自分で抵抗したほうがいいかも!?
しかし体が言うことを効かない。たしか昼寝をするとベッドへ入ったがそれからどれくらい経ったのだろうか。まったく寝た気なんてしないけど意識はそれなりにはっきりしている。
『なんだこれ、薄暗いけどなにかの途中なのか?
えっとメニューとかあんのかな?』
ぶつぶつと呟く声がなにかおかしなことを言った直後、私の視界に見覚えのある光景が広がった。これはまさか!?
視界の四隅、いや画面と言った方がいいかもしれないが、時間や体力だとかアイテムがどうとかのステータスが表示されている。すっかり忘れるほど久しぶりだが矢田恋がまた覗きに来たのだろうか。それにしては様子がおかしい。
「ちょっと? そこにいるのは誰? 矢田恋なのかしら?」
『うおっ、ビックリした。
なんだこれ、ゲーム内のAIか?』
どうやら恋ではなく別の誰かがVRゴーグルを被っているらしい。つまり恋はゲーム一式を処分していなかったのだ。とりあえずここは向こうに話をあわせてみることにしよう。なにかわかるかもしれない。
「AIだなんて失礼しちゃうわね。
私はルルリラ、ルルリラ・シル・アーマドリウスよ。
あなたこそ何者なの? 名前くらい名乗りなさい」
『なんだこいつ、生意気だな。
しかも名前が長くて覚えられん、貴族が出てくるゲームか?』
「なにをごちゃごちゃ言っているの?
ずっと放っておくなんて、恋はどこへ行ったのよ」
するとVRゴーグルをかぶった男はなぜか沈黙している。だいたいこの人は誰なんだろう。もしかして彼女に何かあったのだろうか。矢田恋なんて呼び捨てにしているが元々は私なのだから気になるに決まっている。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ。
あなたは誰なのよ!」
『あ、ああ、俺は森木俊介と言って恋の元彼氏だよ。
彼氏なんて言ってもわからないか、恋人ってことね』
この人が俊介だったのか。話したことはなかったから声では全く分からなかった。それにしても元彼って…… 敦也と別れて俊介に乗り換えて間もなかったはずなのにもう別れていたのか。全く人の体と人生を弄んでくれちゃってまあ……
「その元恋人がなんで恋の家にいるわけ?
引っ越すって言ってたけど本人はどこへ行ったの?」
『ああ、あいつはもういないんだよ。
AIにこんなこと言っても仕方ないかもしれないけどな。
交通事故ってわかるのかな? 十日ほど前に亡くなったんだ』
え…… 今なんて? 恋が、私が死んでしまった!? なにをバカなこと言ってるの? そうしたら私はもう帰る場所、自分の体ががないってことになる。
「そんな、嘘でしょ?
じゃあ私はどうなっちゃうのよ」
『どうなるって言われてもなあ。
お前はゲームキャラのAIだからそんな心配しなくてもいいだろ』
そう言われてしまうと返す言葉がない。しかしこのゲーム機とVRゴーグルだけが私が元の世界へ戻るための手掛かりなんだし、もしゲーム機を初期化されたら存在ごと消えてしまうかもしれない。
かといって私が本物の恋だといって俊介は信じてくれるだろうか。いや信じるかどうかの前に信じてもらったからと言って何かできるわけでも無い。私は体の力が抜けたように気力を失った。
『あいつは身寄りがないらしいからって不動産屋から部屋の始末を引き受けたんだよ。
あれこれ処分するのも悪い気がするけど仕方ないさ。
でもせっかくだからこれは貰って行こうかな、俺VRなんて持ってないし』
この人は私のことAIだって自分で言っているくせにあれこれ話しかけて来てヤバい感じの人なのだろうか。智代と付き合ってるのを見ていた時はもっとキリっとしてカッコいい感じだと思っていたというのに、人と言うのは深く関わってみないとわからないものだ。
結局俊介は片づけをするからと私を放置し、しばらくしてから帰っていった。一人取り残された私はただただ呆然とするしかなかった。
二人一緒でいいのか? まさか同じ用件ってことか?」
「ポポちゃん、お待たせ、なにかしら?」
私は二人へ返事をせずに壁を指さした。そこには立派で気品の感じられるスーツが男女用それぞれ二着ずつ掛けてある。もちろん掛けておいたのは私だ。
「こりゃいったい…… まさか俺たちの?」
「こんな高そうなスーツ、いったいどうしたんですか?
もしかしてこれを着てお仕事するの?」
「そうよ、これからは二人ともこれを着て仕事してちょうだい。
ようやくお客様が途切れないようになってきたんだもの。
次は格式を高めるようにして、いい宿屋だって思ってもらわなくちゃね」
「でもうちはどちらかと言うと安宿だぜ?
王都なんかにあるような高級宿みたいな上客は来やしねえって」
「わかってるわよ、でも噂を聞いて泊りに来たがるお金持ちが来るかもしれないでしょ?
今日のお客様も大きな農場を持ってる方だって話よ。
今回は紹介だったけど、次からはうちを指名してきてもらえるようにしたいの」
「すばらしい考えね、さすがポポちゃんだわ。
細かいところによく気が利くわねえ」
ほら、クラリスはちゃんと褒めてくれた。グランは自分がちゃんとした接客するのが嫌なだけなのだ。案の定ブーブー言っているがこれは上司命令なのだから聞いてもらうしかない。
「これはオーナー命令ですからね。
クラリスは平気そうだけど、グランも支配人らしくちゃんとやってよね?」
「ちぇっ仕方ねえなあ。
――コホン、かしこまりました、オーナー。
お任せくださいませ」
正直その立ち振る舞いには驚いた。孤児だったグランに誰が仕込んだのかはわからないがやれば出来るんじゃないの。もしかしてグランの前の頭だろうか。彼らを引き取って面倒を見てきたらしいし、盗賊とは言え思想自体はちゃんとした人だったのかもしれない。
「グランてばステキじゃないの!
私が年頃の女性なら迷わずこの宿屋を利用するに違いないわ!
クラリスは普段通りで充分ね」
「それでおめえはどんなかっこすんのよ?
まさか俺たちだけにこんな見世物小屋の団長みたいな服着せるつもりじゃねえだろうな?」
「何言ってるのよグラン、こんないい服着てお仕事できるなんて恵まれてるじゃない。
贅沢言ってると天罰が下るわよ?」
よしクラリス、いいフォローだ。それにしても見世物小屋とは泣けてくる。せっかく王都までいった凸凹コンビに頼んで、向こうのいい宿屋の支配人と同じものを買ってきてもらったと言うのに。
「残念ながら私の分はないわ。
子供用の上等着なんて貴族用くらいしか存在してないわ」
グランはそれを聞いて言い返す材料を失ったのか、観念した様子で黙ってくれた。予想通りグランは大騒ぎしたけどクラリスのおかげもあって大人しく言うことを聞いてくれそうだ。
それに意外にも様になっていてカッコよかった。グランがあと数人いればこれならホストクラブへ鞍替えすることもできるんじゃないかってくらいだ。
「ふわあ、なんだか安心したら眠くなってきちゃった。
少しだけお昼寝してもいいかしら。
なにかあったらすぐ起こしてくれていいから」
突然の睡魔に襲われた私は、自分の部屋へと階段を上っていく。背後ではぶつぶついうグランと、まだ子供だから体力が―― なんてかばってくれているクラリスの声が聞こえていた。
◇◇◇
『なんだコレ、電源入ったままなのか?
あいつこんなの持ってたんだなあ。
どれ、始末する前に試してみるか』
誰かがなにかぶつぶつ言っている。始末するとはなにを? まさかまた暴漢でもやってきて私を始末しようとしている!? 早く起きて助けを呼ばないと、それより自分で抵抗したほうがいいかも!?
しかし体が言うことを効かない。たしか昼寝をするとベッドへ入ったがそれからどれくらい経ったのだろうか。まったく寝た気なんてしないけど意識はそれなりにはっきりしている。
『なんだこれ、薄暗いけどなにかの途中なのか?
えっとメニューとかあんのかな?』
ぶつぶつと呟く声がなにかおかしなことを言った直後、私の視界に見覚えのある光景が広がった。これはまさか!?
視界の四隅、いや画面と言った方がいいかもしれないが、時間や体力だとかアイテムがどうとかのステータスが表示されている。すっかり忘れるほど久しぶりだが矢田恋がまた覗きに来たのだろうか。それにしては様子がおかしい。
「ちょっと? そこにいるのは誰? 矢田恋なのかしら?」
『うおっ、ビックリした。
なんだこれ、ゲーム内のAIか?』
どうやら恋ではなく別の誰かがVRゴーグルを被っているらしい。つまり恋はゲーム一式を処分していなかったのだ。とりあえずここは向こうに話をあわせてみることにしよう。なにかわかるかもしれない。
「AIだなんて失礼しちゃうわね。
私はルルリラ、ルルリラ・シル・アーマドリウスよ。
あなたこそ何者なの? 名前くらい名乗りなさい」
『なんだこいつ、生意気だな。
しかも名前が長くて覚えられん、貴族が出てくるゲームか?』
「なにをごちゃごちゃ言っているの?
ずっと放っておくなんて、恋はどこへ行ったのよ」
するとVRゴーグルをかぶった男はなぜか沈黙している。だいたいこの人は誰なんだろう。もしかして彼女に何かあったのだろうか。矢田恋なんて呼び捨てにしているが元々は私なのだから気になるに決まっている。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ。
あなたは誰なのよ!」
『あ、ああ、俺は森木俊介と言って恋の元彼氏だよ。
彼氏なんて言ってもわからないか、恋人ってことね』
この人が俊介だったのか。話したことはなかったから声では全く分からなかった。それにしても元彼って…… 敦也と別れて俊介に乗り換えて間もなかったはずなのにもう別れていたのか。全く人の体と人生を弄んでくれちゃってまあ……
「その元恋人がなんで恋の家にいるわけ?
引っ越すって言ってたけど本人はどこへ行ったの?」
『ああ、あいつはもういないんだよ。
AIにこんなこと言っても仕方ないかもしれないけどな。
交通事故ってわかるのかな? 十日ほど前に亡くなったんだ』
え…… 今なんて? 恋が、私が死んでしまった!? なにをバカなこと言ってるの? そうしたら私はもう帰る場所、自分の体ががないってことになる。
「そんな、嘘でしょ?
じゃあ私はどうなっちゃうのよ」
『どうなるって言われてもなあ。
お前はゲームキャラのAIだからそんな心配しなくてもいいだろ』
そう言われてしまうと返す言葉がない。しかしこのゲーム機とVRゴーグルだけが私が元の世界へ戻るための手掛かりなんだし、もしゲーム機を初期化されたら存在ごと消えてしまうかもしれない。
かといって私が本物の恋だといって俊介は信じてくれるだろうか。いや信じるかどうかの前に信じてもらったからと言って何かできるわけでも無い。私は体の力が抜けたように気力を失った。
『あいつは身寄りがないらしいからって不動産屋から部屋の始末を引き受けたんだよ。
あれこれ処分するのも悪い気がするけど仕方ないさ。
でもせっかくだからこれは貰って行こうかな、俺VRなんて持ってないし』
この人は私のことAIだって自分で言っているくせにあれこれ話しかけて来てヤバい感じの人なのだろうか。智代と付き合ってるのを見ていた時はもっとキリっとしてカッコいい感じだと思っていたというのに、人と言うのは深く関わってみないとわからないものだ。
結局俊介は片づけをするからと私を放置し、しばらくしてから帰っていった。一人取り残された私はただただ呆然とするしかなかった。
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