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第五章 戦いの日々

46.怒り心頭

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 遠目でもわかるくらい敵陣営はスカスカになり半分以下にはなったかもしれない。もう農民たちが残っていないといいのだがそれをうかがい知ることはできない。さっき帰した騎士たちが農民たちへ逃げるよう伝えてくれたことを祈るばかりだ。

「どうやら諦めずに来やがるみてえだな。
 よし、それじゃ各自配置についてくれ。
 ポポ、合図があったら一気に頼むぞ」

「わかったわ、大丈夫、きっと出来るわ。
 みんなは決して無理しないでね」

 私はグランに後を任せ鉱山の上から森側へと移動した。作戦通りにそこで合図を待つのだが手に汗がにじんで仕方ない。さっきは脅しだから誰にも届かないところへ投げたけど今度はそうもいかない。でも躊躇ったらこちらのみんなに害が及ぶのだ。

 速度は早くないが段々と近づいてくるのがわかる。隊列を組んで迫ってくる兵たちはなにを考えて進んでくるのだろう。末端なんてきっと自分たちに正義があると信じているだろうし、命令している貴族はあの中にいないのだろう。

 なんだか急に腹が立ってきてグランの合図がまだなのに思わず立ち上がってしまった。そしてあらかじめ枝と根を落として積んでおいた大木を一本持ち上げて敵部隊めがけて投げ込んだ。

「おい! まだ届かねえぞ、まだ早いって!」

 グランが向こうで叫んでいるが頭に血が上ってしまい言うことを聞く気がしない。背丈の何倍もある大木が平原に落下するとまた何十人かが逃げていき数が減ったのは確認できたがそれでもまだ数百人はいそうである。

「グラン! 予定変更よ。
 ちょっと行ってくるわ!」

「行くってどこだよ!
 まさか乗り込むのか!?
 バカ! やめろ! こら!」

 また大木を持ち上げてから数本放り投げてから私は山を駆け下りて行った。グランは後ろで叫んでいるが止めたって無駄だ。とにかく私は頭に来ているのだから。

「おい! ボッコ!
 ポポが暴走しちまった! 止めに行ってくれ!」

 私は別に暴走なんてしてない。こうやってグランの声だってちゃんと聞こえている。こんなに大勢を巻き込んでまで我欲を満たそうとするトーラス公爵が気に入らないだけだ。確かに少し興奮しているかもしれないけど、これは単に怒ってるだけで冷静のはず。

 藪をかき分けながら斜面を進んで山の中腹辺りまで来ると山道へ出た。丁度その時凹ちゃんが馬を飛ばしてくるのが見えた。

「丁度良かった、下に投げておいた木のところまで行ってちょうだい。
 大急ぎで頼むわよ!」

「でも兄貴には連れ戻せって言われてるんだけど……」

「じゃあ力ずくで馬から降りてもらうわ。
 自分で降りるのと殴られて降りるのとどちらがいい?」

「わかったよ、乗せてくよ。
 まったく短気なんだからなあ」

「良いから早く! 間に合わなくなっちゃうじゃないの!」

 私がせかすと凹ちゃんは大急ぎで馬を走らせ転がっている大木のところまで連れて来てくれた。敵部隊はほんの数十メーター位のところまで来ている。急がなければ。

「凹ちゃんは離れてて。
 危ないから戻っててもいいわ」

「戻ったら兄貴に殺されちまうよ。
 でも嫌な予感がするから少しだけ離れてるからな」

 もうすぐそばまで歩兵隊が迫っている。私は大声を張り上げて呼びかけた。

「あなた達の中に村や街から徴兵されてきた人はいない?
 貴族のために喜んで戦いに来た人以外は引き上げてちょうだい。
 公爵の欲を満たすためのこんなくだらない戦いなんて不毛だわ!」

 数人がキョロキョロと見合っているがその場から去る者はいないようだ。よくよく見てみると身なりはきちんとしていて防具もつけているし立派な剣や槍を手にしている。と言うことは専業の騎士や兵士なのだろう。

「立ち去る人はいないみたいね。
 それなら私も遠慮なくやらせてもらうわ」

 高らかに宣言してから転がっている大木を持ち上げた。それを見た数人の兵士が後ずさりしてから逃げて行った。部隊長らしき騎士が私を指さして討ち取れと号令をかける。でも討ち取られるわけにはいかない。

 十数メーター位はある大木の端を持ってから、まるで鉛筆回しのように軽々と振り回すと鎧の金属音がガチャガチャと聞こえた。どうやら数人は跳ね飛ばしたようだ。

 そのまま力任せに振り回して隊列に向かって進んでいくと、今度は大勢が一斉に逃げ出した。さすがにこんな非現実的な光景には耐えられないのだろう。気のせいか、悪魔だとか魔女だとかいう声も聞こえたが、私のようにかわいらしい少女が悪魔のはずがない。

 この隊を率いているのはさっきの騎士のようでトーラス卿は来ていないようだ。人にイチャモン付けておいて自分は屋敷でふんぞり返っているのか。まったくひどい男だと余計に怒りが込み上げてきた。

 隊列はすっかり乱れ逃げてしまったものも多い。残っているのは百名もいないのではないだろうか。騎士団長が盛んにけしかけるが私に向かって来るものはもはやいない。じりじりと歩み寄ると、その分だけ向こうも下がっていく。

「お嬢! アブねえ! 避けろ!!」

 一瞬の隙を突いて弓隊から放たれた矢が飛んで来ていた。しかし凹ちゃんが声を上げた時にはすでによけきれず、鋭い矢じりは私の背中へ深々と――

 刺さることはなく、爪楊枝でも投げつけられたのかという程度の感触しかない。まあ当たる前からわかってはいたのだけど実際に撃たれたのは初めてだから少々焦った。

 以前から体の異変には気が付いていた。調理を手伝っているとき、誤って指先に包丁の刃が当たってしまうことがあっても怪我をしないのだ。血が出ないとかそんなものではなく傷一つつかない。まあ石をグーで割ってもなんともないし、テーブルの足に小指をぶつけても痛くない。

 一体この体はどうなっちゃっているのだろうかと以前は考え込むこともあったが、今はもう慣れてしまって気にならないし土木工事では便利だとかメリットもある。そしてこういう力任せで済む場面でも役に立つ。

 手に持った大木を弓隊へ向かって投げつけると、手に持った弓を放り出して逃げていく。手ぶらになった隙を突こうと数人が剣を構えてにじり寄ってきたが上から何本も投げておいたのでまたすぐに別の木を掴んで振り回した。

 がっちりとした鎧を着こんでいるから死んでしまうことはないと信じて何人もの兵士をひっぱたいてのしていくのはなかなか爽快感がある。いつの間にか部隊は散り散りになりもう十数人しか残っていない。

「ねえ騎士団長さん? そろそろ諦めてくれないかしら。
 私は誰かに怪我させるの好きじゃないのよね。
 本当はトーラス公爵の首くらいは捕ろうと思ってたんだけど来ていないんでしょ?」

「かかか、か、閣下は屋敷でほ、ほ、報告をお待ちしている。
 わ、我が逃げ帰るわけにはいかないのだ」

「じゃああなたと一騎打ちでもしようかしら。
 私が勝ったら人質になってもらうわよ?
 そして公爵に迎えに来てもらいましょ」

 そう言ってから落ちている剣を拾ってさっきまで振り回していた大木へ振り下ろした。すると立派で上質そうな剣だったのに簡単に折れてしまった。やれやれと首をすくめてから折れて地面に落ちた刀身を拾い上げクルクルと丸めて騎士団長の足元へ放ると、たじろぎながら後ずさりしている。

「いつでもかかって来ていいわよ。
 私はこれ使うからあなたは剣でも槍でも好きな武器でどうぞ」

 たった今、剣では歯が立たなかったことを見せつけた頑丈な大木を持ち上げて騎士団長を挑発するが、すでに戦意喪失しており先ほど抜刀したはずの剣はすでに足元へ転がっていた。

「それじゃ私の勝ち、約束通り捕虜になってもらうわ。
 ボッコ副団長、この方を捕縛してちょうだい。
 くれぐれも扱いは丁寧にお願いよ。
 他の人は帰っていいから公爵へ迎えに来いと伝えなさい」

「はっ! かしこまりました!」

 こうして私たちの戦はあっけなく幕を閉じた。
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