魔法少女は世界を救わない

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
1 / 9

少女たち

しおりを挟む
「勇者たちよ、汝らへこの神具を授けよう。汝らが魔竜を倒し、この混沌とした世界へ平和をもたらさんことを。神は我々とともにある!」

「神官様、必ずや魔竜を倒しこの世界へ平和を届けましょう。我々が授かり賜ったこの神具の力をもってすれば、平和は決して絵空事ではございませぬ。ところでこの眼鏡の使い道は?」

「我にもわからぬ。神のご意思が働き産み出されたものの中にあったものだ。手に取ってみよ、なにか感じたりはせぬか?」

「いいえ…… 武器を持てば強大な力が、盾や鎧には強固な守りの力が感じられます。しかしこの眼鏡からはなんの力も感じませぬ。ただ紛れ込んだだけの物なのではありませんか?」

「うーむ、まさかとは思うが職人の忘れものだろうか。魔竜と対峙した際に眼鏡が役に立つとも思えん。こんな役に立たない物は処分してしまうとしよう」

「神官様、では私がいただいてもよろしいでしょうか。目利きをする際に眼鏡をかけるとそれっぽく見えますからな」

「古物屋か、別に構わぬぞ。他の失敗作の処分も頼んでいるのだ、今更一つ増えても変わらぬ」

「ありがとうございます。神官様より賜ったものとして家宝に致します」


◇◇◇


『遠い遠い昔、さかのぼること数千年前、人々は神へ祈りその力を自分たちの物としようとした。その実現のために空へ届くような高さの柱を四本建てたのだった。四本の柱の中心には祭壇と溶鉱炉が作られ、その場で作った武具には神の力が宿ったと言う。

 しかし人々はそれでも満足せず、遥かなる性能を求め武具を作りつづけた。長い時間、膨大な資源、多くの人力を費やし神具を産み出そうとした。

 人々の想いが実ったのか、はたまた執念の産物か、神具と呼ばれる品が複数産まれることとなる。その幾多の逸品から選ばれた剣、槍、錫杖、盾、鎧、兜、そして眼鏡が三人の勇者へと与えられた』


『パタン』


「ちょっとさあ、いつもここで笑っちゃうんだけど、やっぱ眼鏡が神具ってのは無いよねえ。勇者の装備に眼鏡っておかしくない? 必修だから仕方なく学んでるけど、この英雄譚うさん臭すぎるでしょ。童話だって今時もうちょっとまともなストーリーだと思うけどねえ」

「まあ神話だから事実とは言えないでしょうね。だいたい数千年前に今と同じように人が住んでいたとも限らないわ。その頃にはラーフ川だって無かったって言うけど誰かが証明したわけじゃないもの」

「その時勇者が倒した竜が落ちた場所が川になったって言われてもねえ。国をいくつもまたがる大きさの竜なんているはずないわ。やっぱり昔話は作りこみが甘いわね」

「でもちゃんと勉強しておかないと成績に響くから頑張らないとね。モミジの追試っていつだっけ?」

「明後日だよ、しかも放課後居残りで。ホントやんなっちゃうわ。カタクリとサクラは優等生だから追試ないんでしょ? ああ、うらやましすぎるー」

「サクラはともかく、ウチは実技あるからねえ。授業では痛い思いするし生傷も絶えないし、武芸科は辛いよ。」

「勇者の末裔も楽じゃないっスね。戦闘適性があるだけで将来の就職は安定ですけど」

「それもどうだか、勇者は魔竜と刺し違えて死んだはずでしょ? じゃあなんで末裔が残ってるのって話よ。親族の子孫ってことらしいけど、それなら勇者の血は受け継いでないじゃん」

「まあまあ、おかげで高い身分なんだから感謝すればいいのよ。平和な世の中だから危険も少ないしさ」

「ウチも工芸科が良かったなあ。モミジみたいにカワイイ洋服着たいもの。武芸科だけ制服とかダサくて参っちゃうわ」

「工芸科イイっスよねえ。ま、アタシの場合はカワイイ服なんて似合いませんけど」

「そんなことないって、もっと自信もちなよ。サクラは十分カワイイんだからさ」

「ありがとう、でも慰めは不要っス。アタシは別に自分のこと嫌いなわけじゃないですから」

 女同士のカワイイを信用してはいけない。客観的にどう見ても可愛らしく裁縫が得意なモミジ、学年で一、二を争う剣技を持ち端正な顔立ちのカタクリ、どんよりと重苦しくぼさぼさの黒い髪と覇気のない黒い瞳、頬にはそばかすが目立ち視力も良くないサクラ。はなから勝負になっていない。

「そろそろいい時間ね。語学のノートだけ借りて行っていいかな。歴史と一緒に丸暗記するわ!」

「もちろん問題ないっスよ。来期まで使うこと無いですしね」

「さすがサクラ、いつも助かってるよー。今度またおやつ作ってくるね」

 やれやれ勉強会もようやくお開きか。まったく、子供とは言え女が三人も集まると騒がしくて仕方ない。モミジはテストのたびにサクラのノートを頼って図書館へ招集をかける。だが実際に勉強するのはモミジだけでその間サクラとカタクリは本を読んでいることが多い。

 身分の違う者同士が仲良くなることは珍しいが、商人であるサクラの父はモミジの家の裁縫店から衣類を仕入れている縁があり、カタクリはモミジ家の上客である、まあいわゆる幼馴染というやつだ。


「お母さん、ただいま。先にお風呂入る時間ある?」

「これからご飯の支度だから入っちゃっていいわよ。今日はから揚げにするけどいいかしら?」

「やった! いっぱい作ってね。もうお腹ペコペコなの」

 サクラは部屋へ荷物を置いてから風呂場へ向かった。勢いよく服を脱ぎ捨てて風呂場へ入ると体を洗い始める。正面の鏡に映っている裸体はまだ十二歳の子供なので貧相なものだ。

『おい、また俺様ごと顔を洗うんじゃないぞ。学問は優秀なわりにずぼらなところがあって敵わん』

「もう、うるさいっスね。やっぱり部屋へ置いてくるようにしようかな。裸も見られちゃうし」

『何を言うか、俺様が見てるのはお前が見てるものだぞ? 自分自身を見ているだけで覗いているように思うのはおかしかろう。大体一日酷使したのだからきちんと汚れを落とすのが下僕の役目だろうに』

「そうやってすぐ下僕扱いして…… あくまで対等な関係って言ってるのに。また何千年もほっとかれたいっスか?」

『はっはっは、そうだったな。つい子供だと思って口が悪くなってしまった、すまん』

「わかってくれればいいっスよ。それじゃキレイにしてあげますからね」

 サクラの顔から離れ手の中で泡だらけになって洗ってもらうのはなかなかに気持ちがいい。視界がキレイになると世界も美しく見えるし食べる物もウマく見える。味はわからんが。

 ただ外されている間は何も見えないし意思疎通も出来なくてつまらないのが玉にキズだ。だが人に触れてさえいれば魔法は使えるので風呂が冷めないよう加熱しておくことにするか。

「さ、キレイになったっスよ。今日も一日お疲れさまでした」

『ごくろうであった。さてと、ここで伝えておきたいことが二つある』

「なんスか? 随分とかしこまって。珍しいことがあるもんっスね」

『一つは親父がから揚げにレモンをかけるのを阻止せよ。いきなり全てへかけるのはマナー違反だ』

「それはもっともっスね。いつもやられていて慣れちゃったけどアレはダメっスね。じゃあもう一つは?」

『うむ、さっき図書館から外を見ていて気が付いたのだがな。どうやら復活しておるようだ』

「なにが復活してるんスか?」

『俺様が復活と言ったら決まってるだろうが。お前は今更なにを言っているんだ?』

「だから何が復活っスか?」

『だから魔竜だと言っているだろうに!』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリちゃんの翼

恋下うらら
児童書・童話
高校生女子、杉田エリ。周りの女子はたくさん背中に翼がはえた人がいるのに!! なぜ?私だけ翼がない❢ どうして…❢

稀代の悪女は死してなお

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」 稀代の悪女は処刑されました。 しかし、彼女には思惑があるようで……? 悪女聖女物語、第2弾♪ タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……? ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

だーるまさんがーこーろんだ

辻堂安古市
絵本
友だちがころんだ時に。 君はどうする?

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

影隠しの森へ ~あの夏の七日間~

橘 弥久莉
児童書・童話
 小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。 幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、 大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目 があって前を向けずにいた。 そんなある日、八尋はふとしたきっかけで 入ってはいけないと言われている『影隠しの 森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、 奥山から山神様が降りてくるという禁断の森 で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。  神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気 持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存 在価値すらあやうくなってしまうもの。再び 影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す ため仲間と奮闘することになって……。  初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品 ※この物語はフィクションです。作中に登場 する人物、及び団体は実在しません。 ※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から お借りしています。

処理中です...