上 下
28 / 162
第二章 新しい出会いと都市ジスコ編

19.不思議な屋敷

しおりを挟む
 数時間は覚悟していた街への入場は予測よりも早く進み、一時間ほどで順番が回ってきた。商人長やフルル、それにキャラバンの人たちにレナージュ達冒険者一行は、門番の兵士にスマメを見せて確認してもらって無事通過した。しかしミーヤは住民登録がないので、まずは管理機構への登録が必要だと言われてしまった。

 ここまでは聞いている話と同じなので不安は無い。保証人はもちろん商人長が引き受けてくれて一安心である。それなのに、なぜか別室へ連れてかれてしまったではないか。なにも悪い事なんてしていないのにこんな目に合うなんて納得できない! と騒いではみたが門番は取り合ってくれなかった。

「申し訳ございません、しばらくこちらの部屋でお待ちいただけませんか?
 ジスコ領主のローメンデル卿がお会いになりたいと申しております」

「私には用なんてないわ!
 早く友達と遊びに行きたいんだから急いでちょうだいよね」

 門番長? は深々と頭を下げてからミーヤの元を去っていった。それからどれくらい待たされただろうか。いい加減しびれを切らして今にも飛び出したい気分だが、レナージュからきつく止められているので我慢するしかない。こういうときにメッセージのやり取りができるのは気がまぎれていい。

 城壁の内側に作られたその部屋は、狭いし埃っぽくて居心地が悪い。本来は怪しい人を留めておくための部屋なのではないかと思うと機嫌よくなんてしていられるはずもなく不満だけが増大していく。

 退屈しのぎに精霊晶を出して使い道を考えるくらいしかやることがない。なにかこう面白い使い方を考えてレナージュを驚かせてみたいものだ。そんなことをしているうちに一つのアイデアを思い付いた。思いついたら実行に移して見たくなるのが人情と言うもので、さっそく両手で別々の精霊晶を同時に呼び出してみることにする。片手に水、もう片方は炎を呼び出すよう念じてみると、拍子抜けするくらいあっけなく成功した。もしかしたらと思って足で出してみようとしたが、さすがにそれはできないようだ。

 暇つぶしも限界に来たころ、ようやく準備が整ったようだ。領主の使いと言う人が迎えに来たので後についてこの埃っぽい部屋を出た。門から目と鼻の先にある小さな建物へ案内され中へ入ると、そこには誰もいなかった。人を呼びつけておいて誰もいないとはどういうこと!? と思ったが、部屋の角には柵で覆われたスペースが有りそこへ入ってほしいようだ。

 訳が分からないまましぶしぶと柵の中へ入ると、床が急に揺れて地面が動き出した。

『まさか!? これってエレベーター!?』

 どう考えても進んでいったのは地下に向かってであり、垂直に動くならエレベーターなのだろう。なんて近代的なものがあるのか、さすが都会は違うななどと考えているうちに床は動きを止めた。

「ここは…… もしかしてお城!?」

 地上の質素な建物とのあまりの違いに驚いて声を出してしまったが、地下とは思えない飾り立てられた大広間だった。さらにはもう一つ驚くことがあった。降りてきた柵で囲われた一角から出てみると、その両側には汗を垂らした兵士が二人、ロープを握っていたのだった。どうやらエレベーターは人力だったらしく、さっきの感動を返せと叫びたくなる。

「よーおこそおいでくださいました。
 わーたくしはバスク・ローメンデルともーおします」

 独特なイントネーションにちょっとイラッと来るが、別に害を与えようとしているわけではないはずなので我慢して挨拶をする。

「始めまして、私はミーヤ・ハーベスと申します。
 ご領主様直々のお出向かえ、まことに恐縮です」

「こーれはご丁寧に、神人様、随分お待たせしてしまい申し訳ございません。
 罪人の処置に時間がかかってしまいましてな」

「それはブッポム商人長が捕らえてきた盗賊ですか?
 報奨金が入ると聞いたので楽しみにしてるんです!」

 思わず本音が出てしまったが、こんな場でいきなりお金の話をするなんてはしたないと思われただろうか。それとも相当の貧乏人だと思われたかもしれない。ミーヤは急に不安になってしまった。

 しかしローメンデル卿はニコニコしているだけで、なにも気にしていない様子で話を続ける。

「そーおなんです、しかも四人も捕まえただなんですーばらしい。
 神人様ともお近づきなーりたいですし、後日晩餐会へお招きしたく存じーます」

「晩餐会ですか!? でも私はドレスどころかこの鎧と作業着しか持っていないんです。
 誰かに魔法でもかけてもらわないとそんな場所へはとても出られません」

「こーれは面白いことをおっしゃいます。
 魔法でドレスは作れませんよ? でもお金があれば作れます。
 こーちらの都合でお招きするーのですから、ドレスはご用意させていたーだきます。
 この札の店へ行って頼んでくださいまーせ。
 それとスマメを拝借」

 そう言うと、店の番地? が書かれた木札と、ドレスを作るための予算だと言ってお小遣いをいただいた。が、その金額にミーヤは腰を抜かしそうになった。

「98000ゴードル!? ちょっと多すぎやしませんか?
 こんな初めて見る大金なんて頂けません!!」

「しーかし、この国では九神と八神柱にあやかって、九と八が縁起がいいのです。
 かーといって9800ゴードルではドレスが作れません。
 なので、必然的にこの金額になるだけですから、なーにも気にすることはございませんよ?」

「そうですか…… それでは遠慮なくいただきます。
 ありがとうございました。」

「ドレスといーっしょに靴もお忘れなきよう。
 わーたくしのような靴が今は流行ですよ」

 そう言って得意そうに見せてくれた靴は、つま先が垂直に立ち上がりすねの辺りまで伸びている、まるでピエロが履くようなヘンテコなものだ。ミーヤは苦笑いしながら頷いたが、絶対にこんな靴は履かないと心に誓った。

「そーれでは晩餐会の日取りは追ってご連絡いたします。
 メッセージが送れるよう、連絡先を交換していただーけますかな?」

 もしかして大金と引き換えになにか大事なものを失うのではないか、まさかコレがパパ活ってやつかもと、おかしな考えが頭をよぎったがまったくそんな気配は無く、ローメンデル卿とはあくまでちょっと変わった話し方をするだけで品のいい紳士のようだ。

「そう言えば、ローメンデル卿とローメンデル山はなにか関係があるのですが?
 あと、屋敷が地下にあるのも不思議です」

「そーれは簡単なことです。
 ローメンデル山を制覇した唯一の男がわーたくし、冒険者バスクですから。
 あーの山に敬意を表して我が名としたのでーございます。
 地下に広間があーるのは、領内の民から領主が贅沢三昧と思われないよーおにとの配慮。
 ま、後は防犯対策でもーございます」

「なるほど、色々ありがとうございました。
 ところで身分証明はどうなったでしょうか」

「おっと、忘れてはいーけませんね。
 たーだいま担当者を呼びーますので、彼についていってーくださいませ」

 ローメンデル卿へお礼を言って立ち去ろうとすると、領主は別に身分が高いわけではないので話し方を気にする必要はないと言われたが、そんなことは最初に言ってほしかった。ミーヤがどれだけ緊張し、どれだけ気を使って話していたのか教えてやりたいものである。

 ほどなくして身分登録の担当者が現れ、ミーヤは領主の館を後にした。
しおりを挟む

処理中です...